フレイルと運動
公開日:2021年10月29日 10時00分
更新日:2023年7月14日 10時28分
高齢者の運動実施状況
「健康づくりのための身体活動基準2013」では、体力(全身持久力・筋力)の向上や運動器の機能向上のためには、最低限「30分以上の運動を週2日以上」行うことが必要1)とあります。
運動習慣が週2日以上の高齢者
令和元年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」によると、60歳以上の方の週2日以上のスポーツ実施率は60代では48.9%(男性47.5%、女性50.1%)、70代では62.8%(男性63.8%、女性62.2%)です。高齢になるほど運動頻度は高くなる傾向があり、60代では約半数、70代では60%強の高齢者が週2日以上の運動習慣を持っています2)(表1、グラフ1)。
全体 | 10代 | 20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60代 | 70代 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
週に5日以上 | 12.8 | 11.6 | 8.4 | 7.7 | 9.4 | 11.1 | 16.9 | 22.6 |
週に3日以上 | 14.2 | 13.9 | 10.5 | 9.8 | 11.2 | 12.7 | 17.3 | 23.5 |
週に2日以上 | 12.7 | 11.8 | 11.1 | 12.0 | 10.1 | 12.1 | 14.7 | 16.7 |
週に1日以上 | 13.8 | 14.9 | 15.7 | 16.2 | 14.6 | 12.9 | 13.2 | 10.5 |
月に1~3日 | 14.5 | 17.1 | 20.9 | 19.8 | 15.6 | 14.4 | 10.7 | 7.0 |
月に1日未満・運動はしたが頻度はわからない | 11.5 | 16.7 | 17.5 | 14.8 | 14.4 | 10.9 | 7.0 | 5.2 |
この1年間に運動・スポーツはしなかった・わからない | 20.4 | 13.9 | 15.9 | 19.9 | 24.8 | 26.0 | 20.3 | 14.5 |
週に2日以上(合計) | 39.7 | 37.3 | 30.0 | 29.5 | 30.7 | 35.9 | 48.9 | 62.8 |
週に3日以上(合計) | 46.4 | 47.7 | 54.3 | 54.5 | 54.8 | 51.3 | 38.0 | 26.7 |
60代より70代で週2日以上運動している高齢者が多い傾向は例年同様であり、「運動の実施が増加した理由」をみると60代では「仕事が忙しくなくなったから」、70代では「健康になったから」という理由が最も多くなっています2)(表2)。
60代 | 70代 | |
---|---|---|
仕事が忙しくなくなったから | 30.7 | 20.6 |
運動・スポーツが好きになったから | 19.6 | 19.7 |
健康になったから | 21.4 | 26.9 |
仲間ができたから | 18.1 | 21.6 |
場所や施設ができたから | 15.9 | 18.4 |
家事・育児が忙しくなくなったから | 11.8 | 8.5 |
お金に余裕ができたから | 8.5 | 5.6 |
指導者がいるようになったから | 4.6 | 9.2 |
その他 | 12.0 | 16.0 |
特に理由はない | 18.7 | 18.9 |
わからない | 0.7 | ― |
60代より70代で運動頻度が高い高齢者が多い理由を考察すると、仕事を定年退職してフリーの時間ができることが運動習慣を持つひとつのきっかけとなり、運動習慣を持つことで健康増進効果を実感し、健康のために運動を継続するという目的へと変化していくことが考えられます。
運動頻度の少ない高齢者の割合と実施阻害要因
運動頻度が少ない高齢者は若い頃から運動が苦手な人が多い
運動習慣が月に3日以下の高齢者の割合は60代では38.0%(男性38.6%、女性37.2%)、70代では26.7%(男性25.6%、女性27.5%)です(表1、グラフ1)。
週に1回以上の運動を実施しない、または直近1年に運動をしなかった理由は、60代では「面倒くさいから(36.3%)」、70代では「年をとったから(44.5%)」が最も多く(表3参照)、運動が嫌いな理由は「苦手だから,60代(72.8%)、70代(68.0%)」、「疲れるから,60代(48.6%)、70代(31.5%)」が最も多い回答となっています(表4)。
60代 | 70代 | |
---|---|---|
