介護予防・日常生活支援総合事業とリエイブルメント
公開日:2023年7月14日 09時00分
更新日:2024年9月13日 15時51分
服部 真治(はっとり しんじ)
一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会
医療経済研究機構 政策推進部副部長・研究部主席研究員
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
わが国の介護保険制度は、寝たきりや認知症等で介護を必要とする状態(要介護状態)の人だけでなく、介護予防を目的に、健康な人あるいは歩行や排泄等は自立しているものの家事や身支度等に支援が必要で介入により維持や改善が見込める状態(要支援状態)の人も対象にしている。特に平成27(2015)年度からは、図1)のとおり旧来の介護予防事業と予防給付の介護予防訪問介護・介護予防通所介護を介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)に移行し、市町村が中心となって多様なサービスを充実できるようにすることで、要支援状態の人に対する効果的かつ効率的な支援を可能にしたところである。
しかし、その総合事業も厚生労働省等の調査結果を見れば(表1、2)2),3)、制度創設から6年が経過した令和3(2021)年においても、従前相当(予防給付の介護予防通所介護、介護予防訪問介護と同一の基準・単価)のサービスが大半であるなど、決して順調とはいえない状況である。
平成31年/令和元(2019)年 | 令和2(2020)年 | 令和3(2021)年 | |
---|---|---|---|
サービスA | 62,122 | 77,567 | 88,394 |
サービスB | 12,022 | 10,791 | 12,350 |
サービスC | 7,660 | 11,378 | 9,831 |
従前相当 | 566,100 | 534,100 | 536,400 |
平成31年/令和元(2019)年 | 令和2(2020)年 | 令和3(2021)年 | |
---|---|---|---|
サービスA | 59,793 | 72,684 | 84,798 |
サービスB | 2,753 | 6,183 | 5,144 |
サービスC | 847 | 1,526 | 1,892 |
サービスD | 485 | 736 | 1,146 |
従前相当 | 361,300 | 349,300 | 341,800 |
※従前相当=予防給付の介護予防通所介護、介護予防訪問介護の基準で実施されるサービス
出典:
/ をもとに筆者作成そこで本稿では、総合事業の2つの事業のうち、要支援者と事業対象者(ハイリスク者)を対象とした介護予防・日常生活支援サービス事業に焦点を当て、特に新規認定者に対して活用が期待されている短期集中予防サービス(訪問型サービスC、通所型サービスC)の概要と、そのうち、イギリスやオーストラリアなどで広がっているリエイブルメントの考え方を取り入れた手法について紹介する。
短期集中予防サービス(訪問型サービスC、通所型サービスC)
短期集中予防サービスは、主に新規認定者を対象にリハビリテーション専門職等が集中介入するサービスで、訪問型と通所型とがある。最大の特徴は、サービス期間が3か月間と予め定められていること、つまり、サービスが終了することが前提になっていることである。また、単に機能回復訓練のみを実施するのではなく、
の概念に基づいて、必ず高齢者の居宅を訪問し、支障をきたしている生活行為の原因を居宅や地域での生活環境を踏まえて適切にアセスメントしたうえで、日常生活の活動を高め、家庭や社会への参加につなげることが目的とされている。なお、単価は専門職が関与するものであることから旧来の二次予防事業と同様、市町村が相応の額を設定することができ、利用者負担を求めないこともできる。ちなみに、短期集中予防サービスは訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションと異なり、徒手的な治療手技による理学療法等を行わず、利用者の評価や個別プログラムの作成、生きがい、役割を取り戻すための助言などを実施するサービスである。したがって、診療の補助に該当しない範囲の業務にあたり、医師の指示を必要としない。短期集中予防サービスの具体的な提供内容については、令和3年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金で作成された「
」等で示されているが、大きく区分すると表3-1、3-26)のとおり2パターンに整理できる。パターン1 原則全員実施型 | |
---|---|
目的 | 給付サービスの入り口として機能し、サービス自体をアセスメントの場として捉え、その後の生活を支える上で必要なサービスを検討する |
内容 | 利用者の生活や家屋の状況を把握した上で、利用者の運動機能等を向上させるため、低負荷な運動指導などを行うケースが多い。 |
実施形態 |
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対象者 | 新規認定者(事業対象者含む)全員 |
対象者の絞込み方法 | 新規認定者(事業対象者含む)全員を対象とするため、絞込みは行わない |
単価 |
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メリット | 対象者の振り分けのノウハウがなくても実施が可能 |
デメリット |
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実施事例 | 寝屋川市、豊明市、佐伯市、能美市 |
パターン2 サービス対象者抽出型 | |
