IoTとクラウドコンピューティングによる高齢者支援システム
公開日:2017年4月14日 12時56分
更新日:2019年8月 6日 11時14分
中内 靖(なかうち やすし)
筑波大学システム情報系知能機能工学域教授 (株)空間知能化研究所取締役会長
はじめに
あらゆるモノにセンサ・マイコン・通信機能が備わるIoTの発展により、高齢者の活動に関わるさまざまな情報を取得することが可能となってきた。取得された情報をクラウド上にロギングするとともにデータマイニング(クラウドコンピューティング)することにより、医工連携による新たなサービスの展開が推進されている。本稿では、われわれがこれまでに開発してきたIoTとクラウドコンピューティングによる高齢者支援システムを紹介する。
IoTによる高齢者支援システム
1.センサ薬箱
高齢者の多くはほぼ毎日、何らかの薬を服薬している。特にハイリスク薬の飲み忘れ、飲み重ねは生命に関わる。既存の製品として週間薬箱があるが、それをヒントにセンサにより服薬状況をモニタリングすることのできるセンサ薬箱を開発した1)(図1)。
薬箱底部に上向きにカメラが設置されており、蓋が閉じられた状態にて1週間分の薬を蓄えることのできるケースを透明な底板を通して撮像し、背景画像(薬が何も入れられていない状況において予め撮影しておいた画像)との差分をとることにより、薬の補充・取出し状況を把握する仕組みとなっている。予め設定された時刻になっても薬が取り出されていない場合、あるいは誤った場所から薬が取り出された場合、本人に対して音声により通知する。また、服薬の状況はクラウドにロギングされ、遠隔にいる見守り者(家族、福祉施設、薬局など)はいつでもモニタリングすることが可能となっている。
なお、訪問服薬指導では2週間分の薬を患者に届けるというサービスが通常行われていることから、1週間分の薬を入れるケースはカートリッジ化しており、図中の白いつまみ両端を引き上げることにより、簡単にカートリッジを取り替えられるよう工夫されている。
また、前述のシステムでは外出時に薬を予め取り出した際に、服薬のタイミングを知ることができないということもあり、外出時においても携行することのできるポータブル・センサ薬箱を開発した。安価に商品化できることをめざしてスマートフォンのケースとして実現した。スマートフォンはカメラならびに通信機能を有しているため、その機能を利用し、スマートフォンにはめるだけの引出し型のケースとして実現した2)(図2)。
図に示すように、1日3回分までの薬を収納できるケースとなっており、平面鏡の下にカメラレンズが位置するようになっている。平面鏡から曲面鏡を介して3か所の収納箇所を写真1枚の撮影にて把握できるよう工夫がされている。据え置き型センサ薬箱と併用することも可能であるが、単体にて日々の服薬状況をモニタリングすることが可能となっている。
2.服薬用インテリジェントコップ
正しい服薬とはコップ1杯の十分な水量で服薬することと規定されている。このことに着目して、歯磨きにおいては歯磨き専用のコップが用いられているように、服薬においては服薬専用のコップを用いてもらうことにより、正しく服薬が行われていることを確認できる服薬用インテリジェントコップを構築した3)(図3)。
十分な水を汲んで飲水している様子を知るために、コップ内壁に静電容量による水位計を、また底部に3軸加速度センサ、マイコン、バッテリー、Bluetoothによる通信機器が埋め込まれている。3軸加速度センサによりコップが上向きに保持されている状態を把握し、その際に注がれる水量を計測する。服薬中には3軸加速度センサによりコップの傾斜角度を把握し、飲み残しがあった場合にその分量を把握できるようになっている。予め設定された時刻になると、音声により服薬を促し、十分な水量が注がれているか、また、注がれた水を飲み残しなく服薬しているかを確認し、履行されていない場合には、注意を促すことができるようになっている。また、これらの様子をクラウド上でロギングできるようになっている。
なお、コップがすすがれたりしている状況、上向きにて水が注がれている状況、飲水によりゆっくりと傾けられている状況を区分するために、3軸加速度センサの情報をもとにしたSVM(Support Vector Machine)による機械学習により、これらの状況の分別を正確に行えるようになっている。
3.歩行強度モニタリングシステム
高齢者の足腰の機能が健常であるかは、その歩行速度、歩幅の変化として現れることが知られている。そこで、常日頃、非拘束的に歩行状況を把握することにより、歩行強度が衰える様を把握できるシステムを開発した4)。
病院ならびに自宅ベッドルームにおける出入り口にマイクロソフト社製のKinect(赤外線により被写体の3次元情報を取得できるセンサ)をベッド方向に向けて設置し、ベッドから出入り口における動線を撮像することにより、日々の歩行強度をモニタリングする。具体的には、Kinectにより把握される被写体の骨格モデルをもとに、歩行速度、歩幅、足を振り上げる高さ、上半身振れ幅を日々取得し、歩行強度が維持あるいは衰退している状況を把握する。衰退が知覚された場合には、本人および見守り者に通達し、健常状態を維持できるように運動およびリハビリを促進する。
4.インテリジェント杖
高齢者はしばしば、転倒などにより大腿骨を骨折し、それが契機となって、寝たきりになったり重篤な状況となってしまうことがある。大腿骨骨折では術後に、松葉杖からT型杖で歩行できるようになった時点で退院することが多い。そこで、在宅におけるリハビリ状況をモニタリングすることを目的として、リハビリの改善状況を本人ならびに医療従事者が遠隔にて定量的に把握できるよう、T型杖にセンサを仕込んだインテリジェント杖を開発した5)(図4)。
