介護支援ロボットの開発・導入と展望
公開日:2017年4月14日 14時36分
更新日:2023年8月 3日 13時41分
本間 敬子(ほんま けいこ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター
サービスロボティクス研究チーム主任研究員
はじめに
高齢化に伴う要介護者の増加、労働力不足などの問題の解決策の1つとして、ロボットの利活用に期待が寄せられている。
政府は2014年度にロボット革命実現会議を開催して「ロボット新戦略」を取りまとめた1)。ロボット新戦略では、「1.センサー、AIなどの技術進歩により、従来はロボットと位置付けられてこなかったモノまでもロボット化し」、「2.製造現場から日常生活のさまざまな場面でロボットが活用されることにより」、「3.社会課題の解決やものづくり・サービスの国際競争力の強化を通じて、新たな付加価値を生み出し利便性と富をもたらす社会を実現する」ことを「ロボット革命」とし、その実現のために、「1.ロボット創出力の抜本強化」、「2.世界一のロボット利活用社会」、「3.世界をリードするロボット新時代への戦略」をめざすべき3本柱としている。
介護・医療分野は、ロボット新戦略の主要なターゲットの1つである。特に、介護分野でのロボットの活用への期待は高く、2020年の国内市場規模を500億円に拡大することが目標の1つに掲げられている。介護支援ロボットへの期待は、ユーザ側からも寄せられている。2013年に内閣府が実施した「介護ロボットに関する特別世論調査」2)では、約6割の回答者が、家族を在宅で介護することになったときに、介護ロボットを「利用したい」、「どちらかといえば利用したい」と回答している。また自身が介護を受けることになったときに、介護ロボットを「利用してほしい」、「どちらかといえば利用してほしい」と回答した割合はあわせて65%強であった(図1)。介護ロボットに魅力を感じる点としては、「介護をする側の心身の負担が軽くなること」、「介護をする人に気を遣わなくても良いこと」、「介護を受ける人が自分でできることが増えること」などが主な回答となっている。
このように介護支援ロボットへの期待は高まっているが、そもそも介護支援ロボットとはどのようなものなのだろうか。本稿では介護支援ロボットの開発の状況と、普及への課題などについて紹介する。
介護支援ロボットとは
1.介護支援ロボットの定義
介護支援ロボットの明確な定義は定められていないが、心身機能が低下して介護を要する人の自立支援や、介護する人の身体負担軽減を主な目的とするロボットを指すと考えられる。なお、「介護支援ロボット」の他に、「介護ロボット」、「ロボット介護機器」などの呼び名が使われることがある。
ロボットの定義は日本工業規格(JIS)などでも定められているが、ここではロボット産業政策研究会が定義した、「センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有する、知能化した機械システム」3)によることにする。しかし、この定義にあてはまらない機器でも、ロボットと呼ばれることも少なくない。
ことに、最近ではIoT(Internet of Things)、すなわちさまざまなモノがインターネットを通じて接続され、情報のやりとりを行う社会が実現しつつあり、ロボットの概念はますますあいまいになってきている。本稿で取り上げる介護支援ロボットの中にも、例えば見守り支援機器のような「ロボット的なモノ」を含む。
2.介護支援ロボットに期待される効果
介護支援ロボットを使用することによって期待される効果には、介護される人の自立や介護する人の負担軽減、介護コストの低減などがある。介護される人の自立を考えるにあたっては、例えば国際機能分類(ICF)に基づき、機器の使用によって実現すべき活動を整理することが有用である4)。また、生活不活発病などを生じないよう、機器をどのように使うかを慎重に検討する必要がある。
介護する人の負担軽減については、大きな力を出す、無理な姿勢で作業するなどの身体的負担の軽減、介護に要する時間の短縮に加えて、夜間作業の軽減、さらに精神的な負担の軽減などが期待できる。
ロボット導入による介護コストの低減に関しては、施設経営においては業務効率化、また社会全体で考えると介護の社会的コストの低減が期待される。欧米においては、機器などの支援技術の利用による効果を算出し、サービス提供の根拠として用いられている5)。
