多世代関係における高齢者のプロダクティビティ──持続可能な地域共生社会をめざして
公開日:2019年10月25日 09時00分
更新日:2024年8月14日 11時41分
こちらの記事は下記より転載しました。
藤原 佳典(ふじわら よしのり)
東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム研究部長(チームリーダー)
はじめに
わが国は、諸外国に比類ないスピードで少子超高齢化が進行し、財政縮小が予想される。市町村が安定した施策を持続するためには、歳出の大半を占める社会保障費の増大を抑制する策を講じなければならない。さらには人口減少社会が加速する今後の危機的状況を乗り越えるためには、多世代が共創する持続可能な循環型社会を構築する必要がある。それには、高齢者の健康寿命の延伸に加えて、子ども・子育て世代が住みやすいまちづくりを進めていくことが必須といえる。
世代間交流・次世代支援の視点からプロダクティブ・エイジングに期待される有償労働、ボランティア活動、家事・育児などの無償の社会貢献について、筆者が推進してきたプロジェクトを通して概観したい。
就業による次世代支援
これまで高齢者就業に関する学術研究の主流は労働経済学や労働衛生学の視点からのアプローチであり、老年学の視点からの学際的アプローチは十分ではない。そこで筆者は、今後の高齢者就業のあるべき方向性を理論と実践研究から提示すべく、2014年12月有識者と実務者による高齢者就労支援研究プロジェクト「ESSENCE」(Employment Support System for Enhancing Community Engagement)を立ち上げた。その後、研究会を継続する過程で顧客・職場はもとより、高齢者自身、地域社会の「三方よし」の互恵的な就業のあり方を探索した結果、介護福祉領域での活躍に最も期待が寄せられた。
介護人材不足は厚生労働省の推計では2025年に55万人とされている。厚生労働省は2018年12月より介護現場革新会議を開催し、介護職員の処遇改善や介護ロボットの活用、また外国人労働者の受け入れ環境の整備を推進するとともに、いわゆる「元気高齢者」に着目した介護助手の導入により人材不足を解消することを重点方策と位置づけている。
しかし、無資格で実務経験のない高齢者が介護職として専門的な役割を担うことは容易でない。そのため、非専門的な介護の周辺業務(運転、営繕、清掃、リネン交換、洗濯、備品補修、イベント補助など)を担う試みである。介護助手を先進的に導入している三重県のパイロット調査1)によると、高齢者の社会貢献の機会を創出するのみならず、現役の有資格介護職員の離職率が低減されたことを報告している。周辺業務軽減により専門的業務へ専念することができ、現役職員のバーンアウト抑制に寄与した可能性が考えられる。筆者も都内の高齢介護職員の導入施設へ聞き取りした際に、子育て世代の職員が敬遠する、週末の勤務や早朝勤務を担うことで現役世代から感謝されているとの意見が散見された。筆者らは三重県と協働し、介護助手、施設責任者、現役介護職員を対象に現在、深堀調査を企画しており、これらの互恵的効果を明らかにしていきたい。
ボランティア活動による次世代支援
多世代間のソーシャルキャピタルの醸成をめざした米国における先行事業と、それをもとに筆者らが開発したシニアボランティアによる子どもへの読み聞かせプロジェクト「REPRINTS」の取り組みの多面的効果について紹介する。
1.米国における先行事業 Experience Corps®
米国では1980年代以降、公立学校の年間予算が削減されたため、カウンセリング、教育カリキュラム、課外活動は縮小せざるをえなかった。生徒総数の増加と同時に教室内でのマンパワー不足は年々深刻化した。そこで、Friedらは公立小学校において地元の高齢者が児童の読み書きや計算など基礎学習のサポートを行う世代間交流型ボランティアプログラム「Experience Corps®(以下、EC)」2)による介入研究を開始した。
ECは低所得層が多く住むインナーシティに住む子どもと彼らの通う公立小学校のために高齢者の時間、能力そして技術を活用するために考案された。6か月間の準備期間と18か月間のパイロット事業が1995年からフィラデルフィア、ニューヨークをはじめ5都市全12校において開始された。その後、1999年からボルチモア市内で4~8か月間のパイロット研究が開始され、60~86歳の参加者128名の健康度自己評価、手段的自立能力(IADL)、知的能動性、歩行能力の改善および、受け入れ校での児童の基礎学力テストの成績が向上し、生活態度が改善したことが報告されている。
2.わが国の世代間交流型介入研究「REPRINTS®」:プログラムの展開と互恵的効果
筆者はECのボルチモア地区での研究を現地で踏査し、日米のシニアボランティアと公教育の事情を比較検討したうえで、わが国への応用を試みた。具体的なプログラムは、子どもへの絵本の読み聞かせ活動とした(図1)。そして、2004年より介入研究「REPRINTS」(Research of Productivity by Intergenerational Sympathy)を開始した3),4)。
