健康長寿ネット

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社会保障の未来─欠かせないデータ活用と技術革新

公開日:2022年6月23日 09時00分
更新日:2024年9月13日 16時07分

翁 百合(おきな ゆり)

株式会社日本総合研究所理事長

はじめに──高齢化の進展と必要な社会保障の見直し

 現在、わが国では急速に少子高齢化が進んでいる。団塊の世代は、2022年より後期高齢者となり始め、25年に全員が後期高齢者になり、本格的な超高齢社会になる。今後25年から40年に向けて深刻化するのは、生産年齢人口の減少である。こうした状況のもとで、どう日本を持続的に成長させていくか。これは日本全体の課題であるが、長期的には働き手が減る以上、1人当たりの生産性を向上させることしかない。社会保障分野もその発想と無縁ではない。特に介護分野などでは、高齢化に伴い人手不足の顕在化が懸念されている(図)。

図、介護分野の就業者需要の将来見通し。2018年度の介護分野就業者需要は334万人で、就業者全体の5.1%を占め、2025年度は406万人で6.4%、2040年度は505万人で8.9%を占めると予測されている。
図 介護分野の就業者需要の将来見通し
(出典:内閣官房全世代型社会保障検討室. 全世代型社会保障検討会議資料(2020年2月))

(注1) 介護分野の就業者需要については、それぞれの需要の変化に応じて就業者数が変化すると仮定して計算。

(注2) 就業者数全体は、2018年度は内閣府「経済見通しと経済財政運営の基本的態度」、2025年度以降は、独立行政法人労働政策研究・研修機構「平成27年労働力需給の推計」および国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」(出生中位(死亡中位)推計)を元に機械的に算出。

(注3) 「計画ベース」は、第7期介護保険事業計画による2025年度までのサービス量の見込みを基礎として計算し、それ以降の期間については、当該時点の年齢階級別の受療率等を基に機械的に計算。なお、介護保険事業計画において、地域医療構想の実現に向けたサービス基盤の整備については、例えば医療療養病床から介護保険施設等への転換分など、現段階で見通すことが困難な要素があることに留意する必要がある。

(出所)「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)-概要-」(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省 平成30年5月21日)

 超高齢社会での社会保障を持続するには、社会保障費の増大を抑制しつつ、働き手が減る中でいかに医療や介護の質を維持していくかが課題となっている。

社会保障の課題を克服するのに必要なパラダイムシフト

 このような社会的課題解決に向けて必要なのは、医療や介護について、従来の「病気になってから受診する」「介護状況になってから介護サービスのお世話になる」という発想を変えることであろう。1人ひとりが普段から主体的に健康に気をつけ、健康管理をして重症化を防ぎ、生きがいのある生活を長く送れるようにする努力や、できるだけ介護状況にならないという希望がかなえられるよう、医療機関、介護事業者等が他の企業等とも連携してサポートする必要がある。日常的な健康管理や継続的な受診をかかりつけ医がサポートし、介護サービスも可能な範囲で、より軽い状態になれるよう患者を支援する方向で、医療や介護のあり方を事後的な対応から予防的な発想を一層重視する「パラダイムシフト」を実現することが必要であろう。

 高齢者でも社会との関わりを持ちたい、何か社会の役に立ちたいと考える人たちは多い。社会保障のパラダイムシフトが実現すれば、自宅で暮らす、社会でのさまざまな活動に参加する、就労する、といった高齢者の希望をかなえることに寄与する。高齢者は社会保障の面でも、支えられる側から支える側に回ることや、社会とのつながりを持ち健康維持できるという好循環も期待できる。

 医療や介護のパラダイムシフトに向けて、報酬体系などのインセンティブを変化させることも求められるが、重要な役割を果たすのが、データの活用、連携や技術革新である。

必要な制度改革とデータ活用、技術革新

 現在、日本はSociety5.0※1を目指して社会の変革が行われている。Society5.0とは、データ活用、技術革新を活用して社会課題を解決する超スマート社会を意味しており、第5期科学技術基本計画で提言されたものである。ちなみに、1.0から4.0は、農耕社会、狩猟社会、工業社会、そして現状の情報社会と定義されている。今後はデータを活用し、人びとがつながれるネットワーク社会をつくり、産業界だけでなく社会全体でデータを活用、連携して人びとが安心や利便性を享受できるようにすることが提言されている。医療や介護の分野はこうしたデータ活用や技術革新が生きる典型的分野といえよう。

※1「Society5.0」は内閣府ホームページを参照。
Society 5.0- 科学技術政策 内閣府(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

 このように社会保障の議論は、従来とは異なり、医療・介護従事者だけでなく、技術革新面でこれをサポートする民間企業や学会、自治体などと一層連携しながら、人びとの安心につながる社会保障を実現していくことが期待されている。