3.介護支援ロボットの事例
ここでは、「ロボット介護機器開発・導入促進事業」で開発された機器を中心に、現在市販されている介護支援ロボットを紹介する。なお、本稿で紹介する介護支援ロボットは、製品化されている介護支援ロボットのごく一部であることにご留意いただきたい。例えば、現在多くのコミュニケーションロボットが市場に投入されているが、現時点でコミュニケーションロボットは後述する「ロボット技術の介護利用における重点分野」に含まれていないため、本稿では割愛させていただく。
(1)ロボット技術の介護利用における重点分野
経済産業省および厚生労働省は、「ロボット技術の介護利用における重点分野」6)を策定し、開発等の支援を実施している。まず平成24年度に1~5の5分野が策定され、その後、平成25年度に6~8の3分野が追加されて、重点分野は以下の8分野となっている(図2)。
(2)ロボット介護機器開発・導入促進事業
経済産業省は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)に委託し、2013年度から5年間の計画で、「ロボット介護機器開発・導入促進事業」を実施している7)。
この事業は前述の「ロボット技術の介護利用における重点分野」を対象とし、ロボット介護機器の開発および開発に資する基準の策定などを実施するものである。
ロボット介護機器開発・導入促進事業は「開発補助事業」および「基準策定・評価事業」の2つの事業から構成されている。開発補助事業は、重点分野のロボット介護機器の製品化をめざして企業などが開発を行う。一方、基準策定・評価事業は、ロボット介護機器の開発や導入に必要となる、安全評価基準、効果評価基準などを構築することを目的としている。
(3)製品化された介護支援ロボットの例
以下で紹介する機器は、ロボット介護機器開発・導入促進事業で開発され、製品化された機器の一部である。
1.移乗支援
移乗などを支援するための装着型ロボットでは、CYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社の「HAL介護支援用(腰タイプ)」8)が、すでに施設向けにレンタルで提供されている。これは介護する人の腰部に機器を装着して生体電位信号を用いて機器を制御し、介助動作時の負荷を低減する。また、株式会社イノフィスの「マッスルスーツ」9)は、訪問入浴介護事業を手がける企業と共同研究を進め、実際に訪問入浴事業所に導入されている。こちらは機器の駆動に空気圧で伸縮する人工筋肉を使用している。
一方、非装着型の移乗支援ロボットについては、40年近く前から研究が進められてきた10)が、機器の大きさや速度などがネックになり、なかなか実用化が進まなかった。最近では富士機械製造株式会社の「移乗サポートロボットHug」11)のような小型の移乗支援ロボットが製品化されている。また、パナソニック株式会社の「離床アシストベッドリショーネ」12)は、ベッドの一部が分離・変形して車いすになり、ベッドと車いすの間で抱え上げて移乗介助をしなくてすむ。
2.移動支援
RT.ワークス株式会社が開発した屋外型移動支援機器である「ロボットアシストウォーカーRT.1」13)は、人が押す力の強さや路面状況などをセンサーによって検知し、車輪に取り付けられたモーターを制御している。そのため上り坂ではアシストが働いて楽に上ることができ、下り坂ではブレーキが働いてより安全に下ることができる。さらにGPSによる位置確認などの機能も備えている。
3.見守り支援
高齢者施設での利用者の事故を低減するため、センサーによって起き上がりや離床などを検知し、介護従事者に知らせる機器が製品化されている。例えばノーリツプレシジョン株式会社の「Neos+Care(ネオスケア)」14)やキング通信株式会社の「シルエット見守りセンサ」15)は、赤外線センサーによって見守り対象者の起き上がりなどを検知し、スマートフォンなどに通知を送る。通知を受けた介護従事者は画面で状況を確認できるが、プライバシーに配慮したシルエット画像が用いられているのも特徴である。
見守り支援機器は、厳密な意味での「ロボット」にはあてはまらない機器も少なくないが、ロボットに用いられるセンサー技術や制御技術を活用した、広い意味での「ロボット機器」として開発されている。
介護支援ロボットの課題と展望
介護支援ロボットの開発の状況について紹介してきたが、介護現場への介護支援ロボットの導入は、まだ端緒についたばかりである。
