シニア就労とテクノロジー
公開日:2021年10月13日 09時00分
更新日:2024年8月13日 17時05分
檜山 敦(ひやま あつし)
東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野特任准教授
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
令和の時代に生まれてくる子どもたちは、ひとりの一生が100年という時代を生きるといわれている。近代の歴史を振り返ってみると、戦前までは日本人の一生は45歳くらいであった。そして今、80年から90年の長寿を生きている人たちはこの戦前生まれの人たちだ。すなわち、ひと世代のうちに日本人は2倍の生きる時間を獲得するに至ったのである。戦前に生まれた子どもたちは、自分の一生は40年から50年くらいだと思いながら将来を描いたであろうか。それが人生の蓋(ふた)を開けてみればその2倍もの時間を享受できている。その劇的な変化の中を私たちは生きている。
ひとりの一生の時間が2倍になれば社会と関わる時間も必然的に延びる。働くということは中でも大きな社会との関わりである。医学的研究からも就労と社会参加は、高齢期におけるフレイル予防の観点から最重要視する項目として指摘がなされてきている1)。2020年に始まるCOVID-19の影響による緊急事態宣言で健常高齢者であっても外出が憚(はばか)られる状況になり、高齢者の生活不活性による健康リスクへの注意喚起が日本老年医学会からなされた。
テクノロジーはこのような社会情勢の変化に適応する形で成長し始めている。2010年頃よりシェアリングエコノミーと呼ばれるインターネットを通じた価値交換の市場が創出され、従来の雇用の枠組みの超えた人と仕事をつなぐ形や機会が拡大し始めてきている。オンラインビデオ通話の広がりも、COVID-19の影響下においてテレワークの有用性を示し、withコロナやafterコロナの多様な人々を包摂する成熟した社会を考えるうえでの基盤と捉えられるものになっている。
本稿では現在の社会情勢を踏まえつつ、生きがいを持って高齢期を過ごすための就労とそれを支援するテクノロジーが発展する方向について、現場での事例を交えながら論じていく。
シニア就労に関する法制度の変化
高齢者の就業状況に大きなインパクトを与える直近の変化に、2021年の4月より改正高年齢者雇用安定法の施行がある。本改正により事業主は従業員に対して70歳までの就業機会を確保することが努力義務となった。私はその確保される就業機会の1つとして、業務委託という雇用の形にとらわれない選択肢が制度に盛り込まれたことに注目したい。事業主にとっても就業機会を求める高齢者にとっても重たい雇用にとらわれないということで、高齢者の働き方の柔軟性を高める選択肢の1つとなった。
これまでは、時代の変化から乖離(かいり)してきている新卒採用・年功序列・終身雇用・職務を定義しないメンバーシップ型雇用という就労観そのままに、単なる企業側の義務としての定年延長とやりがいのない職場への配置転換という、事業主と働き手であるシニアの双方にとって非生産的な法対応にとどまるきらいにあった。今回の法改正からさらに人材の流動化が促進される方向に人事制度や就労観が変化していくならば、この状況から脱却していくことができると考える。
長寿化によって獲得した時間を最大限に活用するには、生まれてからの20年から30年までの間に学んだことで残りの人生で社会参画できる領域を探索するのではなく、新たな知識や獲得した経験を発展させて現役時代とは異なる形での就労と社会参加を実現できたほうがワクワクしないだろうか。法改正への適応を単なる定年延長ではなく、逆に定年短縮を行って次なるステージでの働き方や社会貢献の形を見出し、そのために必要な学びを得ることを40歳代、50歳代から始めて、60歳から今までとは異なる環境での就労に臨めるようにすることが老後の生きる力を高めることにならないだろうか。
これまでの社会人の学びの多くは企業内研修によりなされてきた。人材の流動化の促進と合わせて老後の生きる力、すなわち必要なことを学びつつさまざまな業種に還元していく力を高めるための研修は、企業間に価値を与えられるものである必要があり、専(もっぱ)ら従業員を対象にした社内研修の外側に用意していかないといけないものかもしれない。
