高齢期の豊かさをプロデュースする手段としてのICT
公開日:2023年7月14日 09時00分
更新日:2024年8月13日 16時16分
澤岡 詩野(さわおか しの)
公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団主任研究員
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
これまで著者は、さいごまで社会とのつながり続ける手段としてのインターネットなどのICT(情報通信技術)の可能性を調査から明らかにしてきた。企業退職者グループD会のメンバーを対象にした調査1)では、定年退職後からインターネットを使いはじめた後期高齢者の中にもFacebookなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を学生時代や元職場、趣味の仲間との交流手段として利用する人が少なからず存在していた。さらにこの調査では、70代から80代、80代から90代と加齢に伴って外出困難になった際には、会うことが難しくなった仲間や友人とのつながりを補完する手段としてインターネットの有用性が増すことを明らかにした。
本稿においては、2011年時点ですでにICTを利活用していた都市部の企業退職者という限られた対象から得られた知見ではあるが、上述した調査をもとに加齢に伴うICTの役割の変化について紹介する。加えて、D会の参与観察を継続する中で、新型コロナウイルスの感染拡大により外出やリアルな接触が難しくなった期間にみえたICTの可能性について概観し、身心機能や認知機能が低下していく高齢期の豊かさをプロデュースする手段としてのICTの可能性を考察する。
活動やつながりの「取捨選択」
ここで紹介するのは、活動開始から15年が経ち、会の活動に直接的に関わることが困難な人も少しずつ増えつつある企業退職者グループD会の会員を対象に個別インタビューから得られた知見である。D会の特徴として130名ほど(2011年の調査実施時の人数、東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県に在住し、9割が男性)のメンバーのほぼ全員がパソコンやタブレットなどのICTを使っていることが挙げられる。これは会が、ICTを活用して豊かな高齢期を過ごすことをテーマに立ち上げられ、メンバー相互でパソコンやインターネットの使い方、活用方法を学びあってきたためといえる。会では、月1回程度開催するICTの勉強会のほかに、相互の親交を深める場として歴史探訪や文化探訪、地域の高齢者にパソコンを教える教室の開催などを行っている。
調査対象者は、外出可能な身体状況の70歳以上のメンバーとした。グループの世話役からの紹介による17名を対象に、1人当たり1.5~2時間程度の半構造化面接による個別インタビューを行った。本稿では、2011年と2017年に行った2回のインタビューに継続して協力の得られた後期高齢期にある男性8名(2011年の調査実施時に75~84歳)の語りに着目する(表1)。8名のICTの利活用状況については、毎日のようにブログを更新する人や教室で先生役を務める人から、1週間に1回ほどメールを確認する程度の人まで多様であった。
No. | 年齢 | 健康状態 | 完全な退職年齢 | 最長職 | 現役時のICT利用経験 | 退職前の社会活動 | ICTの指導経験 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 84歳 | 高血圧 | 66歳 | 教育系 | メールと基本的な入力 | 無し | 有り |
2 | 82歳 | 椎間板ヘルニア | 81歳 | 化学系企業の経理・人事 | ホームページの作成 | 無し | 無し |
3 | 78歳 | 概ね良好 | 不明 | メーカーの機械設計 | ほとんど未経験 | 無し | 有り |
4 | 78歳 | 概ね良好 | 65歳 | メーカーの営業 | 業務に必要な最低限の入力 | 無し | 有り |
5 | 77歳 | 概ね良好 | 64歳 | 電子部品会社の営業 | メールと基本的な入力 | 無し | 有り |
6 | 76歳 | 概ね良好 | 70歳 | 業種不明 | メールと基本的な入力 | 無し | 有り |
7 | 76歳 | 概ね良好 | 69歳 | 商社の技術職 | システム構築 | 無し | 有り |
8 | 75歳 | 概ね良好 | 75歳 | 金属加工の営業 | 業務に必要な最低限の入力 | 無し | 無し |
2011年から2017年の間に杖や補聴器などを利用する人も増えていたが、単独で外出可能な健康状態を維持していた。ただし、ここ数年で大きな手術や大病を経験し、外出を控えるようになった人も少なくなかった。D会の活動拠点までは電車を利用して通う人が多くを占める中で、家族から心配だから遠距離の外出はやめてくれと言われ、今では年数回程度しか会に参加できていない人も存在していた。また、聴力や視力に問題を抱える人も多く、相手の話を聴き取れずに会話の中で聞き返したり、短時間に資料を読み取ることが難しく会話に加われないなどの心理的な負担が重なり、それまで定期的に参加していた活動を休みがちになっている例もみられた。
