男性の性腺機能低下症(LOH症候群)
公開日:2020年10月30日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時12分
こちらの記事は下記より転載しました。
松下 一仁(まつした かずひと)
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学准教授
堀江 重郎(ほりえ しげお)
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授
男性更年期障害の現状
わが国は超高齢社会を迎え、中高年男性のQOLをいかに維持するかについて問われている。内分泌臓器の老化に伴い多くのホルモン濃度が加齢とともに低下し、ホルモン受容体の発現低下や受容体シグナルの減弱も認められる。女性の加齢に伴う女性ホルモン(エストロゲン)の低下、およびそれに起因する更年期障害はよく知られている。一方、加齢に伴う男性ホルモン(アンドロゲン)の低下もさまざまな疾患、病態を引き起こすことがわかってきており、男性にも更年期症状が存在するという概念、すなわち男性更年期障害が注目されている。
男性更年期障害は病態が複雑で、統一した認識も乏しく、診断、治療においてもなかなか普及してこなかったが、近年ではこの疾患群は、加齢男性性腺機能低下症候群[late-onset hypogonadism(LOH)症候群]として、日本では2007年に診療の手引きが出版され、その概念も定着してきている1)。
米国ボルチモアでの有病率に関する縦断調査によると、血清テストステロン値が325ng/dL以下の割合は、60歳代、70歳代、80歳代においてそれぞれ20%、30%、そして50%であった2)。Mulliganらは45歳以上の男性の39%において血清テストステロン値が300ng/dL以下であったが、そのすべてに症状があったわけではなかったと報告している3)。また症状を伴うテストステロン値の低下は、50歳以下の4%、50歳以上の8%に認めた4)。日本における男性更年期障害の有病率に関する正確な統計はないが、このように海外で調査されるデータは、そのコホートや定義により報告はさまざまではあるものの、中高年男性におけるLOH症候群の有病率は極めて高いといえる。
男性の性腺機能低下症の特徴と早期診断のためのポイント
男性の性腺機能低下症は、加齢に伴うテストステロン値の低下と、それに伴う臨床症状を併せもった病態であり、その本質は精巣の機能低下である。女性でみられる閉経時の急激なエストロゲンの低下と異なり、男性では加齢に伴い徐々にアンドロゲンが低下していくとされている。これにより心理、身体、性の大きく3つの症状が出現する。テストステロン値の経時的低下と関連して多くの疾患が発症することが報告されているが、性腺機能の加齢変化に生活習慣や併存する疾患の影響が加わることにより、中高年男性のテストステロン値にはかなりのばらつきが出てくる。
LOH症候群は、不眠、抑うつ、性機能低下、認知機能低下、骨粗鬆症、心血管疾患、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、HDLの低下、コレステロールとLDLの上昇に寄与し、メタボリックシンドロームの危険因子となる5)-9)。また心血管系疾患、糖尿病のリスクを高め、死亡率とも関連することがわかってきている10)-12)。
日常の臨床現場において、いわゆる男性更年期障害を主訴に来院される患者は多く、その病態はさまざまで複雑である。実際に受診する患者は、必ずしもテストステロン値の低下に基づいた症状ばかりではなく、内分泌異常を伴わない男性更年期障害も存在し、うつなどの精神科領域の症状も混在している。
男性の性腺機能低下症の臨床診断において症状の把握とともに行うことは、低テストステロン血症の確認である。岩本らが日本泌尿器科学会誌において報告した日本人コホートによる調査では、血清総テストステロン値は加齢の影響が弱く、遊離テストステロン値は20歳代以後10年ごとに1.6pg/mL(9.2%)低下するというように、加齢の影響を強く認めた13),14)。このように日本人では総テストステロン値は加齢による変化が明らかではないため、男性ホルモンの指標としては、血清遊離テストステロン(free testosterone、以下、FT)値を用いる。
テストステロン値を測定する際には、早朝(午前)に採血されることが望ましいが、45歳以上の場合、若年者ほどの日内変動が失われることが多く、必ずしも考慮されないことが多い15)。またテストステロン以外に血液検査される項目は、LH、FSH、SHBG、エストラジオール、プロラクチン、ヘマトクリット、PSAである。またテストステロン低下はメタボリック症候群との関連もあるため、それに関係する項目も採取されるべきである。
一般にテストステロンの作用としては、骨格筋量・筋力への作用、骨密度への影響、造血作用、認知機能への影響、幸福感などへの心理的影響、性欲・勃起能を含む性機能への影響、内臓脂肪への影響などが挙げられる。
男性の性腺機能低下症は大きく3つに分類される。すなわち、①落胆、抑うつ、苛立ち、不安、疲労感などの精神・心理症状、②関節・筋肉関連症状、骨粗鬆症、発汗、ほてり、睡眠障害などの身体症状、③性欲低下、勃起障害、射精感の減退などの性機能関連症状である。これらの症状のうち、テストステロンの低値に関連するものとして、早朝勃起の消失、勃起不全(ED)、性欲低下が指摘されている16)。テストステロン値と臨床症状を検討した報告では、テストステロン値の低下に伴い、まず性欲が減退し、次に活力の低下、肥満、抑うつ、睡眠障害などが生じ、最終的に勃起障害を呈するとされている17),18)。
男性の性腺機能低下症の症状は極めて多彩であるため、症状の評価としては、Aging Males Symptoms(AMS)スコアが国際的に頻用されている(表)19)。AMSスコアは精神・心理症状(5問)、身体症状(7問)、性機能関連症状(5問)の17問で構成されており、各項目とも「なし」、「軽い」、「中等度」、「重い」、「非常に重い」の5段階で評価し、それぞれ1~5点の点数をつける。合計85点のうち、26点以下が正常、27~36点が軽度、37~49点が中等度、50点以上が重度と分類される。またAMSスコアは診断のみならずテストステロン治療の効果をみるsurrogate markerとして優れている9),20),21)(図)。
