人生100年時代の働き方、自己啓発や学び直しについて
公開日:2019年7月30日 09時25分
更新日:2019年7月30日 09時25分
終身雇用制度の継続の困難
かつての日本では企業が従業員の入社から定年までの長期間を雇用する「終身雇用」がならわしでした。しかし、近年は超少子高齢化に伴う働き手の減少による人手不足のため、IoT(「モノ」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み)やAI(人工知能)に代表される技術の進歩による世界的な産業構造の変化などから、企業の業績が伸び悩み、従業員の長期雇用の継続が困難になり、早期退職や希望退職によって職場を離れざるを得ない人が増え続けています。日本の終身雇用の慣行は戦後の高度成長期における「業績は伸び続けるもの」という前提に立った考えでもあったことから、現在の変化の激しい状況において企業が終身雇用の慣行を継続していくことは困難だと言えます。
人生100年時代における働き方
超少子高齢化が進む日本では、出生率の低下と高齢者の増加とともに、働き手である労働人口の減少が続いています。また、働き手を雇用し生産活動を行う企業側では、人材育成にかける費用(教育訓練費)が、1990年代以降は低下・横ばい傾向にあります1)。
このような状況において企業の生産性の向上を図るために、女性の職場進出や高齢者の活用が推進されています。しかし、その一方で、多様な働き手が増えることで、育児や介護との両立を求める働き手のニーズも多様化しているため、働き手それぞれのニーズに合わせた働き方ができる企業や社会が求められています。現代の多種多様な働き手を雇用する企業だけで人材育成や働き手のニーズを満たすことには、限界があります。
現代の日本は男女ともに平均寿命が80歳を超え、人生100年時代と言われます。100年の人生を生き抜くためには、自分に与えられた仕事をするだけではなく、働き手が年代や性別、職業に関わらず自己啓発や学び直しながら自己の職業経験(キャリア)を向上させていくことが求められています。
また、積極的に自己啓発や学び直しを行うことにより、高度で専門性の高い仕事へとシフトすることができます。働き手が自らすすんで自己啓発や学び直しをしていくことには、以下のような効果があると考えられています2)。
- 労働者の生産性が上昇する
- 賃金が上昇する
- 非就業者の就業確率が上昇する
自己啓発の重要性2)
自己啓発や学び直しをする人が増えると、これまでよりもさらに専門性の高い業務を行うことができるようになります。近い将来、AI(人工知能)による単純業務の代行が可能になれば、人はAIにはできない、より高度で専門的な業務を遂行できるようになります。すると、少ない人員でも生産性は向上し、企業の利益、ひいては国民の利益につなげることが可能になると考えられているのです。
自己啓発や学び直しの効果
内閣府が公表している「平成30年(2018年)度 年次経済財政報告」によると、自己啓発を行った人と行わなかった人との間には、年収、就業確率、専門性の高い職業に就く確率において、差が出ることが分かりました(表1)2)。
変化項目 | 年収の変化(万円) | 就業確率の変化(%ポイント) | 専門性の高い職業に就く確率の変化(%ポイント) |
---|---|---|---|
1年後 | 3.0(-) | 11.1(+++) | 2.8(+++) |
2年後 | 9.9(+++) | 9.9(+++) | 3.7(+++) |
3年後 | 15.7(+++) | 13.8(+++) | 2.4(++) |
備考
- 慶応義塾大学「日本家計パネル調査」により作成
- 括弧内について(+++)は1%水準、(++)は5%水準で有意であることを表す。(-)は有意でないもの
自己啓発や学び直しの効果:年収の向上
まずは年収についてです。自己啓発を実施した人と実施しなかった人との間には、2年後で約10万円、3年後で約16万円の差が見られています。1年後には差が見られていないのですが、自己啓発の効果がみられるようになるまでには、ある程度の時間が必要であることを示しています。
自己啓発や学び直しの効果:就業確率の向上
次に、就業確率を高める効果についてです。これは、調査の時点で就業していない人を対象として調査分析が行われました。その結果、非就業者が自己啓発を行うと、就職できる確率が10~14%程度高くなる事が分かりました。年収とは違い、自己啓発を始めてから1年後には就職できたことになります。これは、「自己啓発を行う」という「学びの姿勢」を、雇用する企業側が評価しているのかもしれません。
