低栄養予防・免疫力向上の食事・栄養
公開日:2020年9月18日 09時00分
更新日:2020年9月18日 09時00分
新型コロナウイルス感染症対策で気になる「免疫」。免疫の抵抗力は食事、運動、睡眠やストレスにより影響を受けることが知られています。免疫の抵抗力を維持するために、政府はバランスの良い食事を摂ることを奨めています。具体的に「何をどれくらい食べれば良いか?」を国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター NILS-LSA(ニルス・エルエスエー)活用研究室 室長 大塚 礼 先生にお話を伺いました。
新型コロナウイルス感染症禍において高齢者が食事で気を付けたいこと
財団:コロナ禍において高齢者の生活はどのような影響を受けるのでしょうか?食事で気を付けたいポイントを踏まえて先生のご見解をお聞かせください。
大塚先生:新型コロナウイルスによる高齢者への影響は、外出の頻度が低下し、活動が制限されることだと思います。外出頻度が低下することで買い物の回数が減ったり、外食を控えたり、人との交流が制限されることで社交の場が激減する、といったことが食事の質にも悪い影響を与えていると思われます。家族と同居している人は家族と食事する機会がコロナによって以前より増えて、食生活が豊かになった人もいると思いますが、独居の高齢者は孤食が進んだのではないかと思います。
買い物の頻度が減れば、新鮮な野菜や果物、乳製品を購入する機会が減りますので、おのずとそれらを食べる機会が減り、栄養が偏ります。孤食により規則正しく3食を食べるという行動を維持することが難しくなることが考えられ、カップラーメンなどの簡易な食事が続くことでも栄養が偏ります。
また、活動が制限されると日々の活動量が減少しますので、摂食量が減り、低栄養につながるリスクが高まります。
財団:厚生労働省は高齢者に向けて新型コロナウイルス感染症への対応として運動・食生活・人との交流を行い日々の健康の維持を促しております。食生活においては「3食欠かさずバランス良く食べて、規則正しい生活を心掛ける」とあります。バランスよく食べるは具体的にどういうふうに考えればよろしいでしょうか?
大塚先生:バランスのよい食事の明確な定義はありませんが、簡単に言うなら「1日3回の食事で多様な食品群から食品を摂取すること」だと思います。食品群により含まれる栄養素は異なるため、多様な食品を食べることでおのずと栄養バランスは良くなります。
東京都健康長寿医療研究センターが作成した「食品摂取の多様性評価票」(図1)はバランスの良い食事がとれているかどうかを評価する指標の一つとして参考になります。食品摂取の多様性について自身の日々の食事を振り返って、普段食べていない食品群があれば、その食品群の食材を用いた一品を食卓に加えるだけでも、食事の栄養バランスはずいぶん良くなります。
また、食品摂取の多様性は十分達成できていると思われる人については、今度は一つの食品群の中でも多様な食品を摂取するといったアレンジ、例えば魚の中でもいろいろな種類の魚を食べるなどといった工夫をすることも良いと思います。
財団:バランスの良い食事を考えるときに栄養素のバランスよりも、摂取する食品群の多様性を考えれば良いのでしょうか?
大塚先生:栄養素のバランスを考慮して食事を考えるのはかなり難しいです。一般の方でしたら摂取食品群の多様性で食事を評価するのが良いと思います。食事の研究では、食品摂取の多様性の評価指標と、実際の食べているものの栄養価を一緒に検討しますが、食品の品目数と栄養バランスの良好さは非常にきれいに比例します。これは日本だけでなく世界の色々な国の研究で報告されています。
日本人の食事は、白米などの穀類が主食ですが、摂取食品群に多様性がない時は穀類中心の食生活になっていることが多いため、主菜、副菜でさまざまな食品を足していくことでバランスの良い食事に改善していくことができます。
財団:バランスの良い食事を毎日摂るためにはどのようなことを意識すればよろしいでしょうか?
大塚先生:バランスの良い食事を考える前に、食べる量について振り返っていただきたいです。高齢期に一番気を付けたいのは「意図しない体重減少」です。低栄養により体がやせていくことが要介護の大きなリスクになります。ですので、第一ステップとしては、3回の食事がきちんととれているかを確認します。普通体重の方は体重を維持することが大事です。バランスの良い非常に少ない量の食事よりは、しっかり食べてエネルギーを摂ることを優先して欲しいです。
体重が維持できているようでしたら第二のステップとして、ご自身の日々の食事を食品摂取の多様性評価票(図1)に照らし合わせて、食べている食品の多様性を評価します。不足している品目があれば、毎日食べなくても週に3回から4回食べるものを増やしていくことからはじめてください。慣れてきたらどんどん品目を足していくと良いと思います。
普段食べない食品を食べることは、高齢者にとって刺激になりますし、新しい発見があるでしょう。普段の食生活があまり良くない場合でも、普段手に取らなかった新しい食品を食卓に足してみることで栄養バランスは確実に向上します。
食事は本来「楽しい」ものです。コロナ禍に限らず、高齢者には多様な食品を用いて食事を楽しめる工夫をすることが求められています。
財団:糖尿病や高血圧など高齢者に多い慢性疾患、認知症予防、低栄養対策、フレイル対策など、高齢者は食事・栄養に関して気に掛けることが多いように思われます。自分に合った食事をどうすればよいか毎日の献立を迷っている人に考え方などのアドバイスをお願いします。
大塚先生:基本的に疾患によって制限される食品や栄養素があると思うので、それらを第一優先に考えたうえで、多様な食品群を食べられるよう献立を組み立てて欲しいです。
高齢者の低栄養は予後に大きく影響します。高齢期になったらあまり細かく考えず、制限されている食品は制限しつつ、おいしく楽しく食べ続けることを第一優先に考えたほうが良いのではないでしょうか。「毎日の献立」というふうに考えるとおっくうにもなると思いますので、図1を参考にしながらその時の気分で食べたいものを工夫するといった気楽さも必要だと思います。
低栄養予防および免疫力向上のために食べたい食品
財団:高齢者に向けた低栄養予防および免疫力向上のために食べておきたいおすすめの食品はありますか?逆に食べないほうが良い食品や食べ方はありますか?
