わが国の高齢社会対策と高齢者の定義再検討
公開日:2020年2月14日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時57分
こちらの記事は下記より転載しました。
牧野 利香(まきの りか)
内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付参事官(高齢社会対策担当)
日本の高齢社会の現状
日本は世界屈指の高齢化先進国である。わが国の総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は28.1%(2018年)であり、世界で最も高い水準にある。また、2018年には、75歳以上の人口(1,798万人)が65~74歳の人口(1,760万人)を初めて上回り、高齢者の中の高齢化も進んでいる。2065年には約2.6人に1人が65歳以上の社会になると推計されている(図1)。

高齢者の中では、健康、体力面での若返りが見られる。平均寿命や健康寿命(日常生活に制限のない期間)は、2001~2016年の約15年間で、男女ともそれぞれ約2年延びた(図2)。また、体力テストの合計点を見ると、1998~2017年の約20年間で、男女とも5歳以上若返っている(図3)。
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
また、高齢者の就業意欲は高く、65~69歳、70~74歳の人口に占める労働力人口の割合(労働力人口比率)がここ数年上昇しているほか、現在就労している60歳以上の者のうち、約8割が「70歳くらいまで」以上、または「働けるうちはいつまでも」働きたいと回答している(図4)。

一方で、社会保障給付費(年金・医療・福祉その他)は2016年に116.9兆円と過去最高となっており、そのうち高齢者関係給付費(年金保険、高齢者医療、老人福祉サービス等)が約2/3を占めている(図5)。

また、1人当たり医療費は、年齢が上がるほど高くなる傾向にあり、また各年齢階級で10年前より増加している(図6)。高齢者数の大幅な増加が続く中で、元気な高齢者が増えても社会保障費の目立った減少にはつながっていないという課題もある。

「高齢者」の定義
「高齢者」という言葉は日頃よく使われるが、実は、公式の統一的な定義というものはない。法令上の「高齢者」はそれぞれの法令の趣旨に即して、一定の年齢による線引きをしているケースもあるが、その年齢は法令により異なっている。
一方で、65歳以上を一般的に「高齢者」とする見方がわが国で広がっている背景として、公的年金制度の支給開始年齢が原則65歳になっていることに加え、企業において65歳までの継続雇用が義務づけられていることを踏まえ、定年制度等により65歳を超えると仕事をする機会が大きく減ることが影響していると考えられる。実際に就業率を見ると、男女とも50歳代後半までの高い就業率が65歳を超えるとほぼ半減し、65歳前後で「支える」側から「支えられる」側に転換する人が多いことがうかがわれる(図7)。

また、国際機関の統計では、60歳または65歳以上を「高齢者」として扱っているものが多く、国際比較の観点からも65歳という区切りは一般的なものであった。
こうした中、2017年に日本老年学会・日本老年医学会から出された「高齢者の定義と区分に関する提言」では、「現在の高齢者は、10~20年前と比較して、加齢に伴う身体的機能変化の出現が5~10年遅延している」として、65~74歳を「准高齢者」、75歳以上を「高齢者」として定義すべきとの提言を行った。高齢者の身体的機能に着目した専門的知見からの提言は、わが国の社会に一定のインパクトをもって受け止められた。
前述のように、健康状態や就業意欲が全体として向上している中では、65歳以上を一律に高齢者と見ることは人々の生活実感とも必ずしも合致していなかったということもあるだろう。
高齢社会対策大綱と今後の高齢社会対策
こうした状況を踏まえて、2018年2月に閣議決定された「高齢社会対策大綱」では、
- 65歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向は、現状に照らせばもはや現実的なものではなくなりつつあること
- 70歳やそれ以降でも、個々人の意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しており、「高齢者を支える」発想とともに、意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境を整えることが必要であることなどを指摘したうえで、
- 年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す
- 地域における生活基盤を整備し、人生のどの段階でも高齢期の暮らしを具体的に描ける地域コミュニティをつくる
- 技術革新の成果が可能にする新しい高齢社会対策を志向する
ことを、今後の高齢社会対策の「基本的考え方」として掲げた(表)。これにより、65歳以上を高齢者とする一般的な考え方を払拭し、真の「エイジレス社会」を目指す決意を示すものとなった。
大綱策定後、「支える側」と「支えられる側」の線引きにつながる社会制度の見直しが始まっている。政府では、年金の繰下げ支給の上限年齢を70歳以上に引き上げることや、企業の継続雇用年齢を65歳以上に引き上げることについて検討を開始した。
しかし、こうした社会制度の見直しは、一定程度の選択肢の拡大にはつながるであろうが、それを活用して真のエイジレス社会を実現できるかどうかは、企業や国民の意識の持ち方にかかっている。また、雇用就業にこだわらないさまざまな社会参加活動の促進を通じて、多様な「支え合い」の場を創り出し、社会の支え手としての活躍の形態を広げていくことも重要である。
年齢にかかわらず1人ひとりがそれぞれの強みをいかせる社会の構築に向けて、これからが重要である。
表 高齢社会対策大綱(2018年2月16日閣議決定)の概要
第1 目的及び基本的考え方
- 大綱策定の目的
- 65歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向はもはや現実的なものではなくなりつつあり、70歳やそれ以降でも、意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来。
- 高齢化に伴う社会的課題に対応し、全ての世代が満ち足りた人生を送ることのできる環境をつくる。
- 基本的考え方
- 年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す。
- 年齢区分でライフステージを画一化することの見直し
- 誰もが安心できる「全世代型の社会保障」も見据える
- 地域における生活基盤を整備し、人生のどの段階でも高齢期の暮らしを具体的に描ける地域コミュニティをつくる。
- 多世代間の協力拡大や社会的孤立を防止
- 高齢者が安全・安心かつ豊かに暮らせるコミュニティづくり
- 技術革新の成果が可能にする新しい高齢社会対策を志向する。
- 高齢期の能力発揮に向けて、新技術が新たな視点で、支障となる問題(身体・認知能力等)への解決策をもたらす可能性に留意
- 年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す。
筆者

- 牧野 利香(まきの りか)
内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付参事官(高齢社会対策担当) - 略歴:
- 1994年:東京大学法学部卒業、労働省入省、2014年:内閣府男女共同参画局調査課調査官、2017年:厚生労働省政策統括官付政策評価官、2018年より現職
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