性差医療 男女の更年期障害
公開日:2019年4月15日 12時55分
更新日:2024年8月14日 11時46分
こちらの記事は下記より転載しました。
天野 惠子(あまの けいこ)
一般財団法人野中東晧会 静風荘病院顧問
はじめに
1.性差医療とは
近年、Gender-specific Medicine(GSM:性差に基づく医療)が注目されている。GSMとは男女比が圧倒的にどちらかに傾いている病態、発症率はほぼ同じでも、男女間で臨床的に差をみるもの、いまだ生理的・生物学的解明が男性または女性で遅れている病態、社会的な男女の地位と健康の関連などに関する研究を進め、その結果を疾病の診断、治療法、予防措置へ反映することを目的とした医療改革である。
米国では、1977年にFDA(アメリカ食品医薬品局)が出した「妊娠の可能性のある女性を薬の治験に参加させないこと」という通達以降、多くの生理医学的研究が男性のみを対象として行われた。その結果、女性におけるエビデンスに欠けていたとして、1990年初頭より女性の医療(Women's Health)に関する改革が政府主導で強力に行われ、インフラ整備、研究、教育、啓発が推進され、目覚しい成果を上げた。また、女性の健康・医療に関するエビデンスの構築の過程で、細胞、組織単位での構造ならびに機能において、すでに性差が存在することが明らかとなり、Gender-based Biologyという科学分野が誕生した1)。
2.健診データにみる性差
千葉県では、2002年から2006年にかけて、千葉県内の市町村の協力を得て、基本健診データの収集と解析を行った。5年間のデータ数は22市町村366,862件(男性111,877件、女性254,985件)であった2)。
男女の年齢階級別・年度別の比較グラフからは、各検査の平均値が年齢と性差で大きく異なっていた。
- BMI、収縮期圧、中性脂肪、GPTについては、35~64歳の間は女性の平均値は男性に比し極めて低く、65歳以上では男女がほぼ同等の平均値となる。血圧は男女とも、加齢に伴い上昇するが、女性の上昇率が閉経後大きくなり、男性の平均値に追いつく。一方、BMI、中性脂肪、GPTについては、女性では閉経とともに徐々に上昇し、男性では50歳から徐々に低下し、65歳以上では男女がほぼ同等の平均値となる。代表例として中性脂肪のグラフを示す(図1)。
- HDLコレステロール、クレアチニンは、終始女性の平均値が高い。代表例としてHDLコレステロールのグラフを示す(図2)。
- 総コレステロールは、女性において、閉経年齢(50.5歳)前後から急速に上昇し、その後常に男性を凌駕している(図3)。
2008年にメタボ健診が始まり、生活習慣病の発症リスクの高さに応じて「動機付け支援」「積極的支援」の2グループに分け、保健師や管理栄養士らによる食事や運動指導の強化がされたが、残念ながらメタボリックシンドロームの診断基準には、性差と年齢差が勘案されていない。年齢・性差による変動を勘案していない保健指導は、時には若年者に甘く、高齢者には厳しくなる。その結果、若年者の異常を見落とし、高齢者では従来基準に従って無理な生活指導や治療が行われ、QOLを低下させている可能性がある。
脂質異常症については、近年は性差を考慮した治療ガイドラインが日本動脈硬化学会より提案されている3)。
健診成績からみても、男女とも50歳頃から生理的データに変化がみられ、その背景には性ホルモンが大きく関与していると考えられている。
女性の更年期障害
女性の加齢は、閉経とともに加速する。卵巣は30代半ばから老化を始め、排卵は徐々に不規則になる。卵巣のホルモン分泌バランスが崩れ、やがて排卵も起こらなくなり、月経が停止する。1年以上無月経で、血中エストラジオール(E2)濃度が10pg/㎖以下、卵胞刺激ホルモン(FSH)が常に30mIU/㎖以上を示す場合、閉経と診断される。平均的閉経年齢は50~51歳であるが、個人差がある。
