超高齢期の心理的特徴 -幸福感に関する知見-
公開日:2016年11月 1日 16時38分
更新日:2024年8月14日 13時44分
権藤 恭之(ごんどう やすゆき)
大阪大学大学院人間科学研究科准教授
はじめに
最近、「長寿社会」や「超高齢社会」という言葉を頻繁にみかけるようになった。高齢者の中でも、超高齢者と呼ばれる高い年齢層の人口が増加していることが意識されているのかもしれない。ちなみに超高齢者の定義は確定していないが、先進国では85歳もしくは90歳以上を指すことが多く、今後最も増加する年齢層だと指摘されている。
図1には、2015年から2035年かけてのわが国における高齢者人口の変化の予測を示す。本稿では85歳以上を超高齢者と定義するが、図からも超高齢者の人口で増加割合が高いことがおわかりいただけるだろう。
このように、先進各国において増加が注目されているにもかかわらず、超高齢者を対象とした研究は少ない。本稿では心理面において最も重要な要素である幸福感に関して紹介するが、超高齢者の幸福感に関する研究報告はさらに少ないのが現状である。
近年、「加齢に伴ってネガティブな状況が増えるにもかかわらず、高齢者の幸福感は低くない」というエイジングパラドックス(Aging Paradox)と呼ばれる現象が注目されている。その現象は次節で紹介するモデルによって説明される。超高齢者に注目した場合、まずエイジングパラドックスが超高齢期でも継続して観察されるのか、観察された場合に前期、後期高齢者を対象とした研究で示唆される既存のモデルで説明可能かということが重要となる。
エイジングパラドックスの背景要因
エイジングパラドックスは、加齢に伴った資源(Resource)の喪失(Loss)に対する対処方略がうまく機能することで生じると考えられている。幸福感に影響する中心的要因として自律的な生活を例として説明する。
好きな買い物ができることは自律的な生活の要であり、行動の目標であり、それが達成されると幸福感は高くなる。自分自身で好きな時間にお店に行き、自由に歩き回わるための歩行能力は、それを支える身体的資源である。したがって、体力が低下し長時間の歩行がむずかしくなってくると、自由に買い物することが困難となり、幸福感は低下すると考えられる。しかし、実際はこのような状況に置かれても、心理的にうまく対処することができれば幸福感は下がらない。
代表的なモデルを3つ紹介する。第1のモデルは、目標を調整しながら、自らの持てる資源を動員し、少しでも前の状態に近づこうとする方略である。このモデルは対処で使われる方略の頭文字からSOCモデルと呼ばれる。それらは、これまでできてきたことがうまくできなくなった時に前よりも少し目標を下げる(喪失に基づく目標の選択:Lossbased Selection)、選択した目標に対して、自分の使える時間や体力を効率的に振り向ける(資源の最適化:Optimization)、他者の助けやこれまで使っていなかった補助を使う(補償:Compensation)の3つの方略である1)。
具体的には、体力が低下したら、遠くのお気に入りのスーパーではなく、近くのスーパーを利用する(選択)。買い物以外の外出を控えたり、1回の買い物の量を減らしたりする(最適化)。歩行車や電動車いす等のこれまで利用してこなかった道具を利用する。もしくは配偶者や同居者のといった利用可能な資源があればそれらを利用する(補償)─などを挙げることができる。これらの方略を用いて、資源の喪失がもたらす損失を最小限にとどめることがうまくできれば、幸福感が維持できると考える。
第2のモデルは、資源の喪失が大きく、前の状態に近づくのがむずかしいときに、そのことをよいことだと捉え直したり、他人よりもよいと考えたり、無理やり納得させたり、目標をあきらめたりするという方略である。SOCモデルのように目標を実現させるための方略を1次コントロールと呼ぶのに対して、2次コントロールと呼ぶ2)。このモデルでは目標達成がむずかしい状況に至った場合に、その状況を認知的に対処することで、幸福感が維持できると考える。
第3のモデルは、幸福感を維持すること自体が高齢者の目標となるという考えである。このモデルでは高齢者は残りの人生が短くなるにつれて死を意識するようになると、心理的な安寧を求めようとする気持ちが強くなり、ポジティブな気持ちが高まる情報を好むようになると考えている。
高齢者はポジティブな気持ちが引き起こされる刺激(笑った顔)はよく注視する一方で、ネガティブな気持ちが引き起こされる刺激(怒った顔)は見ない、もしくはネガティブな情報よりもポジティブな情報をよく記憶するといった現象が実験的に報告されている3)。このモデルでは、加齢に伴って幸福感を高める動機付けが強くなり、それに基づく行動が増えるために幸福感が高くなると考える。
これらのモデルは、資源の喪失が小さい場合にはうまく機能するかもしれない。しかし、超高齢者が経験するように資源の喪失が非常に大きい場合、例えば、外出がままならないとか、友人などの社会的ネットワークが極端に小さくなった、もしくは認知機能が低下した場合に、うまく機能するのであろうか。
実際に第1のモデルの利用は中年期で高く、高齢期には減少すること、第3のモデルを検証する実験では認知的な負荷が高い状態に置かれると、高齢者がポジティブな情報を選択する傾向が小さくなることが報告されている。
超高齢者研究の実際