"REPRINTS"プログラムの対象地域は、東京都心部(東京都中央区)、首都圏住宅地(川崎市多摩区)、地方小都市(滋賀県長浜市)を選び、一般公募による60歳以上ボランティア群67人と基本属性および身体・社会活動性の類似した対照群74人に対してベースライン調査を行った。3か月間(週1回2時間)のボランティア養成セミナーを修了後、6~10人単位のグループに分かれ、地域の公立小学校、幼稚園などへの定期的な訪問・交流活動を開始し、9か月後に第2回調査を行った。
9か月間の短期的な効果として、ソーシャルサポート・ネットワーク、健康度自己評価、握力において有意な改善・低下の抑制がみられ、部分的ではあるがECの知見をわが国においても確認しえた。さらに、介入、対照群ともサンプルサイズを補強し、最長3~7年間追跡した結果、ソーシャルネットワーク5)、ストレス対処能力6)、動態バランス力5)、頭部MRI画像における海馬の萎縮の抑制7)において長期間の介入効果が認められた。
児童への効果については、"REPRINTS"ボランティアの1年間の活動により、対象児童の高齢者イメージがどのように変化したかを検証した8)。高齢者イメージは一般に児童の成長とともに低下する可能性があるが、"REPRINTS"ボランティアとの交流頻度が高い児童では、1年後も肯定的なイメージを維持しうることが示された。
保護者への波及効果については、2年間の"REPRINTS"ボランティアの活動への評価は児童の学年を問わず高まった9)。
以上により、"REPRINTS"プログラムによる、高齢者ボランティアと児童互恵的効果が検証されたのみならず、児童を媒介として、高齢者と保護者世代またがる三世代の信頼感が構築される可能性が示唆された。
さらに、ある活動地域内の一般住民におけるソーシャルキャピタル醸成の波及効果についても検証した。同ボランティアを長期間導入している学校・幼保育園の多い生活圏域ほど住民間の信頼ソーシャルキャピタルが高いことが示された10)。ソーシャルキャピタルは地域における信頼、互恵的な規範、ネットワークから構成される概念である。保護者が高齢者ボランティアに感謝の念を抱き、その思いは、親の介護を意識する世代としては、高齢者福祉への理解につながるかもしれない。一方では、子育てが一段落した後には、ボランティアとして地域や他の子どもに貢献しようとする人も現れる可能性がある。こうして保護者世代の高齢者理解と自身のボランティアへのきっかけが生まれ、さらに子どもはそうした親の姿を学ぶであろう。互恵的な交流は世代間で継承され、地域を支える人的資源として好循環し、ソーシャルキャピタルが醸成されることが期待される。
2004年に開始した"REPRINTS"プロジェクトは2019年で15年目を迎える。現在、絵本の読み聞かせ手法を学ぶ介護予防・認知症予防事業としても自治体から委託を受け、活動地域は全国2市1特別区から7市10特別区に広がり、ボランティアは総勢400名を超す。
多世代型地域支援プロジェクトのデザインとプロセス
"REPRINTS"プロジェクト参加者の互恵的効果は実証されたものの、そもそも世代間交流ボランティアという偏りのある人々に対するだけでなく、一般の地域住民においても世代間交流は健康に好影響をもたらすといえるのであろうか。筆者らの首都圏の地域住民への郵送アンケート調査によると、20~30歳代および60歳代以上の住民ともに同世代に加えて異世代交流の機会のある人は、精神的健康度が最も良好であることが明らかになった11)。
こうした知見を踏まえて筆者らは、「地域丸ごと多世代交流」プロジェクトに着手した。
公助(行政サービス)が削減される中で、多様かつ複雑化した子ども・子育て世代の課題と激増する高齢世代の課題をいかに効果的・効率的に解決するかが問われている。たとえば、1つの家庭内で介護、育児、生活困窮といった問題を複合的に抱える「多問題家庭」の困難事例へのケアマネジメントは、各専門職の連携により対処されることは少なくない。しかし、その大半は個別ハイリスクアプローチであり、今後こうしたハイリスク層を生まない・増やさないためのポピュレーションアプローチを講じている自治体は数少ない。多世代を支援するには、たとえば、高齢者のみによる介護予防や子育てママのみによる育児サークルといった同世代間の互助を推進するだけではなく、多世代に対応する地域資源や人材の育成あるいはシェアが急務である。これらは、2015年度に開始された子ども・子育て支援新制度や第6期から第7期へと引き継がれた介護保険計画・新総合事業の成功の鍵を握ると言っても過言ではない。
しかしながら、縦割りの行政施策に加えて、自己世代の利益のみを優先しようとする住民の潜在的な世代間対立のために、これらの2つの事業が連携することは容易ではない。
