健康長寿ネット

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末期腎不全患者のACP

公開日:2021年1月29日 09時00分
更新日:2024年9月13日 16時56分

柏原 直樹(かしはら なおき)
川崎医科大学腎臓・高血圧内科学主任教授、川崎医科大学副学長

徳山 敦之(とくやま あつゆき)
川崎医科大学腎臓・高血圧内科学

角谷 裕之(かどや ひろゆき)
川崎医科大学腎臓・高血圧内科学講師


はじめに

 本邦の維持透析患者数は増加の一途をたどり、約33万人に上る。増加の一因は、著しい高齢化の進展である。透析導入年齢も高齢化しており、最多年齢層は75-80歳である。透析患者の69.8%が65歳以上、75-80歳が40.5%、80歳以上が25.1%に上る。腎臓病診療は高齢者医療そのものである1)

 高齢腎臓病患者は循環器疾患、脳血管障害、認知機能障害、フレイルなどの合併症を有することが通例であり、悪性腫瘍合併率も増加している。本邦では90%以上において血液透析が腎代替療法として選択される。透析は体外循環であり循環動態に大きな負荷を与える。そのため合併症を有する患者では、透析導入困難、透析中断を余儀なくされる場合も少なくない。

 末期腎不全に際して生命維持のために、透析療法が必須であることは自明である。しかしながら、各種合併症を有する高齢患者において、透析導入によるADL、QOL、入院期間を含めた包括的な予後を予測することは困難である。3回/週、毎回約4時間の透析療法を受けることになり、透析センターへの通院自体が高齢患者、家族、介護者に大きな負荷となる。予後予測の科学的なエビデンス、社会的なコンセンサスが不在な中で、患者本人、家族、医療チームの共同意思決定によって、透析導入/非導入が決定されているのが実情である。決断を迫られる医療者への精神的な負荷も大きい。透析非導入となった場合の保存的な緩和医療のあり方も、標準的なものは確立されていない。

 高齢腎不全患者がアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)、すなわち、将来の意思決定能力の低下に備えて、今後の治療・療養について患者・家族とあらかじめ話し合うプロセス、透析導入/非導入の意思決定プロセスおよび、緩和医療の方法論の構築は喫緊の課題である。

 本稿では、AMED長寿科学研究開発事業の取り組みを紹介したい。

腎不全診療におけるACP、緩和ケア構築の必要性

 高齢腎不全患者において、生命維持のためには透析導入が必要でありながら、全身状態不良により体外循環に忍容性を持たない場合だけでなく、患者の尊厳性を尊重し、終末期医療に準じ、患者・家族の意思確認の上で、非導入の決断を迫られる局面は少なくない。

 本人と家族に対して、透析導入/非導入時のQOLを含めた予後の説明を行う必要がある。しかしながら、高齢腎不全患者において、透析導入/非導入後の予後を推定・提示する際に、依拠しうる客観的な科学的エビデンスが不足している。

 透析導入時には患者、家族、医療スタッフによる共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)の導入が進みつつある。しかしながら、患者および家族の意思決定をサポートする意思決定プロセスは確立されていない。

 医学的には腎代替療法が必要な場合であっても、特に高齢者の場合は、非導入を余儀なくされる場合がある。しかしながら、非導入となった際の緩和医療・ケアのあり方について確立されたものがない。2014年、日本透析医学会は「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を発表し、終末期透析医療のあり方について提言がなされた2)

 2年後の全国規模実態調査では、47.1%の透析施設が透析を見合わせた経験があることが判明した。見合わせた患者の89.7%が高齢者で、46.1%が認知症患者であった3)。一部では人生の最終段階ではない患者本人の強い意思と家族などの同意による見合わせが行われている実態も明らかとなった。「透析見合わせ」は、透析を差し控える、透析の継続を中止するのではなく、透析を一時的に実施せずに、病状変化によっては透析を開始する、または、再開する意味がある用語として使用されている。

 また2018年、厚生労働省より「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が作成されている。これらの動向を踏まえて、2020年、「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」として内容が改訂された4)

