ロコモの予防・啓発
公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時18分
こちらの記事は下記より転載しました。
大江 隆史(おおえ たかし)
ロコモ チャレンジ!推進協議会委員長
NTT東日本関東病院副院長
はじめに
著者がこの文章を執筆しているのは、新型コロナウイルス感染症がそのピークを越えたと感じられる2020年4月末である。政府による緊急事態宣言により、外出の機会が減った国民に新たな問題が生じている。
本日の午前中に受診した70歳代の高齢の患者さんによれば、この1か月間に外出したのは病院受診の時だけで、本日の受診時にも最寄りのJR五反田駅から当院までの緩い上り坂を歩くのに苦労したそうである。彼が「コロナじゃなくてもロコモになってしまいますね」と真剣な表情で話したので、ロコモ チャレンジ!推進協議会が4月30日から提供している を紹介したところである。
彼が訴えたことはロコモの本質をついている。外出制限による生活活動とスポーツ活動の「和」である身体活動の極端な減少が人生の長期にわたって起こることがロコモの重大な原因になっている。すなわち便利な社会になったことで買い物に行って買ったものを持ち帰るなどの生活活動の減少、産業構造の変化による事務的な仕事の増加、働き盛りの世代のスポーツ活動の減少、デパートの休業、テレワークによる通勤の減少、スポーツジムなどのスポーツ施設の閉鎖などを見れば了解可能であろう。
新型コロナウイルス感染症の最中にあっても、平時であっても、ロコモに気づき、ロコモを予防し、ロコモの進行を防ぎ、ロコモが進行した場合はロコモの治療をすることが必要なのである。
ロコモかどうかの判定「ロコモ度テスト」
平時であっても、新型コロナウイルス感染症の流行中でも運動器の衰えに気づくことはそう容易ではない。便利な日本ではほとんどの駅にはエスカレータがあり、便器のほとんどが洋式である。階段を上るのが困難か、しゃがんだ姿勢から立ち上がれるかなど、20年前なら容易に実感できたことがしにくい社会になっている。新型コロナウイルス感染症の流行中でも上述の患者さんのように、外出して緩い坂を歩いて上ってみて初めて運動器の衰えに気づくのである。
そこで、日本整形外科学会(以下:日整会)では2013年に運動器の衰えに気づき、ロコモかどうかを判定する3つのテストを「ロコモ度テスト」として決め、それぞれのテストに臨床判断値を設定している。ロコモ度テストは2つの運動機能検査に1つの自記式の質問票を加えたものからなる。
1.立ち上がりテスト
このテストは片脚または両脚で10・20・30・40cmの高さの台から立ち上がれるかを調べる。このテストは村永によって開発され1)、体重に対する膝伸展力の割合とよく相関し、垂直方向への移動機能を調べるものである(図1)。両脚より片脚、そしてより低い高さの台から立ち上がれるほうがよい成績となる。
2.2(ツー)ステップテスト
このテストはバランスを崩さない範囲でできるだけ大股で2歩歩き、その距離を身長で割って算出する。このテストも村永らによって開発され2)、歩行速度とよく相関し、水平方向への移動機能を調べるものである(図2)。
3. ロコモ25
これは運動器に関係する25項目からなる質問票に答え、その当てはまる程度によって1項目につき0~4点のどれかを選び、25項目の総和を算出する。25項目の詳細は当協議会のSeichiらにより行われている4)。
などに掲載されているが、このホームページ上で質問に答えると、自動的に点数が算出できる。点数が高いほど運動器のことで不自由を自覚していることになる。ロコモ25は身体状態や生活状況の自覚的指標であり、尺度としての妥当性、信頼性の検証がロコモ度テストの意義
ロコモ度テストのうち運動機能検査である立ち上がりテストは、垂直方向の総合的な移動機能を評価するものである。このテストは前述のように体重と膝伸展力の関係と密接に関連している。この関連は青壮年では強いが、股関節や足関節に可動域制限がある高齢者ではその影響も受けることになる。立ち上がりテストではこれらを含めた垂直方向の総合的な移動機能を評価できる。
