健康長寿ネット

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第4回 らく朝の三点セット

公開日:2020年2月14日 09時00分
更新日:2024年8月13日 13時17分

立川 らく朝(たてかわ らくちょう)

落語家・医学博士


 落語家は扇子と手拭いですべての動きを表現する。でも時にはむずかしい所作もあったりするものだ。私の新作落語でとろろ蕎麦を食べる場面があって、普通の蕎麦と、とろろ蕎麦との違いを表現しなくてはならない。ネタ下ろしの時、これには本当に困った。「ああ、なんでこんなシーンをつくったんだろう」と後悔しても始まらない。蕎麦をすする時の音やスピードを変えるなどずいぶん工夫したものだ。

 私の場合とくに健康落語をやっているから、扇子も手拭いも妙な使い方をする。手拭いがレントゲンフィルムや心電図になるし、扇子で超音波検査までやってしまう。落語家は東西合わせて800人くらいいるが、おそらく扇子で超音波検査をやったのは私が初めてに違いない。

 また「ヘルシートーク」といって健康講演会もよく行うが、こんな時には病気のメカニズムを説明しなくてはならない。病気の説明ってのは簡単じゃないんだ。なにせ難解で複雑。普通の医者だったらイラストでも映して説明するんだろうけど、私は落語家だ。やっぱり扇子と手拭いで押し通すことになる。

 たとえば私は、糖尿病のメカニズムを説明するのに回転寿司を例にあげる。回転寿司はご存じのようにベルトコンベアーの上にお寿司が並んで回っている。でもね、客の半分が後手に手錠をはめられていたら誰も食べられない。それでもお寿司屋さんが構わず握り続けたらベルトコンベアーのお寿司はドンドン溢れかえって、しまいには床に落ちちゃう。一方お客さんの半分はお寿司を食べられないからグッタリしてる。これが糖尿病の状態なのだ。

 「どうです、わかったでしょ」、って全然わかんないか。

 じつは、身体の細胞は血液中のブドウ糖を取り込んで栄養源としている。しかし糖尿病では細胞がブドウ糖を十分に取り込めない。原因はインスリンというホルモンの作用が不足しているからだ。こんな状態でご飯をたくさん食べ続けたら、ブドウ糖の血中濃度はどんどん上がってしまう。これが「血糖値が高い」という状態だ。

 これは回転寿司のコンベアー(血液)の上が、お寿司(ブドウ糖)で溢れかえっているのと同じ。このお寿司が床に落ちるようになると、尿にブドウ糖が排出される状態と同じで「尿糖陽性」ということになる。

 じゃあどうすればよいかというと、まずお寿司を握るスピードをゆるめる。つまりダイエット(カロリー制限)だ。それでも駄目ならお客の手錠をはずしてやればよい。この時の手錠の鍵がインスリン投与(内服や注射)ということになる。

 こんな話を扇子と手拭いを駆使して、ギャグを交えながらトークする。するとイメージが湧くのか、すんなり糖尿病を理解していただける。かえってスライドを映すより効果的かもしれない。しかも場内は爆笑だ。

 さらに、ギャグで笑いながらトークを聞くと「笑ってる間に観客の血糖値が下がる」というオマケまで付いてくる。笑うと血糖値が下がることが証明されているのだ。何と驚いたことに、笑うことで遺伝子の状態が変化し、その結果として血糖値が下がる。これを発見したのは遺伝子工学の世界的な権威、筑波大学の村上和雄先生だ。

 笑いは遺伝子まで変えてしまう、何とも凄まじい効果だ。扇子と手拭い、そして笑い、私にとってこの三点セットは健康を語るには今や必須となっている。これからも扇子と手拭いを携えてヘルシートークを続けていくつもりでいる。

 皆様、またどこかの会場でお会いいたしましょう。ではそろそろ、お時間です。

編集部:立川らく朝さんは2021年5月2日にご逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.92(PDF:4.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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