高齢者心不全の薬物治療と服薬管理
公開日:2017年10月24日 11時00分
更新日:2024年9月 9日 16時30分
吉川 勉(よしかわ つとむ)
榊原記念クリニック院長
はじめに
従来の診療ガイドラインに記載されている内容は、比較的若年者の心不全患者を対象とした臨床試験の成果に基づくものである。高齢心不全患者は、腎機能障害・閉塞性肺疾患・肝機能障害・脳血管疾患・悪性腫瘍・感染症などさまざまな全身疾患を有するため、従来の心不全ガイドラインをそのまま適応することはできない。この薬物治療についての注意点は以下の項にゆだねるが、合併疾患と個々の患者の生命予後を勘案しながら、治療を選択することが肝要である。
なお、高齢者心不全の原因として大動脈弁狭窄症がクローズアップされている。手術・カテーテル治療など積極的な治療を選択するか、判断に悩むケースも多い。
一般管理
一般の心不全患者と同様に体重測定、服薬管理、塩分水分制限が必要であるが、高齢者の場合は認知機能の低下もあり、自己管理がむずかしい場面が多い。家族によるサポートが得られる場合はよいが、同居家族がいない場合も多く、一般管理に難渋するケースが多い。ホームヘルパーやケースワーカーによる生活に密着した介入を必要とする場合も多いが、人的・経済的資源にも限界があり、必ずしも行き届かないのが現状である。
高齢者は塩分を好む場合が多く、欧米のような厳密な塩分制限を実践することがむずかしい。心不全手帳を用いた管理も提唱されているが、高齢者は合併疾患が多く、必ずしも病気は心不全だけではない点で運用が困難である。むしろすべてを網羅するような生活日誌のほうが運用しやすい。特に高齢心不全患者においては多職種介入が重要となる。かかりつけ医を中心として、心不全専門医、看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士、ケースワーカーなどの連携が必要である(図)。
下記に心不全で一般的に使用される代表的治療薬について述べるが、高齢者ではこのような「目に見えない治療」が必ずしも長期予後改善につながるとは限らない。むしろ、「目に見える治療」を優先し、β遮断薬などを中止せざるを得ない場面に遭遇する。高齢者では合併症治療薬など多剤内服が多く、服薬コンプライアンスや眠剤の管理に難渋する。薬剤師だけでは困難で、同居している家族の援助が必須である。参考までに高齢者における心不全治療薬の効果を検証した数少ない論文を表に示す(表)。
試験名 | 発表年 | 被検薬 | 対象 | 結果 |
---|---|---|---|---|
SENIORS2) | 2005 | ネビボロール | 70歳以上の心不全例HFpEFを含む | 総死亡あるいは心血管系入院減少 |
PEP-CHF10) | 2006 | ペリンドプリル | 70歳以上のHFpEF | 一次エンドポイント(総死亡+心不全入院)減少傾向、心不全入院減少 |
CHARM1) | 2008 | カンデサルタン | 75歳以上のHFpEFを含む心不全例 | 一次エンドポイント(心血管死+心不全入院)は全体データと同程度に改善 |
CIBIS-ELD3) | 2011 | ビソプロロール・カルベジロール | 65歳以上HFpEF+HFrEF | β遮断薬の忍容性は良好ビソプロロールで心拍数減少カルベジロールで一秒量減少 |
OPTIMIZE-HF9) | 2014 | カルベジロール・ビソプロロール・コハク酸メトプロロール | 65歳以上(平均年齢81歳)HFpEF | 傾向スコア・マッチング解析でβ遮断薬は総死亡あるいは心不全入院改善せず |
レニン・アンジオテンシン系阻害薬
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は、軽症から重症心不全において予後改善効果が証明された治療薬である。心不全症状のないステージBでも将来、心不全を発症する件数を減少させることも証明されている。高齢者においてもその忍容性は高く(副作用が発生したとしても十分に耐えることができる程度)、禁忌がない限り使用すべきである。
副作用として、咳・高カリウム血症・腎機能障害などが挙げられる。高齢者で腎機能障害を有する場合は、投与を慎重にすべきである。咳は内因性ブラジキニン産生による。人種差が大であり、東洋人に多いといわれる。咳が続く場合は、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)に変更する。ARBはACE阻害薬を凌駕(りようが)する効果はないものの、同等に近い効果を得ることが可能である。ACE阻害薬は咳を促すことにより、高齢者では誤嚥性肺炎の予防に有用との報告もある。ACE阻害薬とARBの併用については、心不全全般において賛否両論である。高齢者心不全例においては推奨されない。