1.導入支援のための助成制度など
介護支援ロボットの効果を検証し普及につなげるためには、多くの介護現場で実際にロボットを使ってもらう必要がある。そのため、公的な助成制度が始まっている。
厚生労働省は、平成27年度補正予算により、「介護従事者の負担軽減に資する介護ロボット導入促進事業」を実施した16)。この事業は介護従事者の介護負担の軽減を図る取り組みが推進されるよう、事業者負担が大きい介護ロボットの導入を特別に支援するため、一定額以上(20万円超)の介護ロボットを介護保険施設・事業所へ導入する費用を、市町村を通じて助成するものである。本事業の効果は、今後明らかになってくると期待される。
一方、地方自治体レベルで介護支援ロボット導入の取り組みが行われている事例もある。
公益社団法人かながわ福祉サービス振興会は、平成22年度から3年間で、「介護ロボット普及推進事業」を実施した17)。この事業は「介護分野の課題解決」および「新産業の育成」を目的として実施されたもので、介護ロボットの試験導入と評価、ヒアリング調査、普及推進活動、導入促進のためのガイドライン策定、人材育成などの取り組みが行われた。普及推進活動は現在も継続して行われている。
岡山市では、総合特区事業として平成25年度より「介護機器貸与モデル事業」を実施している18)。これは在宅の介護保険被保険者に対して、市が指定した介護機器のうち要介護度に応じたものを、利用者負担1割に軽減し貸与する事業である。
北九州市は、平成26年度から「北九州市介護ロボット等導入補助金」を実施している19)。この制度は、地元企業の介護・生活支援ロボットの開発、製品化の推進を目的としており、介護ロボットなどを導入しようとする介護保険事業所や医療機関、市民に対して経費の一部を補助するものである。補助の対象は地元企業が開発した特定の機器に限定されている。
石川県小松市では、介護従事者の業務負担軽減やより質の高いサービス提供などを目的とした、「介護ロボット普及推進事業費補助金」を実施している20)。この制度では、「認知症ケアに向けたコミュニケーション・メンタルケア」、「要介護者の自立歩行支援」「介護従事者の負担(移乗・移動)軽減」の3つのカテゴリーに該当する品目を対象として、介護サービス事業所・施設の機器導入経費の一部を補助するものである。
2.介護保険制度の適用
1.で紹介した導入支援制度は、主に介護保険対象福祉用具の範囲外の介護支援ロボット・機器を対象としているが、ロボット介護機器の中には、すでに介護保険が適用されるようになったものもある。例えば、歩行器の定義の中に、上り坂でのアシスト、下り坂での制動、坂道の横断での片流れ防止およびつまずきなどによる急発進防止の機能が制御により可能であるものが追加されている21)。ただし、上り坂のアシスト、下り坂の制動などの機能が制御により実現されていればどのような機器でもよいわけではなく、形状など、既存の介護機器としての要件を満たしていなければ介護保険適用とはならない。
ある介護保険レンタル事業者のWebサイト22)では、電動アシスト機能を有する歩行器2機種の月額レンタル料金がそれぞれ8,800円(自己負担額880~1,760円)と13,000円(同1,300~2,600円)に設定されているのに対して、既存の歩行車(屋内用を除く)50機種の月額レンタル料金の平均は3,338円(最低2,000円、最高5,000円)であった。こうした価格の差は、普及を妨げる要因になりうるが、新たな機能を実現するのに必要なセンサーやモーターなどを搭載することで、機器の原価自体が既存機器より高価になってしまうため、解決がむずかしい課題ではある。
3.現場への導入の課題
ここまでは主に公的な助成制度をみてきたが、介護支援ロボットの導入にあたっては、他にもいくつかのハードルがあると考えられる。
介護支援ロボットを含めた支援機器が実際に使われるかどうかは、機器そのもののよしあしだけではなく、機器が実現する機能がユーザのニーズに合っているかどうかや、機器の使用や片付けに要する手間、使用環境の整備の状況などにも左右される。
仮にベッドからの転落を事前に確実に検知し通報できる見守り支援機器があったとしても、機器からの通報を受け取るための設備(ナースコールや無線LANなど)がなかったり、通報を受けて利用者の状態を確認する人的体制が構築されていなかったりすれば、通報は介護する人に届かず、事故防止につながらない。このように、どれだけ優れた機器ができたとしても、こうした機器を使うための体制づくりは不可欠である。そのためには、現状の分析や、導入しようとする機器の情報の取得を行う必要がある。