もう1つの運動機能検査である2(ツー)ステップテストは水平方向の総合的な移動機能を評価するものである。このテストは最大歩行速度とよく相関するが、蹴り出すための下肢筋力、連続して2歩歩くためのバランス能力、下肢全体の柔軟性の影響も受ける。2ステップテストではこれらを含めた水平方向の総合的な移動機能を評価できる。
ロコモ25の質問項目には運動器の疼痛に関するものが5つ含まれる。運動器障害が移動機能を低下させる要因として、痛みは非常に重要である。
ロコモの臨床判断値
2015年、日整会はロコモ度テストに臨床判断値を設定し公表した。この臨床判断値は予防医学的見地から年齢によらずロコモの程度を判別し、その予防や悪化の防止を図ろうとするものである。ロコモ度テストが発表されてからまだ日が浅いので、このテストを用いた要介護となることをエンドポイントとした縦断研究はその途上であるが、ロコモの臨床判断値の策定が急務であることに鑑み、専門家集団である日整会がこの値をロコモの臨床判断値として妥当であると判断したものである。
ロコモ度
現段階では、ロコモ度1とロコモ度2の2段階がある。ロコモの始まりである「ロコモ度1」は、立ち上がりテストで片脚で40cmの高さから立ち上がれない、2ステップテスト値が1.3未満、ロコモ25が7点以上のどれか1つでも当てはまるもの。移動機能低下が進行した「ロコモ度2」は、立ち上がりテストで両脚で20cmの高さから立ち上がれない、2ステップテスト値が1.1未満、ロコモ25が16点以上のどれか1つでも当てはまるものである(図3)。「ロコモ度1」なら自らの努力を、「ロコモ度2」なら整形外科専門医の受診を推奨している。
2020年9月までには、ロコモがさらに進行し、社会生活に支障を来たすに至った状態をロコモ度3として、その臨床判断値や身体的フレイルとの関係、医療が必要な場合などの対処法についても公表予定である。
壮年・中年層への啓発
ロコモはその認知度を2022年度中に80%に向上させることを課せられている。ロコモの認知度は順調に向上し、高齢者においては60%に達したものの、20歳以上の国民全体の認知度については、最近数年間は50%の壁に阻まれている。その主因は高齢者以外の認知度が向上しない点である。上記のロコモ度のみでは、ロコモは遠い先のことで自分には関係がないと感じている壮年・中年層へロコモを啓発するには不十分である。これらの層で運動器の衰えが始まっている人には、自分の運動器年齢が何歳相当かを示す必要がある。
そこで、ロコモ チャレンジ!推進協議会では、2017年7月から性・年代別基準値作成のための調査を行った。地域在住の一般男女20~29歳、30~39歳、40~44歳、45~49歳、50~54歳、55~59歳、60~64歳、65~69歳、70~74歳、75~79歳、80~89歳の各年齢男女それぞれ464人(計10,208人)の登録を目標とし、全国7地域(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州)の各地域に人口比を基にそれぞれ該当人数を設定し、得られたデータを基に、日本人における性・年齢階級別基準値を作成し発表することをめざした。2019年3月に調査数は10,000人に達し、調査を終了した。
データのクリーニングの結果、8,681名(男性3,607名、女性5,074名、平均年齢51.6±18.2歳)について解析できた。3つのロコモ度テストについて、性・年齢階級別基準値を示すことができ、現在それを盛り込んだ一般の人にも見やすいロコモパンフレット2020年版を作成中で、2020年9月までには公表予定である。