TRTによりAMSスコアの平均値は減少する
図 テストステロン補充療法(TRT)後のAMS scoreの推移(自験例)
男性の性腺機能低下症の治療
治療の原則は、テストステロン値の改善ではなく症状の改善である。手引きによれば、FTが8.5pg/mL未満なら異常低値としてテストステロン補充療法(TRT)の導入を検討する。しかし最近では、テストステロン値は参考程度とし、症状があればテストステロン治療を考慮するというのが一般的である1)。
TRTの適応を判断するために重要視することは、テストステロン値の低下に加えて、抑うつやEDなどの症状があることである15)。症状がない場合でも、男性の性腺機能低下症はしばしば糖尿病、メタボリック症候群と関連しているため、これらを併発している場合は治療を考慮する。
TRTの投与経路としては、経口剤、注射剤、経皮吸収剤があるが、わが国では注射剤(エナント酸テストステロン)のみが保険適用となっている。デポ製剤である本剤は、注射後一過性にテストステロン濃度が上昇し、注射後4~7日目頃に血中濃度が最高となり、その後急激に低下し、次回注射前になるとしばらく低値を示す現象が欠点として指摘されている。また連日投与する経皮吸収剤は、注射剤よりも生理的であり、欧米ではこれを好む患者が増えている9)。
テストステロンはいまや世界で最も広く使用される薬剤の1つとなった。TRTにより、筋肉量、筋力、骨密度、血清脂質値、インスリン感受性、気分、性欲の改善が認められる22)-25)。
勃起不全については、PDE5阻害薬の作用を増強する。治療の際には、適宜、血液検査を実施してホルモン反応性をチェックするとともに、少なくとも3か月後にはAMSスコアなどの症状の効果判定を行う。治療の副作用としては心・血管系異常について近年取り上げられることが多いが、多くの報告より関連はないとしている。また多血症などが挙げられるが、テストステロンが高濃度の状況が続かない限り回避できる副作用であると考える。
またテストステロンの前立腺への影響も懸念されているが、近年の報告においては、TRTが前立腺がんの発症を増加させるエビデンスはない26),27)。しかしTRT治療中は定期的にPSA値をモニターし、必要な場合はTRTを中止のうえ、前立腺MRIや生検などの精査を行う。
他診療科との連携について
男性更年期外来では精神症状を主訴にしたり、他の心療内科や精神科ですでに投薬を受けて受診される患者が非常に多い。心療内科・精神科において処方される薬剤による治療で軽快せず来院される患者においては、血中プロラクチン値が高くなっていることがあるため、服用している薬剤を調整し、TRTを併用することにより症状が改善してくる。
うつ病の罹患率は女性が男性の2倍であるが、自殺に関しては男性が女性の2倍となっており、年齢では中高年男性が圧倒的に多い。そのため抑うつ症状がある患者には、自殺念慮を確認することは非常に重要である。その可能性が高いと判断したら、TRTだけでは治療が不十分となるので精神科などの専門医に速やかに紹介すべきである。
今後の展望
超高齢社会を迎えつつある世界の先進諸国において、高齢者の医療の中で、単なる生物学的寿命を延長するのではなく、生活の質も視野に入れた健康寿命の延長が重視されている。このテーマにおいて鍵となる1つに性ホルモンがあると考える。
テストステロンの低下は生活習慣病と関連することから、男性の性腺機能低下症が注目されている。テストステロンが体に及ぼす影響が広範囲であることを考えると、男性更年期外来を受診する患者の症状は多彩であり、否定形的な症状での受診はまれではないことを認識しなくてはならない。
また最近ではフレイルと性ホルモンとの関連もトピックの1つである。フレイルとサルコペニアはいずれも老年症候群における中心的な課題であり、サルコペニアはフレイルの重要な一因を担っている。一方、フレイルはサルコペニアのみならず、多くの要因により発症し、身体的側面のみならず、精神的、社会的側面からの評価も必要とされている。性ホルモンを含めた各種ホルモンが、転倒、サルコペニア、そしてフレイルの予防、発症、進展防止に重要であることが次第に解明されてきている。
さらには、運動刺激により筋肉内や海馬においてもテストステロン合成が増加することも明らかになってきている。したがって性ホルモンの補充や運動による内因性のテストステロン上昇などによって身体機能、運動機能の改善につながる可能性も示唆される。
文献
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筆者
- 松下 一仁(まつした かずひと)
- 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学准教授
- 略歴
- 2001年:北里大学医学部卒業、同大学泌尿器科研修医、2004年:東京医科大学泌尿器科助手、2005年:国際医療福祉大学三田病院泌尿器科、2006年:北里大学泌尿器科助手、2008年:東京医科大学泌尿器科助手:2009年:Memorial Sloan-Kettering Cancer center, Urologic Oncology Research Fellow、2012年:聖路加国際病院泌尿器科医幹、2017年:順天堂大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)、2019年より現職
- 専門分野
- 前立腺がん、膀胱がん、メンズヘルス
- 堀江 重郎(ほりえ しげお)
- 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授
- 略歴
- 1985年:東京大学医学部卒業、1993年:医学博士、2003年:帝京大学医学部主任教授(泌尿器科学)、2012年より現職
- 専門分野
- 泌尿器科学、男性医学、難病治療
転載元
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