地域におけるACPの実践
公開日:2021年1月29日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時05分
こちらの記事は下記より転載しました。
片山 陽子(かたやま ようこ)
香川県立保健医療大学保健医療学部看護学科教授
本人の選択を基盤とする地域包括ケアシステム
地域包括ケアシステムは、住み慣れた地域で自分らしい暮らし、生き方を人生の最期まで続けることができるためのコミュニティを基盤とした包括的なケアシステムである。そのシステムは病気や障がいがあっても、誰もが自分らしく生きることを支えるもので、2次医療圏や市町など地域の特性や規模に応じて展開されている。医療やケアが必要な状況や、さらに将来、本人の意思決定が困難になった状況においても、尊厳をもって人生をまっとうすることができるためには、本人が選択できることが大切で、本人らしい選択を基軸にその選択を支える仕組みとして、コミュニティをベースに統合的なケアを展開する地域包括ケアシステムが必要である。
人生の最終段階、継続的に本人の思いを支える
人は誰かを支え、誰かに支えられながら生きており、特に、人生の最終段階では、医療やケアが必要な状況となることが多く、誰かに支えられながら生きることが生じる。老いや病によって医療・ケアが必要な状態になったとき、地域において場を移行しながら医療やケアを受ける。そのとき、本人にとっての最善の医療・ケアを本人が望む場で、望む形で受けられることが重要である。医療やケアは、その人らしい人生を支えることに貢献するものである。場によってその人の思いを支える人は異なっても、その人の人生に伴走するように、その時々に関わる多職種が継続的にその人らしい生き方を支える必要がある。
地域包括ケアシステムにおいて多職種でACPを実践する
多くの高齢者や病気をもつ療養者などは、ある程度の生活圏域の中で健康状態や生活状況に応じて医療や介護を受けながら生活している。本人の意思を尊重するには、多職種が本人の価値観、意向、人生の目標を共有し、理解したうえで本人の尊厳を尊重するチームとなり、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)を実践することが求められる。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセスであり、ACPの目標は、本人の意向に沿った、本人らしい人生の最終段階における医療・ケアを実現し、本人が最期まで尊厳をもって人生をまっとうすることである1)。医療や介護、その提供の場によって対象の呼称は患者や療養者、利用者など多様であるため、本稿では統一して本人の表現を用いる。
健康段階別に繰り返されるACP
図1のように、ACPは人生曲線に沿って、健康な段階から開始し、健康状態の変化時やライフイベントの折に繰り返し実施するものである。地域における健康段階ごとのACPの展開を紹介する。
1.第1段階
第1段階は、対象は健康なすべての成人かつ生や死を考える人である。ACPの目的や必要性を知り、死生観・人生観・生き方を考える対話の経験をする段階である。第1段階は集団を対象として、地域包括ケアシステムにおける予防活動など地域住民が集う場で、市町行政や地域包括支援センターの保健師などが担当しACPの啓発を行い、住民同士で生や死について語る経験をして、自分の人生や生き方を考える機会とする。また、先に起こるかもしれない、もしもの時の意向なども考え、話し合う。これらの話し合いを経験することは、自らの価値観と自分の人生が有限であることを認識し、これからの人生をよりよく生きることにつながる。
2.第2段階
第2段階は、対象は疾病や障がいをもつ人、および高齢者である。第2段階は、個人の健康状態や状況に応じて、本人・家族・医療ケア提供者の3者で個々の状態に応じて個別に実施する。ACPで話し合う内容は、自分の生き方を再考、個別の状況に応じた医療やケアの選択、人生の最終段階に備えた意向などである。
第2段階も第3段階も、話し合いは常に本人の価値観や人生観を確認しながら、価値観に基づいて「本人の最善」に向けて話し合う。第2段階では、疾病の状態によって、入退院を経験したり、要支援・要介護認定を受けて医療・ケアサービスを現在進行形で受けていることが多い。その期間は人それぞれであるが、人生の物語りに寄り添うよう経過の中で、本人と支援者は関係性を構築しながらACPを繰り返し、積み重ねる。話し合いを実践するための支援者は、現行の医療・ケア提供者であるケアマネジャーやかかりつけ医、訪問看護師などが担うことが多い。
3.第3段階
第3段階は、対象は重篤な病状や人生の最終段階にある人である。そのため、差し迫った状況の中で看取り期を見据えた医療やケアの具体的な選択が必要となる。人生の最終段階の医療・ケアについて、療養生活の意向や看取りの場、代弁者の選定などの確認も必要である。第3段階は医療機関、救急の場、高齢者施設、在宅医療やケア提供の場が実践の場となる。