図4は2ステップテストの例である。さらに3つのロコモ度テストの結果を総合した「ロコモ年齢」を算出する種目の作業も行っている。この基準値やロコモ年齢は、ロコモに至っていない中年期以降の国民がロコモに関心を持ち、行動を変容するきっかけになるであろう。それによりこの年齢層のロコモ認知度向上にも寄与すると考えている。また人間ドックなどでロコモ健診を行う際の基礎資料になり、ドックを通じたロコモ認知度向上が図れる。
さらに、2020年1月に公表された高齢労働者の健康管理に関する厚労省の指針にはロコモが記載されたが、この指針に沿った高齢労働者の運動機能チェックを行う際にも使用できる。
ロコモの対処法
ロコモの対処法を考えるためにはロコモの仕組みを知ることが必要である。図5がロコモの仕組みである。ロコモの要因には図に示すような、運動器の病気、運動器の力の衰え、運動器の痛みなどがあり、これらがつながったり、合わさったりしてロコモになっていき、このロコモがさらに進行すると社会参加・生活活動に制限を生じ、ついには要介護状態に至るのである。
ロコモであった場合、原因がこれらのどれにあるのか、またどれとどれが合わさっているのかを見極め、それに対処することが必要である。対処には病気に対する薬物などの治療や手術、運動器の力の衰えに対する筋力やバランス力のトレーニング、痛みに対する治療、栄養の改善などがある。
このうち、筋力やバランス力のトレーニングとして、最低限これだけは行っていただきたいものとして推奨している「ロコモーショントレーニング(ロコトレ)」を紹介する。
ロコトレその1 開眼片脚起立
片脚で立つだけの簡単な訓練である。これはバランスという体力の測定法そのものでもある。転倒の危険を避けるためにつかまるものがあるところで行うか、手や指で体を支えながら行うように指導する。65~70歳の男性の開眼片脚起立時間は1分以上なので、1分を目標に行う。
ロコトレその2 スクワット
ロコトレその2はスクワット、すなわちしゃがむ訓練である。膝を曲げるというより、お尻をおろす感覚で行うのがよい。膝頭が足より前に出ないようにして、膝を第2趾(足の人指し指)の方向に曲げながらしゃがむ。膝は浅めに曲げ直角以上にしない。膝の伸筋である大腿四頭筋と同時に膝の屈筋であるハムストリングも緊張させつつ行う。1度に行うのは5~6回と短時間とし、1日3度以上の高頻度で行うのがよい。スクワットでは臀部の筋や大腰筋などの体の中心に近い筋肉も鍛えられる。
ロコトレの詳しい方法は前述の
でご覧いただける。おわりに
新型コロナウイルス感染症はロコモの問題を短期間に顕在化させている。また医学モデルとしてのロコモを利用すれば、その対策も立てやすい。ポスト・コロナ時代にもロコモの重要性が増すことは明らかであろう。
文献
- 村永信吾:立ち上がり動作を用いた下肢筋力評価とその臨床応用.昭和医会誌.2001:61;362-367.
- 村永信吾,平野清孝:2ステップテストを用いた簡便な歩行能力推定法の開発.昭和医会誌.2003;63:301-308.
- Seichi A, Hoshino Y, Doi T, et al.: Developmental of a screening tool for risk of locomotive syndrome in the elderly: the 25-question Geriatric Locomotive Function Scale. J Orthop Sci . 2012; 17: 163-172.
筆者
- 大江 隆史(おおえ たかし)
- ロコモ チャレンジ!推進協議会委員長
NTT東日本関東病院副院長 - 略歴
- 1985年:東京大学医学部卒業、東京大学医学部附属病院研修医、1992年:東京大学文部教官助手、1995年:医療法人社団蛍水会名戸ヶ谷病院整形外科部長、2002年:医学博士(東京大学)、2014年:ロコモ チャレンジ!推進協議会委員長(現職)、2015年:NTT東日本関東病院入職、2020年4月よりNTT東日本関東病院副院長
- 専門分野
- 整形外科、特に手外科、ロコモ
転載元
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