「女の一生」が貧乏をつくる -老いて 女の貧乏 脱出法-
公開日:2019年4月15日 12時45分
更新日:2024年8月14日 11時48分
こちらの記事は下記より転載しました。
樋口 恵子(ひぐち けいこ)
NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長
はじめに
「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」
あのボーヴォワールの不朽の名作『第二の性』(生島遼一訳、新潮社)はこの一文で始まっている。同じ人間として生まれた女が、その後の社会的な環境の中で「女」という第二の性になるのだとしたら、現在の高齢女性の経済状況もまた、長い「女の一生」を生きる過程で形成されたものではないか。ボーヴォワールのひそみにならって、私も言わせていただこう。「女は貧乏に生まれない。女の一生を生きて貧乏に落ち込むのだ」
本稿では、まず、1.高齢女性の貧困が社会全体に与える影響について述べ、2.貧困に陥る原因を女性のライフコースに従って解説する。さらに、3.この重大な課題が社会全体に「見えにくく」(「難視化」に)なっている理由について述べる。最後に、4.高齢女性の貧困は過去の負の遺産であると同時に、現在進行形で積み立てられている事実を指摘、今後なすべき課題を概観したいと思う。
高齢女性の貧困は社会を傾ける
貧しい高齢女性(本稿ではあえて「BB=貧乏ばあさん」と呼ぶ)は、決して社会の片隅の存在ではなく、日本の現在と未来に大きな影響を与える存在である。
1.高齢になるほど女性の比率が高い
日本の高齢化は他国を圧する高スピードで進み、65歳以上人口は28.1%に達している(2018年)。この数値は今後急激に上昇。65歳以上人口は2025年(あと6年!)には30%に達する見込みで、そのときの性比は、女性100に対して男性76.6まで開く。
私たちは、ほぼ男女同数で人生をスタートした(出生時性比女性100に対して男性105)。その男女のバランスが高齢期に大きく崩れる。65歳以上総人口では女性100対男性76.7(2017年)。年代を上げるほどに性比は拡大し、加齢による困難が増大する80代以上になると、女性は男性の2倍を占める。ついでに言えば、100歳以上のうち女性は88%を占める。
2.「おひとりさま」は女性が男性の2倍
最近の高齢者世帯の中で目立つのは三世代の減少と、単独世帯、夫婦世帯などの増加である。介護保険制度スタート2000年から直近までの世帯構成をみると、単独世帯19.7%から2017年は26.4%へ、夫婦世帯は24.2%から32.5%へ大きな伸びを占めている。老いて「おひとりさま」世帯には、さまざまな社会的支援を必要とするだろう。その単独世帯の比率は、男性は8人に1人の割合で204.6万世帯、女性は5人に1人で422.8万世帯。高齢者単独世帯の67.4%(2017年)を占めるのは女性である。
3.老いて女性「おひとり」は男性より貧しい
「おひとり」世帯の経済状況を比較しておこう。少し古い数字だが、2008年に内閣府男女共同参画局は「高齢男女の自立した生活に関する調査」(座長・袖井孝子 お茶の水女子大学教授=当時)を発表している。
ここでは単身世帯を比較する。男性の単身者は年収平均180万円以上が63.2%と過半数を占め、300万円以上も29.3%と3割に近い。女性単身者は180万円以上は45.2%。年収120万円以下が男性は17.3%に対し、女性は23.7%と男性は5人に1人弱、女性は4人に1人弱の割合である。男女の差は歴然としているが、ここでは単身女性世帯の増加は、一定の自立能力があってこそ、という女性にとってプラスの側面を見落としてはなるまい。
高齢世帯の核家族化は、長期化した親子関係の中で、親と子双方が気楽さを選択した結果であろう。年金の成熟の結果を含めて、親と子それぞれの世帯が何かと自立できる収入ができたとき、老親の単独世帯、夫婦世帯が増え、子世帯の家計簿から「仕送り」という費目が縮小していった。
老いの命綱は年金
高齢者全体の家計をみると、その最たる収入源はなんといっても年金である。今、年金受給世帯は高齢者世帯の96%に及ぶ。年金を受給している世帯のうち、年金収入が全収入の100%という世帯が54.1%、80%以上が66.1.%と7割に近い。老後の貧富を決定的に左右するのは年金である。