シニア就労を促進するテクノロジー
人材の流動化を促進するためには、事業主にとっては必要な外部人材を必要なときに必要なだけ確保できる環境があることが安心感につながる。人材にとっては自分の働き方に合った参加意欲を掻き立てられる仕事をたくさん見つけられる環境が必要である。この2つは鶏と卵の関係にあり、どのようなシニア人材がいて、どのような仕事が存在しているのか。この2つを可視化してつないでいくためのプラットフォームが必要になってくる。そしてそれこそが情報通信技術(ICT)によってブレークスルーを引き起こせる可能性があるところである。
1. シニアの就労と社会参加を促進するプラットフォームGBER
私は2011年より高齢者の就労と社会参加を促進するICTの研究開発に携わってきた。その研究開発を通じて2016年にGBER(ジーバー)(Gathering Brisk Elderly in the Region: 地域の元気高齢者を集める)というウェブプラットフォームのプロトタイプを構築した。GBERは地域の高齢者と仕事・ボランティア・生涯学習・イベントなどの多種多様な地域活動とを結びつけることをサポートするサービスである。地域活動とのマッチングを支援することをめざしているのは、高齢期のフレイル予防には仕事に限らずボランティアや趣味の活動への参加が重要であることと、イベントや生涯学習への参加を通じて地域を知り新しいスキルを獲得することによる自身の新たな可能性を発見することを応援したいという理念によるものである。
GBERは地域活動とのマッチングにあたって図1に示すように3つの特徴を持つ。1つはスケジュール機能。カレンダーに自分の予定を入力することで就労可能な日時を手軽に発信することができる。2つ目のマップ機能を用いることで、自分の生活圏内で今現在どのような地域活動が募集されているのかを調べることができる。そして、3つ目のQ&A機能を用いることで、どのような地域活動に関心があるのか自身のプロファイルとなる情報を発信することができる。特にソーシャルメディア等を通じてインターネット上に自身の情報を発信することに慣れていない高齢者にとって、特定の活動分野に興味があるかないかYesかNoの2択で答えられるようなQ&A形式で投げかけられると、空いている時間にたくさんの回答を発信してもらうことができるメリットがある。
GBERのプロトタイプは最初に千葉県柏市で住宅の庭木の剪定などの仕事を請け負う高齢者コミュニティである一般社団法人セカンドライフファクトリーで実証評価することになった。30名程度の小さいコミュニティではあるものの、2016年4月の運用開始から緊急事態宣言前の2020年3月末までの段階で、延べ就労人数としては4,000名近くの機会創出を行っている。コミュニティメンバーの都合をスピーディに勘案しながら、短時間で仕事を終えられるように剪定作業に参加するグループを選出するところにGBERは必要不可欠な役割を果たすようになっている。
柏での実証評価における成果がきっかけとなり、GBERのデザインや機能面のアップデートを行い、熊本県の高齢者就労支援事業を通じた社会実装の展開につながった。私の所属する東京大学先端科学技術研究センターは熊本県と2016年4月の熊本地震からの創造的な復旧復興をめざした包括連携協定を結んでおり、熊本県におけるGBERの社会実装には災害時に情報から隔絶されやすい高齢者コミュニティを強靭(きょうじん)にするねらいも併せ持つ。
熊本地震直後にITベンチャー企業が災害ボランティアのマッチングや救援物資のマッチングをサポートするツールを開発し現場へ持ち込んだ話があった。しかし混乱している現場では新しいツールに対応しつつ活用していく余裕はなく、限定的な効果にとどまったという。それに対して地域企業や団体と住民である高齢者が日常的にGBERを活用して情報発信や地域参加を行っていれば、GBER上でボランティアや救援物資のマッチングが行えるように設計することで、いざというときにライフラインとして機能させることができるようになる。
熊本県においては福祉領域での生活支援を担う高齢者の活躍促進を事業としている一般社団法人夢ネットはちどりでの活用からスタートし、長洲町のシルバー人材センターでの活用も始まり、会員である高齢者からは従来の電話による事務局とのやり取りから解放され、自らのペースで求人を探して応募できることがメリットとして受け入れられている。
