100円御用聞きサービスの新しいインフラで高齢者を支援(東京都練馬区・板橋区 株式会社 御用聞き)
公開月:2021年7月
気軽に「5分100円」からちょっとした困りごとを解決
電球や電池の交換、ビンのふた開け、ゴミの運搬など、若い頃には問題なくできていた作業が高齢になると困難になることがある。高齢世帯や1人暮らし高齢者が増えている今、身近な日常生活の困りごとを誰にお願いしていいか戸惑う方も多くいるだろう。
そんな中で頼りになるのが、「5分100円」から身近な困りごとを解決してくれる便利屋サービス「株式会社御用聞き」。電球交換、郵便物の回収、宛名書きなど、ちょっとのお手伝いは5分100円の「100円家事代行」、それよりも重労働となる困りごと、たとえば、家具や粗大ごみの移動、草むしり、大掃除の手伝い、ちょっとしたパソコン機器のサポートなどは、5分300円もしくは30分2,000円の「たすかるサービス」で対応している。
御用聞きは2010年、東京都練馬区の大規模団地で事業を始め、現在は、東京23区、東京多摩地区の一部、埼玉、神奈川、愛知の一部にまでサービス提供地域を広げている。御用聞きの事業所の1つを構える東京・板橋区の高島平団地は、昭和47(1972)年に建てられたマンモス団地(写真1)。団塊の世代の家族が一斉に入居し、子どもが巣立ったあとは高齢世帯が多く暮らし、高齢化率は40%を超える。そのため、介護保険サービスではカバーできない部分のすき間を埋めるサービスとして、御用聞きの生活支援サービスは重宝されている。
サービスを行うスタッフは、数名の社員のほか、「担い手」と呼ばれる有償ボランティアが主である。「担い手」の9割以上は大学生であり、2021年2月末現在、220名が活動している(写真2)。
依頼者からは、「便利屋サービスはハードルが高いが、大学生の若い子が来てくれるから安心」、「料金設定が明確で頼みやすい」、「誰に頼んでいいかわからなかったことをスッキリ解決してくれた」など喜びの声が多い。
街には便利屋が多数あるが、御用聞きのサービスで特筆すべきは、会話を大切にしている点である。「会話とサービスが6対4」というように、サービス以上に会話やコミュニケーションを大切にしている。作業の中の何気ない会話から顔の見える関係性を築き、依頼者のニーズをくみ取る。依頼者に福祉的な支援が必要と思われる場合には、地域包括支援センターや行政へつなぐこともある。
御用聞き代表取締役の古市盛久さん(41)(写真3)は、「会社のビジョンとして、『会話で世の中を豊かにする』を掲げています。人の生活に寄り添うサービスで、その人の生活を豊かにすることをめざしています」と語る。
定義できない些細なことが人によっては大きな問題
古市さんは大学で経営情報学を学んだあと、不動産業などを経て、2010年にワンコイン家事代行を掲げた新しい形の便利屋サービス、「株式会社御用聞き」を起業した。
幼少の頃から、業界を興(おこ)すことに興味があったという古市さん。30歳のとき、世の中を変える事業をしようと、買い物支援サービスを始めた。携帯電話のクリック1つで、買い物に困っている高齢者の代わりに、地域の子育てママが買い物代行をしてくれるというサービス。だが、事業は軌道に乗らないままサービスを閉じることになった。
精神的にかなり追い込まれた古市さんだが、サービスを閉鎖するときユーザー1人ひとりに謝罪して回った。そのときに、「もうお詫びはいいから、あそこの上のもの取ってくれない?」、「有料でお風呂そうじしてくれない?」など頼まれごとが多かったという。
「そこで地域の方に逆に助けてもらったという感覚が芽生え、本当の困りごとは世帯世帯で違っていて、定義できない些細なことが人によっては問題なんだと初めて気がつきました。そのとき直観的に些細な困りごとを取り除くことで、いろいろな世代の方の人生が豊かになる。これからは地域の生活者の心をサポートするソフトのサービスを流通させることで、人生の新たな挑戦としようと決めました」と古市さんは御用聞き起業のきっかけを振り返る。
自由にサービスの尺度を選べる100円ショップからヒントを得て
