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転倒・骨折予防の取り組み

公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2024年9月 9日 16時25分

奥泉 宏康(おくいずみ ひろやす)
東御(とうみ)市立みまき温泉診療所所長


生活の中の転倒・骨折の実態

 3年ごとに実施されている国民生活基礎調査1)では、平成13年より3年ごとに要支援・要介護者4,815~7,573人を対象に、有効回答率82.2~94.2%で介護が必要となった主な原因を調査している。図1に示すように、「骨折・転倒」は2001~2016年において9.3~12.1%を占めており、全体の第3~5位となっている。

図1:2001年から2016年までの介護が必要となった理由を表す図。骨折・転倒は9.3から12.1%を占め、全体の第3から5位となっていることがわかる。
図1 介護が必要になった理由 年次推移(厚生労働省. 平成13、16、19、22、25、28年 国民生活基礎調査の概況1)より筆者作成)

 一方、2018年の人口動態統計調査2)では、死亡届による「不慮の事故死」は41,238人で、そのうちの9,645人(23.4%)が「転倒・転落・墜落」の死亡である。特に、65歳以上が8,803人を占めており、交通事故による死者2,646人をはるかに凌しのいでいる(図2)。また、「転倒・転落・墜落」による死亡の要因としては、スリップ、つまずき、よろめきによる同一平面上での転倒が86.7%と最も多い(図3)3)

図2:1995年から2018年までの転倒・転落・墜落と交通事故による65歳未満と65歳以上の死亡の推移を表す図。
図2 不慮の事故による死亡の推移(厚生労働省. 人口動態統計(確定数)の概況2)より筆者作成)

高齢者の転倒による不慮の事故死は、年々増加し、交通事故の3倍以上となっている

図3:転倒・転落・墜落による死亡の要因を示す図。スリップ、つまずき、よろめきによる転倒が86.7%を占める。
図3 死亡に至った転倒・転落・墜落の内訳(2018年)
(厚生労働省. 不慮の事故による死因別にみた年次別死亡数及び死亡率 人口動態調査(確定数)死亡3)より筆者作成)

 東京消防庁の救急搬送データから見る65歳以上の高齢者の日常生活事故4)を検討すると、2014~2018年の5年間の搬送者318,602人のうち260,433人(81.7%)が転倒による搬送である(図4)。2018(平成30)年においては58,368人の転倒者を搬送しており、主な転倒場所としては、住宅等居住場所で32,793人(56.2%)、次いで、道路や交通施設が20,129人(34.5%)であった(図5A)。屋内では、居室・寝室で転倒する方が22,282人と最も多い(図5B)。

図4:東京消防庁の救急搬送データから見る事故種別ごとの高齢者の救急搬送人員と割合を示す図。ころぶ事故が約8割を占める。
図4 東京消防庁の救急搬送データから見る事故種別ごとの高齢者の救急搬送人員(2014~2018年)
(東京消防庁ホームページ .救急搬送データから見る高齢者の事故4)より引用)

図5 東京消防庁の救急搬送データから見る高齢者の転倒発生場所
(東京消防庁ホームページ .救急搬送データから見る高齢者の事故4)より引用)

A 高齢者の「ころぶ」事故の発生場所(平成30年中)
図5:平成30年中における東京消防庁の救急搬送データから見る高齢者の転倒発生場所の割合を示す図。
B 住宅等居住場所における高齢者の「ころぶ」事故の発生場所上位5つ(平成30年中)
1位2位3位4位5位
事故発生場所 居室・寝室 玄関・勝手口 廊下・縁側 トイレ・洗面所 台所・調理場・ダイニング
救急搬送人員 22,282人 3,212人 2,252人 1,029人 834人

 さらに、2017年12月の東京消防庁の65歳以上の転倒者5,730人のデータを検討してみると、頭部の外傷が34.3%と最も多く、次いで、下肢24.6%、顔面17.9%、体幹13.8%であった。頭部や顔面外傷の場合は8割が軽症の挫創や挫傷であるが、骨折、特に下肢の骨折の場合には8割近くが入院を必要とする重症と判断されていた。重篤な頭蓋内出血(0.7%)、脊髄損傷(0.4%)も見られるが、骨折が30.8%と最も多かった。

転倒・骨折のリスク因子

 大腿骨近位部骨折、橈骨(とうこつ)遠位端骨折、上腕骨近位部骨折は90%以上が転倒に伴って受傷するが、脊椎圧迫骨折に関しては25%が転倒に寄与するのみであり5)、骨粗鬆症の進行とともに無症候性の骨折を生じていることがある。したがって、脊椎圧迫骨折を発見した場合には、骨粗鬆症マネージャーと連携して骨粗鬆症治療の継続治療が必須となる。