 具体的にはどのようなことが期待されているか、以下検討していきたい。

1. データ利活用基盤の整備による質の高い医療の提供

 まず、必要なのは、医療データ利活用基盤の整備である。これにより、質の高い医療が提供されることが望まれる。現在、医療データの活用連携の動きには、大きく分けて2つある。

 まず、PHR(Personal Health Record※2活用の動きである。個人の医療情報の履歴を活用する動きが、民間と国の双方で進んでいる。民間では、たとえば企業の健保組合などが、個人の健康診断履歴を分析し、ライフログデータ等と掛け合わせて健康増進の助言をするサービスを民間IT企業等と組んで提供する動きが広がっている※3。公的インフラとしても、乳幼児健診からの健康診断歴のみならず、薬歴情報などもマイナポータルから確認できるようになる。こうした制度整備の動きを広げ、さらに民間事業者と連携し、環境整備を進めることを期待したい。

※2「PHR」とは、個人の健康、医療、介護に関するデータのこと。健康長寿ネットを参照。
健康長寿ネット「PHR(パーソナルヘルスレコード)について」(新しいウインドウが開きます)

※3 たとえば、株式会社ディー・エヌ・エーと住友商事の合弁会社であるDeSCヘルスケア株式会社が提供しているKencomの動きなど:DeSCヘルスケアのホームページ参照
Kencom健康保険組合向けサービス(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

 これに対して地域内の診療機関や薬局、介護施設などが電子カルテなどの医療情報を共有するEHR(Electric Health Record※4は、各地域でさまざまな取り組みはあるが、なかなか広がっていない。医療機関がその連携コストのわりにメリットを感じられないことが課題となっている。

※4「EHR」とは、地域の病院や診療所などをネットワークでつないで、患者情報等を共有し活用する基盤のこと。(健康長寿ネットより引用)
健康長寿ネット 「PHR(パーソナルヘルスレコード)について」(新しいウインドウが開きます)

 他方、日本外科学会におけるNCD(National Clinical Database※5活用は広がりを見せているほか、ゲノム・データ基盤構築に向けた国を挙げての取り組みもみられ、これらの医療ビッグデータの活用が期待されている。

※5「NCD」とは、様々な疾患・治療・手術に関する日本全国の医療情報を収集しているデータベースのこと。(National Clinical Databaseより引用)
一般社団法人 National Clinical Database(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

 データ連携の重要性は、コロナ禍で一層認識された。個人情報の適切な取り扱い、情報セキュリティ対策、フォーマットの標準化や相互運用性の確保などの課題を解決しつつ、これらのデータが活用され、医療現場でのより適切な診療、医療の高度化や質の向上につながり、データ連携の効果が「見える化」していくことが重要である。

2. 保険者によるデータ活用、企業による健康経営の取り組み

 データの活用を通じて、保険者や企業が健康への取り組みを一層展開し始めている。保険者の取り組みとしては、呉市の国民健康保険の動きが先鞭をつけており、いわゆる「呉市モデル」※6の横展開が期待されている。呉市では、地元のベンチャー企業データホライズン社と連携し、住民のレセプトデータを分析して、住民の健康増進と医療費の節約に成功している。たとえば、糖尿病患者に受診継続を積極的に促し、透析になる患者数を大きく減少させている。また、重複診療や重複投薬、ジェネリック使用もデータで確認し、注意喚起を行って、医療費の節約にもつなげている。こうした保険者の取り組みが横展開できれば、患者の健康増進、重症化予防、そして国民医療費の増加抑制につなげることが可能になる。

 また、企業経営においても、健康経営※7を経営の根幹に位置づける企業が増えている。従業員等の健康促進や病気の重症化予防を働きかけ、その取り組みを内外に発信して、当該企業に対する金融市場での評価や、有能な人材の獲得ができるといった好循環も少しずつ生まれつつある。

※7「健康経営」とは、「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味する。(NPO法人健康経営研究会ホームページより引用)
健康経営とは 健康経営研究会(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

3. オンライン診療の活用

 オンライン診療は身体的な理由や多忙といった理由で診療所になかなか行けない患者が、受診を継続し、重症化を予防するために有効な手段である。オンライン診療により、患者自身が能動的に継続的治療に向かい合う効果も期待される。さらに、たとえば睡眠時無呼吸症候群などの場合、在宅時のデータが医師につながっている場合には、患者の安心にもつながり、在宅時のデータを入手し医療の質向上にもつなげられる。また、在宅時のデータを解析しておき、有効に診療時間を短縮できるなど、医師の働き方改革にもつながる。

 オンライン診療は、2018年より初めて診療報酬として認められたが、報酬水準が低めに設定されたことや、病気の種類や患者と医者の物理的距離といったさまざまな前提条件を満たさなくてはならず、なかなか広がらなかった。

 しかし、新型コロナウイルス感染症の広がりにより、オンライン診療の有効性が一層説得力を持つようになった。感染をおそれて診療所になかなか行けない患者に対して、有効かつ安心な診療をできる手段としてオンライン診療は注目され、一段と規制緩和※8が行われた。対面診療とともに、今後オンライン診療が有効に活用されることが期待される。