カンデサルタンの臨床試験であるCHARM試験(表)のデータベースを用いた高齢者心不全への効果に関する解析が行われている。75歳以上の患者においてもカンデサルタンの効果は同様に認められた1)。
β遮断薬
海外ではカルベジロール、ビソプロロール、コハク酸メトプロロールの有効性が大規模臨床試験で証明されている。わが国ではカルベジロールを用いたMUCHA試験が行われ、低用量および高用量カルベジロールがプラセボに比べて心不全患者の予後を改善することが示された。β1選択性遮断薬のビソプロロールについてもその後試験が行われ、慢性心不全患者への適応が承認された。
β遮断薬の生命予後改善効果はACE阻害薬やARBを凌駕し、慢性心不全患者において最も有効な薬物治療であるが、特に高齢者においては使い方に注意が必要である。高齢者心不全においてもある程度、大規模臨床試験は行われ、エビデンスが得られている。
SENIORS試験(表)は、70歳以上の心不全患者(過去1年以内に心不全による入院歴を有する、あるいは左室駆出率≦35%)を対象とした血管拡張性β遮断薬ネビボロールの臨床試験である。すなわち、対象例には収縮不全(HFrEF)のみならず、収縮機能の保たれた心不全例(HFpEF)も含まれていた。一次エンドポイント(治療有効性の評価項目)は、総死亡あるいは心血管系の原因による入院であった。対象者の平均年齢は76歳、平均観察期間は21か月であった。 一次エンドポイントはネビボロール投与群でわずかに少なかった。年齢を含め、背景因子と有効性に相互作用は見当たらなかった。総死亡はネビボロール投与群とプラセボ群に差はなかった2)。一次エンドポイント減少効果はHFrEFとHFpEFで同様であった。また、腎機能障害の有無についてネビボロールの効果は同程度であった。心房細動合併例ではプラセボに対するネビボロールの優位性は失われた。
CIBIS-ELD試験(表)は、65歳以上のHFrEF患者とHFpEF患者を対象に行ったカルベジロールとビソプロロールの忍容性を検討した試験である。忍容性はどちらのβ遮断薬においても良好で差はなかった。カルベジロールでは肺機能検査で1秒量が減少し、ビソプロロールでは心拍数の減少が顕著であった3)。
高齢者では閉塞性肺疾患や潜在性徐脈性不整脈を有することが多い。閉塞性肺疾患合併例にβ遮断薬を投与してはいけないという根拠はないが4)、β1選択性遮断薬の使用など配慮が必要である。もちろん、活動性気管支喘息には投与は禁忌である。腎機能障害はβ遮断薬導入の禁忌とはならない。積極的な導入によって腎機能障害のない心不全患者と同等あるいはそれ以上の効果を期待することができる。
高齢者では心房細動合併例が多い。従来の大規模臨床試験では心房細動例を含む心不全例でその有用性が証明されてきた。しかし、最近になって心房細動例ではその効果を認めないとのメタ解析が報告された5)。心房細動例ではβ遮断薬によって十分心拍数がコントロールされなかったなどの理由が考えられるが、今後の検討が必要である。その後、心房細動例でもβ遮断薬の死亡率軽減効果は認められるとの報告もなされている6)。少なくとも、徐脈のない限り、心房細動例でβ遮断薬を控える根拠はないようである。
ミネラロコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)
欧米ではNYHA(心不全重症度分類)クラスⅢ以上の比較的重症な心不全患者に対するスピロノラクトンの有効性が証明されているため、ガイドラインでもステージC後半の症例に対する投与が推奨されている。NYHAクラスⅡ以上の比較的軽症例でも左室駆出率35%未満の心不全例では、エプレレノンの有効性が証明された7)。さらには、心筋梗塞後心機能低下例あるいは心不全例を対象としたEPHESUS試験でもその生命予後改善効果が報告された。わが国でも医療現場では多くの患者にスピロノラクトンやエプレレノンがすでに投与されている。
高齢者での注意点は腎機能障害と高カリウム血症である。高齢者ではこれらの副作用によって治療を断念せざるを得ないケースが多い。非ステロイド系MRAフィネレノンはミネラロコルチコイド受容体への親和性に優れ、高カリウム血症や腎機能障害などの副作用が少ないことが期待されている。高齢者心不全への投与開始に当たっては、標準的な投与量よりも1ランク少ない用量で開始することが推奨される。ACE阻害薬、ARB、MRAの3者併用は高齢者の場合、特に禁忌である。
