介護施設におけるCOVID-19対策─フレイル対策を中心に─
公開月:2021年4月
大河内 二郎(おおこうち じろう)
介護老人保健施設竜間之郷施設長
はじめに
本稿では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のリスク管理として施設において発生したクラスターの事例に基づいて高齢者施設における、①COVID-19が発生していない状況でのフレイル対策、②COVID-19が発生した状況下でのフレイル対策について、その課題および対策について述べる。
高齢者施設におけるCOVID-19クラスターの発生の実態
本稿を執筆している2021年1月の段階で新型コロナウイルス感染症の勢いは衰える兆しがない。本邦においても高齢者施設におけるCOVID-19クラスターの発生時の死亡率は高い。また職員が感染すると介護施設の運営が困難となる。さらに地域医療機関におけるICUの利用率も高く、その及ぼす影響は大きい。これらの点から、COVID-19はインフルエンザウイルスよりも恐ろしい感染症である。
全国老人保健施設協会が2021年1月上旬までに把握した介護老人保健施設(以下、老健)におけるCOVID-19の発生例は70施設にわたり、利用者、職員を合わせ約1,440名が感染した。利用者のうち入所では974人、通所では109名の計1,083名が感染し、このうち99名が死亡している。
2020年12月までの報告数は50施設だったので、約1か月に20施設から感染の報告があり、クラスター発生数も加速している(2021年1月26日現在)一方で、発症者数は施設のCOVID-19収束までの期間に大きな影響を与える。収束は最後の発症者が出てから14日間とされている。
図1にCOVID-19発症人数別の収束までの期間を示した。5名未満の発症の場合は平均15日(17施設)であるのに対し、5名を超えると収束までの期間は平均49日(17施設)となり、3倍以上の開きがある。このことから、施設内では発症者を起こさないこと、さらには起こしても発症者数を最低限に抑えることが課題である。
COVID-19が発生していない段階での施設でのフレイル対策
介護施設においてCOVID-19予防のため、さまざまなサービスの制限が行われている。たとえば通所サービス、レクリエーション、ボランティアなどによるグループ活動の制限などである。このように一部のサービスを制限することにより、ウイルスが持ち込まれる機会を減らすことが期待される。
COVID-19の広がりを防ぐため、われわれの施設では入所後1週間は経過観察期間とし、利用者は個室での隔離、多床室の場合はカーテンで区切った空間での隔離となり、その期間は個別リハビリテーションのみ提供している。
その一方で、サービスの制限は利用者のフレイルの進行につながる危険性がある。入所利用における対応としてはまず個別リハビリテーションの充実である。これはこれまでの集団リハビリテーションを取りやめた時間をさらに個別リハビリテーションに充(あ)てることで、COVID-19対策とリハビリテーションの充実を行うことができる。
さらにボランティアなどによるレクリエーションの種類や方法の見直しが行われている。オンライン面会も、家族とのつながりを維持するうえで効果が期待される。
一方、通所サービスにおいては、在宅では家族や友人、他の在宅介護サービス事業者などとの接触の可能性も高く、入所者よりもリスクが高いと考えられるため、体温の測定を行い、発熱者や疑い例の一時利用中止をしつつ、個別のリハビリテーションおよびレクリエーションを充実させる必要がある。
クラスター発生から考えるフレイル対応
次にわれわれの施設で発生したクラスター例を紹介する。
2020年8月某日(-2日目)、他院からリハビリテーションのため当施設1階に入所した女性が2日後(0日目)、保健所より濃厚接触者であるとの連絡を受け、PCR検査を実施したところ陽性となり、即日入院となった。
保健所と協働で濃厚接触者として利用者10名、職員6名を認定し、PCR検査を実施した。当初、濃厚接触者と判定された利用者および職員には陽性者はいなかったが、翌日1名が発熱し検査を行ったところ、陽性であった。さらにこの同室者2名のうち1名が陽性であった(7日目で計3名陽性)。加えて、この方の濃厚接触者3名が陽性と判明し、この段階で1階の利用者全員を濃厚接触者と考え再度検査を行ったが、陰性であった。職員についても同様に検査を実施したが、12日目の段階で全員陰性であった。
なお、1階と2階の間の行動を制限していたにもかかわらず、陽性の認知症を有する男性が夜間に2階に行っていたことが判明した。2階入所者も全員検査を行ったが女性1名のみ陽性で、経過中2階フロアで陽性となったのはこの方のみだった。
全経過を通じて利用者計27名と職員計3名が陽性と判定された。陽性と判断された利用者は、保健所の指示に基づいてすみやかに近隣の病院に転院した。陽性となった職員はホテル療養となった。
図2に当施設における発生の時間的なばらつきを示した。38日目(9月14日)を最後に陽性者が出ていないことから、このクラスターはその14日後の9月28日に隔離解除を行うことができた。