※8 厚生労働省資料を参照。
新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて 厚生労働省(2022年6月23日閲覧)

 新型コロナウイルス感染症に関して海外の動向をみれば、ベンチャー企業が次々と新しいオンラインでの取り組みを行っている。たとえば、自宅の患者のバイタルデータの動向を医師がリアルタイムで把握できるといった取り組みを始めている企業の例※9もある。日本では入院患者の増加から、医療が逼迫、多くの患者が入院できず、在宅で過ごさざるを得なかったことが、患者の不安を大きくしたことを踏まえても、こうしたDX(デジタル・トランスフォーメーション)を活かした診療のイノベーションを起こしやすい環境をつくる必要がある。

※9 たとえば、英国ベンチャー企業Current Health|Care at Home Platform参照。
Current Health(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

4. データ・センサーなどを活用した介護

 介護の現場でも、技術革新の活用は、介護を受ける患者、介護を提供する働き手双方にとっても極めてメリットが高い。たとえば、赤外線センサーなどを設置した介護施設は、患者の動向を、プライバシーを侵害しない範囲で遠隔で把握することを可能にし、人手が不足している介護現場の働き方改革につながる。夜の時間帯は介護の働き手が少ないため、患者・働き手双方にとって安心につながる。こうした技術革新を取り入れるインセンティブが働くように、介護報酬などの一層の工夫が必要である。

 介護現場では、患者の移動をサポートするためのロボットの活用や、介護士が互いに情報を共有し記録するためのタブレット活用なども進んでいる。今後介護に従事できる人材が相対的に少なくなる中、技術革新、データ活用は介護現場の患者本位の介護や生産性向上、働き方改革に必須であるといえよう。

5. 認知症対応

 今後認知症の患者は日本では高齢化に伴い急増し、その数が約700万人になるという予測も厚生労働省から出ている※10。認知症は、先進国でも共通の課題といえる。認知症の人が、生きがいや社会との接点を持つことにより、認知機能の低下が遅れるというエビデンスもあり、いかに長く自立した生活を送れるように支えるかが社会的な課題となっている。

※10 「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮利治教授)を参照。
「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮利治教授)(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

 認知症は、現状は決定打となる医薬品があるわけではなく、誰もが罹患する可能性のある病気と捉え、できるだけ患者が生活しやすい環境をつくっていくことが重要である。この点で参考になるのは、スウェーデンのDementia Forum X※11の取り組みである。2015年から始まった民間の取り組みだが、高齢者ケア・フォーラム、スウェーデン福祉研究所、シルビアホーム財団、カロリンスカ研究所など産学が協力して運営しており、シルビア王妃が支援をしている。IKEAなどのさまざまな企業が参画して、高齢者が住みやすい住居、歯磨き忘れを警告するデジタル技術などを提供するなど、介護従事者とともに認知症の人が暮らしやすい社会に向けて技術革新や研究を取り入れながら、支援している。スウェーデンは、国家として、認知症になって頼るべき人や家族が周囲にいなくても、住宅、衛生、資産管理、生活などを地方自治体による支援が受けられることを目指している※12。国家として、全国どこでも認知症のある人への適切な支援を保証するとしている点、産官学が協力してこれを実現しようとしている点は、日本にも参考になるといえるだろう。

※11 スウェーデンDementia Forum Xを参照。
Sweden to open Dementia Forum X 2021(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

※12 ヘーグベリ駐日スウェーデン大使の論考を参照。(認知症の人が自分らしく生きる社会に|NIRA総合研究開発機構)
認知症の人が自分らしく生きる社会に NIRA総合研究開発機構(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年6月23日閲覧)

おわりに──産官学医等の連携と国のビジョン

 以上、データの活用、技術革新の活用、企業や大学と自治体、医療現場、介護現場といった産官学医等の連携が、今後の社会保障をめぐるさまざまな課題の解決には不可欠である。

 医療や介護サービスの特徴は、それが、公定価格で定められており、また厳格な規制が多い点である。しかし、データや技術革新の利活用を進めるためには、報酬などのインセンティブや規制の見直しなどが不可欠である。国全体として、持続可能な社会保障を築くためには、政府としてビジョンを明確に掲げ、これらの課題に正面から向き合い、対応することが欠かせない。

文献

  • 翁百合: 国民視点の医療改革──超高齢社会に向けた技術革新と制度. 慶應義塾大学出版会, 2017.

筆者

おきなゆり氏の写真
翁 百合(おきな ゆり)
株式会社日本総合研究所理事長
略歴
1984年:慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、日本銀行入行、1992年:株式会社日本総合研究所入社、2006年:同理事、2014年:同副理事長、2018年より現職。京都大学博士(経済学)
専門分野
金融システム、社会保障、経済政策

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.102(PDF:6.0MB)(新しいウィンドウが開きます)

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