 一方、転倒のリスクとしては、転倒歴(2.79:オッズ比、以下同様)や身体障害の有無(2.30)、歩行障害(2.01)や歩行補助具使用(2.46)、パーキンソン病(3.89)や認知機能障害(2.21)というシステマティックレビュー6)が行われている。転倒リスクには、身体機能の加齢変化や身体的疾患、薬物などの内的要因と住環境や履物などの外的要因とがある。介入可能な要因に対して、適切な方策を実施する必要がある。

 転倒リスクの評価に関しては、質問票による評価と運動機能を測定して行う場合がある。前者としては、鳥羽ら7)が考案した「転倒スコア」があり、さらに、ロジスティック回帰分析によってオッズ比から得点比率を決定した、簡易式「転倒スコア」(表1)8)がある。該当する項目の点数を合計して、7点以上で転倒のリスクが高くなる。

表1 Fall Risk Index(FRI)
(鳥羽研二(監). 高齢者の転倒予防ガイドライン.2012 , 28)より引用)
点数
過去1年に転んだことがありますか はい 5
歩く速度が遅くなったと思いますか はい 2
杖を使っていますか はい 2
背中が丸くなってきましたか はい 2
毎日お薬を5種類以上飲んでいますか はい 2

 運動機能評価としては、Functional ReachTimed Up and Goテストが知られている。Functional Reachとは、立位で膝を伸ばして立ち、前方に水平に突き出した拳こぶしがどこまで前方に到達するかを測定する検査であり、15cm以下で転倒リスクが高まる。Timed Up and Goテストでは、背もたれ椅子から立ち上がり、3m先の目標を回って、再び背もたれ椅子に背中が接地するまでの時間を測定する。この場合は、13.5秒以上で転倒リスクが高まる。近年では、重心動揺計2台使用や3軸加速度計を用いたバランス評価機器なども応用実施されている。

転倒・骨折の総合的な予防

1. 環境や疾病に対する転倒予防

 地域在住高齢者に対する転倒予防介入のシステマティックレビュー9)では、リスク評価に基づく多面的な修正(0.76:レート比、以下同様)の実施が必要である(表2)。

表2 地域在住高齢者に対する転倒予防介入効果
(Gillespie LD, et al.:Cochrane Database of Systematic Reviews. 20129)を参考に筆者作成)
介入の種類 試験数 参加者 転倒率
Rate Ratio
95%信頼区間
リスク評価に基づく多面的な修正 19 9,503 0.76[0.67,0.86]
グループ運動:複数要素(内因性リスク) 16 3,622 0.71[0.63,0.82]
在宅個別での運動:複数要素(内因性リスク) 7 951 0.68[0.58,0.80]
グループ運動:太極拳(内因性リスク) 5 1,563 0.72[0.52,1.00]
家屋調査と修正(外因性リスク) 6 4,208 0.81[0.68,0.97]
積雪地帯での靴に滑り止め装置(外因性リスク) 1 109 0.42[0.22,0.78]
ビタミンD補充(内因性リスク) 7 9,324 1.00[0.90,1.11]
視覚障害の治療(内因性リスク) 1 616 1.57[1.19,2.06]
初回白内障手術(内因性リスク) 1 306 0.66[0.45,0.95]
向精神薬の漸減(内因性リスク) 1 93 0.34[0.16,0.73]
頸動脈洞過敏症候群に対するペースメーカー 3 349 0.73[0.57,0.93]
足痛に対する足診療と足の運動などの多面的介入 1 305 0.64[0.45,0.91]

 外因性リスクへの介入では、家屋調査と修正(0.81)、積雪地帯での靴裏への滑り止め(0.42)が認められている。住環境整備に関しては、住宅訪問を実施して直接の指導が困難な場合は、セルフチェックシートを用いて、転倒に対する注意を促すとともに危険な部位を確認するとよい。良(よ)い高さに物を置き、居(い)間の整理、絨(じゅ)毯の固定、浮(う)いた踵(かかと)の履物に注意し、段(た)差と床をしっかりと区別して、暗(く)い場所には間接照明を設置するだけでも「よい住宅」になる10)

 一方、内因性リスクへの介入、特に疾病の治療に関しては、初回白内障手術(0.66)、向精神薬の漸減(0.34)では転倒リスクを低下させているが、ビタミンDの補充(1.00)、視覚障害の治療(1.57)では効果を示していない。

