高齢期就労の可能性と課題:健康づくりの視点から
公開日:2023年4月28日 09時00分
更新日:2024年8月13日 16時18分
村山 洋史(むらやま ひろし)
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加とヘルシーエイジング研究チーム研究副部長(テーマリーダー)
こちらの記事は下記より転載しました。
なぜ高齢期就労が必要なのか
人生100年時代と言われて久しい。かつては、「老後はゆっくり」と考える人も多かったが、それはすでに過去の話となり、セカンドライフのあり方は今や多様化している。その選択肢の1つが就労である。労働力調査によると、65歳以上の高齢者における就労者の割合は2020年時点で25.1%である1)。10年前の2010年が19.4%であり、そもそも高齢者人口が増加していることと合わせて考えると、高齢期に就労する者がかなり増加していることがわかる。さらには、就労している高齢者は、約8割が「70歳を超えても就労したい」と回答している2)。このことからも、働くことがセカンドライフの過ごし方の主たる選択肢になっていることがわかる。
高齢期就労は、多面的にメリットをもたらすことが期待されている。労働市場にとっては、人手不足の解決の糸口になり得る。働く本人とっては、健康づくりや生きがいづくりにつながる可能性がある。内閣府の調査では、日本の就労高齢者は、ヨーロッパの就労高齢者と比較し、収入と健康を就労継続の理由に挙げ、一方で、生きがいを理由に挙げる者が少ない傾向があると報告している3)。日本人は、就労を健康づくりと結びつけて考えやすいようである。
高齢期就労がもたらす健康効果
就労と健康の因果関係を解き明かすのは簡単ではない。「就労すれば健康でいられる」側面があると同時に、「健康だから就労できている」側面もあるからである。また、設定するアウトカムによっても就労効果が異なる可能性がある。
著者らは、高齢期就労の健康効果を検討するため、いくつかのアウトカムを設定し、縦断研究を対象としたシステマティックレビューを実施した。その結果、高齢期に働くことは、総じて死亡リスクを下げ、良好な主観的健康感と関連していることを示した4),5)。
因果関係をより厳密に検討するためには、実験デザイン、あるいは準実験デザインによる検証が必要だが、現在出版されている論文を見る限りは、高齢期に働くことは健康に有益に働く可能性が高いことがわかる。ただし、今回のシステマティックレビューでは、就労しているか否かに着目しているが、就労のバリエーションは、例えば、職種、仕事内容、従事時間、シフト、仕事裁量など多様である。これらを加味しながら、望ましい高齢期の働き方について考えていく必要がある。
福祉分野における高齢期就労:介護助手という働き方
1. 高齢期就労のモデルが必要
先に、高齢者の中で就労している者が増えたと述べたが、高齢者が働くことが一般的に受け入れられているかといえばそうでもない。企業側は、60代後半者の雇用に対しては約4割の企業が「希望者全員をできるだけ雇用したい」と回答しているが、70代前半者に対しては2割弱となっている6)。約8割が70歳を超えても働きたいと回答した先の調査結果に対し、受け入れ側の実態が十分にマッチしていないことがわかる。
そのため、高齢期就労が広く受け入れられていくためのモデルが必要である。筆者らの研究チームは、高齢期就労のモデルとして、介護施設での介護助手という働き方に着目して研究を進めている。介護施設の職員(以下、介護職員)は、要介護者が増加する中、さらに不足すると推計されている。介護職員の処遇改善や外国人人材の受け入れなどの対策が謳われているが、これに加えて高齢者を介護現場に取り入れることで、その解決の一助になると考えたためである。
2. 広がる高年齢介護助手
令和2年度厚生労働省老人保健健康増進等事業「介護老人保健施設等における業務改善に関する調査研究事業」(以下、R2老健事業)では、全国老人保健施設協会に所属する介護老人保健施設(以下、老健施設)3,591施設を対象に調査を行った7)。この調査では、介護助手を「施設と直接の雇用関係にある(有償ボランティアや委託業者の職員は除く)」「介護職員との役割分担により、利用者の身体に接することのない周辺業務のみを担っている」の条件を満たす者とし、このうち、「60歳以上」である場合に高年齢介護助手と定義している。
導入状況を尋ねたところ、高年齢介護助手を導入している施設は全国で1,138施設、導入割合は31.7%であった(施設あたりの雇用人数の平均: 3.7人、範囲: 1-32人)。国は介護助手の介護施設への導入に力を入れており、2022年度には全国の都道府県に「介護助手等普及推進員」を配置している。今後、介護施設での高年齢介護助手という働き方が広がっていくことが大いに期待できる。
3. 高年齢介護助手と働くことの効果
高年齢介護助手は、介護助手として働くことに対してどのようなメリットを感じているのだろうか。R2老健事業では、599施設で働く高年齢介護助手1,601名からアンケート調査の回答を得ており、そのデータを見ていきたい。
介護助手の仕事をはじめたことで得られたメリットを7個設定し、複数選択可能で回答してもらった(図1)。最多は、「時間を有効に使うことができている」(90.8%)、次いで、「自分の健康の維持・増進に繋がっている」(90.2%)、「社会とのつながりを得られている」(85.9%)であった。介護助手として働くことで、介護現場や社会に貢献するというよりも、むしろ自分自身のためになっていると感じられている人が多いようである。得られたメリットの個数の平均は、7個中5.7個(標準偏差:1.6)であった。