こうした課題を解決すべく、われわれは平成27~30年度JST-RISTEX「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域の助成を受けて、「ジェネラティビティで紡ぐ重層的な地域多世代共助システムの開発」(以下、多世代互助共助)プロジェクトを推進した12)。同多世代プロジェクトでは、心理学者E.H.エリクソン(1950)が提唱した概念「ジェネラティビティ(次世代継承への意識・行動)」の醸成を理論基盤として、子ども・子育て世代と高齢世代の共生・共創をめざす施策・事業の開発をめざしている。とはいえ、多世代間の互助・共助の根幹にあるのはプロダクティブ・エイジングに依拠する多世代間の信頼、つまりソーシャルキャピタルの構築であることは言うまでもない。
同プロジェクト12)は、①日常的な声かけなどによる緩やかな情緒的支援、②多様な多世代交流プログラムや場の開発による社会参加支援、③子育て支援と高齢者の生活支援の一元化といった3層からなる重層的な支援システムを基盤とする(図2)。
1.多様なステーク・ホルダーからなる協議会の設置と人材育成
まず、上記の3層のシステムを推進するうえで、研究班、住民、行政、関連団体が協議・共創するための場が必要である。そこで、2016年から首都圏住宅地の2つのモデル地区において地縁団体、高齢者団体、子ども・子育て団体をはじめとする協議会を設置し、3層のプログラム(多世代間の互助のマッチングシステム、多世代交流の場、多世代挨拶運動)をモデル地区に適した形態で展開し、定着するために必要な助言と支援を行う機能を持たせた。次に、シニア世代を主とする地域ボランティア「まち・人・くらしプロモーター(略称:まちプロ)」を養成した。「まちプロ」の役割は、①多世代交流プログラムの企画と運営、②多世代交流プログラム内での参加者間の交流促進、③多世代間の互助の普及啓発である。
2.多世代交流の場の開拓
多世代交流の場とプログラムの運用は、図2内の「交流と居場所づくり(社会参加)」に該当する。交流の場とプログラムで親しくなった多世代住民同士がより確かなつながりである「困り事の支え合い」を行う関係になっていくことを期待している。1つのモデル地区では子育てを支援する地域団体および「まちプロ」と連携したサロンを開設した。もう1つのモデル地区では、シニア住宅や公民館を拠点とした交流の場を「まちプロ」と立ち上げた。
3.多世代間の互助システムの開発に向けて
本プロジェクトでは図2のとおり重層的なつながりから、最終的には地域住民間で世代を超えて、日常の困り事を助け合える地域づくりをめざしている。そのためには相互扶助を促進する「しかけ」も重要である。
高齢者へのヒアリングの結果、互助の対象となる高齢者にとって支えてほしいニーズが顕在化しない、個人宅における互助には抵抗感があるが、交流の場においてなら可能であるとの意見が散見された。このように克服すべき課題に対して、「お互いさまゲーム」を開発して、ゲームを通して支援してほしい事柄を交流の場の参加者間において顕在化・共有化した。そこで、各モデル地区において、多世代交流カフェを基盤とした互助モデルを確立しようとしている。1つのモデル地区では、多世代交流のサロンにおいて2つの方法で互助を推進している。第1の方法として、まちプロがサロン内で対応可能な支援項目(それぞれのまちプロの特技など)を建物の外から見える掲示板で提示している。第2の方法として、サロンの中で身近な地域の助け合いにつながる講座やイベントを企画し、参加者同士の交流の中で支援ニーズを引き出すとともに、支援の担い手が拠点に集うような働きかけをまちプロが主導して行っている。
もう1つのモデル地区では、月2回カフェを運営している。このうち1日は、カフェの中で互助の発生を促すため、まちプロの特技を活かしたブースを複数設置し、参加者同士やまちプロによる「お助け」が発生するよう運営している。たとえば、子育て世代のまちプロによる「スマートフォンお助けブース」や、縫物が得意な高齢者まちプロによる「裁縫お助けブース」や、先述の"REPRINTS"ボランティアを兼ねるまちプロによる絵本読み聞かせタイムなどを開催している。
一方、本プロジェクトの協議会は、高齢者支援と子育て支援関連機関や団体で構成されており、地域課題を高齢者支援と子ども・子育て支援の観点から協議している。本協議会の設立過程と運営方法は、介護予防・日常生活支援総合事業で設置する協議体へ応用可能である。
さいごに
「共生社会」という言葉は耳に優しいながら、「わが事(こと)」とはなりにくい現実を痛感する。筆者は、仏教の教えにその解決のヒントを見出だす。「子供叱るな、来た道だもの、年寄り笑うな、行く道だもの」ということわざがある。学校には、さまざまなハンディのある子も多くいたし、今もいる。一方、プロダクティブなシニアボランティアも遅かれ早かれ、認知症になる人も少なくない。多世代交流の視点で「共生」を見直すと、すべての世代にとって、記憶し、想像しやすい「わが事」を実感できるのではなかろうか。
文献