しかしながら、熊本県でのGBERの社会実装が開始した直後にCOVID-19による緊急事態宣言となり、熊本県そして柏市のセカンドライフファクトリーでも高齢者の活動は停滞することなった。2020年秋頃に活動が回復し始めた。しかしその後の断続的な緊急事態宣言の発出により、本来の活動レベルの回復までは至っていない。そのような状況下でも、全国的に高齢者層の退職後の社会参加に対する問題意欲は高く、2020年度末に東京都世田谷区で、2021年度は東京都八王子市でと続々と展開地域を拡大してきており、ワクチン接種が進むことによる地域活動への参加の復調が望まれる。
複数の地域での社会実装を進めていく中で共通して抱える課題は、高齢者向けの仕事の発掘にある。従来シルバー人材センターで扱われてきた臨時・短期・軽易な仕事については、シルバー人材センターへの加入率が60歳以上の2%程度にとどまっていることからわかるように、今日の多くの高齢者にとって参加意欲を掻き立てるものとはなっていない。ハローワークなどで得られる求人情報だと、多くの企業や団体は前述の従来の就労観に基づいた求人で、職務が限定されずフルタイムの雇用を前提としたものとなる。高齢期の就労としては重たいという声もあり、事業者にとってはシニア人材をどのように活用できるか想像しにくいところがある。
アメリカの産業界における仕事のDX(デジタルトランスフォーメーション)がBrookings analysis of O*NET and OES dataで報告されている2)。2002年と2016年との調査の比較では、デジタルデータを扱う仕事が全体の4.8%から23%と増加し、デジタルデータを扱う仕事に従事する人の年収が約800万円であるのに対して、ほぼデジタルデータを扱わない仕事では330万円と大きく差がついてきている。デジタルデータを扱う仕事は場所を選ばず作業ができるものが多い。インターネットやデジタルデータを扱うことで今までつながらなかった人たちをつなぎ、新たなサービスを生み出すこともできるようになる。
2. デジタルデータを活用した新たな福祉サービスとシニアの活躍
後期高齢者になると要支援・要介護状態となり福祉施設を利用してリハビリテーションが必要になる人の割合も増えてくる。要支援・要介護状態では通常でも自由に外出が困難であるうえに、COVID-19のような高齢であるほど症状が悪化しやすい疫病が広がることで、ますます外の世界に触れる機会が失われてしまう。
福祉施設や病院でのセラピーの一環としてバーチャルリアリティ(VR)の活用が始められている(図2)。例えば、行ってみたい観光地や思い出の場所のVR映像を安価なVRゴーグルを使って体験する。通常はテレビの画面で外の風景を記録した映像を見ることはできるが、VRを活用するとあたかもその場に立っているかのような没入感を得ることができるようになる。VRは身体を動かすことで周囲の環境を観察し体験できるものである。
リハビリテーションの観点からみると、VRは体験したいと思う風景を提示することで自発的な身体運動を促す作用がある。また、認知機能に関する側面からは思い出の場所をVR体験することで、回想法と呼ばれる心理療法による記憶想起の効果をより高めることができるかもしれない。福祉施設の現場では黄昏症候群という黄昏時にかつての自宅へ帰りたくなり不穏な行動が発生しやすくなるタイミングがある。その前にVRで自宅の部屋の中にいる体験をすることで不安になる気持ちを落ち着かせることもできる可能性もある。福祉施設でのVRを活用したセラピーは、COVID-19による旅行者の激減により旅行代理店も注目し始めている。
VR旅行体験を通じたセラピーを行うために不可欠なものはVR旅行コンテンツである。VR元年と言われた2016年頃より全天周の映像をコンパクトカメラと同等の手軽さで撮影でき、同等の価格帯で購入できる360°カメラが発売されるようになっていった。