自己啓発や学び直しの効果:専門性の高い仕事へ移動する確率の向上
次に、専門性の高い仕事に就く確率です。この場合の「専門性の高い仕事」とは、ルーチン作業(単純作業)や定型的な業務ではなく、分析や相手との対話が必要となるような業務のことです。自己啓発を行うことで、1年後には専門性の高い仕事への移動ができることを示しています。
自己啓発や学び直しの方法と効果2)
前出の「内閣府 平成30年(2018年)度 年次経済財政報告」によると、同じ自己啓発や学び直しをした人について、その方法を通学(大学、大学院、専門学校など)、通信講座、その他(講演会やセミナー、社内勉強会など)に分けてその効果を分析したところ、次のような結果となりました(表2)。
変化項目 | 通学 | 通信教育 | その他 |
---|---|---|---|
年収(2年後) | 29.4(+++) | 15.9(++) | 7.4(+) |
就業確率(1年後) | 35.7(+++) | 5.5(-) | 8.1(+++) |
専門性の高い職業に就く確率(1年後) | 7.1(+++) | 1.1(-) | 2.6(+++) |
備考
- 慶応義塾大学「日本家計パネル調査」により作成
- 括弧内について(+++)は1%水準、(++)は5%水準、(+)は10%水準で有意であることを表す。(-)は有意でないもの
表2から、単発の講座で終わるような「その他(講演会やセミナー、社内勉強会など)」よりも通信講座が、通信講座よりも実際に自分で足を運ぶ通学の方が、それぞれの効果が比較的高いことがわかりました。
自己啓発や学び直しの課題
人生100年時代を生き抜くことを目指した自己啓発や学び直しが、より一般的に広まっていくためには、いくつかの課題もあります。
教育費用の負担軽減と支援
働き手が大学やそのほか教育機関が提供するリカレント教育(学び直し)※1を受けるためには、それなりの費用がかかります。そのため、働き手がリカレント教育を受ける際の費用の負担を軽減し、支援をする仕組みが必要です。
リカレント教育を受ける際の支援の一つとして厚生労働省が行っている「専門実践教育訓練給付金」があります3)。専門実践教育訓練給付金は、いくつかの条件はありますが、現在仕事をしている人も、離職している人も受けることができる給付金です。
また、専門実践教育訓練給付金は「働く女性」にも配慮されています。受講開始日に離職者だった場合、離職してから1年間のうちに妊娠、出産、育児、疾病、負傷などの理由により、引き続き30日以上教育訓練の受講を開始できない日がある場合には、ハローワークに申し出をすると、離職した日から受講開始日までの適用対象期間を、最大19年まで延長できます(リンク1)。
- ※1 リカレント教育:
- リカレント教育とは働き手が生涯にわたって教育と就労を交互に行うことを勧める教育システムのこと。
企業側の正当な評価
働き手がリカレント教育を受け、学んだことを「仕事」に活かすためには、企業側が働き手の自己啓発や学び直しに対して正当に評価することが求められます。
2018年に内閣府が行った「働き方・教育訓練等に関する企業の意識調査」によると、「自己啓発に対する処遇変化」が反映される企業は52.6%、自己啓発を支援する制度があり活用されている企業は53.6%に留まっており、学び直しが適切に評価されない企業が多いことが分かりました4)。
そのため、働き手の自己啓発や学び直しを推進するためには、その成果を働き手を雇用する企業側が適切に評価し、教育機関にフィードバックする仕組みの構築が求められます。
多種多様な需要に応じたカリキュラムの提供
リカレント教育を提供する大学等(大学、短期大学、専門学校など)の教育機関が重視するカリキュラムと、社会人や企業側が期待するカリキュラムとの間には、差異があることも分かっています。例えば、大学等は「特定職種の実務に必要な専門的知識・技能を習得できる内容」を重視するのに対し、個人や企業は「最先端にテーマを置いた内容」や「幅広い仕事に活用できる知識・技能を習得できる内容」を重視しているのです。
学びたいという個人の意欲、それを正当に評価する企業、そして個人や企業が期待するカリキュラムを提供する教育機関が、現代の社会情勢や多種多様な「働き方」に寄り添っていくことが求められています。
生涯現役を目指して
自身が現役として働きながら自己啓発や学び直しをし、より高度で専門性の高い職業に就いていれば、定年退職後もその知識や経験、技術を活かして働き続けることができます。70歳まで働きたい、働けるだけ働きたいという高齢者が増えている現在、自己啓発や学び直しを始めるのに期限はありません。生涯現役を目指し、いくつになっても学ぶ姿勢が大切です。