第2回 住まいは夏を旨とすべし―エネルギーゼロの家をめざす
公開日:2018年6月14日 13時02分
更新日:2020年2月26日 14時02分
天野 彰(あまの あきら)
建築家
家は「寝戸(いへ)」千年続いたわが国の家のカタチ
「住まいは夏を旨とすべし」とは、兼好法師が現代社会で老いて暮らす人々に示唆した言葉と思えてならない。
もし電力供給がなくなっても、住むところは冬暖かく夏涼しい家をつくることが必須の時代。自らをその環境に適応させることが重要とさえ思える。今、私たちが求めるべきは、先人たちが千年以上にわたって築いてきた開放的で健康な「住まい」であり、自然と生きる「術」といえよう。
今、住まいの原点、そして都市の原点に戻り、九尺二間の江戸の裏長屋の暮らしを思い浮かべてみる。そこには西欧の近代化が導入される以前の街並みがあり、電気もガスもなく、ましてや冷暖房もない中で、あの熊さん八っつぁんの活気あふれる生活があった。
私たちがかつて学び模倣した欧州の今を旅して思うのは、なぜ今も豊かな街並みが美しく残っているのだろうかということだ。なんとその家は、築200年はおろか300年もの古い集合住宅にあとでやりくりして上下水道を配管した家であったりする。
欧州では、ドイツのニュールンベルグのように戦禍で街ごと壊滅的に破壊されたはずの古都が、そのまま元通りに再興された街も多い。民主主義の世にあってもそこに住む人々によって厳しい規制で街は守られている。これこそ長年培われてきた市民の文化と生活センスであろう。今もそこに住み続けていることに意味があるのだ。
それに比べ、わが国の千年にわたる住まい文化はどうだろう。1964年の東京オリンピック開催に向けて日本橋など都市の中枢を高速道路が駆け抜け、そこにガラスの建築群が密集し、山は削られ造成されプレハブ住宅が立ち並ぶ。さらには湾岸を埋め立て、マンションを林立させる。
欧州からの旅行者たちには、「その違和感が面白い」とさえ言われるありさまである。高度経済成長期を担い世界を駆け巡り、今高齢化した多くの"私たち"は、幸か不幸か皆この違和感を知らない。なぜならこれが戦後復興であり、今日のわが国の繁栄だったと思うからだ。
ふとわれに返ってわが生家の暮らしを思い出し、わが足元をみてみると、何とも不可解な気分になる。ほんのこの間まで薪でご飯を炊き、トイレは汲み取り式で、風呂は家の中にはなく、庭の掘立小屋で足に火傷をしないように五右衛門風呂に入っていたのではなかったか。風が吹けばガラス戸はカタカタと音を立て隙間風に震え、火鉢が唯一の暖で、そこから離れることができなかった。
まさしく家は「寝戸(いへ)」であり、外とは戸1枚で隔てていたようなものだった。これこそが千年続いたわが国の家のカタチである。しかし不思議と不便を感じた思いがない。暑い夏はなぜか夜の"涼"がたまらなく懐かしい。ほんのこの間のことである。
京町家と合掌造りに学ぶ中庭と高断熱と大開放の家
今、京都の町家(写真1)に目を向けそこに住んでみる。密集市街地ながら中庭を介して優しい風が通って、真夏でも涼しい。夏暑く冬寒い京だが、陽だまりで暖は取れ、障子1枚ながら火鉢ひとつで暮らせる。冷暖房に慣れきった体だが、幸いにして老いて冷房がきつくなり、暖房も鼻やのどが乾いて仕方なかったところで、この自然の空調はちょうどよい。
さらに厳寒の岐阜・白川郷(写真2)や富山・五箇山の合掌造りにも住んでみる。小さな炉ひとつで家中が温かくなり、妻側の障子を開ければ家中の換気ができて夏は涼しい。屋根の素材はすべてその山の土と木と藁(わら)で地産地消、しかも30~40年ごとに村中で藁の葺(ふ)き替えを行うメンテナンススケジュールもちゃんとできている。これを"結(ゆい)"といい、村全体のコミュニティを形成している。これらの自然素材は老いた身体に優しいばかりか、"結"の一体感はお年寄りの暮らしになお優しい。
ここで懐古的な住まいのカタチを真似ようというのではない。老いた体には自然素材がよいと言っているのでもない。こうしたわが国の長きにわたり使われ続けている住まいに目を向けることで家のカタチがみえてきて、これからも住み続けることができる家が発想されると思う。
欧州の石の家の発想があえて自然と対峙する「壁の家」であるなら、わが国は風通しのよい、いわば「傘の家」である。そのテーマは風通しと湿気対策だ。通気と湿気の風水のルールともいえる。私はこうした先人たちの家づくりを体感し、ひとつの発想を得た。それは"いつも良相の家"で、風通しはもとより陽当たりと保温と防災に優れた「カルーセル(回転)ハウス」(図)の発想だ 。 回転するため北も南もなく、「家相」の問題もない。つまり"家相のない 家"でもある。
なんとそれは雨風が強い日には地下に沈む?!中庭式のドーナツプランの家で、そこから通気と日光を得る。地上にある時はその表面は透明なガラスだけで、日差しと風をふんだんに取り入れることができる。しかも回転するので家中にまんべんなく風と光を通すことができるまさしく「傘の家」の発想で、エネルギー消費はほぼゼロだ。
筆者
- 天野 彰(あまの あきら)
- 建築家。一級建築士事務所アトリエ4A主宰。建築家集団「日本住改善委員会」を組織し、生活に密着した住まいづくりやリフォーム、医療・老人施設までを手がける。設計の傍らTV、講演、雑誌と多方面で活躍。
著書
『六十歳から家を建てる』(新潮選書)、『脳が若返る家づくり 部屋づくり』(廣済堂)など多数
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.74