オーラルフレイルの概念とフレイルとの関係
公開日:2023年1月13日 09時00分
更新日:2024年8月13日 16時20分
渡邊 裕(わたなべ ゆたか)
北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学分野高齢者歯科学教室准教授
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
日本の医療介護制度は主に疾病や障害に対応した制度であり、自然な老化によって徐々に心身の機能低下が進行するような場合、現行の制度では早期に発見し対応することは困難である。日本は、65歳以上の人口は3,627万人(29.1%)、後期高齢者は1,937万人(15.5%)、100歳以上の高齢者も9万人を超えた長寿、超高齢社会にある(2022年9月)。つまり自然な老化によって徐々に心身の機能低下が進行している高齢者が相当数いる社会でもある。フレイル対策の目的の1つは、このような高齢者を早期に発見し対応していくことにある。
自然な老化の過程では、その人の身体や心理、取り巻く生活および社会の環境にあわせて、身体機能のみならず、精神心理、社会機能が調和しながら徐々に変化していくもので、そのような自然な老化の中で人は周囲との不調和を感じることは少ない。一方、フレイル※1は、さまざまなささいな老化が相互に影響しあって負の連鎖が生じ、悪循環となって、要介護状態や死亡といった不幸な転帰に陥りやすい状態と考えられている1)。見た目では問題ないように見えても、軽度な侵襲やストレスに暴露されると、元の状態に戻ることがむずかしくなるばかりか、身体、精神・心理、社会的な軽微な問題が相互に影響しあって、悪循環を加速させ、日常生活に大きな不具合が生じるような状態といえる2)。つまりフレイル対策とは、自然な老化に抗うのではなく、このような悪循環を断ち切り、自然な老化を支援することではないかと考える。
※1 「フレイル」とは、「加齢により心身が老い衰えた状態」のこと。(長寿科学振興財団ホームページを参照)
このようなフレイルに関連するさまざまな老化の中に、滑舌低下、食べこぼし、わずかなむせ、噛めない食品が増える、口腔乾燥など、ほんのささいな口の機能低下である口腔のフレイル(オーラルフレイル)があると考えられている。オーラルフレイルのフレイルへの影響を具体的に挙げてみると、前歯の色のくすみや歯並びの乱れ、歯肉の退縮など容姿の問題や食事中の食べこぼし、むせ、食後の痰がらみ、口臭が気になったり、会話や電話中に何度も聞き返されたり、といった自身の老化を実感し、喪失感と生きづらさを感じることが多くなってくる。これは口腔という器官が生活するうえで不可欠な器官であることから影響が大きく、これにより周囲との不調和を自覚し、社会とのつながりが疎遠になる要因にもなる。外食、外出、会話、電話などの頻度が少なくなるだけでなく、それらを楽しむことができなくなる。さらに外出頻度が減少すると、身体機能の低下、栄養状態の悪化、コミュニケーション能力や認知機能の低下、うつ傾向の重度化が進み、悪循環が加速する。これに、友人、親族とのコミュニケ-ション不足による関係性の悪化による孤立、経済的不安などが加わることで、フレイルは急速に悪化し、回復することが困難な状態に陥るものと思われる(図1)。
オーラルフレイルとは
高齢期になると他者との交流が少なくなることが多く、容姿に気を使うことも少なくなって、口腔の健康への意識も低下し、歯科疾患の予防を目的とした定期的な歯科受診をやめてしまったり、セルフケアもおろそかになったりする高齢者は多い。痛みがあったら歯科を受診しようと思っているものの、実際に噛めなくなったり歯がしみたりしても、これくらいは年のせいと諦めて放置してしまい、う蝕や歯周病が悪化するようになる。う蝕や歯周病が悪化すると、硬いものや繊維のあるものが食べにくくなるため、それらの食品を食べなくなったり、容姿や口臭などを意識して、大きく口を開けて会話することを避けたりするようになる。
