高齢者がんの統計
公開日:2016年8月29日 14時00分
更新日:2024年8月14日 13時51分
西本 寛(にしもと ひろし)
国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策情報センター がん登録センター長
はじめに
細胞における遺伝子異常の蓄積が原因で発病することが多い「がん」は、その特性から年齢を重ねれば重ねるだけ発病者が増加する疾患であり、がんの種類(がん種)によってその傾向は異なるものの、一般には高齢者に多い疾患である。高齢化が進むわが国において、高齢者の増加が引き起こすがんの増加は、がん対策上、きわめて喫緊の、かつ重要な課題であるといえる。
本稿では、高齢者を65歳以上、後期高齢者を75歳以上、超高齢者を85歳以上として、死亡(最新情報は2014年)、罹患(最新情報は2012年)、病院での詳細な情報(最新情報は2013年)から、情報が得られる最新年である2012年の統計情報をもとに、統計からみた高齢者のがんに関する状況を概観する。なお、本稿では統計でいう悪性新生物〈腫瘍〉を「がん」と呼び、特別に断らない限りは、上皮内がんと呼ばれる非常に早期のものは含めないこととする。
高齢化率上昇とがん患者の増大
わが国の人口は、2015年時点でおよそ1億2,700万人、2005年頃をピークに減少局面に入っている。今後の人口に対する推計が正しければ、2030年代に1億2千万人を、2050年代には1億人を割り込んで減少していくものと予想されている。
一方で、65歳から74歳の人口は2020年頃、75歳以上の人口は2060年頃をピークに、今後しばらくは増大すると推定されている。人口に占める高齢者の割合は、2060年になっても増大する可能性が高く、このことは、高齢のがん患者が増大し続ける可能性が高いことを示唆している。
2012年、日本の人口1)は約12,596万人、うち65歳以上の高齢者は3,067万人(全人口の24.3%)、75歳以上は1,515万人(全人口の12.0%)である。男女の割合をみると、65歳以上男1,312万人(男性人口の21.4%):女1,755万人(女性人口の27.1%)、75歳以上男578万人(9.4%):女936万人(14.5%)と、女性の高齢者割合が高い。さらに85歳以上となるとこの差は顕著となり、男123万人(2.0%):女307万人(4.7%)と女性における高齢者・超高齢者の割合の方が男性より高いことがわかる。
2012年のがん死亡数1)は36.0万人で、全死亡125.6万人の約3分の1を占める。うち65歳以上の高齢者のがん死亡は29.4万人(全がん死亡の81.4%)、75歳以上は20.7万人(全がん死亡の57.2%)、85歳以上は8.2万人(全がん死亡の22.6%)であり、がん死亡の5分の1を超高齢者が占めていることがわかる。
一方、2012年にがんと診断された件数(罹患数)2)は、約86.5万件であり、男50.4万件、女36.1万件と推定されている。このうち、65歳以上の高齢者は60.6万件(全がん罹患の70.0%)、75歳以上は35.9万件(全がん罹患の41.5%)、85歳以上は10.8万件(全がん罹患の12.5%)と、死亡数に比べると高齢者の割合が低く、高齢者以外は、罹患しても治療などによってすぐに死亡に直結していないという現状が反映しているものと考えられる。
死亡や罹患の実数ではなく、人口に対する割合でみるがん死亡率やがん罹患率でみると、人口10万に対して「がん」で亡くなった人数を除した粗死亡率では、2012年男性350.7、女性で225.7であり、100人に対して男性0.3人、女性0.2人ががんで亡くなるということになる。人口10万に対して「がん」と診断された件数を除した粗罹患率では、2012年男性812.5、女性で551.7と推定されており、100人に対して男性0.8人、女性0.5人ががんにかかったということになる(死亡と異なり、複数のがんを発症する方もおられるので、人という数え方は必ずしも正確ではなく、「件」と数えるべきであるが、おおざっぱに「人」と考えてもよい)。
年齢別でみると、65歳以上の粗死亡率は男性1336.1、女性676.0、75歳以上で男性2009.8、女性965.6であるので、75歳以上になると、75歳以上の100人に対して男性2人、女性1人ががんで亡くなったことになる。65歳以上の粗罹患率は男性3042.8、女性1407.3、75歳以上で男性3839.2、女性1682.4であるので、75歳以上になると、75歳以上の100人に対して男性4人、女性2人弱ががんにかかったことになる。40〜64歳の壮年人口であれば、がん粗死亡率が男性177.9、女性118.4、がん粗罹患率が男性628.3、女性609.5であることと比べると、高齢者は罹患率も高いが、それ以上に死亡率が高いということがわかる。
年齢別がん死亡・罹患数の推移
1960年以降のこうした統計値の推移を男女別にみると、がん死亡数の推移では、1960年男性:約4.7万人、女性:約4.0万人が、2012年男性:21.5万人、女性:14.6万人と男性で5倍以上、女性でも4倍近い増加を認めている。そのうち、65歳以上の高齢者が占める割合は、男性で2.3万人(全がん死亡の43.6%)から17.5万人(84.2%)、女性で1.8万人(全がん死亡の41.0%)から11.8万人(81.3%)と割合においても約2倍に増加している。
このように、がん死亡数の増加については、主として社会の高齢化による高齢者のがん死亡の増加が最も大きな要因として作用しているものと考えられるが、2000年代半ば以降、65〜74歳のがん死亡が減少局面に転じたことと対照的に、85歳以上のがん死亡が急激に増加している(図1)。また、罹患についても同様で、がん登録の整備の遅れから、1975年以降のデータしか用いることができないが、男女ともに65歳以下のがんの数が減少する反面、75歳以上、特に85歳以上のがんの数が増大してきた経過が明らかである(図2)。
