住民同士での自助・互助による健幸長寿まちづくり〜自分たちで未来を創る・地域を守る〜
公開日:2023年4月28日 09時00分
更新日:2024年8月13日 16時19分
小松 仁視(こまつ ひとみ)
NPO法人フレイルサポート仁淀川理事
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
「長生きを喜べる長寿社会の実現」をめざした高知県の山間にある小さな町の取り組みの経過と展望を、当初は県職員として、そして現在は地域住民のコミュニティ側にいる立場から報告する。
住民主体によるフレイルチェック活動との出会い
高知県仁淀川(によどがわ)町は、2023年1月推計人口4,492人(
)、高齢化率 57.3%、山林面積89.3%(2015年農林業センサス)、集落は川沿いまたは山麓に点在している。人口は、直近4年間(2019年1月〜2022年12月)でも10%以上減少するなど、高齢化と人口減少が進行している。住民が主体的に活動することはむずかしいと行政側が思い込んでいたこの町に、2019年7月「住民主体によるフレイルチェック活動」(以下、フレイルチェック活動)が、東京大学高齢社会総合研究機構と高知県の支援により導入され、20名のフレイルサポーター(以下、サポーター)1期生が誕生した。
仁淀川町が高知県から「フレイルチェック活動」の導入を打診され、その4か月後にはサポーター養成まで行った背景には、町の人口の唯一のボリュームゾーンである団塊世代がまだ元気な今こそが、起死回生のラストチャンスだという危機感を、介護保険者として持っていたことが大きい。
第1段階〜心を耕す〜
サポーターが前向きに議論する集団に成長し始めた頃のいくつかのポイントを振り返る。
- 住民が主体性を持つために、あえて専門職に依存しない体制づくりをめざした。
- サポーターによる「健幸会議」を創設し、フレイルチェックのデータと、現場で感じたことなどを共有し、前向きに議論できる場を設けた。
- 今から人生の最終段階までを「老活(おいかつ)」と捉え、前向きに生ききる「心積り」を学び、フレイル予防は寝たきりになっても可能であることを理解した。
- 町の将来人口など、さまざまな分野を、あらゆる機会を通じて話題提供することにより、サポーターが町の課題を自分事として捉え始めた。
このように、「フレイル」の概念を知り、「健康寿命と平均寿命の差を縮めるために必要なことは、自分自身の意識と行動を変えることだ」と理解したサポーターは、フレイルチェック活動が「何よりも自分のためであった」ことに気づき、「サポーターも、チェックを受ける人も、笑い合いながら、励まし合いながらフレイルを自分事化していく」活動の本質を理解した。そして、「もっと学び、よいことはみんなと分かち合いたい」と発言し、行動するなど、サポーターのエンパワメントが高まり始めた。
第2段階〜社会が拡がる〜
2020年秋から、フレイルチェックの出前(「お出かけフレイルチェック」)、サポーター養成研修での応援など、他市町村の同世代との交流を意識的に行った結果、サポーターは、「フレイル」という共通言語には市町村の壁はないこと、交流によって自身が元気をもらっていることを知った。
この経験は、加齢に伴って縮小する一方だった自身の社会が、もう一度拡がっていく可能性に喜びを感じ、地域や年代を超えた新たな関係性づくり、仲間づくりが、何よりも自身のフレイル予防・幸せになるとの確信へとつながった。
2021年1月から始まった県内サポーターとの交流は町外のサポーターとの仲間意識を生み、今では、互いに、心理的にとても近い存在となっている。
さらに、交流による効果を実感した仁淀川町サポーターは、2022年10月、徳島県那賀町を大豊町とともに訪問した。お互いに黄緑色のポロシャツを着たサポーターたちは、一瞬にして、互いの心の距離が縮まったことを感じ、活動を報告し合い、未来を語り合い、再会を約束した。
第3段階〜作戦を立て、実行へ〜
「フレイルチェック活動」の本質を理解したサポーターが、課題解決のために作戦を立て、実行した経緯と取り組みの概要を示す。
1.フレイルチェックの結果から、下肢筋力をアップできる仕組みが必要だと考えたサポーターは、高知県黒潮町の介護予防・生活支援サービス事業「通所型サービスC(短期集中予防サービス)」(以下、短期集中予防サービス)を視察し、適切な介入を行えば、再び下肢筋力がアップできることを知った。
2.併せて、黒潮町地域包括支援センターとの勉強会により、短期集中予防サービスのさまざまな課題を学び、仁淀川町に導入する際の課題を考えた。
〈仁淀川町に導入すると想定した場合の課題〉
- サービス提供体制も含めた持続可能な仕組み(将来の需給バランスを考えると民間事業所に委託することは現実的ではない)
- 行政を疲弊させない仕組み(対象者を見つけ、やる気にさせることに多大な労力と時間を費やしている)
- サービス終了後、活力を持続させる仕組み(身体が元気になっても、地域で失ったつながりを自身で再構築することはむずかしい)
3.課題を強みに変える仕組み「ハツラッツ」を考案した。