そこでこの項では、男女の年金の差がどのようにして生じたか。女一生のライフコースに従いながらみていきたい。
年金といっても、大別して全員加入が原則の国民基礎年金(満額で現在月額65,000円程度)と、厚生年金、各種共済年金などの被用者年金がある。被用者年金の算定方法は素人にはわかりにくいが、基本的に収入(それに応じて払った保険料)と勤続期間が決定要因である。雇用者側は、本人の支払うのと同額の保険料をその従業員のために支払っている。これだけでも、この年金がどんなに"お徳用"であるかがわかるだろう。国民基礎年金には税金が投入されている。
被用者年金は、平成28(2016)年の制度改正により、短時間労働者が条件によって加入可能になったが、長い間正規労働者のみが対象であり、年金加入期間が25年という条件があり、家庭の都合で出入りの激しい女性はなかなかその期間に達し得なかった。これも平成27(2015)年改正によって「10年以上」に変わったので女性の受給者は増えている。
女性たちが被用者年金の受給資格を得たとしても、女性が男性と同様の条件で働き続けることは極めて困難であった。湯浅誠(法政大学教授、反貧困ネットワーク事務局長)の手法を借りて言うならば、女性のライフコースには、被用者年金からすべり落ちる3つの「すべり台」が待ち構えているのである(図)。
1.第1のすべり台
第1のすべり台は、妊娠・出産。1985年の男女雇用機会均等法以前には、女性の若年定年制を持つ企業は22%存在した。制度がなくてもその時代の慣習・常識は女性が男性と同じ「終身雇用」を続けることは大変困難であった。まずは結婚退職、遅くも出産退職。地方公務員で長らく勤務した女性が、母の介護となんとか両立させようとしたところ、町の有力者から「町民の模範にならない」と叱られ、退職した例を聞いている。介護保険制度を目前にした1990年代のことであった。
現在、年金受給者となる年代の人は、勤続年数が短く、低年金が当たり前。これからはどうか。若年定年制などの差別はなくなり、女性活躍推進法、育児休暇(以下:育休)取得を勧める育ボスの増加など、ここ10年の政府・企業側の変化は著しい。働く女性をめぐる職場環境は均等法でも変わりきれなかったが、ここ20年続く日本の不況の中で、国際競争裡で生きる経営者が「ダイバーシティ」の名で実践し始め、この10年ほどは大企業を中心とする女性活躍のコンテストが実施されている。
最近いくつかの大企業の実態をみる機会があったが、5年勤続では、男女差があまり変わらない企業が増えているが、10年となると、女性は男性の5割という企業が少なくない。女性が正規雇用をすべり落ちる「第1のすべり台」は、妊娠・出産であろう。行政も確かに待機児童解消に力を入れているものの、やはり需要に追いつかない。厚労省は「近頃の妊娠・出産する女性の6割は育休を取って働き続ける」という。確かに昔に比べれば大きな変化だろう。それは妊娠・出産する女性の4割がそこで退職するわけだ。もちろん「子どものそばにいたい」と望む女性がいるのも事実だろう。
2.第2のすべり台
30〜40代にかけて女性には「お子様系」のすべり台が続く。よくいわれるのが、「2人目の壁」「小1の壁」「小4の壁」。壁はすべり台と同義語である。2人目の子が上の子と同じ保育所に入れるとは限らないし、小1となると放課後の保護が問題になる。学童保育で救われたとしても、小学校3年までという地域も少なくない。
この時期、大企業に働く人びとが直面するのは「転勤」というすべり台だ。最近は夫婦の一方にも同一グループ企業に転勤先を世話する例が出てきている。
母子世帯が増えるのもこの世代である。現在、母子世帯(母と満20歳未満の未婚の子)は125万世帯と子育て世帯の6.8%を占め、離別世帯が全体の80%を占める。夫が被用者で死別の場合は遺族年金が支給されるが、離別の場合、年金分割制度が2008年に新設されたものの、金額は決して多くないし、子どもの養育費に関する取り決めを結んでいる例は42.9%に過ぎない。長期的にみて母子世帯と一般世帯の経済的格差が拡大していることは注目に値する。1980年、一般世帯の収入に対する母子世帯収入は50%を超えていたが、直近の2016年は49.2%に低下している。