利尿薬
利尿薬は心不全に伴ううっ血を解除する目的で使用する。急性増悪期にはフロセミド静注を使用するのが標準的である。この場合の注意点は、血行動態の急激な悪化(血管内容量の急激な減少による低血圧)、低カリウム血症、腎機能悪化である。高齢者では腎機能障害を伴う症例が多く、特にフロセミドによる腎機能悪化が危惧される。急性増悪期における腎機能悪化は長期予後不良と関連することも示されており、腎機能保護を念頭に置いた利尿薬の選択が必要である。フロセミドに代わる静注薬として、カルペリチドやドパミンなどが挙げられるが、フロセミドに勝る効果は証明されていない。
高齢者の心不全患者では静注による治療が長引くと、筋力低下を招きやすいため、なるべく早く経口薬に切り替えて早期離床を図る必要がある。トルバプタンは水利尿を図る新しい経口利尿薬である。高齢者の心不全におけるトルバプタン早期導入は利尿薬静注よりも身体活動能力維持に有用との報告がある。急性増悪期におけるトルバプタンの使用はフロセミドよりも腎機能悪化を来たしにくい8)。高齢者では高ナトリウム血症による橋中心髄鞘崩壊症(きょうちゅうしんずいしょうほうかいしょう)を惹起することがあるので、注意が必要である。やはり7.5mg/日程度の低用量が望ましい。
心不全安定期には短時間作用型利尿薬であるフロセミドから長時間作用型に変更することが望ましい。アゾセミドはフロセミドよりも心不全増悪による入院件数を減らす効果が報告されている。利尿薬は排尿回数の増加を起こすことから、患者によっては外出時の内服を回避することも多い。この場合は、帰宅後に定期用量を内服するよう推奨する。
ジギタリス薬
洞調律の慢性心不全においてジギタリス薬長期投与が生命予後を改善する根拠はなく、頻脈性心房細動を合併する場合には投与が望ましい。心房細動を伴う左室収縮機能不全患者においてジギタリスが予後を改善するかどうかに関するエビデンスはない。
後ろ向き解析ではあるが、ジゴキシンの使用は心不全の有無を問わず心房細動患者の予後不良に寄与したとの報告もある。高齢者では肝・腎機能低下を伴うことが多く、中毒を起こしやすい。特に高齢者に多い心アミロイドーシスにおいては、血中濃度が正常であっても中毒症状を来たしやすい。
強心薬
強心薬の投与は急性期を含めて心不全患者の予後を改善するという効果はない。慢性期における長期投与は、かえって予後を悪化させることは証明済みである。しかしながら、ステージDなど末期心不全状態となって積極的介入の対象とならない場合、生活の質の改善を目標とした強心薬の使用という選択肢はありうる。わが国ではピモベンダンなどの強心薬が使用可能である。
HFpEF(収縮機能が保たれた心不全)
急性増悪期心不全患者の3~5割がHFpEFである。HFpEFにはさまざまな要因が関与し、なおかつさまざまな合併疾患を伴う。高齢者ではこのような心不全例が多い。まずは心不全の基礎となる病態を慎重に評価し、その病態に対する治療が優先される。右室負荷や心膜炎など左室への物理的な圧迫の場合は原因の除去に努める。左室心筋の拡張障害の場合は薬物治療が主体となるが、現時点では有効となる薬物治療のエビデンスはほとんどない。β遮断薬やMRAの有用性が一部には報じられているが、再現性に乏しい。
PatelらはOPTIMIZE-HF試験(表)に登録された65歳以上のHFpEF患者データを用いて傾向スコア・マッチングを行い、カルベジロール・コハク酸メトプロロール・ビソプロロールなどのβ遮断薬の予後に及ぼす影響を検討した。 一次エンドポイントである総死亡あるいは心不全入院はβ遮断薬により減少を認めなかった9)。
PEP-CHF試験(表)は70歳以上のHFpEF患者を対象としたACE阻害薬ぺリンドプリルの無作為割り付け比較試験である。1年後において一次エンドポイント(総死亡あるいは心不全入院)はぺリンドプリル投与群で少なかったが、その効果は試験期間全体では消失した。その原因として試験開始1年後から数多くの被験者が実薬であるぺリンドプリルを開始したことが挙げられている10)。
心不全急性増悪期においてフロセミドの投与は、収縮機能の低下した心不全例よりもHFpEF例で腎機能悪化を来たしやすい11)。前述のトルバプタンはHFpEF例においてフロセミドよりも腎機能悪化を来たしにくいことが報告され ている。
また、高齢者心不全、特にHFpEFにおいてはフレイルの重要性が注目されている。栄養介入やリハビリによる筋力低下防止などのほうが薬物治療よりも有用である可能性もある。
おわりに
