Withコロナ時代の在宅での運動介入
公開月:2021年4月
大沢 愛子(おおさわ あいこ)
国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長、認知症支援・ロボット応用研究室室長
前島 伸一郎(まえしま しんいちろう)
金城大学学長
荒井 秀典(あらい ひでのり)
国立長寿医療研究センター理事長
はじめに
2019年12月、武漢市で謎の新型肺炎患者が報告されたとき、のちにCOVID-19と名づけられたその感染症が、われわれの社会と生活を一変させるものになるとは誰も予想もしなかった。しかし、現実には、2021年2月現在、われわれは2度目の緊急事態宣言下にある。当初は感染予防・感染対策が最も重要かつ可及的早期に取り組むべき課題であったが、感染の終息がまだ見えない中、過度な活動自粛による二次的な健康被害の拡大が危惧されている。
本稿ではCOVID-19が与えた長期的な不活発な生活が高齢者に及ぼす影響について再考し、二次的な健康被害を予防するためのわれわれの取り組みを通じて、高齢者が可能な限り健康で安全な生活を継続できるような運動介入について考える。
COVID-19による不活発な生活と高齢者
COVID-19の世界的流行によって、各国で活動自粛やロックダウン政策が行われている。わが国でも、2020年4~5月の1回目の緊急事態宣言の解除後、11月頃まで感染者数はまずまずコントロールされた状態にあった。この間、3密の回避やリモートワークが推奨された一方、GoToキャンペーンなどもあり、若者や活動的な人を中心に一時的に社会活動を再開させる動きも見られた。
しかし、流行が始まってからの半年間で、身体的にも社会的にも脆弱な存在である高齢者1),2)と基礎疾患のある人2),3)は感染により全身状態が重篤化しやすいことが明らかになった。また生活習慣病などの併存疾患を有する確率の高い高齢者は致死率が高く、介護施設や病院、地域の集まりなどで多数のクラスターの発生と高齢者の死亡が報告された4)-6)。このため、"高齢者は感染予防のためになるべく外出を控えて閉じこもるべき"という風潮が広がった。短期的かつ感染予防という観点からは、この動きは有効であった可能性が高いが、感染症の発生から1年以上経過した現在も感染終息への道筋がはっきりとは見えない中、長期的な高齢者の閉じこもりや活動低下による二次的な健康被害が懸念されている。
不活発を防ぐための取り組み
不活発な生活は高齢者のフレイルを誘発または悪化させるとして、日本老年医学会は「新型コロナウイルス感染症の中で高齢者が気をつけるポイント」7)をいち早く発表した。国立長寿医療センターでもCOVID-19が身近にある生活を「Withコロナ」または「ニューノーマル」と称し、このような状況を特別視するのではなく、感染を予防しながらも、なるべく普通の生活を行うための方略を考え、工夫を行うべきとの考え方も広まってきた。
や などを早くから発表し、正しい感染予防の知識を広めてきた。また一般社会でも、このような背景の中、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議からの提言を踏まえ、政府からは「新しい生活様式」と、その実践例が発表されている8)。この中では感染防止のための3つの基本として、①身体的距離の確保、②マスクの着用、③手指衛生が推奨され、3密の回避や流行地近辺での移動を控えることが明記されている。また、なるべくリモートやオンラインを導入し、直接的に人との接触を減らせるよう、電子機器や通販などの活用を呼びかけている。他にも業種ごとの感染拡大予防ガイドラインを関係団体が別途作成しており、仕事でも私生活でも多くの制限が課せられている。
そのような中では、さまざまな工夫を行ってもCOVID-19流行拡大前と比べて活動量が減ることは必至であり、国民全体の心身状態に対する二次的被害が懸念されている。実際に、新型コロナウイルス禍(以下、コロナ禍)の長期化に伴い、歩数や活動量の低下だけでなく、体重の増加や不眠、電子機器の長時間使用による肩こりや腰痛、眼精疲労などが広く社会問題となっており、生活習慣病の悪化や身体の痛み、感覚器の機能低下、深部静脈血栓症などはフレイルの進行や要介護状態の直接的な悪化の要因にもなる。
このため、自宅でも行える運動の重要性がますます高まっており、国立長寿医療研究センターでも、早くからコロナ禍における高齢者の心身状態の悪化を懸念し、その予防のために、2020年5月に
を発表した9),10)。その後、2020年の秋には、スポーツ庁でも、「Withコロナ時代に運動不足による健康二次被害を予防するために」"ご高齢の方向け"、"お子様を持つご家族向け"などのリーフレット11)を公表している。NCGG-HEPOPの概要
NCGG-HEPOP12)のコンセプトは「高齢者のための在宅活動ガイド」であり、これを見れば、高齢者が誰でも簡単に、自宅で専門家のアドバイスに基づく運動や活動を実施できることをめざしている。作成にあたっては、老年内科、神経内科、リハビリテーション科専門医と、管理栄養士、療法士などの多職種が協働し、高齢者が安全に活動や運動を実施できるよう協議を行った。
発信方法に関し予め外来患者に調査を行った結果、インターネットから情報を集めることができると答えた人は2割程度しかなく、実際にコロナ禍でインターネットから運動の情報を得た人は数%のみであった。この結果を踏まえ、NCGG-HEPOPは、広く世の中に普及するよう、当センターのホームページから誰でも無料でダウンロードができるとともに、インターネットにアクセスできない人も内容が確認できるように冊子の印刷と配布も行った。
NCGG-HEPOPの実際