3.第3のすべり台──40代~50代 介護離職適齢期
子育て、転勤を乗り越えてきた女性が直面するのが介護というすべり台。親が突然倒れる。最近(2017年)は育児・介護休業法が改正され、介護休業の分割取得が可能になったり、育児並みに短時間勤務が可能になった。政府は「ニッポン一億総活躍プラン」の「三本の矢」の中に、「介護離職ゼロ作戦」を掲げている。介護世代が少子化の当事者となったせいもあって、このところ家族介護者の性比は男性化が進み、2015年には30%を超えた。かつては「嫁」という続柄が第1位だったが、最近では血縁の「子」が上回り、「息子介護の時代」ともいわれる。管理職年代の男性社員が介護離職の危機に直面するとあって、政府も企業もこのところ介護離職防止対策に乗り出した。
とはいえ政府統計による介護離職者の比率はずっと女性が8割以上を占めて変わらない。男性は家庭の事情を職場に打ち明けにくい「かくれケアラー」がいると推定されるが、年間10万人以上を占める介護離職者の圧倒的多数は女性である。
4.第4のすべり台──老いて就労率の男女差
女性は生涯を通して家族のケア担当者として職場から引き戻され、自分の老後の年金や貯蓄を積み立てる機会を奪われた。それを補うひとつの方法は、平均寿命の長さを利用して、高齢期の女性就労機会をより長く提供することであろう。
65歳以降の男女の就労率の違いは、65~69歳で女性34.8%(男性55.4%)、70~74歳女性21.5%(男性35.4%)と大きな格差がある。
未来に続くBB問題
現在の日本のBB問題は、過去の遺産であると同時に、未来に続く問題である。男女別公的年金被保険者数(2016年度)によれば、被用者年金である厚生年金被保険者は、男性2,398万人に対して女性1,424万人。国民年金第3号としての被保険者が878万人。それでは、これからは「女性活躍」の呼び声のもと、正規に就労する女性が増え、管理職に昇進する女性も増えて、男女格差は縮小するのだろうか。もちろん該当する女性は今より増えるだろう。
一方で、現在の高齢女性の貧困が見えにくい理由を考えてみると、何よりもサラリーマンの妻(無職または低所得者)に適用される国民年金第3号被保険者がかなりの人数(現在878万人)を占めていることを忘れてはなるまい。
多くの高齢女性の急激な貧困化の防波堤となってきたのは、この「第3号」であった。働き続けた女性に比べ不公平な点もあるが、何はともあれ夫の被用者年金の4分の3という遺族年金が長い女の老後を支えてきた。その夫の傘の下に入らない女性、非婚者が現在の60歳前後を境目に急増する。
前田正子(甲南女子大学教授、元横浜市副市長)が指摘するように、未婚、非正規、無職のまま親の家に寄食する中年女性が増え続けているからだ(『大卒無業女性の憂鬱』新泉社)。特に関西に顕著であり、親が比較的恵まれた所得がある(あった)四大卒家庭に目立つ。昔から教育を卒えた(おえた)娘が「家事手伝い」「家事見習い」の名目で、結婚前のひとときを過ごした根強い伝統の現れではないかという。
その娘たちの婚姻率が低下し、非婚、非職のまま老いようとしている。年金は当然、国民基礎年金のみか、それさえも納入が滞っているかもしれない。老後に現在は約40万人といわれる「無年金者」の仲間入りをする危険性が高い「中流女性」が少なくないことを前田は警告している。
今、世界随一といわれた日本の婚姻率は急激に低下し、50歳通過時男性23.4%、女性14.1%の非婚率が今後も上昇の見込みである。そして、被用者である男性の年金によってカバーされていた第3号被保険者の女性は目に見えて減少するだろう。夫の被扶養者としての妻がいる世帯を「標準世帯」とした状況は崩れ、一方で広範な働く女性が「非正規60%」の渦の中に巻き込まれている。老いてBB時代は、むしろこれからが正念場である。
高齢女性の健康と就労経験
もうひとつ気がかりな点は高齢女性の健康問題である。近年、厚労省が心身能力の衰退する時期をフレイル期と名づけ、その予防に乗り出している。平均寿命だけでなく、自立して活動できる健康寿命を発表しているが、直近の数字(2016年)では、男性平均寿命80.98年、健康寿命72.14年に対して、女性はそれぞれ87.14年、74.79年。平均寿命と健康寿命の差は男性8.84年に対して女性12.35年。絶対値で3.5年も女性のほうがその差が大きい。その原因の大半は、おそらく性差に基づく生理的身体的なものであろう。ぜひ解明して、女性の健康寿命の延伸に寄与してほしい。
