健康格差の「見える化」と対策
公開日:2018年7月13日 12時00分
更新日:2024年8月14日 11時57分
こちらの記事は下記より転載しました。
尾島 俊之(おじま としゆき)
浜松医科大学医学部健康社会医学講座教授
見える化の意義
「見える化」は、もともとは製造現場で装置の不調などを素早く把握して対応することを指していて、トヨタ自動車での取り組みなどが有名である。その後、企業活動全般でのデータ活用に広がり、さらに医療分野などでも使われるようになった。健康格差に関しては、2008年に出版された世界保健機関(WHO)の健康の社会的決定要因に関する専門委員会報告書1)で、健康格差への対応において、問題の測定と理解を進めることの重要性が強調されている。
一般的に、見える化の意義として表1に示すことがある。まず、問題の大きさや、どの地域・集団で問題が大きいか、逆に良好かなどの現状を把握する。このことは、関係者や一般住民などと課題への共通認識を形成するという意義もある。また、問題の大小にはどのような要因が関連しているかを明らかにして対策立案の参考にする。そして、対策を進めながらその評価を行うという意義がある。
表1:見える化の意義
- 現状の把握、共通認識の形成
- 関連要因の検討
- 対策の評価
表2:見える化の分析方法
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- 地域比較
- (地域別の塗り分け地図、地域別棒グラフ、全国や他地域との比較など)
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- 人の属性比較
- (教育・所得・職業・性別・年齢・国籍・人種など)
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- 時間比較
- (年次推移、2時点の比較など)
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- 要因との関連性分析
- (変数間の散布図、段階別の棒グラフなど)
地域比較
見える化の分析方法には表2に示す種類がある。これらの中で、見える化の第一歩は地域比較である。厚生労働省は、地域包括ケア「見える化」システムを2015年から稼働しており、地域間比較による現状分析などについて、利用者登録を行えば誰でも見ることができるように提供している。図1は、そのシステムによる、週1回以上の通いの場の参加率を地図で表したものである2)。地域別の参加率の高低が一目瞭然である。このシステムでは、要介護認定率、介護保険料、介護保険サービスの利用状況など介護保険制度の運用に伴う実績データについて基本的に全保険者の状況を知ることができる。
一方で、日本老年学的評価研究(JAGES)では、地域在住の高齢者へのアンケート調査結果に基づいて、研究参加自治体に限られるものの、より詳細な高齢者の状況を分析することができる地域マネジメント支援システム(JAGES HEART)を開発している3)。図2はある市の地域診断書の例である。多数の指標について研究参加の他の自治体と比較した結果をコンパクトに示すことができる。学区単位での結果を表示したり、地域ごとに棒グラフなどで見たりすることもできる。
なお、高齢者の現状とひと言で言っても前期高齢者と後期高齢者などの年齢によっても状況が異なり、後期高齢者の割合が高い地域では好ましくない結果が出やすい。そこで、より妥当な比較のためには、前期高齢者や後期高齢者に限定した分析や、年齢調整した分析結果を見る必要がある。また、人口やアンケート調査回答数が少ない地域については、偶然に高め、または低めの結果が出ることも多いため、結果を解釈する際には注意を要する。地域診断を行うときには、課題や悪い点に目が行きがちであるが、地域のよい点や、ボランティアをしたいと思っている高齢者などの地域資源となる項目についても見ていくとよい。
人の属性比較
見える化を行う場合には、教育・所得・職業など、健康格差を生じがちな社会経済的な要因による比較や、性別・年齢階級による比較、また国籍や海外においては人種による比較なども重要である。図3はJAGESによる追跡研究のデータと日本全体の簡易生命表を用いて、教育歴別の平均寿命を推計した結果である4)。教育歴によって男では約4年、女では約3年の平均寿命の格差があることがわかる。やや専門的になるが、このような結果から、格差勾配指数などの格差指標を計算することもある。
時間比較
