第4回 高齢者のための食生活指針
公開日:2019年6月28日 09時00分
更新日:2023年5月31日 10時37分
柴田 博(しばた ひろし)
人間総合科学大学保健医療学部学部長
(日本応用老年学会理事長)
今回は最終回なので、前回紹介した介入研究の成果も踏まえ、筆者たちが作成した食生活の指針を示したいと思う。まず、表1を見ていただきたい。この指針の原型は、前回紹介した1993〜1995年に行われた有料老人ホームの介入研究の後につくられた。項目はその原型と基本的に同じであるが、ワーディング(言い回し)に差異がある。たとえば「共食」は原型では「会食」であった。当時、「共食」という用語は、女子栄養大学の足立己幸教授(現・名誉教授)の研究で用いられていた。しかし、あるときにそれを用いた指針を発表したところ、聴衆は「共食い(ともぐい)」と発音し、あわてて「会食」に変更したという経緯がある。2005年に食育基本法も成立し、「共食」という用語も人口に膾炙(かいしゃ)してきているので原型の「共食」に戻した。果物のことは原型になかったが最近追加した。自他の研究で、野菜と独立に果物の効用が示されてきたからである。
表1:低栄養予防のための食生活指針14か条
- 3食のバランスをよくとる
- 動物性たんぱく質を十分にとる
- 魚と肉の摂取は1対1の割合に
- さまざまな種類の肉を食べる
- 油脂類を十分に摂取する
- 牛乳を毎日飲む
- 緑黄色野菜や根菜など多種の野菜を食べる。火を通し、量を確保。果物を適量とる
- 食欲がないときは、おかずを先に食べ、ごはんを残す
- 調理法や保存法に習熟する
- 酢、香辛料、香味野菜を十分にとり入れる
- 和風、中華、洋風とさまざまな料理をとり入れる
- 共食の機会を豊富につくる
- 噛む力を維持するため、義歯は定期的に検査を受ける
- 健康情報を積極的にとり入れる
出典 柴田 博:肉を食べる人は長生きする. PHP研究所. 2013
この指針の目標の1つは、食の多様性を促すことである。筆者たちの研究でも、毎日食べている食品の種類が多いほど余命も健康寿命も延伸することが示されている。食品摂取の多様性をスコア化した尺度も開発した。特定の食品や栄養素を排除すること、その逆に健康への影響を過信するフードファデイズムが日本の高齢者に最も有害である。特に、食生活を自力でマネージメントしている高齢者がそれに該当する。障害を持ち、施設などで食事を提供されている高齢者は理に適った食事を、受動的ではあるが享受できているのである。
この指針の2つ目の目標は、おいしさを担保することである。実は、おいしいことが健康によいという概念が確立してきたのはこの20数年に過ぎないのである。それ以前は、「良菜は口に苦し」という格言と「薬(医)食同源」という格言が融合し、食物もまずいほど身体によいという思い込みがあった。これが「粗食長寿説」を後押していた。
しかし20数年前、東京大学の藤巻正生名誉教授のプロジェクトが「食品の3つの機能」を提唱した。タンパク質は血となり肉となるに代表されるマクロ栄養学的機能(一次機能)、おいしさ(二次機能)、免疫や恒常性などに関連する微量栄養素(ビタミンとミネラル)の機能(三次機能)。この概念の提唱により、おいしさの研究は急速に進んだ。おいしさを味わうことで、神経伝達物質の分泌が盛んになり、心身も活性化し主観的幸福感を高めることがわかってきたのである。
ステレオタイプの栄養士や調理師は「高齢者は昔からしょうゆ味に慣れているから、ステーキもデミグラスソースではなく和風にしたほうがよい」と語っているが、それはとんでもない話である。人間は生得的には甘味(ひょっとしたらうま味も)しか甘受できない。苦味は毒、酸味は腐敗の味なので本能的に避けるようにできている。多くの味覚は経験と学習により享受できるようになるのである。長い人生を経て生涯発達してきた高齢者の味覚が幼少期のまま止まっているはずがないのである。
