MRSA感染症
公開日:2016年7月25日 11時00分
更新日:2024年8月30日 13時08分
MRSA感染症の症状
黄色ブドウ球菌は、ヒトや動物の皮膚、鼻腔、咽頭や気管にも存在しています。健康な人に存在していても無害な菌ですが、高齢者など抵抗力の弱い人が感染すると、重症感染症の原因となります1)。
皮膚の傷に伴って、化膿症、膿痂(のうか)疹、毛包炎、おでき、蜂窩織炎(蜂巣炎)※1や、怪我の傷、火傷、手術後の傷跡の二次感染など、皮膚軟部組織の感染症を起こすと、患部の赤み、腫れ、痛みなどの炎症症状や膿などがみられます。重症化すると、発熱や低体温、頻脈、低血圧などの全身症状を伴うこともあります1)。
また、肺炎、敗血症、感染性心内膜炎、骨髄炎、腹膜炎、髄膜炎などを起こすとそれぞれ、以下のような全身症状がみられます。
- 肺炎:発熱、咳、痰、頻脈、早い呼吸、食欲低下、活気の低下など2)
- 敗血症:発熱や頻脈、早い呼吸など3)。
- 感染性心内膜炎:発熱、全身倦怠感、関節痛、体重減少など4)
- 骨髄炎:発熱や痛み、膿が溜まって神経が圧迫された場合は手足の麻痺がみられることもある5)
- 腹膜炎:激しい腹痛やお腹の張り、発熱、吐き気、嘔吐、頻脈など6)
- 髄膜炎:発熱や頭痛、嘔吐、項部硬直※2など7)
- ※1 蜂窩織炎(ほうかしきえん)(蜂巣炎(ほうそうえん)):
- 皮膚の奥にある組織の間に細菌が侵入し、炎症を起こして赤く腫れる。リンパ浮腫や膿を持つこと、発熱、悪寒などもみられ、菌血症などを起こして重症化することもある8)
- ※2 項部硬直:
- 髄膜炎やくも膜下出血の際にみられる髄膜刺激症状のひとつで、患者の頭頸部を他動的に前へ曲げると後頭部と項部の筋肉の緊張が生じて抵抗を感じる。9)
MRSA感染症の原因1)
MRSA感染症は、メチシリンなどのペニシリン剤やβ-ラクタム剤、アミノ配糖体剤、マクロライド剤などの多くの種類の薬に耐性を示すMRSAの感染によって引き起こされます。
MRSAが感染症を引き起こす程度は、通常の黄色ブドウ球菌と同等ですが、高齢者など抵抗力や体力が低下している人が感染して感染症を起こすと、多くの種類の抗菌薬が効かないため、治療が進まずに重症化するケースがあります。
MRSA感染症の診断10)
MRSAの検出方法は、薬剤によって感受性を測定する方法と、MRSAに特異的にみられる遺伝子を検出する方法とがあります。
感染症を起こしている体の部位の鼻腔粘液や血液、尿、腹水などを採取し、検査によってMRSAが検出され、かつ、米国臨床検査標準化委員会(NCCLS)の標準法に従って2%のNaCl(塩化ナトリウム)で、35 ℃24 時間の培養後、オキサシリンのMIC 値※3が4≧μg/mlを示す場合にMRSAと判定するのが一般的です。
MRSA感染症は5類感染症に分類されており、保健所への報告が必要とされます。報告が必要とされる基準は、MRSA感染症が疑われる症状や臨床所見がみられ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がされた場合です。
- 敗血症、心内膜炎、腹膜炎、髄膜炎、骨髄炎などで、血液や腹水、胸水、髄液など通常は無菌状態である検体からMRSAがみつかった場合
- 肺炎などの呼吸器感染症、肝・胆道系感染症、創傷感染症、腎盂腎炎・複雑性尿路感染症、扁桃炎、細菌性中耳炎・副鼻腔炎、皮膚・軟部組織感染症などで、痰や膿、尿、便などの無菌ではない検体からMRSAがみつかり、感染症を起こしている原因の菌であると判断された場合
- 検査室でオキサシリンのMIC≧4 μg/mlまたは、オキサシリンの感受性ディスク(KB)の阻止円の直径が≦10mmと判定された場合
1または2で、かつ3を満たす場合に、MRSA感染症として報告が必要となります。
- ※3 MIC値:
- 菌の発育を抑えることのできる濃度11)
MRSA感染症の治療
MRSAが皮膚や鼻腔からみつかっても、症状がみられず、保菌や定着と呼ばれるMASAが体内に存在しているだけの場合には、積極的な抗菌剤の投与は行いません。手術前や医師が「除菌が必要である」と判断した場合は鼻腔内へ塗る軟膏や、うがい薬が処方されることもあります。
日本で認可されている抗MRSA薬は、グリコペプチド系薬(バンコマイシン、テイコプラニン)、アミノ配糖体系薬(アルベカシン)、オキサゾリジノン系薬(リネゾリド)、環状リポペプチド系薬(ダプトマイシン)の5つの薬です。
抗MRSA薬は、幅広く感染症に適応しますが、保険適応は、アルベカシンは敗血症と肺炎に限られ、ダプトマイシンには、肺炎への適応はありません。それぞれの感染症に対して第一選択薬(初めに使うことが推奨される薬)、第二選択薬(第一選択薬が患者の状態などにより使用できない場合や、第一選択薬が効かない場合に推奨される薬)のガイドラインがあります。
通常、抗MRSA薬は単独で使用されますが、骨髄炎や異物感染症※4などの場合は、ST合剤やトリメトプリム、リファンピシン、クリンダマイシン、ミノサイクリンなどの抗菌剤が併用されることもあります。
- ※4異物感染症:
- ペースメーカーや人工弁、人工骨頭など、体内に入れる異物によって引き起こされる感染症。
MRSA感染症の感染対策12)
高齢者介護施設においては、常時抗菌剤を投与している人やカテーテル、人工呼吸器を常に使用している人も少ないため、重篤なMRSA感染症がみられることやMRSAが流行ることは少ないとされています。
職員が入所者の処置を行った後に手洗いを行うことや、定期的な清掃を行い、一般的な清潔維持が保たれていれば問題ないとされます。
MRSAの保菌者を隔離する必要はありませんが、慢性疾患を抱えた人や透析患者、化学療法中の場合など、特に免疫が落ちているとされる人は、重症感染症を引き起こす恐れがあるため、MRSA保菌者との接触は避けるような部屋の配置や、介助の順番を検討するべきでしょう。
参考文献
- 日本版敗血症診療ガイドライン 日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会 日集中医誌 2013;20:124-73
- 感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン 日本循環器学会
- MRSA(methicillin‐resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症 感染症発生動向調査週報 国立感染症研究所細菌・血液製剤部 荒川宜親
- MIC 測定の精度上の問題点 田村俊ら 日本化学療法学会雑誌 SSEPT.2011