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病院施設での転倒は増えているのか─転倒予防のチーム医療

公開日:2022年1月14日 09時00分
更新日:2024年8月13日 16時57分

平井 覚(ひらい さとる)

一般財団法人永頼会松山市民病院リハビリテーションセンター副室長

はじめに

 情報関連機能低下(認知機能・視力・聴力)や運動機能低下などの老年症候群は、日常生活動作能力を著しく低下させる。また入院をきっかけに加速度的に進行していくことを臨床上経験する。これらはのちに入院関連機能障害(Hospitalization-Associated Disability; 以下HAD)を引き起こすことを内包している。精神・身体要因と加療に伴う安静、また不慣れな環境など外的要因も加わり、転倒危険度が上昇する。

 転倒予防対策については、多くの病院が医療安全対策またHADを防ぐ一環として多職種協働で取り組んでいるが、医療の高度化・細分化が進む中、職種横断の有効的な転倒予防対策が実施されているか、また成果はどうか検証が必要である。

 本稿では、病院施設内での転倒事故の状況とその対策における考慮すべき背景について、当院のデータを参考に考察を加える。

病院施設での転倒状況とその対策について

 病院内で起こる転倒・転落は、薬剤関連、チューブ類抜去などと並び高頻度で報告される。日本医療機能評価機構「医療事故情報収集等事業」では、2020年の事故報告中20.5%を転倒転落が占める1)。比較的軽微な傷害までにとどまることが多いが、時には頭蓋内血腫や骨折など障害残存の可能性や、死亡に至るなど医療事故レベル3b以上のケースも9%程度存在する。

 重大な障害となった転倒・転落については内因的要素が深く関係していると思われるが、転倒の母数(または要素)が減少しない限り、未来においても一定数存在し続けることは否定できない。

 病院・施設における転倒事故が減少しない背景として、急速な高齢人口の増加とそれに伴う疾病構造の変化がある。今後、80歳以上の高齢者が入院の中心になりうるが、主病名以外の疾病併存率の高さ、認知症患者の増加は大きな問題である。また、運動機能や認知機能以外に、過信や身体能力の把握不十分(自己判断で動く)などの心理的因子も関係する。

 病院内で起こる転倒・転落は、夜間の排泄をきっかけとした場面で生じることが多い。"排泄行為"は人間として最も私的な行為であり、心身の機能が可能な限り、自分1人で完結したいと思う行為の1つである。ゆえに医療者として「安全に療養生活を過ごしてもらいたい」という考えと、患者が「このくらいは自分で動きたい」という双方の意思のギャップがこの場面においては特に大きい。この心理的なセルフエフィカシー(自己効力感)の強さは、実際の身体能力や認知機能など内的要因と別次元で転倒要因となる側面を持っている。内的・外的要因、さらに行動要因をひも解いていくためには、各専門職の知識や観察眼が必要であり、多方向からのリスク管理が必要である。

 病院での転倒予防介入の科学的根拠について2018年に更新されたコクランシステマティックレビュー2)では、理学療法や離床センサーは、転倒率や転倒リスクへ与える効果は不明であるが、リスク評価に基づいた多因子の介入については転倒率を低下させる可能性があり、亜急性期病院でより可能性が高くなることが示唆された(転倒リスクへの効果は不明)。このことから多職種チームとしての転倒予防介入は強く推奨されるが、その有効性を確認するためにはさらに多くの研究が必要である。

入院患者の転倒・転落は減少させられるか

 病院内の転倒予防対策のむずかしさは、多様な内的・外的危険因子とは別に、以下に挙げる7つの要素が本質的にある。

  • ①入院患者の高齢化
  • ②離床展開に伴う転倒のリスク
  • ③多くは患者の自発的動作に端を発する(医療者の見えないところで生じる)
  • ④予見困難例の増加(対策はしているがそれでも転倒)
  • ⑤行動抑制は極力しない
  • ⑥適切な予防対策とその継続
    • 転倒評価の正確性(評価ツール自体の適切性また評価者の判断のばらつき)
    • 実施した転倒評価が具体的対策に結びついていない可能性
    • 看護計画の実践とその徹底が不十分
    • 患者の状態が刻々と変化している場面での再評価欠落
  • ⑦スタッフの温度差

