その他の多剤耐性菌感染症
公開日:2016年7月25日 10時00分
更新日:2021年2月24日 10時45分
多剤耐性菌感染症とは
菌による感染症は、抗菌剤を使用することで菌は死滅し、感染症によりみられていた症状も回復に向かいます。しかし、菌が抗菌剤に対して耐性が生まれ、抗菌剤が効かなくなってしまうことがあります。一つの種類にだけ耐性を示す場合であれば、他の種類の抗菌剤を使用することで治療が可能ですが、たくさんの種類の抗菌剤に耐性ができた菌に感染してしまうと、治療で使用できる抗菌剤が限定されてしまうため、治療が難しくなります1)。
多剤耐性菌感染症が問題になる理由
多剤耐性でない菌は、ヒトの体の中や身の回りに存在している菌も多く、健康な人では体の中に入ったり、皮膚や粘膜に付いたりするだけでは無症状のまま過ごし、気づかないうちに菌もいなくなってしまうこともあります1)。
しかし、抵抗力の弱い高齢者や病院でカテーテルや人工呼吸器管理をしている患者さんは感染を起こしやすい環境にあり、多剤耐性菌による感染症を発症しやすくなります1)。
多剤耐性菌による感染症が問題となるのは、治療に使える抗菌剤が限定されるうえ、抗菌剤での治療を行うと、体の中の良い働きをしている菌まで死滅して、多剤耐性菌が増えてしまうこと、また、免疫の低下した人が感染を起こすため、なかなか菌を除菌することができないまま、高齢者施設や病院では、医療スタッフを介した接触感染により、免疫の低下した人へ感染が広がってしまうことにあります1)。
高齢者施設や病院でみられる多剤耐性菌感染症
多剤耐性菌感染症は、MRSA感染症がよく知られていますが、その他にも多剤耐性肺炎球菌、多剤耐性緑膿菌、多剤耐性アシネトバクター、ニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1(NDM-1)産生多剤耐性菌などがあげられます。
多剤耐性肺炎球菌2)
多剤耐性肺炎球菌の特徴・症状
人の口の中や鼻の中などにもみられる菌ですが、抵抗力の弱い高齢者が感染すると中耳炎、副鼻腔炎などや、重症例では肺炎や敗血症、髄膜炎などを起こします。
多剤耐性肺炎球菌の治療
重症例に対しては、多剤耐性肺炎球菌に効く抗菌剤の投与が行われます。
多剤耐性肺炎球菌の予防
感染対策として、免疫の低下している人と感染者との接触を避けること、肺炎球菌ワクチンの予防接種を受けることがあげられます。
多剤耐性緑膿菌3)4)
多剤耐性緑膿菌の特徴・症状
家庭のキッチンや洗面所、風呂場の排水口などの水回りにも存在する菌ですが、抵抗力の低下している高齢者では肺炎や敗血症、腹膜炎などの重篤な感染症を引き起こすことがあります。
多剤耐性緑膿菌の治療
重症例では多剤耐性緑膿菌に効く抗菌剤の投与が行われますが、多剤耐性緑膿菌にも効くとされてきた抗菌剤に耐性を示す菌の出現もみられています。
多剤耐性緑膿菌の予防
高齢者施設や病院などでは、トイレや給水設備、キッチン、風呂場などの水回りの清潔を保ち、衛生管理を行う対策が必要です。
多剤耐性アシネトバクター5)
多剤耐性アシネトバクターの特徴・症状
土や川の水など、自然の中にみられる菌で抵抗力の低下している高齢者などに感染すると、人工呼吸器関連肺炎、血流感染症、創部感染症などの原因となります。
多剤耐性アシネトバクターの治療
治療が必要な症例では抗菌薬の投与が行われます。
多剤耐性アシネトバクターの予防
長期間自然環境の中での生存が可能な菌であるため、石鹸での手洗いや医療器具の洗浄・消毒の徹底と施設内の清潔を保つことが大切です。
ニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1(NDM-1)産生多剤耐性菌6)7)
NDM-1産生多剤耐性菌の特徴・症状
多くの抗菌薬を分解してしまうNDM-1という物質を作りだす大腸菌や肺炎桿菌(はいえんかんきん)が海外でみつかっています。この菌は、医療機関に接することがない健康な人にも感染がみられており、日本でNDM-1産生多剤耐性菌がみつかった例はまだ少ないですが、感染が広がることが危惧されています。
NDM-1産生多剤耐性菌の治療
治療が必要な症例では、NDM-1産生多剤耐性菌に有効である抗菌薬の投与が必要となります。
NDM-1産生多剤耐性菌の予防
NDM-1産生多剤耐性菌による感染症の流行しているインド・パキスタン・バングラデッシュ国から帰国した人では、腸内にNDM-1産生多剤耐性菌を保菌している可能性があり、便を介して感染する恐れがあります。処置の際は手袋を使用することや手洗いの徹底、感染者と抵抗力が低下している人との接触感染を避けることなどが重要になります。また、今後の動向にも注意していく必要があります。
参考文献
- 新規カルバペネム系薬耐性因子,ニュー・デリー型メタロβ ラクタマーゼ(NDM-1)の特徴 石井良和東邦大学医学部微生物・感染症学講座