時代の流れの中で、また種々の対策を行う中で、健康格差やその他の課題がどのように推移していくかを見ることは取り組みの評価などのためにも重要である。図4は総務省統計局「就業構造基本調査」をもとに厚生労働省が算出した労働所得のジニ係数の年次推移である5)。ジニ係数は格差の指標であり、0が完全な平等、1が完全な不平等を指す。このグラフからは労働所得の格差は2007年まで拡大が続いてきたが、2012年は上げ止まったことがわかる。
厚生労働省は健康日本21(第二次)において、健康寿命の都道府県格差を縮小させることを目標の1つに掲げている。図5は平成22(2010)年、平成25(2013)年、平成28(2016)年の都道府県の健康寿命格差の推移を示している6)。ここでSDと書かれているのは「標準偏差」であり、地域間のバラツキ、すなわち格差の大きさを示している。2010年には0.58であったものが、2016年には0.37と都道府県格差が縮小しており、また統計学的に有意な結果であった。やや専門的になるが、3つの年次での、正規スコアと日常生活に制限のない期間の平均(健康寿命)との都道府県の分布の傾きが緩やかになっていることも格差が縮小していることを示す。
地域間の格差を見る場合に、最大値と最小値の差、すなわち範囲を使用することもあるが、その場合には、最大または最小のただ1つの地域で特殊な事情があった場合に、全体の格差の数値が大きく変動してしまうことになり、不安定な指標になる。そこで地域間の格差を評価するときには、全地域のデータを用いて計算する標準偏差を用いたほうが、全地域の状況を踏まえて格差の評価をすることができる。
要因との関連性分析
要因と結果と考えられる項目間の関連性を分析することにより、対策立案の参考にすることができる。1つの方法は散布図であり、横軸を要因と考えられる項目、縦軸を結果と考えられる項目として、点々を打っていく。右肩上がり、右肩下がり、またU字形などの関連が見られるかを検討する。もう1つの方法として、要因と考えられる項目の段階別に、結果と考えられる項目の棒グラフを書くのもわかりやすい。
図6は、横軸について各市町村での認知症サポーター講座開催回数(人口1万対、平成30年3月までの累計)について市町村数が概ね等しくなるように人口1万人当たり17回未満、17回以上30回未満、30回以上の3区分に分けた。そして、縦軸をJAGESの2016年調査で、地域で大切にされていると感じている高齢者の割合として分析したところ、統計学的に有意な関連が見られた(一般線形モデルで性・年齢・人口規模調整済み)。他の要因が絡んでいないか、因果の逆転でないかなど慎重に考える必要があるが、認知症サポーター養成講座を熱心に開催している市町村では、住民の高齢者への接し方が良好である可能性が考えられる。個人単位や地域単位でのこのような分析を行うことにより、どのような対策に力を入れるべきかの判断材料とすることができる。なお、特に対策の立案のためには、数量的な分析だけではなく、地域住民や関係者の生の声を聞くなど、質的な情報も有用である。
健康格差対策
健康格差対策の方法について、医療科学研究所の研究プロジェクトの成果が、図7に示す「健康格差対策の7原則」としてまとめられている。
まず始めるにあたって、本稿のテーマである見える化によって課題共有を行う。次に対策の戦略を考えるうえで、すべての人への対策をとりながら、より不利な人びとには手厚い支援を行う配慮ある普遍的対策と、特に子どものときから対策を強化するライフコースの視点が重要である。実際に対策を動かすうえでは、PDCA(計画、実施、評価、改善)、国・地方・小地域などでの重層的な対策、分野や部署の縦割りを越えるコミュニティづくりなどが重要となる。詳細は、次章および参考文献記載のホームページを参照いただきたい7)。
本稿は、厚生労働科学研究「認知症発生リスクの減少および介護者等の負担軽減を目指したAge-Friendly Citiesの創生に関する研究」の成果も含めながらまとめたものである。
参考文献
- 尾島俊之、近藤克則、鈴木佳代、他.所得・学歴による平均寿命格差の推計.第58回 東海公衆衛生学会学術大会抄録集,p86,2012.
筆者
- 尾島 俊之(おじま としゆき)
- 浜松医科大学医学部健康社会医学講座教授
- 略歴:
- 1987年:自治医科大学医学部医学科卒、1992年:愛知県設楽保健所長、1995年:自治医科大学公衆衛生学教室(助手、講師、助教授)、2006年より現職
- 専門分野:
- 疫学、公衆衛生学。博士(医学)
転載元
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