図2から、当初の陽性者が18日目までに陽性となった22名(うち職員1名)への感染と関係していると考えられた。一方、22日目からの感染は、徹底したゾーニングや感染症対策を行っていても感染したため、同室者からの感染あるいは介護の際に職員によって伝播した可能性がある。
クラスター期間中の利用者の活動制限
利用者はさまざまな日常生活活動の制限を受ける。まず、トイレの使用制限のため、利用者は自室でポータブルトイレでの排泄を余儀なくされた。食堂は使用できず、各居室での食事となった。
これまで老健では、認知症を有しかつ活動的な高齢者を比較的自由にさせることで機能維持を図ってきた。通常であれば、私が所属する施設でもこの数年間、身体拘束はまったく行われていなかった。ところが、感染症流行下では、薬剤による抑制や室内施錠などの手段を使用しなければ、本人やほかの利用者を感染症から守ることができないという状況に置かれた。直接の身体抑制は行わなかったが、認知症者で活発に動く方の活動制限は特に困難で、当施設で例外的にしか使用してこなかったメジャートランキライザー(抗精神病薬)を使用せざるを得ない事態となったが、使用しても活動制限ができない認知症高齢者がいた。
本来、老健のあるべき対応は、利用者の活動性や行事への参加を促し、認知症リハビリテーションを行うことで周辺症状を抑制することであるが、感染症管理上はこういったアプローチが行えない。通常時の老健の理念と感染症下で行う抑制が矛盾しており、判断に苦慮することが多かった。
またクラスターが発生したあとのリハビリテーションはすべてベッドサイドで行われた。その際、さまざまな問題点が挙げられた。
- リハビリテーション対応の際、防護具やマスクは1件あたりで変更しなければならなかった。
- これまでリハビリテーションスタッフは複数フロアを担当していたが、感染防止の観点からフロア専従としたため、効率が低下した。
- マスク着用してのリハビリテーションとなるため、コミュニケーションがとりにくかった。
- 通所リハビリテーションは中止した。このため通所利用者のADL低下がみられた。また、別事業者へのサービス移管が行われた。
- 活発な認知症者の場合、感染予防のためにメジャートランキライザーを使用して活動を抑制せざるを得ないケースがあり、この場合リハビリテーションの効果も減退すると考えられた。
COVID-19に罹患しなかった高齢者は、クラスター発生で居室のみでの活動となったからといって、すぐに心身機能が低下するわけではない。個別のリハビリテーションを継続することによって、心身機能の維持を図るべく対応した。
COVID-19罹患者の再入所について
COVID-19に罹患すると、利用者は指定された病院に入院する。その後一定期間を経たあと、利用者は施設に再入所する。現在のルールでは症状があった者の場合、最短13日間で、無症状者の場合は最短8日間で施設に戻ることが可能である。
今回、当施設でのクラスター発生で、施設内での陽性確認が続きゾーニングが継続している中で、無症状の利用者が最速10日程度で戻ってくる際の対応に苦慮した。戻ってくる方が活発な認知症者の場合、ゾーニングを無視して動くためゾーニングの工夫も必要となった。こういった方々の場合、メジャートランキライザーを使用せざるを得ないケースもあった。
1. 再入所時の在宅酸素療法加算
以前から指摘されているように、老健では介護報酬のしばりから在宅酸素療法が受けにくい状態が続いている。高齢者のCOVID-19感染後は血中酸素が低い方が多く、入院した病院から、退所後は在宅酸素療法継続の指示が出されるが、そのコストは施設持ちである。したがって元の入所施設に戻すことが困難となる場合がある。老健入所者においても、在宅酸素療法が問題なく提供できる体制を構築すべきと考える。
2. 感染症後の短期集中リハビリテーションの再実施
COVID-19で入院した方の心身機能レベルの低下が著しい。本来、老健では短期集中リハビリテーション1)および認知症短期集中リハビリテーション2)により、入所直後の利用者の機能改善が得られている3)。入所後の時期にも依存するが、短期集中リハビリテーションは過去3か月に老健を利用していないことが算定の条件となっているが、COVID-19罹患後は多くの利用者が短期集中リハビリテーション、認知症短期集中リハビリテーションが必要な状態である。
3. 入院中の併存症の悪化
COVID-19で入院している期間、利用者の併存症が悪化する場合がある。今回のエピソードにおいても、入院中に褥瘡が悪化し、再入所後に再度入院して、褥瘡の治療を要する方がいた。
入所者に対する新型コロナウイルス感染症の説明
当施設では、初回利用時にすべての利用者に、余命が残り少なくなったときの対応について方針を確認する一種のアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を行っている。通常時であれば、終末期のケアについて十分な説明を行っていると、老健での看取りは満足度が高い4)。
しかしCOVID-19流行下では、罹患者には保健所や入院先の病院から、COVID-19に罹患後状態が悪化した場合の対応の再確認が求められる。具体的には人工呼吸器やECMOの使用についてである。初回利用時には、看取りの際の延命治療として人工呼吸器やその他急性期医療は不要としても、COVID-19に罹患した場合は、できるだけのことをしてほしいと希望する家族もいる。利用者は認知症で判断ができず、来所制限がある中で、家族も短時間で判断を行うことは困難な状況がある。