第2段階に比べて、本人とそこに携わる支援者が関わる期間は短いことも多いうえに、本人の健康状態が低下しており、本人が自分自身で意思決定できない状況が生じる場合もある。その場合は、本人によって選定された代弁者とともに、本人の意思を推定しながら本人の最善に向けた医療・ケアの選択を行う。このとき、本人の意思をつなぎ尊重するために、第2段階において実施したACPの情報を場が移行しても共有しつつ、揺れ動く意思に寄り添いながら実践することが重要である。
意思決定支援のステップ
ACPは将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセスである。意思決定支援は、意思形成支援、意思表明支援、意思実現支援のステップがある。そのステップを踏み、意思決定するが、一度何かを選択・決定しても、人の意思は状況によって変化する。したがって、健康のレベルや置かれた状況によって意思決定支援、ACPは繰り返し実施する必要がある。地域において、多職種チームでどのように意思決定を支援しているか、ステップごとに考える。
1.意思形成支援
意思決定において、価値観の明確化は重要であるが、自分自身の価値観、大切なことや譲れないことなど、明確になっていないことが多い。
まずは本人が意思を形成する段階が必要である。大切なこと、価値観は日常の中に埋め込まれており、生活のさまざまな折に表現される。そのため、要支援や要介護状態にあり、何らかの医療・ケアサービスを受けている場合は、サービスを受けている場面の中で表出されることがある。意思形成の第一歩は、サービスの一場面で表出された「思いの切片(ピース)」を関わっている多職種で集めることから始まるのではないかと考える。「自宅にいるときが安心する」「リハビリを頑張って、もう一度田畑を耕したい。それが生きがい」などの言葉の1つひとつが、その人の思いの切片であり、それらを集めてその人の意思の全体像を形づくる。
また、医療・ケアに対する思いについても、身近な人の死に直面したときなど、「(人工呼吸器は)自分だったら拒否したかもしれない」「〇〇さんは管から栄養を入れていたけど、自分は無理かもしれない」など医療やケアに対する意向や選好につながる言葉が表出されることもある。これらも大切な思いの切片であり、意思の全体像を成すために必要な段階である。聴く人がアンテナを張り、これは思いの切片であると捉えて集積しておけば意思形成につながるが、聞き流してしまうと世間話で終わるかもしれない。意思形成の支援は、面談の場を設けて聴くだけではなく、関わる多職種が常に感度よくアンテナを張り、意図的に取り込むことが重要である。
また、思いの切片は、関係性によって見せる側面も異なる可能性がある。主治医に見せる顔、看護師に見せる顔、ケアマネジャーに見せる顔、デイケアでの顔、場面によって多様な顔を見せる。多職種で思いの切片を集積し全体像として捉えることで、一方向に偏った見方ではなく、よりその人らしい意思を包括的に理解することができるのではないだろうか。地域の中で多職種が意思形成に関わることの意味は、1人ひとりの支援者の価値観というフィルターをできるだけ排除し、その人らしさの形成に貢献する側面があると考える。地域で多職種が集まり、実施するケアカンファレンスなどの場は、思いの切片を集積し本人らしい意思の全体像を理解するよい機会である。
2.意思表出支援
(1)価値観・意向・選好の表出
本人の意思の切片を集積し、形成した本人の意思の全体像である価値観や人生観、医療やケアに対する選好などを明らかにし、表出する段階である。意思決定は2つまたはそれ以上の選択肢の中から1つを選んだり、既存の選択肢だけではなく新たに創出した選択肢も含めて1つを選択・決定することである。それぞれの選択肢のメリット・デメリットを考えるが、一般的なメリット・デメリットの考慮だけでは選択できず、自分の価値観、人生の目標、選好などを勘案したうえで、自分にとってはどうか、それらの選択肢を選んだ場合、自分の人生や生活にどのような影響をもたらすかを想定しながら価値観を基盤により個別化した選択・決定を行う(図2)。
このように個別化した選択には、意思形成で明確化した価値観、意向、選好などの考慮が必要となる。価値観、意向、選好などを明確化し表出することは本人1人では困難な場合も多く、思いの切片を集積しながら、支援者が本人の言葉に耳を傾け「聴く」という行為が必要となる。人は誰かに語ることによって、気持ちや頭の中が整理でき、自分の意思がより明確になる。本人の意思が表出しやすい環境を整え、支援者との間で行われる「聴く」「語る」の丁寧なやり取りが質の高い対話となるのではないだろうか。
したがって支援者には「聴く力」が必要であるが、それはスキルの問題だけではない。大切な話は信頼している人、語りたいと思う人にしか語られないことを考えると、日ごろから信頼関係を構築している、かかりつけ医やケア提供者がACPの支援者には適任と考える。
(2)状況から生じる気がかりへの対応