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目的 | 専門職が集中的に介入し、高齢者の状態の改善を図る |
内容 | 専門職の指導のもと、マシンを使ったトレーニングなど、強度の高い運動等を実施し、日常生活動作の改善に必要な機能の回復を図るケースが多い。 |
実施形態 |
|
対象者 | 廃用症候群の方など改善可能性の高い高齢者に絞り込む |
対象者の絞込み方法 | フロー図等を定め、相談窓口で対象者を適切なサービスに振り分けるほか、自立支援型地域ケア会議など他職種で判断するケースが増える |
単価 |
|
メリット | 対象者の状態に応じたサービスの提供が可能 |
デメリット |
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実施事例 | 生駒市、和気町、竹田市、袖ヶ浦市、国立市、米沢市、津山市、一宮市、金沢市、広島市 |
順番が逆になるが、パターン2は相談窓口で新規要支援者・事業対象者をスクリーニングし、要支援状態になるに至った原因や予後予測を踏まえて、運動器機能向上、栄養改善、口腔機能向上等の短期集中予防サービスあるいは、従前相当その他の各種サービスに振り分けるもので、二次予防事業を発展させた実施形態といえる。一方、パターン1は原則、新規要支援認定者・事業対象者全員を対象にし、教室等でパワーリハのような負荷の高い運動を実施するのではなく、アセスメントに基づいて個別にプログラムを作成し、自宅での運動の方法を指導するなどセルフマネジメント力の強化を目的とするもので、次で紹介するリエイブルメントの考え方を取り入れて実施する市町村が増えつつある。とはいえ、短期集中予防サービスを実施する大半の市町村は、二次予防事業を発展させた実施形態であるパターン2を採用している。
リエイブルメント
リエイブルメントは、デンマークやイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、カナダなどで実践されているプログラムで、その定義は、「日常生活で機能するために必要なスキルを学習または再学習することにより、身体的または心理的障害のある高齢者が自分の状態に適応するのを支援するサービス」である。また、「高齢者が自立して充実した生活を送れるよう支援するとともに、継続的な支援の必要性を適切に減らし、長期的なサービスのコストを削減すること」が目的とされている7)。なお、
によれば、リエイブルメント・アプローチの原則は以下のとおりであり9)、作業療法士を中心とした多職種による本人との「対話」が重視される。- 自立とウェルビーイングを促進、最大化するために本人の強みに焦点を当てる。
- 疾病、健康状態の悪化、怪我、入院、または後天的な障害の後に自信を取り戻す。
- 従来の在宅ケアとは異なり、ケア提供者は一歩下がって、本人のセルフケアスキルの促進を奨励する。
- 最小限のサポートまたはサポートなしで管理できるように、スキルを回復または保持するように人々をサポートする。
- 短期的かつ集中的である。通常、最大6週間提供される。
なお、類似のプログラムに回復ケア(restorative care)と呼ばれるものもあるが、オーストラリアでは表410)のように整理されている。
概要 | |
---|---|
リエイブルメント | 失われた機能に適応したり、活動を再開するための自信や能力を取り戻すために特定の目標や期待するアウトカムに向けて行う期間限定の介入 |
回復ケア | 機能低下後の機能回復や改善または回避可能なケガを防ぐために行われるような、ヘルスワーカーによるエビデンスベースの期間限定の介入 |
リエイブルメントの効果については、リエイブルメント・サービスを受けることで他のサービスに比べて有意にADLが改善するという研究11)や、QOLの改善についていくつか肯定的な研究12)がある。また財政的な効果については、ウェールズにおいてリエイブルメントを受けた人の70%以上がその後の継続的支援を必要としなかったと報告されている13)。
リエイブルメントを取り入れた短期集中予防サービスの例(山口県防府市)14)
防府市は、新規要支援認定者・事業対象者のうち訪問型ないし通所型サービスの利用を希望する者全員に対して、原則、短期集中予防サービスを提供する、パターン1原則全員実施型の自治体である。また、総合事業のコンセプトを「幸せを提供する」とし、「幸せとは、未来に可能性があること」と定義づけており、「心身の状態によって自信を失った高齢者に対して可能性をより多く提供する」ために、リエイブルメントの考え方を短期集中予防サービスに取り入れた。なお、以上のコンセプトから、単に短期集中予防サービスを実施するだけでなく、地域リハビリテーション活動支援事業によるリハ職同行訪問アセスメントの導入や生活支援体制整備事業との連携、自立支援型地域ケア会議の活用と組み合わせての一体的な事業となっており、地域包括支援センターに加えて、リハビリテーション専門職や管理栄養士、歯科衛生士、薬剤師、生活支援コーディネーターなどの多職種が連携している。
防府市では、短期集中予防サービスを利用する要支援者・事業対象者に「幸せを提供する」ため、リハビリテーション専門職等による自信の回復やセルフマネジメント力の強化はもちろんのこと、生活支援コーディネーターが、本人が望むだろう社会参加の場をできるだけ多くリストアップし、選択肢を増やすことに力を入れている。本人が望む社会参加の場が地域になければ、新たに「つくること」になるが、それよりも「見つけ出すこと」を重要視する。
なお、防府市は令和3(2021)年1月から本格的に短期集中予防サービスを実施しているが、その後、令和4(2022)年9月末までに短期集中予防サービスを利用した260人のうち、61.3%が「卒業」し、要支援者や事業対象者に対するサービス費用が約20%削減(月約700万円削減)された。
おわりに
