高齢者肺がんの治療
公開月:2021年7月
小林 誠一(こばやし せいいち)
石巻赤十字病院呼吸器内科部長
矢内 勝(やない まさる)
石巻赤十字病院院長補佐
高齢者肺がんの現状
肺がんは高齢者にとって最も重大な病気のひとつである。わが国の死因の第1位は男女ともに「がん」であるが、部位別の死亡数をみると、男性の第1位は肺がん、女性では大腸がんに次いで第2位である1)。罹患者の9割以上は60歳以上で、高齢になるほど増加する。罹患者の約5割、死亡者の約6割が75歳以上の高齢者である。人口10万対罹患率および死亡率の年次推移をみると、その数は年々増加傾向である。
死亡者が多い理由としては、手術で根治可能な早期がんの段階で発見されることが少ないことが考えられる。実際、がん治療を行っている全国の主要病院の集計結果では、治療開始時に早期(I期)と診断された肺がん患者は半数に満たない2)。また進行肺がんに対しては化学療法(抗がん剤治療)が行われるが、その段階では根治はほとんど期待できないことも理由のひとつである。
高齢者肺がんの診断
肺がんが発見される契機としては、咳、血痰、胸痛などの症状を自覚して受診するケースが多い。
肺がんが疑われた場合は、本当にがんかどうかを確定するための病理組織検査を行う。病巣から細胞や組織を採取して、それを顕微鏡で観察して、がん細胞の有無やがんの種類を詳しく調べる。簡便な方法としては、喀痰を採取して、その痰の中のがん細胞の有無を調べる喀痰細胞診検査がある。また、細いファイバー(気管支鏡)を口から挿入して、肺の中を直接観察して病巣から細胞・組織を採取する検査(気管支鏡検査)がしばしば行われる。
病理組織診断では、肺がんは非小細胞肺がんと小細胞肺がんの2つに大きく分けられる。両者は治療方針が大きく異なるため、治療の前に組織型を確認することが重要である。非小細胞肺がんは肺がん全体の約9割を占めており、腺がん・扁平上皮がん・大細胞がんなどに分類される。その中でも最も多いのが肺腺がんである。小細胞肺がんは肺がん全体では少数であるが、非小細胞肺がんと比べて増殖速度が速く、再発・転移をしやすいことが特徴である。
同時に、がんの広がりを調べるためにCTなどの画像検査を行う。がんの進行度(病期、ステージとも言う)は、原発巣の大きさや広がり(T)、所属リンパ節への転移の有無(N)、遠隔転移の有無(M)のTNMの組み合わせで、早期がんから進行がんまでのⅠ期からⅣ期まで分類する3)。
高齢者肺がんの治療方針
肺がん治療は、組織型や病期に基づいて、患者の全身状態や本人の希望などを考慮しながら決める必要がある。組織型や病期ごとの具体的な標準治療は「ガイドライン」としてまとめられており4)、診療にあたる医師はそれらを参照して治療方針を考えている。
誤解されることもあるが、「標準治療」とは、科学的根拠(エビデンス)に基づいて、現在行うことができる「最良の治療」を指している。さまざまな先進的な治療方法は、臨床試験で有効性が検証され、エビデンスが確立されて、初めて標準治療として広く用いられるようになる。
基本的には、非小細胞肺がんでは早期(Ⅰ期・Ⅱ期)では手術や放射線治療、進行がん(Ⅳ期)や再発例では化学療法(抗がん剤治療)が推奨される。小細胞肺がんでは化学療法が主体となる。
治療前には患者の全身状態などを評価したうえで、その治療が妥当であるかどうかを判断しなければならない。患者の全身状態の評価としては、パフォーマンスステータス(Performance Status:PS)(表)という指標がよく用いられる。これは患者の日常生活の制限の程度を示すもので、例えばPS0(発病前と変わらず元気)の患者であれば手術などの積極治療の対象となるが、PS4(寝たきり状態)の患者では一般的には手術や化学療法などは推奨されず、緩和ケア単独が推奨される。
スコア | 定義 |
---|---|
0 | 全く問題なく活動できる。 発病前と同じ日常生活が制限なく行える。 |
1 | 肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる。 例:軽い家事、事務作業 |
2 | 歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。 日中の50%以上はベッド外で過ごす。 |
3 | 限られた自分の身の回りのことしかできない。 日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。 |
4 | 全く動けない。 自分の身の回りのことは全くできない。 完全にベッドか椅子で過ごす。 |
高齢者ではそもそも全身状態が弱っていたり、併存症があったりして、さまざまな制約のために標準治療がその患者にとっての最善の治療とは限らないことがありうる。その理由は、いわゆる標準治療としてエビデンスが確立されている治療法の多くが、比較的元気な若年患者を対象として検証されたものだからである。実際、十分な配慮をせずに高齢者に若年者と同様の治療を行うと、ひどい有害事象のために以後の治療に支障が出たり、場合によっては治療中断につながるおそれがある。
また、高齢者の肺がん治療では、治療の継続性を保つためには、身体機能だけではなく生活機能や社会機能を評価することが重要となる。老年医学の分野では、高齢患者の認知機能や意欲・情緒、身体機能(ADL、IADL)などを多面的に評価して、現時点での生活上の問題点や将来問題に発展するリスクを抽出して、疾患管理を含めて包括的に介入するという「高齢者総合機能評価」の考え方が確立している5)。高齢肺がん患者の治療を考える際には、高齢者総合機能評価の観点を取り入れる必要があるだろう。
高齢者の早期非小細胞肺がんの治療