エビデンスで証明された心不全治療薬は心不全患者の生命予後を改善し、入院を予防することが明らかにされているので、良好な服薬コンプライアンスは当然予後の改善につながる。服薬コンプライアンス不良の原因として、心外合併症の存在、うつ状態、認知機能低下などが挙げられているが、高齢もその原因となる。高齢者の心不全患者は入退院を繰り返すことが知られているが、服薬コンプライアンス不良が原因となっている場合も多い。
心不全治療薬の有効性のエビデンスのもとになった臨床試験のほとんどが、総死亡単独、あるいは総死亡+心不全入院というのが一次エンドポイントとなっている。高齢心不全では運動能力、自立、認知機能、合併症の有無という ことのほうがむしろ重要となることも多い。英国のNICE(National Institute of Clinical Excellence)はQOL指標による評価を推奨している。これを受けて、欧州心臓病学会はすべての心不全に関する臨床試験でQOLをエンドポイントに加えるべきであると述べている。
参考文献
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- Flather MD, Shibata MC, Coats AJ, et al: Randomized trial to determine the effect of nebivolol on mortality and cardiovascular hospital admission in elderly patients with heart failure (SENIORS). Eur Heart J 2005;26:215-25
- Düngen HD, Apostolovic S, Inkrot S, et al: Titration to target dose of bisoprolol vs. carvedilol in elderly patients with heart failure: the CIBIS-ELD trial. Eur J Heart Fail 2011;13:670-80
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- Patel K, Fonarow GC, Ekundayo OJ, et al: Beta-blockers in older patients with heart failure and preserved ejection fraction: class, dosage, and outcomes. Int J Cardiol 2014;173:393-401
- Cleland JG, Tendera M, Adamus J, et al: The perindopril in elderly people with chronic heart failure (PEP-CHF) study. Eur Heart J 2006;27:2338-45
- Takei M, Kohsaka S, Shiraishi Y, et al: Effect of estimated plasma volume reduction on renal function for acute heart failure differs between patients with preserved and reduced ejection fraction. Circ Heart Fail 2015;8:527-32
筆者
- 吉川 勉(よしかわ つとむ)
- 榊原記念クリニック院長
- 略歴:
- 1981年:慶應義塾大学医学部卒、慶應義塾大学内科学教室入局、1983年:栃木県済生会宇都宮病院勤務、1985年:慶應義塾大学助手(医学部内科学)、1990年:同(医学部中央臨床検査部)、1992年:同(医学部内科学)、1994年:米国University of Colorado Health Sciences Center にて心不全におけるβ受容体に関する基礎研究、1996年:慶應義塾大学専任講師(医学部内科学)、2001年:同助教授、2007年:同准教授、2011年:榊原記念病院循環器内科部長、2012年:同副院長、2015年より現職、慶應義塾大学医学部客員教授(兼任)、2016年:公財)日本心臓血圧研究振興会理事(兼任)
- 専門分野:
- 循環器内科学。医学博士
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.83