 米国では「透析導入及び透析中止に関する共同の意思決定」に関する勧告が報告されている。事前指示書、法定代理人の役割なども記されているが、死生観、医療環境の異なる本邦にそのまま外挿できるものではない。

保存的腎臓療法

 透析導入の見合わせに関する提言が更新され、新たな選択肢として保存的腎臓療法(Conservative Kidney Management:CKM)が注目されている5),6),7)

 CKMの体制整備はカナダ、英国などで先行して進んでいる8),9),10)。米国NIHは「透析や腎移植を行わずに、医療チームがケアを継続することであり、ケアは患者の生活の質と症状のコントロールに焦点が当てられる」とし、「患者には腎不全の治療方法に関する決定権があり、透析や移植ではなく、CKMを選択することができる」としている。CKMは透析によって生存率やQOLの向上が見込めない患者を対象とする患者中心の包括的ケアであり、SDMによる意思決定、合併症の最小化、症状管理、事前のケアプラニング、心理的、社会的、家族的支援を取り入れたものである。

 対話型のウェブベースのCKM患者意思決定支援ツールも開発されている。オタワ意思決定支援フレームワークに基づいて、CKM意思決定支援ツールは、患者固有の予後マーカー(年齢、機能状態、認知機能、生活環境、併存疾患)と患者の価値観、嗜好、ケアの全体的な目標を統合し、患者、家族、臨床医が透析とCKMのリスクと利点を患者固有に理解できるように支援することを目的としている。Oxford大学病院はCKMのガイドを作成し公開している(2020年12月21日閲覧)。

長寿科学研究開発事業

 私どもは、2019年度長寿科学研究開発事業、非がん高齢者の在宅における緩和医療の指針に関する研究に採択され、「高齢腎不全患者に対する腎代替療法の開始/見合わせの意思決定プロセスと最適な緩和医療・ケアの構築」研究班を構築した。腎臓内科、透析医療、生命倫理・臨床倫理、緩和医療・ケアの専門家から構成される(表)。

表 長寿科学研究開発事業「高齢腎不全患者に対する腎代替療法の開始/見合わせの意思決定プロセスと最適な緩和医療・ケアの構築」研究班

【研究開発代表者】
柏原直樹  川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学
【分担者】
守山敏樹  大阪大学 キャンパスライフ健康支援センター
岡田浩一  埼玉医科大学 腎臓内科学
神田英一郎 川崎医科大学
中元秀友  埼玉医科大学 総合診療内科
酒井 謙  東邦大学 医学部 腎臓学講座
会田薫子  東京大学 大学院人文社会系研究科
丹波嘉一郎 自治医科大学 附属病院緩和ケア部

【目的】

 高齢腎不全患者への科学的エビデンスに基づく透析導入/非導入の意思決定プロセスおよび、緩和医療の方法論の構築が本研究の目的である。そのために、高齢腎不全患者において、透析導入時の状況と導入後の予後調査、および高齢者における透析導入/非導入に関する実態・予後調査を行う。さらに適切な緩和的医療の介入方法について検討し、その有用性や妥当性について検証する。腎不全患者における透析導入/非導入・見合わせ・中断の意思決定プロセスの構築、最適な緩和医療のあり方に関する指針作成、コンセンサス形成に資するエビデンスの構築を目標とする。具体的には以下を取り組む(図)。

図:長寿科学研究開発事業において高齢腎不全患者にむけに研究班が取り組む事業構想を表す図。
図 研究班の取り組む事業構想

①高齢腎不全患者において、透析導入による予後(生命予後、ADL、QOL)調査

②高齢腎不全患者における、透析非導入・中断の実態、緩和医療の実態調査

③高齢腎不全患者(終末期を含む)に対する共同意思決定による最適な腎代替療法選択、非導入の決断に資するエビデンスの構築と意思決定のためのサポートツール(予後推定ツール)の作成