筆者の研究室では、元気な高齢者を対象にVRワークショップを定期的に開催している。このワークショップで参加者に360°カメラの使い方と映像の編集の仕方を学ぶ機会を提供してきた。元気な高齢者の方々は退職すると頻繁に国内外の旅行に出かける人も多い。ワークショップでは360°カメラを旅先に持参して観光地での体験を記録し、記録した映像をスマートフォンで編集した後にfacebookなどのソーシャルメディアにアップロードしてワークショップの参加者同士で共有してコメント欄で語り合う形式で行った。このようにして撮影や編集の方法を工夫しながら学びつつVR旅行コンテンツを充実させていく。
COVID-19以前の1年間では10名程度のワークショップ参加者が、国内外50か所以上から1,000件以上のVR映像クリップを撮影して集めることができた。社会貢献意欲の高い高齢者にとっては、自身が撮影するVR映像がどこかの誰かの役に立っているということが旅に出かけるモチベーションになり、出かけることで身体を動かし、それがまた健康維持につながるという好循環を生み出す要素になる。海外はもちろん都道府県をまたぐことすら躊躇(ためら)われる状況下では、福祉施設の利用者だけでなく地域ごとの健常高齢者がVR映像をお互いに交換する形で旅行体験する利用者ともなるかもしれない。
新たなテクノロジーが登場することで、今までなかった新しいサービスが創出されていく。福祉領域でのVRセラピーと前述のGBERを組み合わせることで、福祉施設からのVR旅行映像のリクエストがGBERに掲載され、その地域の元気高齢者が撮影してアップロードするような新しい観光サービスにまで発展させられる可能性がある。従来の職域における高齢者の活躍する場所を切り出していくだけでなく、テクノロジーを活用した高齢者だから活躍できる新しい仕事を生み出す視点も重視しなくてはいけない。
おわりに
自給自足して生きる人は食べることに不安を感じない。お腹が空いたらそこにある作物や生き物を摂取すればよく、その方法を熟知しているからである。それに対して、都会に生きる人間は食べていくためにはお金を稼ぐ環境に身を置くことが必要であり、必ずしもその環境が得られるかどうかわからない要素が高齢者やマイノリティを不安にさせている。
新卒採用・終身雇用の慣習は、社会人になるスタート地点やライフイベントによって働く環境を得にくくなった人たちがセカンドチャンスを得にくい原因でもある。人材の流動化が進むということは、セカンドチャンスを得る機会が増え、都会の中にお金を稼ぐ手段が山菜のように思い立ったときに採取できるようになることでもある。老後資金に困りそうならそこに仕事の実がなっているから採って食べればよい。そういうふうに思えれば老後資金2,000万円と推計される問題もまったく怖くなくなるだろう。
人工知能は人の仕事を奪うと不安を掻き立てる意見もあるが、新しいテクノロジーは人と仕事、人と人を結びつけ、さらには新しい仕事を生み出す可能性を持っている。テクノロジーの成長を正しい方向に導き、誰もが不安を感じない社会をつくっていくことが私たちの歩むべき方向であろう。
文献
- 吉澤裕世, 田中友規, 高橋競, 藤崎万裕, 飯島勝矢: 地域在住高齢者における身体・文化・地域活動の重複実施とフレイルとの関係. 日本公衆衛生雑誌 2019; 66(6): 306-316.
- Mark Muro, Sifan Liu, Jacob Whiton, Siddharth Kulkarni. Digitalization and the American workforce, Brookings Metropolitan Policy Program, 2017.
筆者
- 檜山 敦(ひやま あつし)
- 東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野特任准教授
- 略歴
- 2001年:東京大学工学部卒業、2003年:東京大学大学院情報理工学系研究科修了、2006年:東京大学大学院工学系研究科修了、博士(工学)、東京大学先端科学技術研究センター特任助手、東京大学大学院情報理工学系研究科特任助手、2013年:東京大学大学院情報理工学系研究科特任講師、2016年:東京大学先端科学技術研究センター講師、2021年より現職
- 専門分野
- ジェロンテクノロジー、人間拡張工学、複合現実感
転載元
WEB版機関誌「Aging&Health」アンケート
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