超高齢期に注目した先駆的な研究として、生涯発達心理学の祖といわれるバルテスらが行ったベルリンエイジング研究(Berlin aging study)がある。しかし、残念なことに彼らは、超高齢期に対して悲観的な見解を示している。彼らの一連の研究では、超高齢期には、心理的、身体的、社会的なさまざまな資源の喪失が顕著になるだけでなく学習能力の低下や、人生満足感やポジティブ感情が低下すると報告されている。
それらの結果を受けて彼らは、高齢期を「加齢に伴った喪失に対抗することが可能な前期高齢期に相当するサードエイジ(third age)」と、「自分の意思、アイデンティティ、心理的な自立、自己統制感、誇りなどが喪失し、それらに対する回復力(resilience)が低下する超高齢期に相当するフォースエイジ(fourth age)」とに分類した。そして、フォースエイジは最終的には精神的に死んだ"Psychologicalmortality"状態になる可能性が高く、超高齢期の人びとの尊厳の維持が今後の先進国が抱える大きな問題になると指摘したのである4)。つまり、超高齢期は、前期、後期高齢期と比較すると、幸福を維持するために利用できる資源の喪失が大きすぎるために、先に紹介した幸福感を維持するための仕組みが機能しないと考えたのである。
一方、超高齢者や百寿者では精神的健康が低下しないという報告もある。筆者らは地域高齢者を対象として、身体機能、日常生活の自立や病気の有無といった幸福感を支える身体的資源の客観的評価と主観的健康観や幸福感(PGCモラールスケール)といった自分自身に関する主観的評価を前期高齢者、後期高齢者、超高齢者群で比較した。
その結果、身体的資源の喪失は高い年齢群で大きかったにもかかわらず、主観的評価に関しては年齢差がほとんど観察されないことが明らかになり(図2)5)、超高齢者においてもエイジングパラドックスが存在することが示された。
超高齢者の幸福感はなぜ低下しないのか
超高齢者のポジティブ感情や幸福感が低くないのはなぜだろうか。大きく2つの可能性が考えられる。第1は、幸福感が高い個人が長生きしやすいという可能性である。近年の縦断研究ではその仮説を支持する結果が報告されている。筆者らも高齢者約2,500名(平均年齢63歳)を対象にPGCモラールスケールの得点と死亡の関係を7年間追跡し、得点が低いほど死亡率が高いことを確認している6)。
第2の可能性は、超高齢期以降にも幸福感を維持するための何らかの仕組みが存在している可能性である。8段階の心理的な生涯発達のモデルで著名なジョアン・エリクソン(Jhoan Erikson)は、93歳に執筆した著書で自ら超高齢者となり身体的虚弱を経験したこと、そしてその状態を受け入れ、喜びを感じることができる新たな心理的発達を経験したと述べている。この変化はスウェーデンの社会老年学者トレンスタム(Tornstam)が唱えた、老年的超越(Gerotranscendence)という概念と関連しているかもしれない(詳細は増井2016 7)を参照)。
老年的超越とは、現実に存在する物質世界から実際には存在しない精神世界への、世界に対する認識の加齢変化と定義される。変化は3側面で生じると想定されている。社会関係の側面では、社会常識に捉われなくなり、知恵を獲得する。自己の側面では、若者にありがちな自己中心性や自尊心がよい意味で低下する。宇宙的意識の側面では、思考の中に時間や空間の壁がなくなり、意識が自由に過去や未来と行き来するようになる。このような変化に伴って幸福感が高くなると考えられている。
老年的超越を評価する方法として、日本語を含め複数の言語に翻訳されたトレンスタムが作成した尺度が存在しているが、超高齢者で得点は高くなるわけでない。
そこで、筆者らは日本人高齢者を対象に質的なインタビュー調査を行い、老年的超越尺度(JapaneseGerotranscendence Scale:JGS)を作成した(詳細は増井2016 7)を参照)。JGSは、トレンスタムの提唱した3つの側面に対応する7つの因子と、独自に見い出された「無為自然」から構成される(表)。無為自然は「考えない」、「無理しない」というあるがままの状態を受け入れる傾向であり、日本人の特徴を反映しているのかもしれない。
下位尺度名 | 内容 | 項目例 |
---|---|---|
「ありがたさ」・「おかげ」の認識 | 自己の存在が他者により支えられていることを認識することにより、他者への感謝の念が強まる | よいことがあると、他の人のおかげだと思う 周りの人の支えがあるからこそ私は生きていける |
内向性 | ひとりでいることの良い面を認識する、ひとりでいても孤独感を感じない、外側の世界からの刺激がなくとも肯定的態度でいられる | ひとりで過ごすのはつまらない(反転項目) ひとりでいるのも悪くない |
二元論からの脱却 | 善悪、正誤、生死、現在過去という概念の対立の無効性や対立の解消を認識する | 私の気持ちは昔と今を行ったり来たりしている、もう死んでもいいという気持ちともう少し生きていたいという気持ちが同居している |
宗教的もしくはスピリチュアルな態度 | 神仏の存在や死後の世界、生かされている感じなど、宗教的またはスピリチュアルな内容を認識する | 生かされていると感じることがある、ご先祖様とのつながりを強く感じる |
社会的自己からの脱却 | 見栄や自己主張、自己のこだわりの維持など、社会に向けての自己主張が低下する | つい見栄を張ってしまう(反転項目)、過去のことでまだこだわっていることがある(反転項目) |
