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「通いの場」の推進と社会的孤立

公開日:2025年1月18日 15時00分
更新日:2025年1月18日 15時00分

井手 一茂(いで かずしげ)

千葉大学予防医学センター健康まちづくり共同研究部門特任助教


はじめに

 本特集でキーワードとなる社会的孤立は、社会学者タウンゼントによると「家族やコミュニティとほとんど接触がないという客観的な状態」と定義されており1)、高齢者において大きな課題となっている。本稿では、日本の主要な介護予防施策である通いの場に焦点をあて、通いの場にまつわる政策動向、先行研究を概説したうえで、社会的孤立対策としてのあり方について考えてみたい。

より求められる通いの場の推進

 通いの場は高齢者をはじめとする地域住民が他者とのつながりの中で住民が主体的に取り組む、介護予防に資する多様な活動の場のことを指し、住民同士の交流や支えあいの機能、住民にとっての新たな役割の創出につながる場であることが期待されている2)。通いの場は、地域に住む高齢者全員を対象としたポピュレーションアプローチによる介護予防施策の中心として、2015年より推進されてきた3)。厚生労働省が公開している最新の実績(2022年度)では、97.5%の自治体で実施されており、14万5,641か所で、6.2%もの高齢者が参加している4)

 2019年の一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会取りまとめ3)では、これまでの行政が介護保険による財政的支援を行っているものに限らず、介護保険の担当以外の部局が行う、スポーツや生涯学習に関する取組、民間企業、医療機関、介護保険施設など多様な実施主体による取組、高齢者だけでなく、多世代が交流する取組、有償ボランティアなど就労に類する取組、防災、交通安全、地域の見回りなどの地域づくりの推進に資する取組も通いの場に含まれうるものとして、明確化された。このように広がった通いの場をだれが(運営)、どこで(場所)、なにを(活動)、という観点で自治体が把握したうえで、整理し、多様な主体と連携して、より通いの場を推進することが求められている2)

通いの場によって高齢者の社会関係は変容しうるのか?

 国の主要な介護予防施策として進められている通いの場だが、高齢者の社会関係を変容し、社会的孤立対策となりうるのだろうか?通いの場の介護予防効果を明らかにするために、心理面、認知面、身体面、栄養面、社会面に分け実施した文献レビューでは、最終的に25件がレビュー対象となり、うち社会面が16件と最多であった5)。このレビューでは、通いの場の参加により、他の地域組織への参加や外出、他者との会話などが増加していることがわかった5)。しかし、社会参加や社会関係に着目した他の通いの場の効果に関するレビュー6)においても指摘されているが、通いの場に参加していない非参加者と比較した報告が少なく、性別、年齢、居住形態などの要因を考慮した分析が行われていないものも多い5),6)

 これらの課題に対処した2つの研究7),8)を紹介する。まずは、神奈川県足柄上郡松田町の2016・2019年度の介護予防・日常生活圏域ニーズ調査と2017・2018年度の通いの場参加者名簿を用いた研究である7)。この研究7)では、2016年時点の年齢、性別、日常生活自立度、居住形態、治療中疾患、主観的経済困窮感、外出頻度、物忘れ、地域組織参加を考慮したうえで、2017・2018年度の通いの場参加者と非参加者で、2019年時点の物忘れ、地域組織参加数について比較した。地域組織参加については、2016・2019年度で共通して聴取したボランティアのグループ、スポーツ関係のグループやクラブ、趣味関係のグループ、学習教養サークルの月1回以上の参加数で定義した7)。その結果、通いの場非参加者と比較し、通いの場参加者では、その後の物忘れリスクが44%低く、さらに地域組織参加数が増加していた(図1)7)。通いの場参加により、地域組織参加数が増えることがわかったものの、この研究7)は、一自治体の知見であり、通いの場とより広範な社会関係との関連をとらえる必要がある。