仁淀川町には、ただ老いていくだけではない仕組み、すなわち、短期集中予防サービスのようなものが必要だが、①課題を強みに変える仕組みでなければならないこと、②正解は自分たちで模索するしかないこと、③持続可能な仕組みにするためには、フレイル予防を基軸とした住民主体の仕組みにすることが肝要であることを、健幸会議で共有し、図1のように作戦を立て、挑戦する(バッターボックスに立つ)ことを決意した。
4.「ハツラッツ」の概要とポイントを次のとおり示す(図2)。
ハツラッツのプログラム(週2回、3時間/回、合計24回の運動と講話)は、短期集中予防サービスによく似ている。両者の最大の違いである1点目は、利用者とサービス提供者という関係性ではないことと、専門職が提供するものではないことである。ハツラッツは、高齢住民同士(サポーター)が励まし合いながらお互いが活力を得る場であり、「フレイル予防3本柱(栄養、運動、社会性)」を、自らの心と身体を通して学び合う場であることである。表に示すように、ハツラッツでは全員がサポーターであるが、サポートする人を「お支えさん」、チャレンジする人を「鯉さん」といっている。
短期集中予防サービス | ハツラッツ | |
---|---|---|
サービス提供者 | 医療・介護専門職 | お支えさん(フレイルサポーター) |
サービス利用者 | 総合事業対象者 | 鯉さん(フレイルサポーター) |
2点目は、全員がサポーターである現場は、常に前向きな発言、笑い、優しさに包まれており、この安心感が、鯉さんの一度は弱った心や身体に活力を与え、日常の暮らしへと戻っていく力を育んでいることである。
3か月間の体力の推移は図2の右下のグラフのとおり向上し、短期集中予防サービスと同程度の効果を示したが、卒業後の社会への貢献意欲の向上は想定以上の効果であった。
〈卒業した鯉さんの地域での活動の一例〉
「きんの会」(83歳・男性)
急速に超高齢化や独居世帯の増加が進む地域で、「ごろごろヨガ」の集いを立ち上げ、住民が孤独にならないように、細やかに声をかけ、参加を促しながら、心身が弱りつつある住民が、やがてサポーターになり、ハツラッツにも参加できるようにと、縁の下の力持ちとなって活躍している。
医療専門職をお支えさんの仲間と位置づけ、鯉さんが再び日常の暮らしに元気に戻っていくことを全員の目標として取り組む仕組みと、若い専門職が地域で活躍する実習の場、育成の場としてもハツラッツを活用する仕組みを、高知県作業療法士会と構築した。この仕組みが鯉さん、お支えさんともに「老い」を科学的に捉え、「老い」を諦めず、支え合う原動力の1つとなっている。
さらに、ハツラッツでの各人の成果を、全員が共有することによって「まちもフレイル予防できる」ことにサポーターたちが自信を持ち、励まし合い、支え合うフレイルに強いまちをつくろうと奮起し始めた。
第4段階~まちづくりへ~
「まちづくり」へと発展した経過と、新たな動きを示す。
- 2022年1月、県内サポーター交流・勉強会において、20年間にわたる仁淀川町の1号被保険者のデータをはじめ、5年後の各地区の人口構成等、人口自体が急速に減少するという厳しい現実を学び、次世代へバトンを渡すための方策を考えた結果、自分たちの手で未来を創ることを4市町のサポーターと決意した。
- この決意は「我々は、まだまだ頑張れる。頑張りたい」とのメッセージとともに、行政や関係者も巻き込み「人口減少下における持続可能なまちづくりシンポジウム」の開催(2022年3月)へと発展し、4市町サポーターによる共同宣言が行われた(同シンポジウムの第2回目は2023年3月開催)。
- 次の世代が帰ってきたくなるような里山にしようと、「ゆずゆずプロジェクト」が立ち上がり、今春には約20名のサポーターなどが柚子の苗木を植えつける準備を進めている。
おわりに
仁淀川町サポーターのエンパワメント推進のきっかけはフレイルチェック活動であり、より力強く加速化できた仕組みはハツラッツである。2つの共通点は、サポーターが互いを尊重し、励まし合って、未来を語ることができる信頼関係が構築されたことである。
この取り組みの4年間を振り返り、確信に変わりつつあることは、高齢住民の志に格段の地域性はないということである。この取り組みは、どの自治体であっても、同様、あるいはそれ以上の結果を得ることが可能である。高齢住民は、行政が勇気を持って一歩を踏み出し、「フレイルに強いまちづくり」をともに成し遂げようと誘ってくれることを、きっと心待ちにしている。
仁淀川町の取り組みがめずらしくなくなる日が1日でも早く訪れることを願ってやまない。
筆者
- 小松 仁視(こまつ ひとみ)
- NPO法人フレイルサポート仁淀川理事
- 略歴
- 1980年:高知県入職(行政職)、2015年:高知県地域福祉部障害保健福祉課障害者就労支援推進企画監、2018年:高知県健康政策部在宅療養推進課副参事兼高知県中央西福祉保健所地域包括ケア推進企画監、2022年3月:高知県定年退職、2022年4月より現職
転載元
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