新たに支援機器を導入しようとする場合、その機器に関する情報の取得は、最初の、しかし大きなハードルであろう。牛島らは、介護事業者が福祉用具を導入しようとする際に、リスクマネジメントを行うための安全性情報取得に関する現状について報告している23)。また、産業技術総合研究所においては、福祉機器導入における意思決定の支援のために、意思決定の手順のマニュアル化の取り組みを行っている24)。
現在の介護支援ロボットは、人が作業するのに比べて時間がかかったり、余分な段取りが必要になったりすることが多い。そのため、「ロボットを使うより人が介助をした方が早い」と考える人も少なくない。しかし、特に移乗などの作業は腰痛の原因となりやすく、また腰痛は介護職員の離職につながる25)ことが懸念される。
オーストラリアでは、ノーリフティングポリシーと呼ばれる、介助時には福祉機器などを利用し、人力のみでの移乗介助や移動を制限するという考え方が普及している26)。介護支援ロボットの活用により介護する人の負担低減を真に実現するためには、こうした考え方に基づく取り組みを行うことも必要となるだろう。
おわりに
本稿では介護支援ロボットの開発状況や課題について紹介した。介護支援ロボットは、ようやく実用化の端緒についたばかりであり、解決すべき課題はまだまだ多いが、介護される人の生活の尊厳を守り、介護する人の負担を軽減するために、ロボットをどのように活用するか、考えるきっかけにしていただけると幸いである。
参考文献
- ロボット革命実現会議:ロボット新戦略、2015.
- 内閣府政府広報室:「介護ロボットに関する特別世論調査」の概要、2013.
- ロボット政策研究会:ロボット政策研究会報告書~ RT 革命が日本を飛躍させる~、2006.
- 松本吉央、田中秀幸、吉川雅博、脇田優仁:国際生活機能分類(ICF)を用いた生活支援ロボットの開発、情報処理、Vol.54、No.8、pp.799-804、2013.
- 巖淵守、中邑賢龍:支援技術利用効果測定に関する欧米の動向、日本生活支援工学会誌、Vol.6、No.1、pp.34-41、2006.
- 厚生労働省老健局振興課、経済産業省製造産業局産業機械課:ロボット技術の介護利用における重点分野、2014.
- 丸岡亮:ロボット介護機器開発・導入促進事業について、計測と制御、Vol.55、No.7、pp.614-615、2016.
- 日本ロボット学会編:ロボットテクノロジー、pp.118-121、オーム社、2011.
- (新しいウインドウが開きます)
- 厚生労働省発老0608第1号、平成28年6月8日
- 介護ロボット普及推進事業費補助金 小松市
- 老高発0414第1号、平成28年4月14日
- TakeCare(テイクケア)http://www.delivery-care.com/
- 牛島美恵子、梶谷勇、本間敬子:福祉用具の安全性情報取得における現状と課題、つくば医工連携フォーラム2016講演予稿集、2016.
- 井上淳、亀井隆夫、梶谷勇、初雁卓郎、三宅徳久:福祉機器の実用化とイノベーションに向けて、ライフサポートVol.28、No.4、pp.118-128、2016.
- 厚生労働省職業安定局:介護労働者の確保・定着等に関する研究会【中間取りまとめ】、2008.
- 中央労働災害防止協会:改訂「職場における腰痛予防対策指針」に沿った社会福祉施設における 介護・看護労働者の腰痛予防の進め方、2014.
筆者
- 本間 敬子(ほんま けいこ)
- 国立研究開発法人産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター サービスロボティクス研究チーム主任研究員
- 略歴:
- 1989年:東京大学工学部卒業、通商産業省工業技術院機械技術研究所、1995年:ヘルシンキ工科大学客員研究員、1998年:通商産業省工業技術院機械技術研究所主任研究官、2001年:改組により独立行政法人産業技術総合研究所主任研究員、2015年より現職
- 専門分野:
- 福祉ロボット、リハビリテーションロボット。博士(工学)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.81