このように高齢者のがんを考える上では、罹患数の増大からは75歳以上の後期高齢者が、死亡数の増大からは85歳以上の超高齢者が今後さらに増大していくことが予想され、75歳以上に焦点を当てて、より詳細な統計を作成する必要があるといえる。
75歳以上がん種別がん死亡・罹患
がん種別に75歳以上の後期高齢者の数をみると、2012年の死亡データでは、男性で肺がん:2.9万人、胃がん:1.7万人、大腸がん:1.3万人、肝臓がん:1.0万人、前立腺がん:0.98万人、膵臓がん:0.7万人の順で、女性では大腸がん:1.4万人、肺がん:1.4万人、胃がん:1.1万人、膵臓がん:0.9万人、肝臓がん:0.8万人、乳がん:0.4万人の順で、全年齢での死亡数と比べると、男性の膵臓がんと前立腺がん、女性の乳がんと肝臓がんが高齢になるとが逆転する点が特徴であり、前立腺がんがより高齢で、乳がんがより若年での死亡が多いことを反映している(図3)。
罹患では、男性で胃がん:3.8万件、肺がん:3.7万件、前立腺がん:3.1万件、大腸がん:2.9万件、肝臓がん:1.2万件、膵臓がん:0.8万件の順(全年齢では胃→大腸→肺→前立腺→肝臓→膵臓の順)で、女性では大腸がん:2.8万件、胃がん:2.2万件、肺がん:1.8万件、乳がん:1.4万件、膵臓がん:1.0万件、肝臓がん:1.0万件の順(全年齢では乳→大腸→胃→肺→子宮→膵臓→肝臓の順)であった。全年齢の順位と比べて、後期高齢者の男性では前立腺がんと肺がんにかかる割合が高くなり、女性では乳がんの割合が減少するのが特徴である(図4)。
年齢によるがん進行度と治療方法の違い
国立がん研究センターが、がん診療を専ら行うがん診療連携拠点病院等397施設から2012年に診断された61万件のより詳細な院内がん登録データを集計した拠点病院全国集計3)のデータから、年齢によるがんの進行度の違いをみてみよう。
院内がん登録では、国際的な進行度の分類であるUICCTNM分類を用いて、上皮内がんという非常に早期を「0期」、がんが進行し始めた状況を「Ⅰ期」、さらに進行したものを「Ⅱ期」「Ⅲ期」、他の臓器などへの転移などを来たした状況を「Ⅳ期」として集計される。胃がん(図5)では85歳を超えるとⅠ期の割合が減り、大腸がん(図6)でも75歳から0期の割合が、85歳からはⅠ期の割合が減って、手術での完治が難しくなることが示唆された。肺がん(図7)では85歳を超えるとⅠ期が減少するとともに、転移を来しているⅣ期の割合が増大する。
このように、75歳あるいは85歳と高齢と比較的に早期に診断されることが少ないという傾向が現れており、高齢者にがん検診を行うことが死亡率の減少につながるか否かの検討も含めて、高齢者のがんの早期発見の意義について評価研究が必要と考えられた。
さらに、治療方法についても、現在のがん治療の主流である手術療法や抗がん剤による化学療法は身体に負担をかけることから、余病があったり、体力低下があったりすることの多い後期高齢者については、手術の施行割合や化学療法施行割合が低く、このことが前述の死亡率の高さに結び付いている可能性もある。
院内がん登録データによると、胃がんでは、初回治療として手術的な治療が実施される割合は40〜64歳:82%であるのに対して、65~74歳:79%、75~84歳:79%、85歳以上:56%と低下しており、5歳刻みでは80歳以上で手術施行割合の低下が認められる。大腸がんでも同様の傾向であるが、肺がんにおいては75歳から手術施行割合の低下が認められ、病期の変化は認められない年齢からの低下であることから、肺機能等のいわゆる体力的低下が手術施行割合に影響を与えているのではないかと考えられた。
以上、3つのがん統計資料から垣間みえる高齢者のがん医療の特徴を述べてきた。高齢化、高齢がん患者の増加が見込まれるわが国において、副作用等の少ない治療方法の検討等を通じて、超高齢者を含んだがん医療の舵取りをどうしていくか、対策を検討する時期が到来していると思われる。
参考文献
- 全国がん罹患モニタリング集計2012年罹患数・率報告.国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター発行.2016年3月,
- がん診療連携拠点病院院内がん登録全国集計2012年.国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター発行.2014年8月,
筆者
- 西本 寛(にしもと ひろし)
- 国立研究開発法人国立がん研究センター がん対策情報センター がん登録センター長
- 【略歴】1981年:京都大学文学部卒、1988年:島根医科大学医学部医学科卒、1995年:京都大学胸部疾患研究所肺生理学教室、滋賀県立成人病センター呼吸器科、2003年:同センター検診指導部部長、2004年:同センター企画情報部診療情報管理室室長(参事)、2005年:大津赤十字病院呼吸器科部、国立がんセンターがん予防・検診研究センター情報研究部臨床情報研究室室長、2006年:同センターがん対策情報センターがん情報・統計部院内がん登録室室長、2010年:独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報・統計部院内がん登録室室長、2012年:同センターがん対策情報センターがん統計研究部部長・中央病院診療情報管理室長、2015年:全国がん登録データセンター準備室長併任、2016年より現職、院内がん登録室長併任
- 【専門分野】診療情報学
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.78