④高齢腎不全患者(非導入患者を含む)に対する最適な緩和医療・ケアの構築

1.高齢腎不全患者における、透析導入後の予後(生命予後、入院/在宅期間)調査と予後推定式の開発

 各種合併症を有し、虚弱(フレイル)状態にある高齢腎不全患者に循環動態へ大きな負荷を与える透析療法を実施した場合、どの程度予後が改善されるか不明である。また予後不良を予測する科学的な方法も確立されていない。

 日本透析医学会の実施する年度末調査を活用し、2007年度に新規に登録された75歳以上透析患者を対象とするコホート研究で、透析導入後の高齢者の予後を解析する。ランダムに選択した半数の患者データの解析結果に基づき、高齢腎不全患者の透析導入後の予後推定式(Prognosticscore)の開発を行う。

 得られたデータより独立したリスク因子の候補を選定し、各リスク因子の寄与率に応じた係数を求め、透析導入後予後を推定するスコアの計算式を作成する。死亡を従属変数として指数分布モデルによるパラメトリック生存時間解析を適用し、前進的変数増減法(stepwise forward selection method)による変数選択を行う。変数選択によって予後予測式のモデル候補を複数(予後予測式1、2・・・)求める。残りの半数の患者データを用いて、予後予測式の妥当性を検証し、最良のモデルを選択する。

2.高齢腎不全患者における、透析非導入・中断の実態、緩和医療の実態調査

 全国の透析導入施設に対して、高齢者ないし終末期での透析導入の選択についてアンケート調査を行う。年間透析非導入例数、非導入の背景(年齢、性別、原疾患、全身状態、認知機能、合併症など)、透析非導入の主要要因(本人意思、家族の意向、全身状態不良など)をまとめる。また、透析導入後に透析継続が困難となり中断に至った例についても調査する。

 さらに保存的緩和療法・ケアの実態ついて調べる。精神的ケア、疼痛対策、栄養管理、呼吸管理、循環動態管理、患者へのサポートについて実態などを調査する。

3.高齢腎不全患者(終末期を含む)に対する共同意思決定による最適な腎代替療法選択、非導入の意思決定プロセスの構築とサポートツールの作成

 前記研究1で得られた予後予測式について、新たな前向き観察研究により妥当性を検証する。

 高齢腎不全患者の透析導入後の予後調査を前向きに実施する。4施設(大阪大学、埼玉医科大学、川崎医科大学、東邦大学医学部の各附属病院)および、調査可能な2施設をこれに加える。各施設新規透析導入は50-100例/年であり、75歳以上は65%以上と推算し、32-65人/年/施設(160-325人/年)の参加が見込まれる。

4.意思決定プロセスの構築

 会田薫子、守山敏樹らは、「腎臓病と高齢者ケア研究プロジェクト」を立ち上げ、高齢者の本人の意思を尊重し、治療法の選択につなげるべく、『高齢者ケアと人工透析を考える─本人・家族の意思決定プロセスノート』(医学と看護社)を発刊している。同プロジェクトの議論、知見を踏まえ、意思決定プロセスを構築する。

 意思決定に際しては、本人意思が最重要であるが、前提として本人・家族に医療者より適切な情報が提供される必要がある。そのうえで、多職種から構成される医療チームとの話し合いのもとでの方針決定が重要である11),12)。「提供すべき適切な情報」のひとつとして上記サポートツールの活用を考慮する。透析導入・非導入・中断などは、医療・ケアチームにより医学的妥当性と適切性をもとに慎重に判断されるべきであり、依拠すべき医学的判断論拠についても一定の水準の提示を試みる。本人意思が確認できない場合の手順などについても標準的手順を構築する。

5.高齢腎不全患者(非導入患者を含む)に対する最適な緩和医療・ケアの構築

 実態調査の結果および文献的考察により、以下について、協議し方針を立案する。他領域の緩和医療の動向調査、協働の可能性を検討する。

(1)高齢腎不全患者が有する身体的苦痛、精神心理的苦痛の実態

 呼吸困難、全身倦怠感、疼痛、不安、抑うつ、食欲低下、睡眠障害、身体機能低下、スピリチュアルペインなど

(2)上記苦痛への対処法の立案

 栄養管理、水電解質管理、酸素投与、リハビリ、カウンセリング、酸素投与など

(3)精神心理的苦痛への対応法の立案

 多職種による支持的なコミュニケーション法の確立、緩和ケアチーム、認定・専門看護師、腎臓病療養指導士、リエゾンチームによるチーム医療体制の構築、関連職種の教育、支援体制の構築