御用聞きのサービスは、5分100円の「100円家事代行」と5分300円からの「たすかるサービス」がメインであるが、特に印象に残るのは「100円家事代行」だろう。古市さんの大学の卒論テーマ「100円ショップの流通形態」から、「100円の言葉のインパクト」や「100円の安心感から気軽に購入できること」などのヒントを得たという。
「お詫び行脚で気づいたのは、サービスの定期契約ではなく、自由にサービスの尺度を選べる、買う量を選べることが大事だということでした。100円の小売りがあるなら100円のサービスがあってもいいと考えたのです」
実際に利用者は、それぞれ尺度で自由にサービスを依頼している。印象に残る依頼を伺ってみると、「1つ目は、団地の2階の"つば"という屋根の部分に帽子が落ちたとのことで、年配の女性から帽子を拾ってほしいと依頼を受けました。『帽子は高価なものですか?』と聞くと、110円だというので、思わず『そのままでいいのでは?』と聞いたら、そのままにしておくのは住民の方に失礼だし気がかりだと言われました。なるほど、そういう考え方があるのかと思いました。そのときは300円でサービス提供させていただきました」
「2つ目は、リピーターの女性です。『主人が自宅で旅立ちました』と泣いて依頼をされてきました。自宅で看取るためのお手伝いをずっとさせてもらってきた方です。旦那さんが最期に逝くときに吐血をして、砂壁に血のりが付いてしまったそうです。ご主人の夢は自宅で通夜をすることでした。このままだと通夜に来て下さる方に申し訳ない。けれど、どこも引き受けてくれないとのことで依頼を受けました。洗剤では落ちないので、お好み焼きのヘラで4時間かけて壁を削りました。作業の間ご主人との思い出話を聞かせていただいて、最後のほうは自分の親のように思えてきて、泣きながら壁を削りました。女性の顔はいつしか穏やかな顔へと変わっていました」
「3つ目は、商店街のご主人からナンバーズを買ってきてほしいとの依頼。店を出ると奥さんに怒られるから内緒で買ってきてほしい、当たったら山分けしてやると言われましたが、当たらなかったのでしょうね。山分けはありませんでした(笑)」
些細なことに見えても本人には気がかりな問題、遺族を支えるレスパイトケアに通じるサービス、宝くじの購入など、人間味あふれる依頼に柔軟に応えている(写真4)。
福祉資格がなくてもできる福祉分野でのサービス
御用聞きの生活支援サービスは、介護保険サービス外の自費サービスと密接な関係にある。自費サービスの部分で介護業界との連携を考えていたときに、福祉施設の運営者から施設内でのちょっとしたサービスを手伝ってほしいと依頼があったという。
施設の職員は、福祉資格なしでもできる仕事に忙殺され、資格を要する仕事に十分な時間が取れない現状があった。資格なしでもできる仕事とは、たとえば、買い物代行、施設の窓ふき、植栽の手入れなど。コロナ禍以前はゲームを一緒にするなどのレクリエーションも行っていた。
「作業だけならどの便利屋でも同じですが、ケアの共通言語で話せて、施設スタッフとあうんの呼吸で連携が取れて、買い物代行では依頼者の顔をイメージしながら買い物をするので、非常にありがたいと言っていただきます」と古市さんは多くのリピーターが付いている理由をこう分析する。
介護施設向けのZoomを使用してのリモート買い物代行では、利用者の生き生きとした姿が見ることができる(写真5)。「季節の商品や特売品を映すと、皆さん車いすから落ちそうなくらい身を乗り出して、目で見て買い物を楽しんでいます。『画面で見ていたお菓子が届きましたよ』と言うと、体重が10kg落ちて食べる量が減っていた方が桜餅を3つペロリと食べられて、ケアスタッフさんも皆驚いていました」
リモート買い物代行を通して、"楽しみとしての買い物の重要性"に気がついたという古市さん。心の元気は高齢者のQOLやフレイル予防にも大きく関わってくる。
広がる御用聞きサービス自治体との連携が進む
民間向けの生活支援サービスが中心であった御用聞きの事業だが、ここ最近は自治体との連携が進んでいる。