神奈川県松田町の2016・2019年度の介護予防・日常生活圏域ニーズ調査と通いの場(火曜体操会・はつらつ運動教室)参加者名簿を結合したデータを分析

図1、通いの場参加と物忘れ・地域組織参加数を表す図。
図1 通いの場参加と物忘れ・地域組織参加数
(出典:井手一茂(千葉大学), 通いの場参加で物忘れリスク44%減少 ~通いの場は地域組織参加も促す高齢者にやさしい社会環境~. JAGES Press Release No:444-24-30

※2016年度の以下の要因を統計的に調整し、2019年度の物忘れの悪化抑制、地域組織の参加促進の程度を算出した。

  • 上下のひげは、95%信頼区間を表す。
  • 年齢、性別、日常生活自立度、居住形態、治療中疾患、主観的経済困窮感、外出頻度、物忘れ、地域組織参加

 そこで、次に紹介する研究8)では、全国21自治体の2013・2016・2019年度の自記式アンケート調査と要介護認定データを結合した日本老年学的評価研究のデータを分析した。この研究8)では、アウトカムワイド研究という研究手法を用い、2013年時点の性別、年齢、教育歴、等価所得、就労状況、婚姻状況、独居、人口密度、日常生活自立度、健康・ウェルビーイングを考慮したうえで、2016年時点の通いの場参加と2019年時点の健康・ウェルビーイング 34指標との関連を検証した。この健康・ウェルビーイング34指標には、多くの社会参加・社会関係関連の指標を含んでいた(図2)。

全国21自治体の2013・2016・2019年度の自記式アンケート調査と要介護認定データを結合したデータ(日本老年学的評価研究)を分析

通いの場参加者は、高次生活機能良好、趣味、老人クラブ、学習・教養サークル、ボランティア参加頻度が高く、会った友人の数が多い

※ 糖尿病、抑うつ状態、希望、スポーツ・特技伝達参加頻度、友人と会う頻度、外出頻度、検診受診、野菜果物摂取頻度は通いの場参加者でわずかに保護的(健康・ウェルビーイング指標が良好)な関連

図2、通いの場参加とその後の健康・ウェルビーイングを表す図。
図2 通いの場参加とその後の健康・ウェルビーイング
(出典:井手一茂(千葉大学), 高齢者の"通いの場"への参加により健康・暮らし・幸せに期待される効果は? ~34 指標による総合的な評価~. JAGES Press Release No: 385-23-17
  • 2013年時点の性別、年齢、教育歴、等価所得、就労状況、婚姻状況、独居、人口密度、日常生活自立度、健康・ウェルビーイング指標の影響を考慮
  • P値(結果の確からしさ)はp<0.0015より確かな関連、p<0.01、p<0.05と順に結果の確からしさが弱くなることを意味する

 分析の結果、通いの場非参加者と比較し、参加者では、2019年時点の高次生活機能(買い物、金銭管理、公共交通機関利用など)が良好、趣味、老人クラブ、学習・教養サークル、ボランティア参加頻度が高く、会った友人の数が多かった8)。弱い関連ではあったが、通いの場参加者は、スポーツ、特技伝達の参加頻度、友人と会う頻度も高くなっていた。このことより、通いの場は高齢者の社会関係を変容し、より豊かなものとし、社会的孤立対策となりうる。

通いの場と社会的孤立

 これまで紹介した研究から考えると、高齢者の社会関係を変容しうる通いの場は高齢者の社会的孤立対策になりうる。実際に、およそ中学校区レベルでの要介護リスクや社会関係の指標を見える化し、課題を抱えたハイリスク地域において重点的に通いの場を展開した神戸市の取組では、地域レベルの社会参加・社会的サポートの割合が増加し、地域間格差も是正されていた9)。スポーツや趣味といった地域組織では、社会経済的に豊かな参加者が多いことが知られているが、通いの場ではそのような社会経済的な影響を受けず参加しやすい場であることがわかっている10)。社会的孤立に陥りやすい社会的経済的に不利な層でも参加しやすい通いの場は、誰も取り残さない社会的孤立対策につながりやすいと考えられる。