(4)地域特性、地域の医療資源を考慮した体制の構築

 地域包括ケアシステムの中での、かかりつけ医、看護師、保健師などによる外来・訪問診療のあり方、人材育成についても考慮する

 本研究は、高齢腎不全患者の透析導入・非導入・中断の意思決定に資するエビデンス、意思決定プロセスを構築し、同時に緩和医療・ケアの構築をめざすものである。

まとめ

 2017年、厚生労働省健康局「腎疾患対策検討会」が設定された(座長:柏原直樹)。さらに2018年7月、厚生労働省より関係学会、関係団体、全国自治体へ「腎疾患対策検討会報告書~腎疾患対策の更なる推進を目指して~」が発出された。本報告書の全体目標には「CKD(慢性腎臓病)患者(透析患者及び腎移植患者を含む)のQOL維持向上を図る」ことが掲げられている。本研究の目的はこの目標にも合致している。

文献

  1. 一般社団法人日本透析医学会統計調査委員会:2018年末の慢性透析患者に関する集計.2018
  2. 平方秀樹:「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」―背景と考え方. 臨床透析 2018; 34: 1179-1186.
  3. 岡田一義:日本透析医学会「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」―その後の実態調査. 日本透析医会雑誌 2019; 34: 110-116.
  4. 日本透析医学会 透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言作成委員会:透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言.日本透析医学会雑誌 2020; 53: 173-217.
  5. Carswell C, Noble H, Reid J, McKeaveney C: Conservative management of patients with end-stage kidney disease. Nurs Stand. 2020; 35: 43-50.
  6. Gelfand SL, Scherer JS, Koncicki HM: Kidney Supportive Care:Core Curriculum 2020. Am J Kidney Dis. 2020;75: 793-806.
  7. Parvez S, Abdel-Kader K, Pankratz VS, et al.: Provider Knowledge, Attitudes, and Practices Surrounding Conservative Management for Patients with Advanced CKD. Clin J Am Soc Nephrol. 2016; 11: 812-820.
  8. Da Silva-Gane M, Wellsted D, Greenshields H, et al.: Quality of life and survival in patients with advanced kidney failure managed conservatively or by dialysis. Clin J Am Soc Nephrol. 2012; 7:2002-2009.
  9. Okamoto I, Tonkin-Crine S, Rayner H, et al.: Conservative care for ESRD in the United Kingdom: a national survey. Clin J Am Soc Nephrol. 2015; 10: 120-126.
  10. Tam-Tham H, King-Shier KM, Thomas CM, et al.: Prevalence of Barriers and Facilitators to Enhancing Conservative Kidney Management for Older Adults in the Primary Care Setting. Clin J Am Soc Nephrol. 2016; 11: 2012-2021.
  11. 会田薫子:臨床倫理学と死生学 人生の最終段階における医療とケアの共同の意思決定のために.老年社会科学 2018; 40: 292-300.
  12. 会田薫子:Shared Decision Makingの意義. 臨床透析 2020; 36:211-217.

筆者

写真:筆者_柏原直樹先生
柏原 直樹(かしはら なおき)
川崎医科大学腎臓・高血圧内科学主任教授、川崎医科大学副学長
略歴
1982年:岡山大学医学部医学科卒業。医学博士。1987年:米国Northwestern大学医学部research associate(~1990年)、1991年:岡山大学医学部第三内科助手、1995年:同 講師、1997年:同 助教授、1998年より川崎医科大学腎臓・高血圧内科学主任教授、2003年:放送大学大学院客員教授(~2018年)、2007年:英国Oxford University, Visiting Fellow、2009年より川崎医科大学副学長、2016年より日本腎臓学会理事長
専門分野
内科学、腎臓病、高血圧

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.96(PDF:5.6MB)(新しいウィンドウが開きます)

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