 まず①~④の項目と⑤~⑦の項目については区別する必要がある。前者は主に患者側の要素、後者は医療者側の要素である。

 ①については、もともとフレイル状態の高齢者が入院し、不活動からさらに筋力低下や摂食障害などでサルコペニアが生じてしまうこと。環境や身体状況変化による認知機能低下やせん妄の発生もある。また治療における安静度拡大が許可されたが、(歩行可能状態でも)自ら活動しない、もしくは制限された安静度でも歩行不安定な状態で動くなど、身体機能と実能力の齟齬(そご)が生じている場合も多くみられる。

 ②については、合併症予防のための早期離床はどの病態においても標準的なものである。HADを避けるためリハビリ専門職はもちろん、多職種が協働して患者のADL自立支援を行うが、この過程での転倒リスクは少なからず存在する。

 ③に関しては、他のインシデントと違い、その発生に医療プロセスが存在しない場合が多い。ここには認知機能低下という状態以外にも前述した心理的な要素として「頻繁にナースコールするのは申し訳ない」と医療者に気を使う、また「トイレが間に合わない」など、特に夜間の勤務体制における対応の遅れから自力で移動しようとし転倒に至る場合もある。

 前述の①~③については、当然存在する事象としてある程度予測することができ、転倒に至るまでの過程において何らかの対策を講じることができる。しかし④のように、そのうえで転倒してしまう例というのは「不可抗力」ともいえるが、「医療者側の対策の不備」による転倒も含まれている。

 ⑤以降は医療者側の要素であるが、最も考慮すべきは⑥の項目である。多くの病院は転倒スクリーニングを入院時に行い、そこで判定された危険度に応じて対策計画を立案する。日本でよく使用されている転倒転落アセスメントスコアシート(以下AS)は、危険度分布評価から一般的な対策へ導くが、評価時チェックされた各項目が実際の対策に十分活かされず、個別の対策として根拠が曖昧になる課題がある。また計画実施の段階になると、その徹底が不十分なことがある。特に急性期病院では、刻々と変化する患者の状態に計画立案・実施が追いつかない(または再評価が欠落する)などが不本意に発生してしまう状況がある。

1. 適切な予防対策とその継続を実践するための工夫(当院の場合)

 転倒予防対策の根幹は、「根拠に基づいた評価・計画」と「途切れない確実な対策実施」である。

 当院転倒予防対策チームでは、ASによる転倒危険度分類と患者・家族を含めて行う多職種ウォーキングカンファレンス※1(以下WC)が院内の転倒予防には重要であると位置づけている。前述⑥にある不具合を修正するため、ASの統計処理により重要項目を再抽出し(表)、評価項目のブラッシュアップをした。次にASWCの連動、また早期の転倒対策へ確実に反映・活用できるようWCテンプレートを作成するなどの工夫をしてきた。