早期非小細胞肺がん(Ⅰ期・Ⅱ期)に対する標準治療は外科治療(手術)である4)。手術適応の決定には、呼吸や循環器などの臓器機能、年齢、PSなどを総合的に評価・検討することが必要である。標準術式は肺葉切除と肺門・縦隔リンパ節郭清であるが、患者の状態によっては縮小手術が行われることもある。基本は開胸手術であるが、I期では胸腔鏡補助下手術が行われることも多い。
入院期間は、術式や術後合併症の有無などによっても違いがあるが、1週間程度のことが多い。周術期合併症予防の観点からも、入院前からの禁煙が重要である。術後も定期的な経過観察が必要である。半年から1年ごとに胸部エックス線やCTなどの検査が行われ、5年間再発がなければ経過観察は終了となることが多い。
医学的な理由で手術ができない場合や、手術を希望しない場合には根治的放射線治療がすすめられる4)。1回2Gy(グレイ)、週5回、6週間で合計60Gyの照射が標準的である。腫瘍のサイズが小さく末梢型の場合には定位放射線治療が可能である。
高齢の肺がん患者のほとんどが現喫煙者または過去に喫煙歴があり、加齢による肺機能の経年的低下に加えて、喫煙による影響で肺機能がさらに低下していることが多い。実際、肺がん患者では慢性閉塞性肺疾患(COPD)の合併が多いことが報告されている6)。COPDは、喫煙者のある高齢者にしばしばみられる慢性肺疾患で、緩徐進行性の呼吸機能障害(閉塞性換気障害)を呈する7)。COPDの合併は肺切除術後の肺合併症のリスクを増やし、予後不良につながる。したがって、COPD合併の有無をきちんと診断して、必要な治療を行うことが重要である。
治療の基本は禁煙である。また、長時間作用性抗コリン薬や長時間作用性β刺激薬などの気管支拡張薬による薬物治療は、肺機能・自覚症状・QOLおよび運動耐容能を改善する。実際、肺がん患者に術前に長時間作用性抗コリン薬による治療を行ったところ、術前の肺機能が改善し、術後の肺機能も良好に保たれていた8)。また、術前からセルフマネジメント教育を含めた包括的呼吸リハビリテーションを実施することが重要である。
高齢者の進行非小細胞肺がんの治療
進行非小細胞肺がんのうち、Ⅲ期には種々の病態が含まれるため、呼吸器内科、呼吸器外科、放射線治療科によるチームで治療方針を決定することが重要である。また・期や再発例では化学療法(抗がん剤治療)が適応となる4)。
かつて、1990年代までは、高齢者の進行肺がんに対する化学療法は「害多くして益少なし」という考え方が多かったように思う。しかし、その後、緩和ケアと比べて第三世代細胞傷害性抗がん剤による治療が生存期間を延長することが報告され9),10)、さらに2000年代前半に分子標的治療薬が登場してからは、長期予後が期待されるようになった。
2002年に上市されたゲフィチニブは、肺がん初の分子標的治療薬として脚光をあびた。しかし、奏効率は期待されたほどではなく、薬剤性の間質性肺障害による死亡例も報告された。その後、EGFR遺伝子変異を有する患者に治療対象を絞ることで、PS不良の高齢者であっても高い奏効率が得られることが報告された11)。その後、わが国から報告された大規模試験によって、従来の標準治療よりも無増悪生存期間を大きく延長し、重篤な副作用の頻度も少ないことが示された12)。
EGFR遺伝子変異は肺がん発生の直接的な原因となる遺伝子異常であり、これらの遺伝子はドライバー遺伝子と呼ばれている。現在、非小細胞肺がんではEGFR、ALK、ROS1、BRAF、METといったドライバー遺伝子変異/転座が報告されている。
現在では、化学療法を開始する際には、これらのドライバー遺伝子変異/転座を検索して、それに基づいて個別化治療を行うことが一般的となっている。ドライバー遺伝子変異/転座陽性例では、それぞれの遺伝子変異/転座を標的とする治療薬を投与することが推奨されている。また陰性例では、PS良好の場合はカルボプラチン併用療法または第三世代細胞傷害性抗がん剤単剤療法が推奨される4)。
免疫チェックポイント阻害薬については、ペムブロリズマブ単剤を検証した第・相試験における統合解析で、PD-L1陽性の75歳以上の高齢者で、ペムブロリズマブ単剤は細胞傷害性抗がん剤に比べて予後が良好で毒性も低かった、と報告されている13)。PD-L1陽性であればペムブロリズマブ単剤治療が考慮されるが、免疫関連有害事象は高齢者でむしろ多いとされており、十分な注意が必要である。
『肺癌診療ガイドライン』では、75歳以上を高齢患者と定義しているが、「暦年齢のみで薬物療法の対象外とするべきではない」4)としており、治療選択に当たってはPSや臓器機能などを総合的に評価したうえで決定することが求められる。なお、PS不良(3または4)の場合には化学療法は推奨されない。
緩和ケアとACP
進行・再発肺がんでは、呼吸困難などの症状が出現することが多く、転移などによる痛みや神経症状などのさまざまな身体的苦痛が生じやすい。したがって、診断早期から、患者の身体的苦痛、心理・社会的苦痛などに対して緩和ケアを提供することが推奨される4)。わが国では、まずは治療にかかわる主治医が基本的ケアを行い、必要に応じて緩和ケア専門医や看護師、あるいは多職種による専門チームが介入するということが多い。
肺がんでみられる身体的苦痛の代表的なものは、痛みと呼吸困難である。痛みの治療は、WHOの疼痛ラダーに沿った薬剤選択が基本となる14)。骨転移などによる痛みには、放射線治療が適応となることもある。呼吸困難に対する薬物治療はモルヒネが基本となる15)。症状と低酸素血症の有無は無関係のことも多い。過剰な輸液は症状悪化につながることがあるので注意が必要である。また、予後が週~日単位となると、せん妄がしばしばみられる。高カルシム血症、脱水、薬剤など、原因が特定できる場合は介入を試みるが、終末期ではハロペリドールなどを用いて症状緩和を優先させる。家族の不安と戸惑いが大きいので、適切な支援が必要である。