そこで、日本老年医学会と全国老人保健施設協会は、利用者に対する新型コロナウイルス感染症流行時における説明文書を作成し公開している。竜間之郷においても、すべての入所者に対してこの方法で説明している(表)。
表 新型コロナウイルス感染症についての入所時の利用者へのための説明文書
新型コロナウイルス感染症流行時における入所の継続などについて
介護老人保健施設 竜間之郷 施設長 大河内二郎
- ・施設での感染症発症を完全に抑制できない可能性がある
- 当施設ではご利用の皆様が新型コロナウイルス等の感染症にかからないよう、面会の制限、入所者及び職員の体調観察など最大限の注意を払っております。しかしながら無症状の感染者からの感染を防ぐことは困難です。
- ・発症者が出た段階での在宅復帰や他の施設への移動は困難である
- 施設内で発症者が出たら、既に施設内に感染が広がっている可能性があります。この段階での移動は感染症を広げる可能性があることから困難になります。
- ・高齢者で様々な疾患を持っているために重症化しやすい
- 高齢者施設には様々な疾患を抱えたご高齢の方が多く、そのような方は重症化しやすいことが知られています。
- ・施設での感染対策・ウイルス検査
- 施設内で発症者が出た場合、感染症の広がりを防ぐために、居室の変更や居室内での隔離が行われます。感染が疑われた場合、医療機関でのウイルス検査を行います(初診料等が必要になることがあります)。
- ・感染時の対応
- 利用者がコロナウイルス陽性と判明した場合コロナウイルス感染症の方を治療している専門の医療機関に入院することになります。どこの医療機関に移るかは保健所が決めるため選択できません。
- ・感染症に罹患して重症になった時の治療をどうするか考えてみる
- コロナウイルス感染症に罹患して入院する際には保健所や先方の医療機関から、今後の治療方針についてどこまでの治療を希望するかという問い合わせがあります。これらの医療機関では呼吸器症状などの程度により、内服あるいは点滴の治療や酸素マスクによる酸素供給がなされます。さらに重症になると、人工呼吸器やECMO(エクモ;人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療)などの治療が行われる場合があります。これらの治療により改善する場合もありますが、改善の見込みが低い場合もあります。重症の病期になった時にどのような治療を望むのか、ご本人もご家族も当施設入所を機会に考えてみましょう。
おわりに
本来、老健は利用者の活動性やADLを上げるための工夫をしている施設である。ところがCOVID-19が蔓延してから、面会が制限され、さらにクラスターが発生すると、保健所などの指導により厳しい隔離が行われることになった。感染した方はもちろん、感染しなかった方でも、行動制限があればADLが低下するリスクは高い。さらに、これまで毎日のように行われていたレクリエーションも中止されたため、認知機能の低下も懸念される。
老健の理念とは異なるこのような対策とあるべき理念との融合をどのように図るかが課題である。
また、今後はデータを整理し、利用者の心身機能がCOVID-19クラスターの発生でどのように変化したのかも検討していく予定である。
文献
- 大河内二郎:短期集中リハビリテーションと自立支援. 総合リハビ リテーション 2017; 45(11): 1099-1102.
- 大河内二郎:認知症短期集中リハビリテーションとは. Medical Rehabliltation 2015; 183: 104-107.
- Maki Y, Sakurai T, Okochi J, Yamaguchi H, Toba K: Rehabilitation to live better with dementia. Geriatr Gerontol Int. 2018; 18(11): 1529-1536.
- 小竹理奈, 羽成恭子, 岩上将夫, 大河内二郎, 植嶋大晃, 田宮菜奈子:介護老人保健施設で看取りを行った遺族における看取りの満足度との関連要因. 日本公衆衛生雑誌. 2020; 67(6) :390-398.
筆者
- 大河内 二郎(おおこうち じろう)
- 介護老人保健施設竜間之郷施設長
- 略歴
- 1990年:筑波大学医学専門学群卒、同附属病院内科研修医、1992年:東京都老人医療センター神経内科医師、1993年:九州大学医学部附属病院精神科神経科医師、1998年:同医療情報部医員、1999年:産業医科大学公衆衛生学助手、2000年:厚生労働省老健局老人保健課課長補佐、2005年:医学博士取得(産業医科大学)、九州大学医学研究院医療ネットワーク学助教授、2007年より介護老人保健施設竜間之郷施設長、2014年より全国老人保健施設協会常任理事、2020年より東京大学医学部大学院在宅医療学特任講師
- 専門分野
- 神経内科学、老年医学、公衆衛生学
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