※1 多職種ウォーキングカンファレンス
ベッドサイドで患者の状況に応じた環境設定などチームで行う安全確認の話し合いのことであり、患者自身も積極的に参加させることを目的としている。
表  転倒・転落アセスメントスコアシート(AS)重要項目の抽出
ASの全評価項目(9分類45項目)について転倒と関連の強い14項目
項目 オッズ比 95%CI下限 95%CI上限 P値
車椅子、歩行器、杖を使用 0.763 0.590 0.986 3.85e-02*
※過去6ヶ月以内に1、2回転倒 2.350 1.830 3.010 1.32e-11***
※過去6ヶ月以内に3回以上転倒 3.270 1.680 6.340 4.75e-04***
※ふらつき 2.310 1.800 2.980 7.82e-11***
異常歩行がある。突進歩行など 2.690 1.240 5.880 1.28e-02*
※筋力の低下 1.780 1.300 2.430 3.08e-04***
認知症 1.440 1.010 2.060 4.56e-02*
判断力、理解力、注意力の低下 1.430 1.070 1.920 1.66e-02*
不穏行動、多動、徘徊 1.960 1.170 3.280 1.02e-02*
トイレ介助が必要 1.460 1.130 1.900 4.09e-03**
頻尿 1.620 1.070 2.440 2.15e-02*
夜間トイレに行く 1.430 1.090 1.860 9.72e-03**
※リハビリ施行中 2.060 1.600 2.660 1.82e-08***
※睡眠薬 1.560 1.210 2.010 5.41e-04***

転倒転落の有無を従属変数、それ以外の項目を独立変数としたロジスティック回帰分析

※印付きの色文字は、転倒と関連の強くなっている14項目の中でも、より強いことが示唆される項目を示す

 表は2018年ASで評価した9,329件のうち転倒転落時の評価369件、これを全評価項目(9分類45項目)について統計処理を行い、転倒と関連の強い14項目と最重要項目の抽出をしたものである。この結果からASの配点修正を行った。既存ASからの変化の特徴としては、認知機能低下や睡眠薬を除いた薬剤に関する項目は以前よりも関連が若干弱くなり、"転倒歴"や"リハビリ施行中"の関連が強くなっていることである。この数年の転倒予防対策において、危険度の高い認知機能低下の患者や薬剤使用の患者は事前に予想し対策を強化していたこと、転倒歴やリハビリ施行患者については想定以上の高齢者の活動性向上が起因しているものと考察している。

 臨床場面での評価やカンファレンスは、適時性・効率性・確実性が求められる。テンプレート作成にあたり、文章羅列式記録からフローチャート(入力ストレス軽減)へ、入院当日、多職種で協議できない場合を想定し、身体動作能力が主軸の評価とした。また重要項目の反映を具体的にし、患者・家族からの情報入力も考慮した。このテンプレートは実際のWCで必要時修正される。

 しかし、最も重要なのは"決定した対策を確実に継続実施できるか"ということである。これを実現するには、決定事項を共有し周知することが必須である。当院ではベッドに掲示していた転倒危険度板から視認性の高いピクトグラムへ変更した。例えば、柵の本数や位置、センサー使用とそのモードなど確認すべき環境設定をそこに集約した。患者の処置や検査またリハビリなどが終了したとき、関わった職員が環境を元通りにしベッドから離れる習慣づけで対策の不備を最小限にできる。

2. これらの効果判定と解釈

 テンプレート(+新ピクトグラム)導入前にWCを行っていた転倒群と、導入後にWCを行った転倒群の2群、それぞれ転倒後に転倒予防対策を変更した割合を比較し、これを"対策の適切性(正確性)"として効果をみた(図1)。

図1:対策の適切性の効果をはかる転倒後の転倒予防対策変更比率を表す図。
図1 転倒後の転倒予防対策変更比率(2018年4月~2021年9月)

 この結果では、テンプレート(+新ピクトグラム)を使用している群は、使用していない群に比べ有意に転倒後の転倒予防対策変更率が低く(P=0.000272)、また2019年度においては月別転倒率も有意な低下がみられた(P=0.0262)。テンプレート導入後、評価者の経験値によらない対策が実施可能になり、転倒後の転倒予防対策変更率の低下[対策の適切性(正確性)が向上]につながった。また新ピクトグラムにより対策の継続も概ねできていると考察している。

 しかし、当院10年間の転倒率の推移をみると平均2.47‰、特に近年増加傾向である(2018年2.73‰→2019年2.67‰→2020年2.82‰)。現在行っている転倒予防対策の工夫は、一見意味を持たないようにも見えるが、果たしてそうなのか。次に転倒事例の内容について考えてみたい。

