健康長寿で大往生しよう
公開日:2019年12月27日 09時00分
更新日:2019年12月27日 09時00分
大内 尉義(おおうち やすよし)
国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長
わが国の平均寿命は男女とも延び続けており、人生100年時代という、人類が今まで経験したことのない社会が本当に訪れようとしています。その中で、健康に歳をとる、健康長寿が大切であるということがいかに重要であるかを再認識する必要があります。そのためにはフレイルの予防が大切です。すなわち、75歳を超えたら、糖尿病や慢性腎臓病などが無い限り、自由にできるだけたくさん食べることが肝要です。間違っても肥満防止のためのダイエットなどしない。特に、肉や魚などのたんぱく質を十分とることが重要です。肉の中では高たんぱく、低脂肪の鶏肉がおすすめですが、もちろん牛、豚肉でもかまいません。魚は、あじ、鯖といった青魚が動脈硬化だけでなく、骨粗鬆症、認知症の予防に有効です。アルコールも大酒飲みでは困りますが、適度な飲酒は健康長寿に役立ちます。運動に関しては、今までは高齢者に筋トレなんてとんでもない、といわれてきましたし、またその効果も証明されていませんでしたが、近年のスポーツ医学の成果はこの常識をくつがえし、1日30分の筋トレを行うことがフレイル予防に重要ということがわかってきました。そして、いつまでも好奇心を持ち、できるだけ外に出て他人との交流の機会をもつこと、これが健康長寿の秘訣です。
2017年1月、日本老年学会、日本老年医学会は日本人は若返っていることを科学的に証明したことを根拠に、高齢者が65歳以上では若すぎる、75歳以上にすべきだ、ということを提言しました。これには多くの反響があり、賛成の意見とともに、年金受給開始年齢をあげるなどの社会保障の制限につながるというご批判もたくさんいただきました。私たちの真意は真逆で、まだ元気で十分働けるのに「高齢者」とひとくくりにされて、ある日突然、支える側から支えられる側にまわされるのはおかしい、というのが私たちの考えです。そのことが、世界に冠たる日本の社会保障制度を持続可能なものにすることにつながるのです。制度の問題はさておき、私たちの提言にあるように、外に出て働く(有償労働でも無償労働でも)ことは認知症の予防、フレイルの予防につながり、個人の健康長寿にも大いに役立つのです。
以前、日本老年医学会の第二代理事長であられた佐々木英忠先生のグループが、仙台近郊のある町で、終末期にかかる医療費を調べた研究1)があります。その結果によれば、寝たきりになったあとの要介護期間は高齢になるほど短い、すなわち、80歳以上で寝たきりになった場合に平均1年以内で死亡するが、80歳以下では2年、更に若ければ3年過ぎてから死亡する、とのことです。つまり、高齢まで元気でいた人は、終末期から死亡に至る期間も短いことを意味しており、健康寿命を延伸させる努力が結果的に大往生につながることを明確に示しています。
「人間至る処青山有り」―青山とはお墓の意味ですが、この言葉は江戸末期に釈 月性という僧が作った七言絶句の最後の行です。全体の意味は「男子が志を立てて故郷を出たからには、学が成就しない限り再び帰ることはない、自分の骨を埋めるところを決めておく必要はない、世の中にはどこにでも青山があるのだから」というものです。私はこの漢詩の後半を「自分の目標をあるところに決める必要はなく、与えられた環境で最善を尽くす」と勝手に解釈し座右の銘としてきました。若いころからの私の置かれた環境は変遷がありましたが、その時々に、この言葉を糧にして、余計なことをあれこれ考えず、置かれた環境を楽しみ最善をつくしたことが結果的に悔いのない人生につながったと思います。
還暦を迎えた時、東大老年病学教室の方々がお祝いの会を開いてくれました。この時、日野原重明先生をお招きしましたが、スピーチの中で、日野原先生は、「大内先生が私の域に達するにはあと40年かかる」と述べられました。あれから10年、今では古希を過ぎましたが、人生100年の時代においてはまだ30年もの人生が残されています。これからも、あれこれくよくよ考えず、置かれた環境で、いろいろな方と交流しながら精いっぱい人生を楽しみ、また、老年医学の研究を続けながら、日野原先生のような大往生をめざしたいと思っています。
1) 佐々木英忠:老年者の終末期医療、日本医事新報3807号, 43-51, 1997
著者
- 大内 尉義(おおうち やすよし)
- 昭和24年岡山県生まれ。昭和48年東京大学医学部卒業、第三内科に入局。昭和60-61年米国留学を経て、昭和61年東京大学老年病学講師、平成7年同教授。東大病院副院長を経て、平成25年4月より現職。専門は老年医学、循環器病学で、日本老年学会、日本老年医学会理事長などを歴任。2017年国際老年学会会長賞を受賞。東京大学名誉教授。