多くが老いを自覚する過程の中で、それまでの活動やつながりを整理していた。ここで削減されたのは、同窓会やOB会といった物理的に遠い場が多かった。メンバーの高齢化が進み人数が減っていた中で会を閉じる決意を固めたこと、会いたい人が亡くなったり病気になって出てこなくなってしまったことなど、その理由はさまざまであった。この活動やつながりを「取捨選択」していく作業の中で、参加頻度を減らすなどはあったものの、D会は大事な場として残されていた。いったんやめていた人が、ほかの活動を整理した結果、D会に再入会するという例もみられた。この理由の1つとして、インターネットを介しても会のメンバーとつながることができていたという点が挙げられる。
変化する「ICTの位置づけ」
つながりや活動する手段としてのICTの位置づけに関する語りも、老いの自覚が進む中で変化していた(図、表2)。
サブカテゴリ | 具体例(抜粋) |
---|---|
どうにかなるという気軽さ |
|
社会貢献への想い |
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趣味や知識を広げる |
|
自分で選び取るための手段 |
|
脳の活性化 |
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仲間との試行錯誤 |
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尽きない挑戦 |
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親族とのつながり |
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かっての仲間との交流 |
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直接的なつながりの補完 |
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閉じこもり・孤立防止 |
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想いや関心事の発信 |
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仲間との体験の共有 |
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不特定多数からの承認 |
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サードライフの再構築(関わりの再構築) |
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動けなくなった時こそ有用 |
|
生活に不可分な存在 |
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知的好奇心や生涯の学びの探求
「ボケ防止」などの『脳の活性化』から、「パソコンをやってみようって,(略).みなで遊んでいます」といった『仲間との試行錯誤』からICTとの付き合いがはじまる中で、使う期間が長くなるに伴い「深くなるほどに難しく,興味が余計に湧いてきて,それを克服したときの喜びはすごい」という『尽きない挑戦』が語られた。歳を重ねても最新の技術に触れていること、常に進化を続ける技術に対する学びへの満足感を感じていた。
安価で客観的な情報源
定年退職後の生活においては、「チケットの購入とか,サイトのメルマガで公演情報」の収集やインターネットは「万能の百科事典」など、現役時代には余裕がなくて取り組めなかった『趣味や知識をひろげる』といった「安価で客観的な情報源」として日常的に活用をしていた。これが実際に自身や家族の罹病などを経験する中で、インターネットで「調べてから医者にいったり」など、『自分で選び取るための手段』と位置づけ、活用されていた。
既知のつながりの維持・強化
ニューヨークに息子が転勤して「メールでやると、時差も関係ないってんで始めた」など、サポートの源泉であり親密な他者として位置づけられることの多い『親族とのつながり』の手段として、また退職後に時間ができて復活した「学校の友達とはメールで」といった『かっての仲間との交流』に活用されていた。しかし、「原則としてインターネットだけど,3回に一ぺんは会うとかしなきゃだめだろうね」など、あくまで『直接的なつながりの補完』する手段であることが強調されていた。これが、将来的に外出が困難になることを想定した時には、インターネットでつながっていれば「愚痴をこぼしあえて気分の発散になるのでは」など、老いを自覚していく日々の中で『閉じこもり・孤立防止』、『動けなくなった時こそ有用』と考えるようになることが示された。
社会的役割の創出