口腔は会話や食事で毎日使うので、その機能は低下することは少ないと思われがちだが、加齢によって着実に低下し、フレイル高齢者は健常者よりもさらに低下していることが日本の地域在住高齢者5,000名を対象とした調査で明らかになっている3)。口腔機能が徐々に低下し、口のささいなトラブル(滑舌低下、噛めない食品の増加、むせ、など)が生じているにもかかわらず、放置してしまうと、食欲低下や食品多様性の低下が生じる。さらに、本格的に口腔機能が低下し[咬合力(こうごうりょく)低下、舌運動機能低下など]、低栄養、サルコペニア※2のリスクが高まり、最終的に食べる機能の障害に至る。このような意欲の低下、栄養状態の悪化、筋肉の減少を経て、最終的に生活機能障害に至るといった栄養(食/歯科口腔)から見た虚弱型フローが、2013年に老人保健健康増進等事業の研究班によってオーラルフレイルとして提唱された(図2)4),5)。
※2 「サルコペニア」とは、加齢による筋肉量の減少および筋力の低下のこと。(健康長寿ネットを参照)
その後オーラルフレイルは「老化に伴うさまざまな口腔の状態(歯数・口腔衛生・口腔機能など)の変化に、口腔の健康への関心の低下や心身の予備能力低下も重なり、口腔の脆弱性が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまでつながる一連の現象及び過程」と定義された5)。
オーラルフレイルに関する知見
オーラルフレイルは日本の地域在住高齢者2,011名を対象に行った45か月間のコホート研究(柏スタディ)によって科学的根拠が示された6)。この研究では、オーラルフレイルを6つの口腔の指標のうち3つ以上で低下がみられる場合として定義している。フレイル、サルコペニア、要介護、死亡の発生について、6つの口腔の指標のどれにも該当しなかった者と3つ以上該当したオーラルフレイル該当者とを比較したところ、年齢、性別、手段的日常生活動作※3、ボディマス指数(BMI)、認知機能、うつ傾向、居住形態、既往歴、服薬数を調整しても、オーラルフレイル該当者は、2年間の身体的フレイル、サルコペニアの発生はそれぞれ2.41倍、2.13倍、また45か月間の介護度3以上の要介護認定、全死亡の発生はそれぞれ2.35倍、2.09倍であったとの結果が得られた。
つまり、フレイルがその発生に関与していることが報告されている要介護状態や死亡の発生との関連だけでなく、フレイル自体の発生、サルコペニアの発生に関しても、オーラルフレイルが関連していることが明らかにされたのである。これらの結果は、フレイルや身体能力の低下に先立ってオーラルフレイルが生じていることを示唆しているだけでなく、フレイル、サルコペニア、要介護状態、死へと進行していく中でも、口腔機能の低下が影響している可能性も示唆しており、現代日本の地域在住高齢者を対象とした研究から得られた結果として、フレイル対策事業の普及とともに広く注目されることになった。
※3 「手段的日常生活動作」とは、複雑な日常生活動作のこと。(健康長寿ネットを参照)
日本の地域在住高齢者682名を対象者に、口腔機能、社会性、身体機能、栄養状態、認知心理的機能、既往歴、服薬状況について調査を行い、身体的フレイルと社会的フレイル、オーラルフレイルとの関係を分析した横断研究では、社会的フレイルはオーラルフレイルへ直接関連し、オーラルフレイルと社会的フレイルはそれぞれ直接、身体的フレイルと関連することを示した。またオーラルフレイルから社会的フレイルへは栄養状態の低下を介して間接的に関連していた。この他にもオーラルフレイルは、服用薬剤数と関連しており、認知機能(MMSE)、身体機能だけではなく社会性や栄養状態(MNA®-SF)、多剤服用といった高齢者のさまざまな健康問題と関連していた(図3)7)。同様に日本の地域在住後期高齢者2,190名を対象者に、医科医療費とオーラルフレイルとの関連を検討した横断研究研究では、オーラルフレイルに該当する高齢者は、該当しないものに比べ、性別、年齢、チャールソン併存疾患指数評価※4、フレイルなど関連因子を調整しても、医科の年間外来医療費が1.24倍であるとの報告もある。
※4 「チャールソン併存疾患指数評価」とは、Charlson et al.(1987)によって提唱された、死亡に寄与する併存疾患を評価し、そのスコアの合計を点数にした指標であり、短期的な死亡リスク等の診療結果と相関があるといわれるもの。(内閣府より引用)
以上のようにオーラルフレイルに関するこれまでの知見は、オーラルフレイルが全身の衰えと大きく関わっていること、身体、精神・心理、社会といった多面性を持つフレイルと同様に、多職種による多面的、包括的な介入を行っていく必要があることを示唆している。
まとめ
