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フードデザート問題の実態と支援事業の課題

公開日:2024年10月18日 09時00分
更新日:2024年11月12日 16時02分

岩間 信之(いわま のぶゆき)

茨城キリスト教大学文学部文化交流学科教授

フードデザート問題とは

1.買い物弱者問題

 本稿の目的は、フードデザート(食の砂漠:FDs)問題を、人文地理学や社会学、流通論といった人文社会科学の視点から整理することにある。中でも、地方都市における買い物環境を中心に議論を進める。

 食と健康は密接につながる。食生活が偏り低栄養状態にある高齢者は、全体の16.8%に達する1)。こうした高齢者の居住地は、特定のエリアに集中する傾向にある。このことは、何らかの地理的要因(生活環境要因)の悪化が、高齢者の食生活に影響を及ぼしていると考えられる。食生活や健康は栄養学や医学といった学問領域に属する研究課題である。しかし、この問題を居住地という視点から見た場合、高齢者の食生活や健康を人文社会科学の文脈から語ることが可能となる。

 食生活をめぐる地理学や流通論研究として有名なのが、買い物弱者(食料品アクセス)問題であろう。これは、食料品店チェーンの大型化・郊外に伴う、地方都市や中山間地域での中心商店街の空洞化と、自家用車を利用しない主に高齢者の買い物利便性の低下に関する社会問題である。農林水産省は日本全国の人口分布と食料品の位置関係を算出し、自宅から500m以内に生鮮食料品店がなく、かつ自家用車を所有していない65歳以上の食料品アクセス困難者が、2020年時点で全国に約904万人存在すると推計している2)。この数は年々増えている。

 ただし、こうした高齢者たちの多くは、買い物不便だけでなく、社会や家族からの孤立や貧困などの問題も抱えている。これらも、高齢者の食生活を規定する地理的要因(生活環境要因)に該当する。

2.海外におけるフードデザート問題

 FDsとは、1990年代に欧米で研究が始まった学術用語である。FDsと買い物弱者は似た概念であるが、生活環境要因における着眼点が異なる。上述の通り、買い物弱者は買い物環境に注目した研究である。一方、FDsは、買い物環境の悪化そのものよりも、その背後にある社会的排除(Social Exclusion)に力点が置かれている。本来公共であるべき社会サービスからの弱者排除の構図の一部として、住民の食生活に目を向けたものがFDs問題である。

 イギリスをはじめとした欧米諸国では、1970〜90年代半ばに中心商店街の空洞化と大型店の郊外出店が顕在化した。その結果、まちなかに取り残された低所得者層やエスニック・マイノリティ、シングルマザー、こうした世帯の子どもたちなどの、いわゆる社会的弱者を中心に、買い物環境が悪化した。研究開始当初のイギリスでも、FDs問題を買い物弱者と類似する定義で捉えていた。しかし現在では、買い物環境だけでなく、地区の平均所得(≒人種・民族構成)や公共交通機関の充実度、教育水準、ファストフード店の集積などの包括的な生活環境(建造環境:built environment)が、住民の食生活を規定していることがわかっている。

3.フードデザート問題の本質と定義

 同様のことは日本にも該当する。FDsとは、広義には「何らかの生活環境の悪化により、地域住民が健康的な食生活を営むことが困難となった地域」である。国や地域によって、FDsの性質は大きく異なる。日本におけるFDsは、1.社会的弱者(高齢者、低所得者など)が集住し、2.買い物利便性の悪化(買い物先の減少:食料品アクセスの低下)と、家族・地域コミュニティの希薄化[相互扶助の減少:いわゆるソーシャル・キャピタル(以下、SC)の低下]のいずれか、あるいは両方が生じた地域と定義できる3)。これらは、少子高齢化を前提とした東アジア型のFDsといえるだろう。

 図1は、FDsの発生要因を地域別に模式化したものである。都市から遠く離れた農山漁村などの縁辺地域(remote rural area)では、食料品店の消失や公共交通機関の不足が、高齢者の食生活悪化を誘引している。その一方で、家族間や地域コミュニティの相互扶助が、高齢者の生活不便を一定程度補っている。一方、大都市中心部は相対的に買い物環境に恵まれている反面、SCは低い。SCが低下すると、買い物代行やお裾分け、悩み相談といった、家族や近隣住民からの支援が受けにくくなる。また、社会からの孤立も誘引する。社会から孤立し健康的に生きる意欲を喪失した高齢者は、たとえ近所に食料品店があっても、偏食になりがちである。

図1、地域別にみるフードデザートの発生を表す図。
図1 地域別にみるフードデザートの発生
(出典:岩間信之編著, 都市のフードデザート問題 20173)