職業生活からの引退後に仕事に代わる社会活動を模索する中では、「資料作りとかなら手伝えるかなという程度」などの『どうにかなるという気軽さ』と、「地域にパソコンが広がっていくこと、それがいきがい、やりがい」という『社会貢献への想い』を拠り所に、ICTに関する知識や経験を活用して「社会的役割の創出」を始めていた。「能力の減退を感じていて」や「年寄りは出る幕を」などという加齢に伴い老いを自覚していく中で、役職を後輩に譲り「今はパソコンで通知する文章などを書いてあげている」のように、サードライフにおける『関わりの再構築』といった、現在の状況に応じた「社会的役割の創出」を再び行っていた。
自身の想いや知識の承認
現役時代には余裕がなくて取り組めなかった『趣味や知識を広げる』中で、「パソコンで絵を書いて遊んでいて、それを発信している」など、ICTを活用して『想いや関心事の発信』を積極的に行っていた。また、ICTに関する知識や経験を活用して「社会的役割の創出」する中で出会った仲間と「ブログをリンクして交流」したり、「(会に関係する)情報を書いていて、毎日見ている方がいて」など、インターネットを介して『仲間との体験の共有』が行われていた。さらに、「私の作品はかなり上位のほうに入っていて、自分のが上に入っているぞ!」など、『不特定多数からの承認』に喜びを感じ、「自身の想いや知識の承認」の手段であると意味づけていることが読み取れた。この『不特定多数からの承認』は、関わっている会のリーダーや世話役などから退いた人から聴こえてきたことからも、失った有用感を得る手段となっていることも示唆された。
コロナ禍にみえた「可能性」
老いを自覚することがますます増えていく中で、社会生活に大きな打撃を与えたのが2020年からはじまった新型コロナウイルスの感染拡大に伴う行動制限であった。Zoom(テレビ会議)などの新たな交流手段の普及をニュースで知りつつも、当初はこれまで使ってきたメールマガジンやグループメールを活かす形で連絡や交流が行われていた。やりとりされていたのは、「ここまで長く続くとは思わなかった」と世話役が振り返るように、休止のお知らせやコロナウイルス関連の情報を交換するといった連絡手段としての利用が中心であった。2回目の緊急事態宣言が発令された頃から、先のみえない再開できないことへの焦りの声が世話役に届くようになったことと、会の一部のメンバーからのZoom活用への提案とが重なり、新たな活動方法の模索がはじまった。まずは世話役同士が勉強し、メンバー同士電話などで教えあいながらZoomを介した月例会がスタートした。「顔をあわせて話したい」「これだと雰囲気が伝わらない......」などという否定的な言葉が多く聴かれたオンラインでの月例会であったが、今では常時20~30名程度のメンバーが参加し、顔をあわせて仲間と話ができる場として継続している。
最近ではメンバーの平均年齢が85歳を超えていく中で、「コロナ禍で遠出しない生活が続いて、電車に乗ってどこかに行くというイメージができない」「年に数回は集まりたいが、普段はオンラインでやってもらえると嬉しい」という声も聴こえている。D会の中で定期的に場に出かけたり、夜の会合に出てくることが難しい人を対象に3か月に1回開催されてきた茶話会においては、「これなら参加し続けられる」という声が多くを占め、今後もZoom上でのみ開催することが決定されている。加えて、難聴気味で閉じこもり気味になっていたメンバーからは「自宅からスピーカーなどを使ってじっくりと参加できる、会話にもついていける」など、諦めていた活動への参加に前向きな姿勢がみられている。
これらは、顔をあわせて集うことを大事にしつつも、そこで培われてきたつながりを心身機能や認知機能が低下しても紡ぎ続けることを可能にするICTの可能性ともいえる。近くでも坂を上ることが難しくて活動に参加できない人も増えていく後期高齢期においては、遠方の元同僚や同級生だけではなく、近場で培った関係性を維持できる手段ともなりえることも考えられる。
によれば、60~69歳のインターネット利用率は84.4%、70~79歳でも59.4%と、高齢層にも交流や活動の手段として定着しつつある状況がみえてくる。今後はD会メンバーのようにICTを活用しながら歳を重ねる高齢層が一般化していく中で、これを前提にした介護予防や地域参加への働きかけが重要になってくるといえる。地域包括支援センターや社会福祉協議会、自治体が主体となって開催するスマートフォン教室や相談会も、技術の習得だけではなく、人生をさいごまでプロデュースするための手段を得る場と位置づけていくことが求められている。文献
- 澤岡詩野: 都市部の企業退職者の社会活動と社会関係におけるインターネットの位置づけ. 応用老年学2014; 8(1): 31-39.
- (2023年6月20日閲覧)
筆者
- 澤岡 詩野(さわおか しの)
- 公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団主任研究員
- 略歴
- 1998年:武蔵工業大学工学部建築学科卒業、2004年:東京工業大学社会理工学研究科社会工学専攻博士後期課程修了、東京理科大学工学部経営工学科助手、2007年より現職
- 専門分野
- 老年社会学、都市社会学
転載元
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