 図2のグラフは、転倒患者の認知・精神機能の低下数と転倒予見可否、図3は予見可能性に結果回避措置の有無を加えた年次推移である。認知症を含む理解力低下のある転倒患者は2018年度まで増加しているが、2019年から40%台へ減少。そして転倒の予見が不可能な割合は2018年まで増加するが以降横ばいである。また予見可能性が前提となる結果回避義務については、ある程度義務を果たせているが措置が不十分なものが近年12%前後である。

図2:転倒患者の認知・精神機能の低下数と転倒予見可否の推移を表す図。
図2 転倒患者の認知・精神機能の低下数と転倒予見可否の推移(看護師判断に基づく)(当院転倒転落後チェックシートから集計)

WCテンプレート+新ピクトグラムを導入したのが2019年度からであり、認知機能低下患者への対策により転倒回避につながった可能性がある

図3:予見可能性に結果回避措置の有無を加えた年次推移を表す図。
図3 予見可能性と結果回避措置(当院転倒転落後チェックシートから集計)

結果回避義務は予見可能性を前提としている。結果回避措置が不十分である例をいかに減らせるかが重要である。

 前述した当院の転倒予防対策の工夫とこの年次推移のグラフから考えられることは、"予見可能な症例については(ある程度)転倒を防止できる"ということである。評価ツールの見直しと適切な転倒予防対策継続により、転倒危険度が高く認知機能低下があったとしても、ある程度抑え込むことができる。しかし"転倒の予見がむずかしい例"が増えていることを鑑みると"転倒を防止・減少させる"というより、増えていく転倒患者をいかに"これ以上増やさないか"と目標を置くほうが正しいかもしれない。

転倒予防のチーム医療の考え方

 転倒は、身体機能・精神機能・薬剤・環境・心理面など多様な因子が交差しながら生じる。病院において各専門職がチームとして介入することは、それぞれの専門領域を緩徐にオーバーラップさせ1つの事例・医療に取り組むことである。情報の共有と連携は、医療スタッフの転倒事故に対する観方(みかた)や意識の変化につながり、安全基盤の形成が期待できる。ただしチームの活動が未来にわたり継続・継承され、医療を取り巻く背景の変化に対応していくことが重要である。

 近年では他の専門チームとの協働、特に認知症サポートチーム(Dementia Support Team以下DST)との連携が重要視されている。当院でもDSTとの協働でより深く患者の行動要因を考察する機会が得られた。例えば、せん妄の予防や睡眠をコントロールすること。非薬物療法でむずかしければ薬剤をうまく使用し安定した心身の状態へ導くことなど、別の観点から転倒予防にもつながっている。

おわりに

 結論的には、病院・施設における転倒・転落事故の減少はむずかしい。ただし多職種・多因子介入により、防ぐことのできる転倒は確実に存在する。その精度をいかに高められるかがチームの大きな役割である。転倒に至った背景を含めて事例を丁寧に分析し対策に活かす、また患者・家族がその取り組みを知り理解・協力に至ること、これが転倒件数だけの評価でなく、最も尊重すべき"医療の信頼"に寄与する。

文献

  1. 日本医療機能評価機構 医療事故防止事業部:医療事故情報収集等事業.2020年年報.
  2. Cameron ID, Dyer SM, Panagoda CE,et al.: Interventions for preventing falls in older people in care facilities and hospitals. Cochrane Database Syst Rev. 2018; 9(9): CD005465.

筆者

写真:筆者_平井覚先生
平井 覚(ひらい さとる)
一般財団法人永頼会松山市民病院リハビリテーションセンター副室長
略歴
1990年:今治看護専門学校専門課程看護科卒業、1994年:愛媛十全医療学院理学療法学科卒業、財団法人永頼会松山市民病院入職、2010年より現職。2015年:愛媛大学法文学部卒業
専門分野
リハビリテーション

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.100(PDF:6.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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