続いて、得られるメリットの数と高年齢介護助手の精神的健康との関係を検討した。ここでは、バーンアウト(燃え尽き症候群)に注目し、中でも情緒的消耗感(仕事を通じて、情緒的に力を出し尽くし、消耗してしまった状態)という概念を取り上げた。種々の背景因子を調整しても、得られるメリット数が多いほど、情緒的消耗感得点が高い傾向があった(表)。メリットを多く感じられているほど、精神的に健康な状態を保って働けるということがわかった。
メリットの合計数 | 割合 | 標準化偏回帰係数(β) | p |
---|---|---|---|
0-2 | 5.1% | Ref. | |
3 | 5.5% | -0.018 | 0.657 |
4 | 8.4% | -0.070 | 0.114 |
5 | 12.6% | -0.102 | 0.042 |
6 | 22.9% | -0.214 | <0.001 |
7 | 45.4% | -0.408 | <0.001 |
性別、年齢、最終学歴、主観的健康感、医療保健福祉に関連する資格の有無、介護助手としての勤務年数、週の平均勤務時間、就労動機を調整
4. 介護職員への影響
一緒に働く介護職員には何か影響があるのだろうか。同じく、R2老健事業では、1,246施設に所属する介護職員11,374名からアンケート調査の回答も得ている。このうち、高年齢介護助手を雇用している施設に所属する5,185名について、高年齢介護助手の雇用によって介護職員が感じるメリットを集計した(図2)。61.5%が「全体的な業務の量が減った」と回答し、これに「普段の業務における気持ちのゆとりが増えた」(38.3%)、「介護の専門性を活かした業務へ集中できるようになった」(36.4%)が次いだ。他にも、職員間の人間関係(23.3%)、利用者や家族とのコミュニケーション(22.0%)など、人間関係の改善を報告する回答もあった。総じて、高年齢介護助手が施設に導入されることは、介護職員の精神的健康にはよい影響があることが示された。
まとめ
高齢期に働くことが健康によい影響をもたらすことがわかりつつある。しかし、高齢期就労が一般に受け入れられているとはまだ言い難い。本稿で取り上げた高年齢介護助手の例では、本人らのみでなく、一緒に働く介護職員の仕事にも好影響が見られた。雇用する側、および社会全体の理解を推し進めるには、こうしたモデルを蓄積していくことが必要である。
高齢者は、体力、記憶力、処理スピードなどは低下するものの、これまでの経験や学習によって得られたスキルや技術は若い世代よりも高いといわれる。こうしたスキルや技術が職場内でうまく作用、活用されることによって、高齢者自身がやりがいや生きがいを感じられ、同時に職場の問題解決にもつながっていく。労働力不足に対処するための「安上がりな人材」ではなく、高齢者という人材の持つ本質的な力を活用できる認識や体制が整備されていくことを期待したい。
文献
- (2023年3月17日閲覧)
- (2023年3月17日閲覧)
- (2023年3月17日閲覧)
- Murayama H, Takase M, Watanabe S, Sugiura K, Nakamoto I, Fujiwara Y.: Employment in old age and all-cause mortality: A systematic review. Geriatrics & Gerontology International 2022; 22(9): 705-714.
- 渡邉彩, 村山洋史, 高瀬麻以, 杉浦圭子, 藤原佳典: 高齢期における就労と主観的健康感の縦断的関連: システマティックレビュー. 日本公衆衛生雑誌 2022; 69(3): 215-224.
- 労働政策研究・研修機構: 調査シリーズNo.198「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」, 2020.
- (2023年3月17日閲覧)
筆者
- 村山 洋史(むらやま ひろし)
- 東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加とヘルシーエイジング研究チーム研究副部長(テーマリーダー)
- 略歴
- 2009年:東京大学大学院医学系研究科健康科学看護学専攻博士課程修了、東京大学高齢社会総合研究機構特任助教、2010年:東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム研究員(~2015年)、2012年:ミシガン大学公衆衛生大学院客員研究員(上原記念生命科学財団ポスドクフェロー)(~2014年)、2015年:東京大学高齢社会総合研究機構特任講師、2020年:東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム専門副部長、2021年:同 研究副部長(テーマリーダー)、2023年より現職(チーム名変更)
- 専門分野
- 公衆衛生学、老年学
転載元
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