- Fried LP, Carlson MC, Freedman M, et al:A social model for health promotion for an aging population: initial evidence on the Experience Corps model. J Urban Health 2004; 81: 64-78.
- Fujiwara Y, Sakuma N, Ohba H, et al: Intergenerational health promotion program for older adults "REPRINTS": the experience and its 21 months effects. Journal of Intergenerational Relationship 2009; 7: 17-39.
- Yasunaga M, Murayama Y, Takahashi T, et al: The multiple impacts of an intergenerational program in Japan: Evidence from the REPRINTS Project. Geriatrics Gerontology International 2016; 16 (Suppl 1): 98-109.
- Sakurai R, Yasunaga M, Murayama Y, et al: Long-term effects of an intergenerational program on functional capacity in older adults: results from a seven-year follow-up of the REPRINTS study. Archives of Gerontology and Geriatrics 2016; 64: 13-20.
- Murayama Y, Ohba H, Yasunaga M, et al: The effect of intergenerational programs on the mental health of elderly adults. Aging and Mental Health 2015; 19: 306-314.
- Sakurai R, Ishii K, Sakuma N, et al: Preventive effects of an intergenerational program on age-related hippocampal atrophy in older adults: The REPRINTS study. J Geriatr Psychiatry 2018; 33: e264-e272.
- 藤原佳典, 渡辺直紀, 西真理子 他: 児童の高齢者イメージに影響をおよぼす要因."REPRINTS"ボランティアとの交流頻度の多寡による推移分析から. 日本公衆衛生雑誌 2007; 54: 615-625.
- 藤原佳典, 渡辺直紀, 西真理子 他: 高齢者による学校支援ボランティア活動の保護者への波及効果─世代間交流型ヘルスプロモーションプログラム"REPRINTS"から─. 日本公衆衛生雑誌 2010; 57: 458-466.
- Murayama Y, Murayama H, Hasebe M, Yamaguchi J, Fujiwara Y: The impact of intergenerational programs on social capital in Japan: a randomized population-based cross-sectional study. BMC Public Health 2019; 19: 156.
- 根本裕太, 倉岡正高, 野中久美子 他: 若年層と高年層における世代内/世代間交流と精神的健康状態との関連. 日本公衆衛生雑誌 2018; 65: 719-729.
- 野中久美子,倉岡正高,村山幸子 他: 科学技術振興機構JSTRISTEX(社会技術研究開発センター)受託事業・戦略的創造研究推進事業『持続可能な多世代共創社会のデザイン研究開発領域』.平成27年採択 プロジェクト開発調査報告書「ジェネラティビティで紡ぐ重層的な地域多世代共助システムの開発」(研究代表者: 藤原佳典),2017.
筆者
- 藤原 佳典(ふじわら よしのり)
東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム研究部長(チームリーダー) - 略歴:
- 1993年:京都大学病院老年科、1994年:兵庫県立尼崎病院内科、1996年:東京都立大学(現・首都大学東京)都市研究所、2000年:京都大学大学院医学研究科修了、医学博士、東京都老人総合研究所地域保健部門、2011年より現職
- 専門分野:
- 公衆衛生学、老年医学、老年社会科学
転載元
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