終末期においては多くの患者で意思決定が不可能であり、それ以前の段階で、今後の治療・療養について患者・家族と医療者が話し合うことが重要である。このプロセスはACP(アドバンス・ケア・プランニング)と呼ばれるが、エンドオブライフ・ケアにおいては、患者の意向が尊重されたケアが実践されるために重要である16)。
文献
- 日本肺癌学会:臨床・病理 肺癌取り扱い規約 第8版. 金原出版,2017.
- 日本肺癌学会:肺癌診療ガイドライン 2020年版. 金原出版,2021.
- 日本老年医学会:改訂版 健康長寿診療ハンドブック. メジカルビュー社,2019.
- Shah S, Blanchette CM, Coyle JC, et al.: Survival associated with chronic obstructive pulmonary disease among SEER-Medicare beneficiaries with non-small-cell lung cancer. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2019; 14: 893-903.
- 日本呼吸器学会:COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 2018[第5版]. メディカルレビュー社,2019.
- Kobayashi S, Suzuki S, Niikawa H, et al.: Preoperative use of inhaled tiotropium in lung cancer patients with untreated COPD. Respirology. 2009; 14(5): 675-679.
- The Elderly Lung Cancer Vinorelbine Italian Study Group: Effects of vinorelbine on quality of life and survival of elderly patients with advanced non-small-cell lung cancer. J Natl Cancer Inst. 1999; 91(1): 66-72.
- Gridelli C, Perrone F, Gallo C, et al.: Chemotherapy for elderly patients with advanced non-small-cell lung cancer: the Multicenter Italian Lung Cancer in the Elderly Study (MILES) phase III randomized trial. J Natl Cancer Inst. 2003; 95(5): 362-372.
- Inoue A, Kobayashi K, Usui K, et al.: First-line gefitinib for patients with advanced non-small-cell lung cancer harboring epidermal growth factor receptor mutations without indication for chemotherapy. J Clin Oncol. 2009; 27(9): 1394-1400.
- Maemondo M, Inoue A, Kobayashi K, et al.: Gefitinib or chemotherapy for non-small-cell lung cancer with mutated EGFR. N Engl J Med. 2010; 362(25): 2380-2388.
- Nosaki K, Saka H, Hosomi Y, et al.: Safety and efficacy of pembrolizumab monotherapy in elderly patients with PD-L1-positive advanced non-small-cell lung cancer: Pooled analysis from the KEYNOTE-010, KEYNOTE-024, and KEYNOTE-042 studies. Lung Cancer. 2019; 135: 188-195.
- 緩和医療医学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2020年版. 金原出版,2020.
- 緩和医療医学会:がん・患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン 2016年版. 金原出版,2016.
筆者
- 小林 誠一(こばやし せいいち)
- 石巻赤十字病院呼吸器内科部長
- 略歴
- 1995年:東北大学医学部医学科卒業、1997年:東北大学医学部老人科、2001年:東北大学大学院医学系研究科博士課程修了、東北大学病院老年・呼吸器内科医員、2004年:石巻赤十字病院呼吸器科副部長、2005年より現職、2015年:同診療科長
- 専門分野
- 呼吸器内科、老年医学
- 矢内 勝(やない まさる)
- 石巻赤十字病院院長補佐
- 略歴
- 1980年:東北大学医学部卒業、1988年:東北大学附属病院老人科助手、1995年:同 老人科講師、2002年:石巻赤十字病院呼吸器内科部長、2014年:同副院長、2020年より現職
- 専門分野
- 呼吸器内科、老年内科
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