おわりに

 本稿では、日本の主要な介護予防施策である通いの場の政策動向、先行研究を概説し、社会的孤立対策としての在り方について概説した。今後は、自治体と住民だけでなく、民間企業などの多くの関連団体を巻き込み、高齢者だけでなく、全年代を対象とした多様な通いの場の展開とその実践報告、そして効果検証が求められる。

謝辞

 本稿で紹介した知見は、JSPS科研(22K1355、23K20654、23H00060)、国立研究開発法人科学技術振興機構 (OPERA, JPMJOP1831)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(24rea522101s0103)の助成を受けて実施したものである。記して深謝します。

文献

  1. 斉藤雅茂: 高齢者の社会的孤立と地域福祉: 計量的アプローチによる測定・評価・予防策. 明石書店, 2018.
  2. 植田拓也, 倉岡正高, 清野諭, 他: 介護予防に資する「通いの場」の概念・類型および類型の活用方法の提案. 日本公衆衛生雑誌 2022; 69(7): 497-504.
  3. 厚生労働省: 一般介護予防事業等の推進方策に関する検討会取りまとめ. 2019(PDF:1.6MB)(新しいウィンドウが開きます)(2024年12月23日閲覧)
  4. 厚生労働省老健局老人保健課: 介護予防・日常生活支援総合事業等(地域支援事業)の実施状況(令和4年度実施分)に関する調査結果 (概要)(PDF:721KB)(新しいウィンドウが開きます)(2024年12月23日閲覧)
  5. 近藤克則: 通いの場の介護予防効果のメカニズムに関する文献レビュー. PDCAサイクルに沿った介護予防の取組推進のための通いの場等の効果検証と評価の枠組み構築に関する研究, 2023 (PDF:9.2MB)(新しいウィンドウが開きます)(2024年12月23日閲覧)
  6. 斉藤雅茂: 「通いの場」を通じた社会的孤立の緩和・予防効果. 総合リハビリテーション 2023; 51(6): 633-637.
  7. 井手一茂, 横山芽衣子, 渡邉良太, 他: 高齢者における通いの場参加と物忘れ・地域組織参加数--介護予防・日常生活圏域ニーズ調査と参加者名簿を用いた縦断研究--. 老年社会科学 2024; 46(3): 245-255.
  8. Ide K, Nakagomi A, Tsuji T, et al.: Participation in Community Gathering Places and Subsequent Health and Well-being: An Outcome-wide Analysis. Innov Aging. 2023; 7(9): igad084.
  9. 辻大士, 高木大資, 近藤尚己, 他: 通いの場づくりによる介護予防は地域間の健康格差を是正するか?: 8年間のエコロジカル研究. 日本公衆衛生雑誌 2022; 69(5): 383-393.
  10. 井手一茂, 辻大士, 渡邉良太, 他: 高齢者における通いの場参加と社会経済階層. 老年社会科学 2021; 43(3): 239-251.

筆者

いでかずしげ氏の写真。
井手 一茂(いで かずしげ)
千葉大学予防医学センター健康まちづくり共同研究部門特任助教
略歴
2008年:広島大学医学部保健学科理学療法学専攻卒業、医療法人社団昇英会はちすばクリニック入職、2012年:医療法人社団誠和会長谷川病院入職、2016年:人間総合科学大学大学院人間総合科学研究科心身健康科学専攻修了(修士:心身健康科学)、2020年:千葉大学医学薬学府博士課程先進予防医学共同専攻(早期修了、博士:医学)、千葉大学予防医学センター社会予防医学部門特任研究員、2022年:同部門特任助教、2023年より現職
専門分野
社会疫学、公衆衛生学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2025年 第33巻第4号(PDF:4.5MB)(新しいウィンドウが開きます)

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