高齢者は多くの併存疾患を持っていることが多いため、そのときの心身の状況に即した活動や運動を実施できるよう、NCGG-HEPOPでは簡単な7つの質問からなるフローチャートを設けた(図1)。具体的な運動や活動としては、主に身体機能を改善させるための「バランス向上パック」、「体力向上パック」、「不活発予防パック」と、食事や嚥下、オーラルフレイル、栄養に関係する「摂食嚥下改善パック」および「栄養改善パック」、脳と体を同時に鍛えるための「コグニパック」の6つのパックを準備し、フローチャートの中にある質問に「はい」か「いいえ」で答え、矢印に沿って進むだけで、その人に、より適したパックを選択できる。
個々のパックの中には、そのパックの概要や利用方法の説明と、運動時の注意点などを詳しく示している。また摂食嚥下パックと栄養改善パックを除く4つのパックでは、各パックに10~15個含まれる運動の一覧表を提示し、この表を見ることで、掲載されている運動の種類や臥位・座位・立位のいずれの姿勢で行う運動であるかがわかり、利用者が自分に最も適した運動を選択できる。
実際の運動の例を図2に示す。各運動について、簡単な文章で説明しながら人形やキャラクターを用いて具体的な体の動きを示した。また、基礎疾患にも配慮し、禁忌となる疾患や疾患特有の運動時の注意点も記載した。運動については、ストレッチ、バランス訓練、筋力増強訓練、全身運動などを含めたが、サルコペニアやフレイルの予防に欠かすことのできない食事の摂取や栄養についても説明を含めた。これらを実践することで誤嚥性肺炎や低栄養、転倒、認知機能の悪化などを予防し、ウォーキングや家事などによる活動も合わせることで、コロナ禍でも心身機能の維持を図れるようなガイドとなっている。
その他の在宅での運動の勧め
3つの身体機能に関するパックと「コグニパック」についてはHEPOPフローチャートを実施後にパックを選択すれば、10分程度でいつでも簡単に気軽に運動が実施できるようになっている。また高齢者だけでなく、リモートワークで運動不足となりがちな若い世代に向けて も準備しており、さまざまな形でなるべく多くの人が活動を維持できるようなツールを提供している。
という簡易版も作成し、最新のWHOのガイドライン12),13)では、身体活動に関し、18~64歳の成人は、中程度の強度の有酸素運動を週に最低150~300分、あるいは高強度の有酸素運動を最低75~150分、または同等の強度の運動を行うことが健康に大きな効果をもたらすとされている。さらに、週に2日以上、すべての主要な筋肉群を含む中強度以上の筋力強化訓練を行うことで、より健康に対する効果があるという。また、65歳以上の高齢者では、身体活動の一環としてバランス訓練と筋力増強訓練を週3日以上、中強度以上で行うことで、機能的な能力を高め転倒を防ぐことができるとされている。
フレイルやサルコペニア高齢者に対しても運動の有効性が示されており14),15)、特にレジスタンス運動を含む複合的な運動プログラムが効果的である16)。認知症の発症予防に関しても運動の効果が示されており、MCIから認知症への進行予防に関しては二重課題を含む複合的な運動がよいという17)。また、認知機能と運動機能の関連も知られており、縦断的研究において、普段から運動量が多い高齢者のほうが認知機能が優れており18)、6年にわたる追跡調査でも研究開始時の最大酸素摂取量のベースラインが低い人ほど終了時の認知機能が低下していたという19)。
これらの知見を合わせれば、屋外やグループでの活動がまだまだ制限される中、高齢者に対しては、週に少なくとも3回以上、できれば毎日、バランス訓練、筋力増強訓練、ストレッチ、有酸素運動などを含む多種多様な運動を自宅で継続することが望ましい。米国スポーツ医学会のガイドライン20)では、筋力増強のためには最低でも最大筋力の40%以上の負荷が必要とされているが、近年の高齢者における研究では1RM(Repetition Maximum)の20%程度の低負荷レジスタンス運動でも筋力増強が得られると報告されており21)、WHOの勧告のように"どんな運動や活動でもゼロよりはずっとよい"ため、まずは簡単で手軽にできる運動から始め、運動習慣をつけることを第一に考えるべきである。
運動習慣がつけば、過負荷の原則や漸増負荷の原則などに従い、徐々に負荷量を増やすとよい。合わせて認知機能や栄養面にも配慮し、二重課題を取り入れた運動や活動量に見合う栄養を適切に摂取するよう、多方面から指導を行うことが望ましい。
COVID-19によって人々の生活や活動が大きく制限されることは危機的状況ではあるが、本稿で紹介したような自宅でできる運動プログラムの考案や指導体制の構築は、今後の医療・介護分野の発展にも寄与するものであり、これまで経験したことのないような状況の中でも高齢者の健康を正しく守れるよう、今後も柔軟な発想で介入技術の進歩を図るべきである。
文献
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筆者
- 大沢 愛子(おおさわ あいこ)
- 国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長、認知症支援・ロボット応用研究室室長
- 略歴
- 2002年:和歌山県立医科大学卒業(医学博士)、同大学附属病院診療医臨床研修、2004年:川崎医科大学リハビリテーション科臨床助手、2007年:Visiting fellow, Royal Rehabilitation Center Sydney, Faculty of Medicine, University of Sydney, Australia、2008年:埼玉医科大学医学部助教(埼玉医科大学国際医療センターリハビリテーション科医長)、2013年:国立長寿医療研究センター機能回復診療部医員、2014年より同認知行動科学研究室(現・認知症支援・ロボット応用研究室)室長、2017年より同リハビリテーション科医長
- 専門分野
- リハビリテーション医学
- 前島 伸一郎(まえしま しんいちろう)
- 金城大学学長
- 荒井 秀典(あらい ひでのり)
- 国立長寿医療研究センター理事長理事長
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