日本の地域包括ケアシステムにおいては、2018年からフレイル対策事業が本格的に開始され、2020年からは保健事業と介護予防の一体的実施によりフレイル対策とともに、生活習慣病等の疾病予防・重症化予防、就労・社会参加支援を都道府県等と連携しつつ市町村が地域の実態にあわせて一体的に実施する仕組みを構築する取り組みが開始され、2024年には全市町村で実施されることになっている。
オーラルフレイルは口に関する"ささいな衰え"が軽視されないように、口腔機能低下、食べる機能の低下、さらには、心身の機能低下までつながる"負の連鎖"に警鐘を鳴らした概念である。また、オーラルフレイルはフレイルの初期から始まっていることや、疾患との関連も明らかになってきていることから、オーラルフレイル対策はフレイル対策の中核というだけでなく、生活習慣病等の疾病予防・重症化予防、就労・社会参加支援にもつながる。今後、全国で地域独自のさまざまな取り組みが行われ、健康寿命の延伸に資する効果が期待される。
文献
- Fried LP, Tangen CM, Walston Jet al.: Frailty in older adults: evidence for a phenotype. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2001; 56(3): M146-156.
- Xue QL, Bandeen-Roche K, Varadhan R, et al.: Initial manifestations of frailty criteria and the development of frailty phenotype in the Women's Health And Aging Study II. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2008; 63(9): 984-990.
- Watanabe Y, Hirano H, Arai H, et al.: Relationship Between Frailty and Oral Function in Community-Dwelling Elderly Adults. J Am Geriatr Soc. 2017; 65(1): 66-76.
- (2022年12月16日閲覧)
- (2022年12月16日閲覧)
- Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, et al.: Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018; 73(12): 1661-1667.
- Hironaka S, Kugimiya Y, Watanabe Y, et al.: Association between oral, social, and physical frailty in community-dwelling older adults. Arch Gerontol Geriatr. 2020; 89: 104105.
筆者
- 渡邊 裕(わたなべ ゆたか)
- 北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学分野高齢者歯科学教室准教授
- 略歴
- 1994年:北海道大学歯学部卒業、東京都老人医療センター歯科口腔外科医員、1995年:東京歯科大学口腔外科学第一講座入局、1997年:東京歯科大学オーラルメディシン講座助手、2001年~2002年:ドイツフィリップス・マールブルグ大学歯学部研究員兼任(長寿科学振興財団海外派遣)、2007年:東京歯科大学オーラルメディシン・口腔外科学講座講師、2012年:国立長寿医療研究センター口腔疾患研究部口腔感染制御研究室長、2016年:東京都健康長寿医療センター研究所社会科学系専門副部長、2018年:東京都健康長寿医療センター研究所社会科学系研究副部長、2019年より現職
- 専門分野
- 老年歯科学
転載元
WEB版機関誌「Aging&Health」アンケート
WEB版機関誌「Aging&Health」のよりよい誌面作りのため、ご意見・ご感想・ご要望をお聞かせください。
お手数ではございますが、是非ともご協力いただきますようお願いいたします。