腸内リボ核酸による骨粗鬆症の病態修飾に関する研究
公開月:2021年4月
丸山 健太(まるやま けんた)
自然科学研究機構生理学研究所
特別協力研究員
研究の主な内容
臓器や組織が圧力を感知して応答するためには、細胞に加わる機械刺激を生物学的シグナルに変換するための受容体が必要と考えられるが、その実体は不明であった。ところが最近になってPiezoファミリーと呼ばれるカチオンチャルが膜の張力変化に応じてCaを透過させることで当該機構を担っていることが報告され、圧受容の分子機構が急速に明らかとなりつつある1)。
PiezoファミリーにはPiezo1とPiezo2が存在し、前者は血流センサーとして血管内皮・リンパ内皮の適切な配向や血圧の感知に関わること、後者は痛覚神経における圧・機械刺激感知を担うセンサーであることが報告されている2)。
Piezoファミリーの発見は、われわれの機械刺激に対する痛みの理解を大きく拡張する原動力となっているが、このイオンチャネルが炎症や蠕動(ぜんどう)運動、骨代謝などといった全身の生理機能においていかなる役割を果たしているのかは不明であった。
われわれは、腸管上皮に発現するPiezo1が腸内細菌由来のRNAを認識することでセロトニンの産生を誘導し、骨と腸の恒常性をダイナミックに制御している一面を描写することに成功した3)。
研究により明らかになったこと
われわれは、Piezo1が腸管上皮と骨代謝細胞で発現していることを見出した。そこで、腸と骨におけるPiezo1が果たす役割を明らかにするため、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウス(VillinCre-Piezo1 flox/flox)、破骨細胞特異的Piezo1欠損マウス(LysMCre-Piezo1 flox/flox)、ならびに骨芽細胞特異的Piezo1欠損マウス(Col1a1Cre-Piezo1 flox/flox)を作成し、これらマウスの表現型解析を行った。
その結果、破骨細胞特異的Piezo1欠損マウスと骨芽細胞特異的Piezo1欠損マウスの骨量は正常である一方、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスの骨量は顕著に上昇していることがわかった(図1)。
骨形態計測を実施したところ、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスの骨では骨芽細胞による骨形成が亢進しており、これが骨量増加の原因と考えられた。近赤外蛍光プローブを経口投与してinvivoにおける腸管の蠕動運動をShimazuSAI-1000イメージングシステムで観察したところ、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスの腸蠕動は野生型と比較して顕著に低下していることが明らかとなった(図1)。
また、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスに野生型マウスが1週間で全滅する濃度のDSSを投与して腸炎を惹起したところ、9割が生存した。大腸の組織学的解析を実施したところ、驚くべきことに、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスではDSSによる大腸炎がほとんど生じていなかった(図1)。
(左)近赤外蛍光プローブを経口投与後4時間のプローブ腸内分布像
(中)DSS腸炎を誘発した腸組織
(右)大腿骨のCT像
以上より、腸管上皮のPiezo1は骨形成を負に制御すると同時に、腸蠕動の促進と腸炎の増悪をもたらす因子であることが明らかとなった。
腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスの表現型が発現するメカニズムを明らかにする目的でトランスクリプトーム解析を行ったところ、腸蠕動の促進と腸炎の増悪をもたらすと同時に、骨形成を抑制するホルモンであるセロトニンの発現がPiezo1を欠損する腸管上皮で低下していた。
そこで腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスに1か月間セロトニンを投与したところ、腸蠕動・DSS腸炎・骨代謝は野生型と同程度となった。それゆえ、Piezo1は腸管上皮のセロトニン内分泌機構における枢軸分子であることが明らかとなった。
Piezo1が腸蠕動による機械刺激に応じてセロトニンを誘導しているのかどうかを検証するため、STREX systemを用いて腸管上皮に伸展収縮刺激を加えたところ、予想に反して、野生型ならびにPiezo1を欠損する腸管上皮で同程度のセロトニンの産生亢進が観察された。それゆえ、腸管上皮のPiezo1は機械刺激に応じて活性化しているわけではないことが推測された。
次に、腸管上皮のPiezo1が腸内細菌依存的にセロトニンを産生しているかどうかを明らかにするため、抗生物質カクテルをマウスに投与することで腸内細菌を激減させたところ、野生型マウスでは腸管上皮のセロトニン産生が抑制されて骨量の上昇がみられた一方、腸管上皮特異的Piezo1欠損マウスでは当該現象が観察されなかった。