2. 運動による転倒予防

 運動指導9)に関しては、グループでの複数要素を含んだ運動(0.71)、在宅個別での複数要素を含んだ運動(0.68)、グループでの太極拳(0.72)では有意な効果を示しているが、グループでも、在宅個別の筋力/抵抗運動単独の指導では有意な効果は示していない。転倒予防するためには、筋力だけでなく、深部知覚や感覚神経から高次脳機能までを含めた総合的なバランス調整の機能を高める必要がある。

 しかし、病気から回復中の患者が転倒しやすいように、運動によって身体機能が向上した場合に活動性が上がると、転倒する機会が増えることを念頭に置いて、歩行補助具の使用などの指導も合わせて考慮しなければならない。

3. 骨粗鬆症治療による骨折予防

 骨粗鬆症治療の詳細はここでは述べないが、運動による脊椎、大腿骨頚部、全股関節、全身の骨密度に対する効果は小さい11)

WHOによる高齢者の転倒予防に対する取り組み

 最後に、WHOが提唱した高齢者の転倒予防のための行動変容12)について記載しておく。

 転倒予防介入を成功させるために重要なことは、高齢者自身の信念、態度、行動を変容し、さらに、サービスを提供する保健医療・社会福祉の専門家たち、地域社会の信念、態度、行動を変容することである。

  • ①バランス機能の改善と転倒予防を可能にする多数の介入に関する一般の意識を高めること
  • ②介入の提案や広報活動を行うときには、高齢者の自己意識の肯定的な部分にアピールできる利益を強調すること
  • ③高齢者を巻き込むためには、多様な社会的促進のための活動を利用すること
  • ④個人のニーズ、好みや能力に確実に合うように介入を考案すること
  • ⑤高齢者に積極的な役割を与えることにより、専門家に依存せずに、自己管理をするよう奨励すること
  • ⑥特に長期間の継続を維持するプロセスの促進や評価の有効な方法を活用すること

文献

  1. 厚生労働省.平成13、16、19、22、23、25、28年 国民生活基礎調査の概況.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  2. 厚生労働省.人口動態統計(確定数)の概況.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  3. 厚生労働省.不慮の事故による死因(三桁基本分類)別にみた年次別死亡数及び死亡率(人口10万対).人口動態調査(確定数)死亡 上巻5-30.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  4. 東京消防庁ホームページ.救急搬送データから見る高齢者の事故.https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/201509/kkhansoudeta.html
  5. Nevitt M, Cummings SR. Falls, Balance and Gait Disorders in the Elderly. Elsevier, Paris, 1992.
  6. Deandrea S, et al.: Risk Factors for Falls in Community-dwelling older people:A Systemic Review and Meta-analysis.Epidemiology. 2010: 21: 658-668.
  7. 鳥羽研二,大河内二郎,高橋 泰ほか:転倒リスク予測のための「転倒スコア」の開発と妥当性の検証.日老医誌 2005: 42: 346-352.
  8. 鳥羽研二(監). 高齢者の転倒予防ガイドライン.メジカルビュー社,2012, 2.
  9. Gillespie LD, Robertson MC, Gillespie WJ, et al.: Interventions for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database of Systematic Reviews . 2012 , DOI :10.1002/14651858.CD007146.pub3.
  10. 安田彩:高齢者の転倒予防と住環境の整備.転倒予防医学百科(武藤芳照編).日本医事新報社,2008, 226-229.
  11. Zhao R, Zhang M, Zhang Q: The Effectiveness of Combined Exercise Interventions for Preventing Postmenopausal Bone Loss: A Systematic Review and Meta-analysis. J Orthop Sports Phys Therap. 2017: 241-251.
  12. 鈴木みずえ, 金森雅夫, 中川経子 監訳・訳.高齢者の転倒予防―WHOグローバルレポート―.クオリティケア,2010.

筆者

筆者‗奥泉宏康先生
奥泉 宏康(おくいずみ ひろやす)
東御(とうみ)市立みまき温泉診療所所長
略歴
1986 年:名古屋大学医学部卒業、愛知県厚生連加茂病院入職、1988年:東京厚生年金病院整形外科、1991年:岐阜県JA 高山久美愛病院整形外科、1994年:国立療養所中部病院整形外科、1999年:東京厚生年金病院整形外科、2001年:ミシガン大学工学部バイオメカニクス研究室、2002年:東京厚生年金病院整形外科医長、2004年:国立長寿医療センター整形外科骨粗鬆症科医長、2008年より現職
専門分野
転倒予防、骨粗鬆症、在宅医療、介護予防

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.94(PDF:8.9MB)(新しいウィンドウが開きます)

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