しかしながら、価値観、意向、選好に照らすだけで決めることができないことがある。それぞれが置かれた状況から生じる気がかりを解消したり、軽減することが必要な場合である(図2)。例えば、自宅で生活することが本人の希望であり、それは本人の価値観に照らして妥当な選択であると思っていても、「家族の状況を考えると迷惑をかけるのではないか」という気がかりが生じていると、自宅で生活したいという意向は表出が困難になる。また、疼痛など身体症状があれば、自宅にいて症状に対応できるのかという不安や心配も生じる。
意思決定支援は、意思決定を困難にしている課題が何か、選択・決定することを阻害している状況を明らかにし、本人が選択・決定できるように支援することでもあると考えれば、価値観などを明確化し表出できるようにすることと同時に、それぞれが置かれた状況から生じる気がかりを解消または軽減することが必要である。特に日本人は、自分の決定も家族など周りとの関係性を勘案しながら決めることが多いことを考えると、気がかりを軽減するための支援の重要性は高い。これらの気がかりへの対応は、人的・環境的調整やサービス導入なども検討し、地域において多職種連携のもと対応することが必要である。
3.意思実現支援
本人の選択と決定を保証し、それを実現する段階である。表明された本人の意思を、多職種チームで生活や生き方に反映させる。本人にとって最善か、少なくとも不利益な状況が生じていないかを確認しながら支援する。本人の意思を実現する段階であるが、本人と家族や関係者の意向が異なっている場合など、合意形成が不十分で関係者の中で葛藤や衝突が生じる可能性がある。関係者の立場や価値観にも配慮しながら、本人の意思を中核においた合意形成が重要である。
地域をひとつとした情報共有
健康状態の変化によって、医療やケア、暮らしの場は変化する。急性期・亜急性期・慢性期などの病気のステージによって医療機関も異なる。その他、外来や介護施設に場が移行することもある。急性憎悪や病状進行によって、一時的に医療機関に入院しても、その後本人の意向で在宅へ移行する際には、再びかかりつけ医や在宅支援チームが支援者となる場合もある。
健康状態や置かれた状況によって、本人の意思は変化する。健康なときに地域住民同士で話し合った内容、個々の医療・ケアの選択に関する内容など、医療・ケア提供者チームとともに実践したACPを記録に残し、次の場へ移行したときには情報をつなぎ、意向の変化について確認する必要がある。情報共有をタイムリーに実施するためにも、これらACPの情報を共有するための地域ICTシステムを構築することが必要で、現在ではさまざまな地域で実装した取り組みが進められている(図3)。
地域での人材育成と実践者を支援する必要性
ACPの実践をファシリテートする支援者は、当該地域において育成することが重要である。地域の中で場を移行しながら医療やケアを受ける状況を勘案すると、人材育成も地域包括ケアシステムの中で取り組むことによって、場を超えた連携が可能となる。ACPファシリテーター養成研修会や事例検討会など、地域単位で実施することによって、顔の見える関係を構築しやすくなり、有機的な連携協働が可能となる。日ごろから情報のやり取りを行っている関係性がある地域の中でACPの実践ネットワークをつくり、本人中心の理念を共有しながら実施する文化を地域でつくっていくことができることも地域拠点で人材育成するメリットである。
また、ACPを実践・支援するファシリテーターを支援する重層的な仕組みが必要である。ACPは本人の人生の物語りを深く理解し、人に寄り添う実践である。実践する者は、本人や家族とともに悩んだり、時として葛藤を伴いながら支援する。このような実践は、支援を通した満足感や職責を担う充足感が得られる。その一方で、困難な状況を経験したり、本人・家族・医療ケアチームメンバーの合意形成の困難さから生じる心理的疲労も伴う。このような状況に置かれた支援者がバーンアウトしてしまわないように、研修会など教育機会を与えることや、自組織とともに地域全体で実践・支援者を支援する仲間としてのピアサポートやスーパービジョンなどのサポートの仕組みをつくっていくことが重要である。
文献
筆者
- 片山 陽子(かたやま ようこ)
- 香川県立保健医療大学保健医療学部看護学科教授
- 略歴
- 2003年:愛媛大学医学系研究科修士課程修了、病院看護師、訪問看護師を経て2005年:香川大学医学部看護学科助教、2007年:岡山県立大学大学院保健福祉学研究科博士後期課程修了、博士(保健学)、香川大学医学部看護学科学内講師、2009~2010年カナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学研究員、2013年:香川県立保健医療大学准教授、2016年より現職
- 専門分野
- 在宅看護学
転載元
機関誌「Aging&Health」アンケート
機関誌「Aging&Health」のよりよい誌面作りのため、ご意見・ご感想・ご要望をお聞かせください。
お手数ではございますが、是非ともご協力いただきますようお願いいたします。