この指針の3つ目の目標は、日本の高齢者の食生活で不足しがちな食品に関して注意を促すことである。たとえば、1.「3食のバランスをよくとる」(表1)に関してもさまざまな意味がある。かつて、米国カリフォルニア大学のブレスロー教授の研究で、間食をしないほうが長生きするという報告があった。これは中高年を対象とした研究であるが、この結果を高齢者に敷衍(ふえん)する人もいる。さらに、「1日に1食がよい」などと言う人まで出てきた。筆者たちの日本の高齢者の研究に関する限り、間食を摂る人のほうが摂らない人に比べて健康寿命がより長いことが証明されている。
3.「魚と肉の摂取は1対1の割合に」(表1)にも根拠がある。日本人高齢者における魚介類と肉を摂取する平均的な比率は2対1である。しかし、高齢になっても自立して社会貢献やスポーツを続けている高齢者は、平均的な高齢者より肉を摂取する割合が高い。このことが筆者たちの百寿者やスーパー老人の研究でわかったことであるが、最近ではこのことがマスコミでもよく喧伝(けんでん)されている。
表1の5.と6.に関しても注意を促したい。現在の高齢者は、若いときには油脂類の摂取も少なく、牛乳もあまり飲んでいなかった。その習慣を引きずっている人は高齢になっても脂質とタンパク質が不足しがちである。筆者たちの研究でも、油脂類と牛乳の摂取が多いほど長寿であることが示されている。また、7.の野菜の摂り方にも注目していただきたい。消化機能が低下しがちな高齢者が生野菜を食べるメリットはない。火をとおして体表のクチクラ(堅い膜)を破壊し、ボリュームを減らして食べることを勧めている。10.と11.は、食品の第三次機能と関連するところである。高齢者に減塩食を与え、香草や香辛料も控えて無味乾燥な食を供している老人ホームも少なくない。おいしくないものは滋養にならないことを銘記してほしい。
以上のような指針をもう少し具体化し各食品の量的な目安を示したのが表2である。高齢者においても、体格、活動量によって1日に摂取すべき総エネルギーは決まっている。しかし、ここに挙げた食品はすべて毎日摂取すべきである。エネルギーの多いか少ないかは糖質によって調節するのが原則である。大きな原則は若者よりも高齢者の方が総エネルギーに占めるタンパク質の割合を多くすることである。厚生労働省の食事摂取基準でも、総エネルギー量は若者のほうが多いが、タンパク質摂取量は若者も高齢者も男性なら60gとしていることに留意されたい。
動物性食品 | 摂取目安量(1人1日当たり) | 植物性食品 | 摂取目安量(1人1日当たり) |
---|---|---|---|
魚 | 60~100g | 豆腐 | 3分の1丁 |
肉 | 60~100g | 野菜 | 350g(うち緑黄色野菜を3分の2) |
卵 | 1個 | キノコ | 15~20g |
牛乳 | 200ml(ヨーグルト、チーズも可) | 海藻 | 10~20g |
● 油脂は10~15ml(大部分は植物性食品だが、バター、ラードなどの動物性食品も含まれる)
出典 柴田 博:肉を食べる人は長生きする. PHP研究所. 2013
よく、マスコミの取材で、魚介類を好まず、肉と卵しか食べないアスリートの食生活のコメントを求められる。たしかに表2の摂り方は理想であるが、嫌いなものは仕方ない。ともあれ、全タンパク質の中の動物性タンパク質が50%少し上回るように、魚介類の分を肉や卵で補うようにすればよい。
(2014年1月発行エイジングアンドヘルスNo.68より転載)
筆者
- 柴田 博(しばた ひろし)
人間総合科学大学保健医療学部学部長
(日本応用老年学会理事長) - 1937年生まれ。北海道大学医学部を卒業した後、東京大学医学部第四内科医員、東京都老人研究所副所長(現在名誉所長)、桜美林大学大学院老年研究科教授(現在名誉教授)を歴任。2011年より人間総合科学大学保健医療学部学部長、大学院教授。高齢者の寿命と高い生活水準・社会貢献を促すために、東京都、文部科学省、厚生労働省などの研究プロジェクトのリーダーを務めてきた。※プロフィールは誌面掲載当時のものです
著書
『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)、『中高年健康常識を疑う』(講談社)など多数
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.68