更年期とは、性的な成熟状態(妊娠可能な状態)から卵巣機能が衰え始め、完全に消失する(望んでも妊娠することがない状態)までの期間を指し、一般的には閉経の前後にあたる閉経前、閉経期、閉経後の45~55歳の期間を指す。この期間、性腺機能の変化が、脳、殊に視床下部の神経活動に変化をもたらし、その結果、更年期には、身体的、精神的に多種多様な症状(更年期症状)が生じるが、更年期症状が日常生活に支障を来たす時、更年期障害という。
更年期障害には、この年齢層が抱える子どもの進学・独立、親の介護、夫の定年退職などの生活環境や社会環境の変化も複雑に絡み合っている。
更年期症状は一定の時期を過ぎると鎮静化する。エストロゲンはエストロゲン受容体(ER)と結合して効果を発現するが、ERにはαとβの2種類があり、組織分布も異なり、それぞれ異なった機能を有していることが示されている。ER-αは乳腺・子宮などの女性の生殖に関わる臓器に主として分布するのに対し、ER-βは男女を問わず骨、脳、肝臓、前立腺、血管壁、肺、甲状腺、膀胱、関節包・腱鞘(けんしょう)・靭帯などの滑膜などに存在し、より広範な生理的意義を有している。
閉経から10~15年後には、骨粗鬆症による骨折や心筋梗塞・脳卒中などの心血管疾患の発症が多くなる。これらの疾患群は無症状の中に進行するため閉経時期からのスクリーニング、予防のための健康管理が重要である。
更年期以降に認められるエストロゲン欠乏症状について概説する。
1.月経異常
更年期に入ってまず起こってくる症状は月経異常である。更年期には卵胞数が減少し、インヒビンの分泌が低くなり、結果として卵胞刺激ホルモン(FSH)が上昇する。この上昇したFSHの作用により卵胞の発育が促進され、黄体期の短縮、月経周期の短縮をみる。卵胞数がさらに減少すると、FSHはさらに上がる。しかし、卵胞の反応は衰え、発育が中途で止まり、機能性出血を来たすようになり(更年期出血)、不規則な出血が断続的に起こる。やがて稀発月経となり、最後の月経から1年間月経が起こらないと閉経と診断される。
2.自律神経失調症
もっとも典型的な症状は、血管運動神経系症状ののぼせ、ほてり、発汗、冷え、動悸、血圧の不安定な動きである。ふわふわしためまいや回転性めまい、立ちくらみ様のめまい、耳鳴りなども多い。消化器は自律神経によってコントロールされているため、やはり更年期の影響を受ける。便秘や下痢、膨満感、吐き気などが代表的な症状である。また、過食の傾向が出てくる場合と、反対にまったく食欲がなくなる場合がみられる。
3.精神神経系症状
エストロゲンは、記憶細胞を保護する作用を持っているが、閉経後は記憶の神経細胞の死を抑えることができなくなり、記名力の低下、思考力の低下が始まる。頭痛、だるさ、不眠、不安、憂鬱、いらいら、これらの症状は、エストロゲンの欠乏のみでなく、個人の性格、身体的老化、他疾患の合併、社会的環境などにより大きく修飾される。内科的検診、精神神経科的検診を行うほか、家庭環境など背景因子を十分に聞き出すことが大切である。
4.皮膚・感覚器系症状
エストロゲンは皮膚の老化を抑え、表皮細胞の増殖を促し、それにより傷の治りを早める方向に働く。また、日光に含まれる紫外線や、種々の酸化ストレスによって表皮細胞が自然死することを、ある程度抑える。閉経後は、皮膚は乾燥しやすくなり、緊張の低下、弾性や柔軟性の喪失がみられ、たるみ、しわ、しみなどが増え、皮膚過敏が生じ、透明感が失われる。白内障も進行する。
5.泌尿生殖器系症状
閉経後、性欲の低下とともに内外性器と下部尿路にエストロゲン欠乏症状現れる。外陰部の皮膚が乾燥することによるかゆみ、膣の粘膜の菲薄化(ひはくか)や分泌物の減少による老人性膣炎それに伴う帯下の増加、性交痛など。さらに長期のエストロゲンの欠乏は、尿道括約筋(かつやくきん)や骨盤底筋の緩みによる尿失禁を引き起こす。
