第4回 余生なんてありません
公開日:2024年1月30日 09時00分
更新日:2024年8月13日 11時32分
名取 芳彦
もっとい不動 密蔵院住職
父は大正12年生まれ。大学生の時、死を覚悟して特攻隊に志願しましたが、飛行機がなくなり命を長らえました。50歳からは胃がんの手術、数年後に顔面けいれん治療のための頭蓋骨に穴を開ける手術など、何度も死を覚悟する治療を受けました。
そんな父に寄り添っていた母は、父を残して57歳でなくなりました。
母の新盆で、ある檀家さんが「奥さまがいなくてお寂しいでしょうけど、お子さんたちも立派に成長されたのですから、どうか余生を楽しくお過ごしください」と父を励ましてくれました。
死を何度も覚悟した、下町の和尚の父から出た言葉は「ありがとう。でもな、人の人生に、余った人生なんかないんだよ」でした。その通りだと思いました。
第一、第二の人生があったとしても"余った人生"など、あるはずがありません。
以来、「余生」とおっしゃる方がいると、私は「余生なんて言うの、よせぃ!」とダジャレまじりにお伝えするようになりました。
昭和生まれの人は(私を含めて)、始めたら最後までやることを是とする傾向があります。第一線や現役をリタイアすると、「生涯現役を貫けなかった」「最後までやり遂げられなかった」ような気がして、惨めな気持ちになる人もいるでしょう。
しかし、何があろうと、私たちはいつでも自分の命の第一線を生きていますし、我が人生の最前線を生きているのです。その中で、始めることより終わりにするのが大切な時があるのです。
体が弱ってくれば「自分が死んだら、残された家族はどうなるのだろう」と心配になることもあるでしょう。しかし、大丈夫です。人は死ぬまで、ちゃんと生きています。死んでからのことを心配するより、生きている間にできることを考えたほうがずっと賢明です。
私たちはだれでも余りのない人生の最前線を、死ぬまでちゃんと生きているのです。
著者
- 名取 芳彦(なとり ほうげん)
- 1958年東京都江戸川区生まれ。大正大学を卒業後、英語教師を経て、江戸川区鹿骨の 住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。『ぶれない心をつくる ポケット空海 道を照らす言葉』(河出書房新社)、『人生をもっと"快適"にする 急がない練習』(大和書房)など著書多数。
転載元
WEB版機関誌「Aging&Health」アンケート
WEB版機関誌「Aging&Health」のよりよい誌面作りのため、ご意見・ご感想・ご要望をお聞かせください。
お手数ではございますが、是非ともご協力いただきますようお願いいたします。