と同時に高齢期の男女の社会生活の違いに目を転じると、大きな違いは就労率と就労期間である。70代前半の男性は34.2%が働いているのに女性は20.9%。その頃になると夫を失い、働く必要に迫られる女性も多いはずだ。シルバー人材センターなどの中で地域の適職を開発し、高齢女性の就労を進めてほしい。少し前には、食生活を中心とする男性の家事能力の低さが男性高齢者の不自由や不健康につながる、といわれた。今40歳以下の男性は家庭科男女共修世代であり、父親の育児参加がそれ以前とは歴然と違う、という研究もある。時代環境は激変し、ひとりの食卓づくりに悩んだ昔の男性と違って、いまやスーパー、コンビニはおひとりさま目当ての惣菜が目移りするほど積まれている。こうなれば、いくらかでも年金の高い男性のほうが健康保持に有利となる。
社会参加の最もまっとうな道筋である就労、それは社会的人間関係を形成する最も普遍的な社会参加の道であり、そこにおいて職業的能力を高め世に貢献する道であり、報酬を得て経済的に自立し税金を払う資金をつくる。経済的にわが家だけでなく他者を支える。
だから憲法第二十七条はいう。
すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
すべて国民の中に「高齢女性」も入れて考えようと、繰り返し述べて終わろう。
おわりに
問題の解決に向けての提言をまとめて稿を閉じたい。
1.ワーク・ライフ・ケア バランス社会の創造
ワーク・ライフ・バランスは政策に取り入れられているが、人間の生活、人生の主たる要素としてはこれでは十分ではない。社会の三大要素として、ワーク、ライフ、そして基本的にすべての人が担うべきものとしての「ケア」を可視化し分担し、人びとが支え合いながら担う仕組みを進め、視界から消去されやすい女性が私的に担うケア労働を明確に位置づけることである。
2.統計はジェンダーに配慮を
高齢女性の貧困が可視化しにくい理由のひとつに、統計における性別の不明確化がある。現状を知り、行政が適切な政策を立てるために、個人もまた自分の置かれた位置を明確に把握し、人生の設計に取り組むために、公的統計は重要な資料となり、国民全体の財産である。年金・労働の実態をジェンダーに敏感な、見やすくて正確なものにしてほしい。
3.人生100年、再学習奨励、働き方改革は家庭が本命
人生100年、労働期間は仮に70年前後とすると、この期間、人生初期の20年ほどで得た知識技術で乗り切れるはずはない。生活的に雇用を中断しやすい女性をひとつの標準として、再就職のための常設の職業教育機関を公的に設置し、ハローワークなどと結んでほしい。大学・保育所の無償化も大切だが、人口構成からみても高齢世代の能力開発にも力を注いでほしい。
再スタートへの支援、いやでも高齢期には他者の支援を必要とする近未来に向けて、高齢者がどれだけ時代に対応した自立能力を身につけ、支えられ上手な人間として老いを生きるか。その鍵を握るのは、日本により多く存在するBBから女性たちが脱出する道筋をつくることである。
筆者
- 樋口 恵子(ひぐち けいこ)
- NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長
- 略歴:
- 1956年東京大学文学部美学美術史学科卒業・同大学新聞研究所本科修了、時事通信社・学習研究社・キヤノンを経て、評論活動に入る。東京家政大学教授(2003年3月まで)。内閣府男女共同参画会議民間議員、厚生労働省社会保障審議会委員、社会保障国民会議構成員、消費者庁参与などを歴任。東京家政大学女性未来研究所長・同大学名誉教授、高齢社会NGO連携協議会共同代表、日本社会事業大学名誉博士
- 専門分野:
- ジェンダー論、高齢社会論、家族関係学
転載元
機関誌「Aging&Health」アンケート
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