6.運動器系症状
エストロゲンの欠乏により、全身の筋肉のたるみが生じ、筋力が低下する。そのため背筋がしゃんとしない、足がだるい、腰痛があるなどの症状と運動機能の低下がもたらされる。肩こり、関節痛も多い。手のこわばり、むくみ、しびれなどの訴えも多い。女性ホルモンのエストロゲンは、首まわりの筋肉を弛緩させにくくしているが、女性が高齢になりエストロゲンが減ると、首まわりが弛緩し睡眠時無呼吸の頻度が上昇する。また、エストロゲンは破骨細胞が骨を分解する速度を調整して骨量を維持しているが、エストロゲンの欠乏は、骨の吸収を促進し、破骨と形成のバランスが崩れる結果、骨粗鬆症をもたらす。
7.心血管疾患
エストロゲンには血管拡張作用、抗酸化作用、脂質代謝の是正など多岐にわたる抗動脈硬化作用がある。エストロゲンの欠乏は、コレステロールの上昇や、血圧の上昇、食後高血糖をもたらし、血管内皮の損傷などを介して動脈硬化を発生しやすくする。その結果、閉経後、動脈硬化の進展は急速に進み、男性から約10年の遅れを持って女性でも心筋梗塞・脳卒中の発症率が増加する。更年期前後には、心筋内の細小動脈の攣縮(れんしゅく)による「微小血管狭心症」がよくみられる4)。
8.内分泌疾患
エストロゲンは、インスリン抵抗性を改善してインスリンを効きやすくし、インスリン分泌にも促進的に作用するホルモンである。閉経後はインスリンの働きが低下するため、じわじわと高血糖が進む。また、エストロゲン欠乏はLDLコレステロールの肝臓への取り込みを低下させ、血中コレステロールが増加する。代謝の低下は肥満をもたらす。その結果、閉経以降は女性のメタボリックシンドローム化が加速される。
治療については、更年期症状についてよく説明をし、納得をしていただいたうえで、生活習慣に関してのアドバイス、精神的症状に対してのカウンセリングを行い、漢方薬・鍼灸・気功などの東洋医学、湯治の勧め、和温療法、女性ホルモン補充療法(HRT)、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬などを積極的に用い、不快な症状の軽減をめざす。
HRTについては、米国における閉経後女性のQOLに関する大規模前向き臨床試験(Women's Health InitiativeClinical Trial and Observational Study:WHI)において、1.大腿骨頸部骨折、大腸がんに対する減少効果は認めたものの、虚血性心疾患、脳卒中への予防効果が認められず、塞栓症、乳がんの発症増加が認められた、2.サブ解析からは、痴呆の発症率もHRT群で高かったとの結果が発表され、現時点でのHRTの適応は閉経前後の急性期障害に限られている。
男性の更年期障害
男性ホルモン(テストステロン)は、10代前半から急激に増え始め、20歳頃をピークに年齢とともに緩やかなカーブを描いて減少する5)。日本でも十数年前から「全身の疲労感や意欲の減退、ED(勃起障害)など、これまで、"年齢のせい"と片付けられてきた中高年男性に特有の心身の悩みが、加齢に伴う男性ホルモン(テストステロン)の低下によって引き起こされること」が明らかとなり、「加齢男性性腺機能低下症候群:LOH症候群(late-onset hypogonadism)」6)ないしは男性更年期障害と呼ばれている。
男性ホルモンは第二次性徴を促す物質として知られているが、筋肉や骨の形成、造血機能、性機能の維持、脂質・糖質代謝など、全身のさまざまな生理的な活性を促す働きを担っている。また、脳の認知機能、心理機能にも関わっている。ところが何らかの原因でテストステロンが急激に減少すると、身体はバランスを崩し、さまざまな不調を来たす。テストステロンを減少させる要因はいくつかあり、その代表的なものは加齢とストレスである。テストステロンは大脳の視床下部からの指令により主に精巣で産生されるが、心理的ストレスを長く受け続けていると、交感神経優位の状態となり、大脳からテストステロン産生に抑制がかかると考えられている。男性更年期障害は、メタボリックシンドローム、心筋梗塞、脳梗塞やがんなどの生活習慣病のリスクを高める。