昨年は東京・文京区からの依頼で、コロナ禍で苦境に立たされている飲食店や区民の支援としてデリバリー業務の企画・開発・運営を行った。区が飲食店に包材を無料で提供し、区民に無料でデリバリーするサービス。宅配はコロナ禍で仕事が減って困っている方が担当した。
同じく昨年、東京・西東京市からの依頼で、新型コロナウイルス感染症拡大で自宅待機している高齢者のフレイル予防対策として、「フレイル予防グッズ」を市内75歳以上の高齢者に届けるという企画支援・開発・運営も行った。
今年はある自治体との連携で、福祉人材の育成支援も行うことが決まっている。
営利の中で株式会社がソーシャルビジネスを行う意味
御用聞きの事業は、社会課題の解決をめざすビジネスでありソーシャルビジネスの要素が強い。NPO法人として補助金や寄付を受ける選択肢もあるが、設立当初から「株式会社」の形態を取っている。それには古市さんらの強いこだわりがある。
「主たる収入源が補助金や寄付となると、事業が継続できなくなるリスクがあります。次の15年20年を見据えて、営利の中で株式会社がソーシャルビジネスを行うということは、とても価値があると思っています。なので、毎年税金を納めさせていただいています」
古市さんはここ数年、御用聞きの事業について講演会での情報発信(写真6)や、「御用聞きサポートサービス」という1時間10,000円のコンサルタント事業を行い、御用聞き事業で得た知見やノウハウを、同じ志を持つ仲間に惜しみなく開示している。
心が元気なまま死を迎える高齢者の"生き抜く"を支援する
在宅の生活支援サービスに始まり、介護業界の支援、自治体との連携支援と多彩なサービスを展開している御用聞き。3年前に掲げたミッションは、「Mission2025 第5のインフラを日本に作る」である。
2025年12月までに、電気、ガス、水道、通信に次ぐ第5のインフラとしての「サービス」を日本の8割の場所に普及させる。北海道から沖縄まで蛇口をひねると水が飲めるように、安心で安全で安価なサービスを享受できる世の中にする。
団塊の世代が後期高齢者となり、社会保障費の急増が懸念される「2025年問題」。また、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで送ることができるようサポートする地域包括ケアシステムの構築も2025年が目途である。「2025年までにインフラとしてのサービスを普及させ、誰もが当たり前にサービスを使えるようにすること」。これが御用聞きのミッションだ。
サービスの担い手となる学生などの若い世代が少ない地域にもサービスを普及させるためには、多世代の担い手の創出が必要になってくる。子育て中のママや元気シニアも多世代の担い手として期待される。
「コロナ禍で外出制限がある中で、多世代の方が地域で暮らしを完結させる今の生活形態では、地域包括ケアの前倒しが進むのではないかと考えています。そういう意味で、年配の方への支援が多世代の支援につながることを思想として持つべきだと考えます」
今後は、高齢者へのワクチン接種や社会動向を見ながら、高齢者が働く場・活躍の場の創出を行っていきたいと話す古市さん。
「高齢者は支えられるだけの弱い存在ではありません。何らかの役割を持って、誰かの役に立って、心が元気なまま死を迎える、そのような高齢者の"生き抜く"を応援したい。高齢者が活躍できる場、多世代の包括ケアから、"生き抜く部分の創出"を事業の中でしっかり見極めてやっていきたい」
御用聞きのビジョン「会話で世の中を豊かにする」。便利屋サービスはそのビジョンを実現するためのツールであると古市さんは言う。サービスのインフラを普及させることは、「人とのつながりのインフラ」を普及させることでもある。高齢化や核家族化が進む今の社会では、顔の見える関係性の中で気軽に御用を頼める存在が不可欠である。御用聞きは、サービスを通して人とのつながりを生み出し、高齢化や地域の課題の解決をめざす新しいビジネスモデルである。
写真提供/株式会社 御用聞き(写真1を除く)
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