基本的で生得的な肯定感 | 自己に対する肯定的な評価やポジティブな感情を持つ。また、生得的な欲求を肯定する | 振り返ってみると「自分はよくやってきた」と思う、自分の人生は意義のあるものだったと思う |
利他性 | 自己中心的から他者を重んじる傾向への変化が生じる | 人の気持ちがよくわかるようになった、昔より思いやりが深くなったと思う |
無為自然 | 「考えない」、「気にならない」、「無理しない」といったあるがままの状態を受け入れるようになる | できないことがあってもくよくよしない、細かいことが気にならなくなった |
この尺度に関しては、現在筆者らが実施している地域高齢者を対象とした長期縦断疫学研究8)において、年齢が高い群ほど得点が高くなることが確認されている。また、身体的な資源が減少している超高齢者においては、老年的超越尺度得点の高い個人では幸福感が高いことも確認されており9)、超高齢期において機能することが確認されている。
老年的超越の特徴は、従来のモデルと異なり、資源の損失に対する対処を必要としない点である。加齢に伴う資源の喪失を自然なものとして受け止め、困難な状況を困難だと感じない、心理的な強さの発達が反映されているのかもしれない。
さいごに
これまで超高齢期には幸福感を支えるさまざまな資源の喪失が顕著になり、幸福感を維持することが困難となると指摘される一方で、幸福感の低下がみられないとする研究も存在することを紹介した。さらに、幸福感が維持される背景として、資源の喪失に対する対処方略よりも、資源の喪失を自然なものとして受け止める強さを内包した、老年的超越と呼ばれる心理的変化が存在する可能性を指摘した。
今後、縦断研究においてその加齢発達や機能の詳細な検討を行うことが必要であるが、超高齢期の喪失に対して老年的超越が発達し、機能することを示すことができれば、長生きに対してネガティブなイメージを持ちがちな社会にポジティブなメッセージを送ることになろう。
わが国は、世界でも最も百寿者の人口比率が高い国であり、今後より一層の超高齢者の増加が見込まれている超高齢者大国でもある。超高齢者を対象に領域を縦断した老年学研究を進めることで、わが国の後を追いかける世界の国々に、人生100年時代のサクセスエイジングモデルを提供できるのではないだろうか。
参考文献
- Freund AM, Baltes PB. Life-management strategies of selection,optimization, and compensation:measurement by self-report and construct validity. J Pers Soc Psychol . 2002;82(4):642-62.
- Heckhausen J, Schulz R. A life-span theory of control. PsycholRev.1995;102(2):284-304.
- Reed AE, Carstensen LL. The Theory Behind the Age-Related Positivity Effect. Front Psychol . 2012;3:1-9.
- Baltes PB, Smith J. New frontiers in the future of aging:from successful aging of the young old to the dilemmas of the fourthage. Gerontology 2003;49(2):123-35.
- 権藤 恭之, 古名 丈人, 小林 江里香. 超高齢期における身体的機能の低下と心理的適応─板橋区超高齢者訪問悉皆調査の結果から. 老年社会科学.;2005;27(3):327-38.
- 岩佐 一, 河合 千恵子, 権藤 恭之, 稲垣 宏樹, 鈴木 隆雄. 都市部在宅中高年者における7年間の生命予後に及ぼす主観的幸福感の影響.日本老年医学会雑誌. 日本老年医学会;2005;42(6):677-83.
- 増井幸恵. 老年的超越. 老年医学会雑誌、2016;53(3):210-214.
- Gondo Y, Masui Y, Kamide K, Ikebe K, Arai Y, Ishizaki T. SONIC Study: A Longitudinal Cohort Study of the Older People as Part ofa Centenarian Study. Encyclopedia of Geropsychology.:Springer Singapore;2016. p. 1-10.
- 増井 幸恵, 権藤 恭之, 河合 千恵子, 呉田陽一, 高山緑, 中川威, et al.心理的well-beingが高い虚弱超高齢者における老年的超越の特徴―新しく開発した日本版老年的超越質問紙を用い. 老年社会科学;2010;32(1):33-47.
筆者
権藤 恭之(ごんどう やすゆき)
大阪大学大学院人間科学研究科准教授
【略歴】 1992年:(財)東京都老人総合研究所心理学部門研究助手、2002年:関西学院大学大学院文学研究科修了、2007年より現職
【専門分野】心理学・老年学。博士(心理学)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.79