LOH症候群を発症する時期は個人差が大きく、男性ホルモンの低下が始まる40歳以降は、どの年代でも起こる可能性がある。発症のピーク年齢は50~60代である。70~80代で症状を訴える男性もいる。血液検査は、テストステロンが起床時から午前11時までがピークとなるので、採血は午前中に行う。LOH症候群診療ガイドラインでは、遊離テストステロンが8.5~11.8pg/㎖はボーダーライン、8.5pg/㎖未満の場合は明らかに低いとしている。
主な症状を下記に記す。
1.身体症状
冷え、動悸、発汗、ほてり、頭痛、記憶・集中力の低下、全身の倦怠感、筋肉痛、肥満、めまい、耳鳴り、頻尿、関節痛など。
2.精神・心理症状
興味や意欲の喪失、睡眠障害、不安、憂鬱、いらいら、情緒不安定、神経過敏など。
3.性的徴候
性欲低下、勃起障害(ED)、射精感の消失など。
特に男性の場合、勃起障害(ED)の心理的影響が大きく、性機能の衰えが男性の自信を失わせ、気分の落ち込みやうつに拍車をかけている。
治療については、堀江重郎(順天堂大学教授)らは、男性ホルモンの低下を防ぐには、生活習慣の見直しを行い、男性ホルモンの分泌を高めることが必要と述べ、次の4点をあげている5)。
- 競い合う
- ゴルフ、テニス、囲碁などで仲間と競い合う
- 運動
- 運動で大きな筋肉に刺激を与える
- 睡眠
- 男性ホルモンは睡眠中に分泌されるため、熟睡する
- ストレスを溜めない
- 精巣における男性ホルモン産生能力を低下させないため
医学的治療としては、男性ホルモンの値がそれほど低くない場合や症状が軽い場合は、漢方薬(代表薬は補中益気湯)、抗うつ薬、抗不安薬、ED治療薬などが使われる。男性ホルモンの値が著しく低下している場合、症状が重い場合には、男性ホルモン補充療法が試みられる。
ホルモン補充療法については、男性ホルモンが前立腺がんを進行させる可能性があるため、前立腺がんの患者は禁忌。肝臓に負担がかかるため、肝臓病がある人も禁忌。副作用として、男性ホルモンには血液を造る造血作用があるため、投与量が多くなると、血液の濃度が上がって多血症を起こし、場合によっては、脳梗塞を起こす危険性がある。
受診科は一般的には泌尿器科になるが、男性更年期障害専門外来やメンズヘルス外来などはより望ましい。
参考文献
- 天野惠子. 性差医学-総論. Thrombosis and Circulation. 23(4):234-238, 2015
- 天野惠子. 性差から見た健診の問題点. Health Evaluation and Promotion 40(6):613-622, 2013
- 日本動脈硬化学会編集. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2017版.日本動脈硬化学会, 2017
- 天野惠子. 閉経と微小血管狭心症. 臨床検査 62(8):918-924,2018
筆者
- 天野 惠子(あまの けいこ)
- 一般財団法人野中東晧会 静風荘病院顧問
- 略歴:
- 1967年:東京大学医学部卒業、1969年:内科レジデント(New York Infirmary)、1983年:東京大学医学部第二内科助手、1988年:東京大学保健センター講師、1994年:東京水産大学保健管理センター教授、2002年:千葉県衛生研究所所長兼千葉県立東金病院副院長、2009年より現職
- 専門分野:
- 循環器内科、性差医療。医学博士
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