地方都市におけるフードデザート問題研究の一例

1.空間的要因から見た分析

 図2は、地方都市A市の概要と食料品アクセスを示す4)。A市は東京近郊に位置する人口約8.4万人の地方都市であり、いわゆる新住民向けの住宅団地が卓越する市域西部と、農業を営む旧住民が多い東部からなる。スーパーをはじめとした商業施設は西部に集中しており、東部には買い物先空白地域が広がっている。

図2、食料品充足率を加味した食料品アクセスマップを表す図。
図2 食料品充足率を加味した食料品アクセスマップ
(出典:岩間信之 他,フードシステム研究20184)

 食料品アクセスマップとは、食料品店から一定距離(一般的には道路距離で半径500m)圏に該当するエリアを抽出することで、買い物先空白地帯を可視化するものである。従来の食料品アクセスは、食料品店の品ぞろえをすべて一律に評価していた。例えば近所に食料品店がある場合、その店の品ぞろえが悪くても、当該地域の買い物環境は良好であると判断されてしまう。しかし、実際にはスーパーやコンビニ、個人商店では品ぞろえが大きく異なる。一方、図2は各店舗の品ぞろえ(食料品充足率)を加味したうえで、買い物環境を評価している。これにより、買い物先空白地帯をより正確に把握できる。

 なお、距離減衰充足率と高齢者の食生活の関係を分析した結果、食料品充足率が100%の店舗(例えばスーパー)から1,264mの距離の地点では、食料品充足率60%の店舗(生鮮食品を多く扱うコンビニなど)に隣接している場合と同じ水準の「多様な食料品の購入のしやすさ」(低栄養のリスクを抑える効果)であることが明らかとなっている5)。また、食料品充足率40%程度の店舗(一般的なコンビニなど)でも、店舗近隣の住民に対して低栄養のリスクを下げる効果を有していることがわかっている。

 筆者たちは、2014年にA市の協力のもとでアンケート調査を実施した6)。同市在住高齢者1万6,428人からランダムに抽出した5,500人にアンケート票を配布し、3,984部の有効回答を得た。調査内容は、個人属性、買い物環境、SC、食品摂取の多様性調査7)である。独居は11.9%(男性7.6%、女性15.9%)、運転免許保有者は58.3%であった。表-aからeは買い物行動を示す。この表から、近隣に食料品店が少なく、自動車やバイクで買い物に出ている高齢者が多いことがうかがえる。

表-a:最寄りのスーパーマーケットまでの町丁目別平均距離(単位:%、全体数=72)
(出典:岩間信之 他,地学雑誌20166)より改変)
平均距離500m以内500~1,000m1,000~1,500m1,500~2,000m2,000~2,500m2,500~3,000m3,000m以上
割合(%) 13.9 41.7 12.5 9.7 5.6 4.2 12.5
表-b:買い物先までの主な移動手段(単位:%、全体数=3,601)
(出典:岩間信之 他,地学雑誌20166)より改変)
移動手段全体男性女性
徒歩 22.9 21.6 24.0
自転車 13.9 13.4 14.3
バス 2.4 1.6 3.2
タクシー 0.5 0.5 0.5
自動車・バイク(自分) 33.5 45.1 22.7
自動車・バイク(家族) 22.3 14.8 29.4
その他 4.6 3.0 6.0
表-c:食料品の買い物頻度(単位:%、全体数=3,656)
(出典:岩間信之 他,地学雑誌20166)より改変)
頻度全体男性女性
毎日 18.4 19.4 17.4
週3~5回 40.6 40.3 40.8
週1~2回 34.7 34.8 34.7
月1~3回 4.1 3.9 4.4
その他 2.2 1.7 2.8
表-d:買い物時のサービス利用について(単位:%、全体数=3,983)
(出典:岩間信之 他,地学雑誌20166)より改変)
買い物時のサービス利用種類全体男性女性
宅配サービス利用者 9.8 8.3 11.1
移動販売車利用者 12.8 15.6 10.3
表-e:高齢者の買い物についての意識・認識(単位:%、全体数=3,984)
(出典:岩間信之 他,地学雑誌20166)より改変)
意識・認識全体男性女性
栄養バランスを重視している高齢者 59.6 55.9 63.0
買い物に困っていると感じる高齢者 5.4 3.4 7.1

 アンケート調査では、全体の53.5%が食品摂取の多様性得点低群(低栄養のリスクが高い)に該当した。筆者たちの経験上、これは全国の地方都市で平均的なスコアである。エリア別にみると、食料品アクセスが低い市域東部一帯と西部・北部の縁辺エリアのほかに、アクセスが高い中心市街地の一部(JR駅周辺など)で、低栄養リスク高齢者の割合が高かった(図3)。つまり、食料品アクセスマップ(図2)と低栄養リスク高齢者の分布には、一定の乖離が見られた。これは、食料品アクセス以外の要因が高齢者の食生活に影響していることを示唆する。

