第1回 ウメにウグイスは本当?
公開日:2020年4月30日 09時00分
更新日:2022年11月30日 14時00分
こちらの記事は下記より転載しました。
上田 恵介
公益財団法人日本野鳥の会会長、立教大学名誉教授
日本人にとって、春を代表する鳥といえばウグイスである。早春、まだ寒さ厳しい頃からウグイスは鳴き始める。日差しが長くなって、春の気配を感じる季節に「ホーホケキョ」と朗らかに響くウグイスの声は、「ああ、春が来た」と、人々をしあわせな気分にさせる春の風物詩である。ちょうどウグイスが鳴きはじめる頃、列島のあちこちでウメの花がほころびはじめる。ウメが咲く頃になるとウグイスが鳴きはじめるのは、多くの日本人にとっては、ごく当たり前の早春の出来事で、ここまでは問題はない。
問題は「ウメにウグイス」にある。ウメとウグイスは、花札の図柄になるくらいよく知られた取り合わせだが、これはマチガイである。なぜならウメにはウグイスは(滅多に)来ないからだ。ウグイスは藪の中で虫を食べている鳥で、ウメの花にはやって来ない。
では、このウメの小枝にとまっている鳥は何者か?実はウメの花にやって来るのはメジロである。メジロは冬、ツバキやウメの蜜を吸って生活しているので、ウメが咲くと、つがいや群れで、次々とやって来て人目にふれるのである。
もういちど花札に戻って図柄をよく見てみよう。紅梅の小枝に、"うぐいす色の小鳥"がとまっている。しかしこの絵柄の作者は大きな間違いを犯している。この明るい緑色の小鳥はウグイスではなく、メジロである。メジロの明るい緑色を昔の人は"うぐいす色"と名づけたのである。一方、ウグイスはオリーブ褐色の、冴えない地味な色の小鳥である。「ウメにウグイスはよく似合う」という人々の思い込みが、メジロをモデルに"うぐいす色のウグイス"を創作してしまったのだ。いまさら「うぐいす餅」を「めじろ餅」に変更することもできないだろうから、この誤解はこれからもずっと続いていくだろう。
ウグイスの「ホーホケキョ」のさえずりは非常に印象的で、だれもがウグイスが鳴いているのがわかる。だから気象庁はウグイスの初鳴きを「生物季節」として観測しており、毎年、初めてウグイスが鳴いた日を発表しているが、この初鳴きの時期が、最近、どんどん早くなっており、近年では一月下旬の記録もある。これは地球温暖化の影響かもしれないと心配している人もいる。だが小鳥のさえずりは日長によって調節されているので、単純に温度だけの影響ではないだろう。一方、エサとなる昆虫の発生は温度の影響を受けるので、虫の発生時期と関連して、ウグイスも間接的に温暖化の影響を受けているのかもしれない。
ところでウグイスは一夫多妻の鳥である。繁殖期のウグイスのオスはなわばりにメスを引き寄せるためにあの大きな声で鳴いているのである。オスはなわばりにやって来たメスと交尾をしたら、また次のメスを呼び寄せるためにさえずりを続ける。繁殖には一切かかわらず、子育ては放ったらかしである。メスは単独で笹藪の中に笹の枯れ葉を用いて、壷を横にした形の巣をつくる。卵を温めるのも、ヒナの世話もすべてメス一羽の仕事である。オスはこうしてなわばり内に次々とメスを誘い、一夫多妻になっていく。ウグイスのあの大きな声は、このために進化したのだ。
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