第3回 「人生の絶景」と仲間たち
公開日:2019年10月10日 10時27分
更新日:2024年8月13日 13時36分
こちらの記事は下記より転載しました。
沖藤 典子(おきふじ のりこ)
ノンフィクション作家
誰かと喋りたい
1日中、誰とも喋らない日がある。
そんな時は、お口の体操「パ・タ・カ・ラ」をやったり、友人にそそのかされて(?)しぶしぶ始めた詩吟の練習などで口を動かし、声を出す。
あれこれやってみるが、お口の運動には、人様(ひとさま)とのお喋りが一番いいと、しみじみ思う。
「誰かと喋りたいなあ」
同じ分野に関心があって、言葉のキャッチボールのような会話ができて......。そんな日があると、ほんとうに胸が満たされ幸せである。
ある人が、「女性は、なぜ長生きなのか」という問いに、「お喋りをして、よく笑い、よく食べるから」と教えてくれた。ひとり暮らしの難敵は、「お喋りと笑いがない」ことかもしれない。
友人などとの連絡は、声よりもメールでのやりとりが多くなった。"文字会話"ともいうべき状況。安全であるし、嬉しいけど、淋しいような、物足りないような......。
お喋りの中に「人生の絶景」が
ある有料老人ホームに住む93歳の女性の、お話ボランティアをさせていただいたことがある。
彼女は80歳にして、病気で視力を失った。しかし愚痴をこぼすこともなく、そのお年とは思えないほど、背骨をきちんと立てた姿勢だった。口跡も明瞭、認知症は影もなかった。時に「家に帰りたい」ということもあったが、その「家」とは、近県に住むお嬢さんの家。続けて、「私がいれば、迷惑かけるからねえ......」と呟くのだった。
月1回の訪問で1時間。いつも待っていてくれて、時間が過ぎても帰してくれないことがたびたびあった。彼女もお喋りに飢えていた。一緒に歌を歌うこともあった。
話の多くは繰り返しで、昭和天皇がお泊りになったという生家の繁栄。少女の頃に亡くなったお姉様のこと、両親のこと、親族のこと。戦争中のこと。生家の誇りが彼女の背骨をピンとさせているのだろうか。夫さんのお話は、今思い出してみれば、ほとんどなかったなあ。
話しているうちに、ご実家の跡取りさんと、私の大学時代の恩師とが、現在同じ区の同じ町内会にいると知った。現在も親交があるという。
なんというご縁のふしぎ。私には時空を超えた出会い、まさに「人生の絶景」ともいうべき話がいくつかあるが、この時も「絶景」だと思った。
「お喋りの中に、絶景あり」
3年ばかりした頃、私の夫の突然の発病により辞退させていただいたが、心残りだった。
お話ボランティアは人気で、この方の前には男性のお話を伺いに通った。元セールスマンで、現役時代のセールス・トークを見事に話してくださった。やはり人は、「会って、顔を見て話す」「自分の過去を語る」ことで、元気になると実感した。やがて入院されて、お別れとなったのだが。
「ママ友」と「大勢」
元気にひとり暮らしするには、キーワードが2つあると、友人が教えてくれた。
「ひとつは、ご飯を一緒に食べる仲間、つまり飯(マンマ)を一緒にする"ママ友"。もうひとつは月に1回でもいいから、"大勢"の中に身をおくこと。そういう時間を持つこと。この2つがひとり暮らしを元気にするのよ」
これがお喋り欲求と笑い欲求を解消する秘訣。
「つまりさあ、"心の栄養"よ」
私も、10人程度の食事会が月2回はある。違うグループで、ひとつは昼食。ひとつは夕食。"大勢"のほうは、学習会や映画など、人様の「気」に触れるような場所へ。
「持つべきはママ友と大勢」
胸に染みる言葉である。
大勢の仲間と海外研修
いろいろなご縁に恵まれて、学習グループや読書会などをやってきたが、その中でも忘れられないのは、地元の学習グループの女性たち20人ほどとのスウェーデン、ノルウェーの女性政策の研修旅行である。
感激したのは、ノルウェーの国立女性博物館。館長さんは気さくな方で、大歓迎してくれた。
「大型バスで来たのは、あなたたちが初めてです」
私たちを興奮させたのは、展示されている昔の台所用品の数々が、当時の日本とほぼ同じことだった。洗濯たらい、洗濯板、炭を入れるアイロンやコテ、調理器具のさまざま、過労のあまり囲炉裏端(いろりばた)で倒れている女性(模型)......。日本の前近代の女性と同じ苦しみ、激しい労働が、この国の女性にもあった。
悲惨だったのは、むごい中絶用品の展示。中世から近代にかけて、中絶は死刑。犠牲になった女性の人形模型があった。兵士が首を槍(やり)の先に刺して、高くかかげており、その苛烈さに息を呑んだ。
学習グループが発足して16年、会報も年4回発行、64号になった。自分の住む地域に仲間がいるということは、なんという幸せだろう。ただ問題はみんな忙しくて、ヒマ人の私をなかなか相手にしてくれないことなのだが。
人生とは、ご縁によってつながっていくものと実感する。ふしぎなご縁もたくさんあった。
ひとり暮らしになって以来、あれこれのご縁の渦の中から、あの方、この方、あの時、この時と思い出すことが多い。もちろんいやな出会いもあった。それらを全部ひっくるめて思う。
「どの方とのご縁も、人生の絶景だったなあ」
何よりも同じ思いの仲間がいる、程よい距離での励ましもある。これこそが人生の恵みだとしみじみ思い、誰とも喋らない1日も多彩となる。
著者
- 沖藤 典子(おきふじ のりこ)
- ノンフィクション作家
1938年北海道生まれ。北海道大学文学部卒業。ノンフィクション作家。日本文芸家協会会員。共同参画市民スタディ21代表。(株)日本リサーチセンター調査研究部、大学非常勤講師などを経て現職。
1979年、女性の社会進出をテーマに書いた『女が職場を去る日』(新潮社)を出版し、執筆活動に入る。以後、女性の生き方や家族の問題、シニア世代の研究、介護問題などに深い関心を寄せ、旺盛な執筆、市民活動を続けている。
著書
『介護保険は老いを守るか』(岩波新書・第8回生協総研賞)、『楽天力~上手なトシの重ね方』(清流出版)など多数。
転載元
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