仕事や家事が忙しいから | 32.1 | 18.3 |
面倒くさいから | 36.3 | 29.5 |
お金に余裕がないから | 16.0 | 10.7 |
年をとったから | 33.6 | 44.5 |
運動・スポーツが嫌いだから | 17.1 | 19.5 |
仲間がいないから | 11.7 | 9.0 |
場所や施設がないから | 8.4 | 7.2 |
子供に手がかかるから | 0.5 | 0.4 |
生活や仕事で身体を動かしているから | 13.9 | 15.3 |
病気やケガでをしているから | 13.4 | 19.6 |
運動・スポーツ以上に大切なことがあるから | 6.0 | 4.4 |
指導者がいないから | 2.5 | 2.1 |
その他 | 2.7 | 4.6 |
とくに理由はない | 17.2 | 16.4 |
わからない | 2.9 | 2.8 |
60代 | 70代 | |
---|---|---|
苦手だから | 72.8 | 68.0 |
疲れるから | 48.6 | 31.5 |
時間を取られるから | 33.5 | 23.0 |
お金がかかるから | 13.6 | 10.1 |
人に見られたくないから | 12.1 | 6.2 |
汗や土で体や衣服が汚れるから | 8.6 | 7.9 |
怪我をする恐れがあるから | 10.1 | 8.4 |
実施する意味・価値を感じないから | 6.6 | 5.1 |
学校の体育等の影響 | 5.8 | 4.5 |
恰好悪いから | 3.1 | 2.2 |
青年期に所属した運動部活動・民間クラブの影響 | 0.8 | 0.6 |
その他 | 2.7 | 3.4 |
とくに理由はない | 9.3 | 13.5 |
わからない | ― | 1.1 |
運動習慣のない人は若い頃から運動に対しての苦手意識から運動の機会が少なく、運動の達成感や充実感、効果を感じる経験がなかった人が多いと思われます。そのため運動に対しての興味やモチベーションが低く、運動習慣を持たないことで体力や気力の低下が起こり、運動実施への意欲が低くなっていることが推測されます。
高齢者は若年者に比べて一緒に運動を楽しむ仲間づくりのきっかけが少ない
運動を「初めて実施した・再開したきっかけ」を年代別にみると、若年層(10代、20代)では「友人・知人・同僚に誘われた・奨められた」割合が多いのに対し、高齢者層(60代、70代)では「医師に奨められた」割合が多くなっています。
若年層に比べて高齢者層で「友人・知人・同僚に誘われた・奨められた」割合が低い理由としては「周りに運動やスポーツをしている友人・知人がいない」「運動やスポーツをしている友人・知人との交流がない」ことが考えられます。若年層は学校や職場などのコミュニティに所属している人が多いため、必然的に他者と交流する機会は多くなりますが、高齢者層では自ら積極的に地域コミュニティなどへ参加しなければ孤立しやすくなります。
高齢者層で「医師に奨められた」割合が多いのは「運動をした方が良い心身の状態」であることが考えられます。医者から奨められる前に、健康維持のため、趣味を楽しむため、仲間とのコミュニケーションの場としてなど、運動に自分なりの価値を見出して運動習慣を身につけましょう。
若い時からの運動習慣や、一緒に運動を楽しむ仲間を持っておくことが高齢になっても運動の継続につながります。しかし、そのような習慣がなく特定の運動仲間がいない人もいるでしょう。これから運動を始めるという場合は、地域の公民館や体育館などで実施している体操教室などを覗いてみるのもよいでしょう。近所の人が集まっているのでコミュニティを築きやすく、仲間の輪も広がりやすいです。家から通いやすい場所であることも運動を継続するためには大切な要素です。
運動不足が及ぼす影響
運動不足は生活習慣病の発症や死亡リスクを高め、心身機能・社会性・栄養の低下からフレイルを進行させます。
生活習慣病
運動不足は虚血性心疾患、脳梗塞、乳がん、結腸がん、糖尿病などを引き起こします。運動不足は52,200人の死亡と関連があり、そのうち75%は70歳以上が占めており、死亡の原因の内訳として最も多いのは虚血性心疾患(42,200人)、次にがん(9,300人)、糖尿病(700人)となっています3)。このように、運動不足は生活習慣病を引き起こすだけでなく死亡リスクともなります。
フレイル
病気や障害などによる健康の喪失、配偶者や友人など親しい人々との死別による喪失などをきっかけとして、社会とのつながりを失うと、生活範囲やこころの健康、口腔機能、栄養状態、身体機能までもが低下をきたし、ドミノ倒しのようにフレイルが進行、重症化していきます。