これらの結果は、糞便に含まれる何らかの腸内細菌由来の分子がPiezo1のリガンドとなっている可能性を示唆する。実際、糞便溶解上清をPiezo1を発現させた細胞にふりかけるとCa応答が観察されたことから、当該仮説の蓋然性は高いものと考えられた。
そこで糞便溶解上清をタンパク質分画・DNA分画・RNA分画の3つに分けてCaイメージングを実施したところ、RNA分画でのみCa応答が観察され、RNAがPiezo1を活性化しうることが明らかとなった。
また、糞便溶解上清を一本鎖RNAを分解するRNaseAで処理すると、糞便溶解上清のPiezo1の活性化能が消失したことから、一本鎖RNAがPiezo1のリガンドとなっていることが推測された。実際、人工合成された一本鎖RNAはPiezo1を発現させたHEK293T細胞にPiezo1電流を誘発したことから、糞便中の一本鎖RNAはPiezo1の天然リガンドであることがわかった。
一般に、老齢マウスの骨形成速度は若年マウスと比べて低下していることが知られている。そこで、老齢マウスの糞便溶解上清のRNA量を測定したところ、若年マウスと比べて有意に増加していた。また、老齢マウスの血中セロトニン濃度は若年マウスと比べて上昇している一方、老齢マウスの腸管上皮におけるRNaseAの発現量は若年マウスと比べて低下していた。
これらの結果は、腸管内における一本鎖RNA量が加齢に伴う骨形成速度の低下と関連している可能性を示唆する。
そこでわれわれは最後に、老齢マウスの腸管内に存在する一本鎖RNAの生理学的意義を明らかにする目的で、老齢の野生型マウスに1か月にわたってRNaseAを注腸する実験を行った。その結果、RNaseAを注腸されたマウスでは血中セロトニン濃度の低下を伴った骨量の上昇と腸蠕動の低下が認められた。
以上より、腸内細菌由来のRNAはPiezo1を介してセロトニンを誘導する分子であり、腸内に存在する一本鎖RNA量を調節することで腸と骨の恒常性を制御できることが判明した(図2)3)。
腸管上皮に発現するPiezo1は糞便中の一本鎖RNA(ssRNA)によって活性化され、セロトニンを誘導する
研究による期待される可能性、今後の課題と展望
今回の研究により、「マウスの糞便中に含まれる腸内細菌由来の一本鎖RNAが腸に発現する機械刺激受容体のPiezo1を活性化し、セロトニンの産生を誘導している」というまったく新しい生理機構の存在が明らかとなった3)。このことは、糞便中のRNAがPiezo1を介して腸と骨の恒常性を維持していることを示唆すると同時に、腸内RNA量の制御によって便秘、腸炎、骨粗鬆症などの治療を開発できることを意味している。
近年、感覚システムと骨免疫システムが多彩な制御分子を共有しながら互いに相互作用していることが急速に明らかとなってきた4),5)。生理学と免疫学を融合させた「感覚免疫学(Sensoimmunology)」ともいうべき学際分野が、これまでにない新しい老年医療の創成につながっていく可能性がある。
文献
- Coste B, et al.: Piezo1 and Piezo2 are essential components of distinct mechanically activated cation channels. Science. 2010; 330(6000): 55-60.
- Murthy SE, et al.: Piezos thrive under pressure: mechanically activated ion channels in health and diseases. Nat Rev Mol Cell Biol. 2017; 18(12): 771-783.
- Sugisawa E, et al.: RNA Sensing by Gut Piezo1 Is Essential for Systemic Serotonin Synthesis. Cell. 2020; 182(3): 609-624.
- Maruyama K, et al.: Nociceptors Boost the Resolution of Fungal Osteoinflammation via the TRP Channel-CGRP-Jdp2 Axis. Cell Rep. 2017: 19(13): 2730-2742.
- Maruyama, K. et al.: The ATP Transporter VNUT Mediates Induction of Dectin-1-Triggered Candida Nociception. iScience. 2018; 6: 306-318.
筆者
- 丸山 健太(まるやま けんた)
- 自然科学研究機構生理学研究所
特別協力研究員 - 略歴
- 2008年:慶應義塾大学医学部卒業、東京医療センター医師、2011年:日本学術振興会特別研究員DC1、2013年:大阪大学大学院医学系研究科修了(3年次早期修了、医学博士)、日本学術振興会特別研究員PD、2014年:大阪大学免疫学フロンティア研究センター助教、2019年より現職
- 専門分野
- 老年内科学、感覚免疫学
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