既存のT型杖に後付けでセンサを取り付けることにより実現できるようにしており、小型の加速度センサならびにジャイロセンサ(角速度センサ)を利用することにより、T型杖による歩幅、歩行速度、歩行距離を計測し、クラウドに情報を伝送する。これらの情報をもとに、本人ならびに医師が遠隔にて定量的に歩行改善の様子を把握することができ、効率的なリハビリに寄与できるものと期待している。また、大腿骨骨折にかかわらず、多くの高齢者はT型杖を利用していることから、健常な高齢者の体力の衰え、運動不足などの状況を把握し、状況に応じて運動を促進するなど、健康増進においても活用できるものと考えている。
クラウドコンピューティングによる高齢者支援システム
1.独居高齢者モニタリングシステム
独居高齢者の高齢者人口に占める割合は、1980年には男性4.3%、女性11.2%であったが、2010年には男性11.1%、女性20.3%と増大している。この割合は今後も増え続け、2035年には男性16.3%、女性23.4%になるものと推定されている。在宅であるにもかかわらず、室内での活動がみられないことから異常を検知する簡単なシステムは存在する。しかしながら、個々人の典型的な生活パターンに照らし合わせ、そこから逸脱した状況を異常として検知・通報できるならば、より細かな状況把握に基づいた支援が可能になるものと期待される。
そこでわれわれは独自に、任意の家電機器の利用状況を把握することのできるインテリジェントタップ(図5)ならびに、温度・湿度・人感・照度センサを有した無線センサノード(図6)を開発し、これらのセンサにより取得される2週間分の活動状況をもとに典型的な活動パターンを把握し、そこから逸脱した行動が検知された場合に、遠隔家族などに通知できるシステムを開発した。
典型的な生活パターンはファジィメンバシップ関数により確率分布として表すようにした6, 7)(図7)。これにより、
- (睡眠開始時刻などの)イベント発生の開始時刻の異常
- (睡眠継続時間などの)イベントの継続時間の異常
- (トイレ利用回数などの)イベント発生の回数異常
の3種類の異常を検知し、家族やヘルパーが遠隔にて把握でき、迅速に対応できることになる。
2.摂食・運動モニタリングシステム
厚生労働省による平成26年度人口動態統計年計によると、生活習慣病が原因となる死亡者数の割合が53.4%となっており、死亡要因全体の半数以上を占めている。生活習慣病の主な原因は、不適切な食生活および運動不足であるといわれている。
そこでわれわれは、摂食・運動・健康(体脂肪量)情報をスマートフォンから簡便に入力することのできるライフログコンテンツ化システムを開発した8)。料理の写真もアップロードできるようになっており、摂食・運動の状況を日誌を付ける感覚にてデータ入力ができ、入力の負荷を軽減させる工夫がなされている。
得られた情報をもとに、どのような摂食・運動状況がその後の体脂肪量変化として現れるかの相関関係の解析を行い、カロリー摂取過多をはじめ、朝食欠食、遅い時刻における夕食など、いずれの生活習慣を改善すべきかのアドバイスができるようになっている。
おわりに
本稿ではわれわれがこれまでに取り組んできた、IoTとクラウドコンピューティングによる高齢者支援システムの開発事例を紹介した。特に、IoTは非侵襲的にユーザに負担をかけることなくさまざまな活動状況を把握できる特徴があり、クラウドコンピューティングと相まって活用することにより、高齢者の未病化ならびにリハビリの効率化を図ることが期待される。さらに遠隔モニタリングにより、高齢者の孤立化を防ぐとともに、見守り者の負担軽減において大いなる貢献が期待される。
参考文献
- T.Suzuki, Y.Nakauchi: Intelligent Medicine Case for Dosing Monitoring: Design and Implementation, SICE Journal of Control, Measurement, and System Integration. 4(2), pp.163-171, 2011.
- T.Suzuki, Y.Nakauchi: A Smartphone Mediated Portable Intelligent Medicine Case for Medication Management Support,EMBC2014, pp.3642-3645, 2014
- 長田拓也,鈴木拓央,中内靖:服薬指導を支援するインテリジェント・コップの提案, ROBOMECH2016, 02a2-2P2, 2016
- 佐島優,長谷川孔明,中内靖:Kinect を用いた高齢者の歩行能力推定システムの提案,SI2013, 3K1-3, pp.2566 ~ 2571, 2013
- 白田博紀,篠田雄一,中内靖:T字杖使用者の歩行を見守るインテリジェント杖の提案,SI2016,3O4-5, 2016
- 園田輝夫,鈴木大介,中内靖:熱画像センサを用いた独居高齢者モニタリングシステムの提案,ROBOMECH2014,1P2-G02, 2014
- 佐々木雄太,丸山貴之,中内靖:独居高齢者の行動を見守る玄関センサに関する研究, SI2015, 2C2-2, 2015
- 中内靖,鈴木大介,加藤義隆,鈴木拓央:生活習慣の解析に基づく生活習慣改善支援システムに関する研究,SCI'13,116-2,2013
筆者
- 中内 靖(なかうち やすし)
- 筑波大学システム情報系知能機能工学域教授 (株)空間知能化研究所取締役会長
- 略歴:
- 1993 年:慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了、1993 年:防衛大学校機械工学教室助手、1998 年:同助教授、2003 年:筑波大学機能工学系助教授、2014 年:(株)空間知能化研究所創設、2014 年より現職
- 専門分野:
- センサネットワーク、空間知能化。博士(工学)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.81