フレイル予防には、「運動」「栄養・口腔機能」「社会参加・こころの健康」の3つをバランスよく実践することが大切で、フレイルと運動との関連は極めて強く、早期からの予防が求められます。
運動不足は、体力の低下・持久力の低下、筋力の低下を引き起こすだけではなく、上記の「運動を実施しない理由」にもあったように「動くのは面倒」「動くと疲れる」など、動くことがだんだん億劫となり、外出機会が減って生活が不活発へとつながります4)。
身体活動量が低下すると食欲が減退して食事量が低下し、慢性的な低栄養状態となります。筋肉をつくるたんぱく質の摂取が不足し、筋肉を使う機会が減ることによって筋肉量が減少するとサルコペニアを発症します。サルコペニアになると筋肉量の多い下肢筋力が低下し、歩行能力の低下や身体機能の低下につながります。
サルコペニアによって歩行能力や身体機能が低下し、フレイルの状態になると、生活機能の低下が進み、要介護状態へと悪化していきます。
「動く機会が減る」→「食べる量が少なくなる」→「栄養不良の状態となる」→「サルコペニア」→「筋力低下」→「身体機能低下」→「動く機会の減少」と、フレイルが進む悪循環へ陥ります(リンク1)。
誰でもできる簡単な運動
無理なく全身を動かすことのできるウォーキングやアクアエクササイズなどの有酸素運動と個人のレベルに合わせて負荷を調節できる筋力トレーニングが健康維持・増進のための高齢者の運動として適しています。個人で取り組むことのできる運動5種と参加型教室について紹介します。
ウォーキング
60代、70代の高齢者が最も多く実施している運動は「ウォーキング」です。「この1年間に初めて行った・再開した運動」「今後行ってみたい運動」としても最も割合が多く2)、気軽に始められる有酸素運動として人気の高い運動です(リンク2)。
レジスタンス運動
レジスタンス運動と聞くとマシンを使った筋力トレーニングという印象が強いですが、家の中のわずかなスペースでも取り組むことができます。レジスタンス運動は筋力向上が期待でき、フレイルの要因となるサルコペニアの予防として欠かせない運動です(リンク3)。
アクアエクササイズ
泳げなくても水中歩行や水中でのエクササイズなど、水の中で気軽に取り組むことのできる運動はたくさんあります。陸上での運動に比べて少ない負荷で実施できるため、肥満や関節痛のある場合に適しています。水の抵抗によって効率よく運動を行うことができ、心肺機能の向上やリラックス効果も得られます(リンク4)。
チューブトレーニング
ゴムの強度によって体力や筋力レベルに合わせた負荷で行えるトレーニングです。ゴムの伸張性を利用して筋力増強だけでなく、関節可動域の拡大や柔軟性の向上も促せます。座った姿勢や寝た姿勢でも行え、立位がとれない人でも取り組めます(リンク5)。
インターバル速歩
速歩きとゆっくり歩きを交互に繰り返すウォーキング法で、普通にウォーキングするだけでは効果の得られない筋力・持久力の向上が望めます。週4日以上、1日の速歩の合計が15分になるように取り組めばよいので、仕事などで運動の時間がとりにくい人でも移動時間を有効に使って運動を継続することができます(リンク6)。
参加型教室の実施
各自治体やスポーツ施設が高齢者向けの体操・スポーツ教室を地域の体育館や公民館などで実施しています。自治体やスポーツ施設のホームページで、対象、目的、実際の体操の様子などの情報が掲載されているため、自分のレベルに合った運動であるかを事前に確認することも可能です(リンク7)。
参加型の運動教室は外出機会や他者とのコミュニケーション機会をつくることができます。仲間と楽しく運動に取り組むことは運動を継続するモチベーションにもなります。社会参加を行うことがフレイル予防にもなるので、積極的に参加型教室も利用してみましょう。
文献
- 飯島勝矢.在宅時代の落とし穴 今日からできるフレイル対策 初版, KADOKAWA;2020年8月20日.8-9P
フレイルとは何?サルコペニアとは何?
フレイルとサルコペニアの概要、原因、評価方法、予防方法などについて国立長寿医療研究センター理事長 荒井 秀典 先生に解説いただきました。本動画は第32回日本老年学会総会「成熟社会への課題~高齢者は幸せになったか~」の市民公開講座にて公開された動画です。
長寿科学研究業績集「フレイル予防・対策:基礎研究から臨床、そして地域へ」について
長寿科学研究業績集は学術的研究成果の中で、社会のニーズにあったテーマを医療等従事者向けに編集した研究マニュアルです。各関係機関に活用いただくことで研究成果の普及啓発を図かっております。
令和2年度長寿科学研究業績集は「フレイル予防・対策:基礎研究から臨床、そして地域へ」(令和3年3月発刊)と題し、著名な先生方にご解説いただきました。
公益財団法人長寿科学振興財団のホームページで長寿科学研究業績集をご覧いただけます。