デンマーク、イギリス、オーストラリアなどではリエイブルメントは基本的なサービスとして位置づけられているが、わが国では短期集中予防サービスはあくまでも総合事業のサービスの一例に過ぎず、実施するかどうかも市町村の選択に委ねられており、表1、2で紹介したとおり、サービスの実利用人数で見れば、総合事業全体の利用者のうち、その利用者はわずか2%にも満たない。また、サービス内容も定まっておらず、二次予防事業と同様、単に心身機能の改善だけを目標としたものも少なくない。
短期集中予防サービスは、表3-1、3-2で説明したとおり、パターン②で実施する場合、窓口での振り分けにノウハウが必要で、それが普及の足かせになっていると聞く。一方で、パターン①は原則全員に実施するため、振り分けのノウハウは不要であるが、利用者ごとに個別にアプローチする必要があるため、高度な専門性が求められる。これまで、市町村はその専門性を事業者や専門職任せにしてしまいがちであったが、防府市のように事業の共通の概念、手法としてリエイブルメントを取り入れ、市が主体となってサービスの提供に必要な面談技術等を研修することで、実施体制を整える自治体も出てきている。医療経済研究機構では、東京都短期集中予防サービス強化支援事業15)に協力するなど、リエイブルメントを取り入れた短期集中予防サービスに関する事業設計や研修、評価などの支援を行っているが、支援を実施したすべての区市町村において、元の生活を取り戻した要支援者があらわれるなどの成果が確認されており、現在、普及に努めているところである。
総合事業は、
などでその対象者の拡大を検討することが求められ、先般の社会保障審議会介護保険部会での議論の結果、「現在の総合事業に関する評価・分析等を踏まえて包括的に検討し、第10期計画期間の開始までに結論を得る」ことになり、そのための検討会(総合事業の充実に向けた検討会)が立ちあがった。そこでは、短期集中予防サービスの効果的な運用や活性化について議論されることになっているが、 でも「エビデンスに基づく政策の促進」が提言されているとおり、エビデンスベースでの検討が必要だろう。医療経済研究機構では、大阪府寝屋川市で実施したRCT研究を発展させ18)、2023年度から神奈川県相模原市にて新規要支援者・事業対象者に限定したRCT研究を開始したところである。この結果については、また別の機会に報告したい。文献
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- Tessier A, Beaulieu MD, Mcginn CA, Latulippe R: Effectiveness of Reablement: A Systematic Review. Healthc Policy. 2016; 11(4): 49-59.
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- Tuntland H, Espehaug B, Forland O, et al.: Reablement in Community-dwelling Adults: Study Protocol for a Randomised Controlled Trial. BMC Geriatr; 14: 139.
- Glendinning, C, Jones K, Baxter K, et al.: Home Care Re-ablement Services: Investigating the Longer-term Impacts (Prospective Longitudinal Study). Social Policy Unit, University of York. 2010.
- Social Services Improvement Agency: Position Statement on Reablement Services in Wales. Cardiff: Social Services Improvement Agency, 2013.
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- 令和4年度東京都短期集中予防サービス強化支援事業報告書. 医療経済研究機構, 2023.
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- Hattori S, Yoshida T, Okumura Y, Kondo K: Effects of reablement on the independence of community-dwelling older adults with mild disability: a randomized controlled trial. Int J Environ Res Public Health. 2019 ;16(20): 3954.
筆者
- 服部 真治(はっとり しんじ)
- 一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会
医療経済研究機構 政策推進部副部長・研究部主席研究員 - 略歴
- 1996年:法政大学経済学部経済学科卒業、東京都八王子市入庁、2007年:法政大学大学院政策科学研究科修士課程修了・修士(政策科学)、2014年:厚生労働省老健局総務課・介護保険計画課・振興課併任課長補佐、2016年:医療経済研究機構入職、2020年:千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了・博士(医学)、医療経済研究機構研究部主席研究員(現職)、2022年:同政策推進部副部長(現職)
- 専門分野
- 介護保険制度、地域包括ケアシステム
転載元
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