図3、A市における低栄養リスク高齢者の町丁目割合および移動販売車停留所を表す図。
図3 A市における低栄養リスク高齢者の町丁目割合および移動販売車停留所
(出典:岩間信之 他, 地学雑誌 20166)より一部改変)

2.社会的要因(SCの低下、貧困化など)から見た分析

 社会的要因も、高齢者の食生活に大きな影響を与えている。そこで、A市を事例に多様性得点を被説明変数、個人属性や買い物行動、SCに該当する項目を説明変数としてロジスティック回帰解析を実施したところ、次の2点が明らかとなった3)。1.スーパーまでの距離が1km遠いほど、多様性得点低群となる確率が約10%高くなる。2.趣味関係のグループに参加していない人(いわゆるSCが低い人)に比べて、参加している人は低群となる確率が20%低い。SCが低く、かつ低栄養リスクが高い高齢者は、市街地中心部に集中していた。こうした傾向は、東京都心部や県庁所在都市などの大都市で顕著であった。なお、技術的にはSCを加味した地図を作成することも可能である。

フードデザート問題対策の課題

 FDs・買い物弱者支援事業は、食事会の開催などの「共食型」、配食、買い物代行、宅配サービスなどの「配達型」、買い物場の設立や移送サービス、移動販売などの「アクセス改善型」に整理される。買い物弱者報道が過熱した2000年代初頭、新たなビジネスという視点から、全国で移動販売車事業などが展開された。しかし、買い物弱者という言葉が独り歩きする一方で、学術的な実態調査は追いついていなかった。その結果、予想に反して利用者が集まらず、事業開始後数年で廃業するケースが相次いだ。大きな反省点である。

 筆者の知る限り、人口の少ない地方都市で採算性を確保している支援事業は、いまだ見られない。たとえばA市では、生協が行政や地域住民と連携して移動販売車事業を展開している。筆者たちと連携して食料品アクセスマップを活用したり(図2)、地区会長や民生委員などが各停留所を担当して高齢者に移動販売車の利用を呼びかけるなど、様々な工夫を凝らしている。しかし、利用者を安定的に確保しているものの、残念ながら採算の確保には至っていない。

 採算確保が難しい理由としては、1.買い物支援を必要としている人を把握しにくい、2.健康的な食生活に関する知識や意欲に欠けた高齢者が多い、などが挙げられる。前者については、例えば介護保険に関する個人データを匿名化したうえで行政と企業、研究者などが共有できれば、問題は緩和すると思われる。後者については、食育の進展やSCの醸成に関する支援が必要となる。また、市街地から遠く離れた人口減少地域では、採算性の確保自体が不可能である。福祉の観点からの支援事業の見直しも必要である。

文献

  1. 厚生労働省:令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要(PDF:2.5MB)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2024年9月20日閲覧)
  2. 農林水産政策研所:食料品アクセスマップ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2024年9月20日閲覧)
  3. 岩間信之編著:都市のフードデザート問題―ソーシャル・キャピタルの低下が招く街なかの「食の砂漠」.農林統計協会,2017.
  4. 岩間信之,今井具子,田中耕市,他:食料品充足率を加味した食料品アクセスマップの開発.フードシステム研究2018; 25(3); 81-96.
  5. 浅川達人,岩間信之,田中耕市,他:食料品充足率を加味したアクセス測定指標による食品摂取多様性の分析─高齢者の健康的な食生活維持に対する阻害要因のマルチレベル分析.フードシステム研究2019;26(2):21-34.
  6. 岩間信之,田中耕市,駒木伸比古,他:地方都市における低栄養リスク高齢者集住地区の析出と移動販売車事業の評価.地学雑誌2016;125(4):583-606.
  7. 熊谷修,渡辺修一郎,柴田博,他:地域在宅高齢者における食品摂取多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衆衛生雑誌2003;50(12):1117-1124.

筆者

いわまのぶゆき氏の写真。
岩間 信之(いわま のぶゆき)
茨城キリスト教大学文学部文化交流学科教授
略歴
2002年:筑波大学大学院博士一環課程地球科学研究科修了、博士(理学)2003年:Southampton大学(UK)客員研究員、2007年:茨城キリスト教大学講師、2010年:同准教授、2015年:Edinburgh大学(UK)客員研究員、2015年より現職
専門分野
都市地理学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第3号(PDF:6.0MB)(新しいウィンドウが開きます)

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