大塚先生:免疫力を高める食べ物として、さまざまなメディアで特定の食品が紹介されておりますが、何か一つを食べれば免疫力が上がるというものではありません。結論としてはバランスの良い食事を3食しっかり食べることで、おのずと免疫に必要な栄養素が満たされ、結果的に免疫力を高めることにつながります。しっかり食べて、動いて、しっかり寝ることがなによりも感染症予防になります。普段からバランスの良い食事を3食しっかり摂れていれば、コロナ禍だからといって普段に加えて何か特別な食品を加える必要はありません。
気を付けておいたほうが良い点で言えば、塩分の過剰摂取です。コロナ禍だからこそ、市販の総菜やレトルトを活用する場面が普段より多くなると思います。そういった保存がきく食品には、塩分が多く含まれていますので、塩分の摂りすぎには注意してください。甘いものの摂りすぎも良くないので、ほどほどを心がけましょう。
高齢者に向けたバランスの良い食事の献立
財団:高齢者に向けたおすすめのバランスの良い食事の献立例についてご紹介いただけると嬉しいです。
大塚先生:われわれ国立長寿医療研究センターは「健康長寿教室テキスト」2)を作成いたしました。こちらのテキストにバランスの良い食事がどういうものか紹介しています。図2のように1食あたり主食1品・主菜1品・副菜2品を、1日を通して牛乳1~2杯と果物握りこぶし1個分を摂ることで栄養バランスの良い食事になります。
大塚先生:1日の献立の考え方の基本はお肉かお魚かを最初に決めると1日の献立が決まりやすいと個人的には思います。すなわち主菜のたんぱく質から献立を決めたほうが良いと思います。
高齢者にとってたんぱく質は大変重要です。高齢男性では1日60グラムのたんぱく質を摂ることが推奨されています。例えば、牛乳1杯(200ml)と卵1個は毎日必ず摂ることを基本とし、それらに魚か肉を1日1回食べます。そして、ご飯3杯、納豆1パック、豆腐3分の1丁、大福もち1個を組み合わせて摂ると、1日に摂っておきたいたんぱく質約60グラムを摂ることができます(図3)。
大塚先生:たんぱく質を中心に1日の献立考えることを基本とし、野菜は毎食何か食べ、1日の食事のどこかで豆、海藻、果物、牛乳を足せば、多様性のあるバランスの良い食事になります(表1)。
3食をどのように組み立てるかですが、当日の買い物のときにスーパーの特売品(お肉や魚)から選んでみると考えやすいのではないでしょうか。旬の生鮮食品は安く売られることが多いうえに栄養価が高いためおすすめです。料理が面倒なときは刺身や、肉魚類の惣菜を活用したり、買い物に行けないときは缶詰を活用したりするのも良いと思います。自身の生活スタイルに合わせて、できるところから前向きに工夫していただきたいと思います。
朝食 | 昼食 | 間食 | 夕食 | |
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例1 |
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果物(スイカ・桃・ぶどう等) |
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例2 |
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大福 |
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大塚先生:歯が悪くなって、量を食べることが難しい方は、たんぱく質の入った栄養補助食品を利用したり、普段の料理にスキムミルクを足したりするなどの工夫も良いと思います。歯が丈夫で食べられる方は、できるかぎり歯でよく噛んでバランスの良い食事が摂れるよう努力してもらいたいです。
財団:一人暮らしの高齢者など食事に楽しさを見いだせない方もいらっしゃると思います。食事を楽しめるようになるためのアドバイスをいただけますか?
大塚先生:自分一人で気持ちを変えるのは大変難しいと思います。一人暮らしの高齢者には誰かがこまめに声掛けしていただきたいです。ちょっとしたことをサポートしたり、定期的に出入りして様子を見たり、最初は誰かの協力が必要だと思います。人間は集団で生きる社会的な動物なので、繋がりがないと生きていくのが苦しくなってしまいます。「あなたを気にかけていますよ」ということが伝われば、少しずつ前向きな気持ちになるのではないでしょうか。
財団:例えば一人暮らしの高齢の男性で毎日の食事を菓子パンに野菜ジュースで済ませているような方に、コンビニエンスストアなど売られている冷凍総菜を加えるのも良いでしょうか?
大塚先生:良いと思います。もちろん新鮮な食材が好ましいですが、今の冷凍食品は加工技術が進歩しており栄養価が高い状態で売られているものが多いです。最近では高齢者層に向けた手軽な冷凍食品や加工食品が増えていますので、ご自身がよく食べているものにそれらの食品を一品加えていただくことで、バランスの良い食事に近づくと思います。
食品の多様性は特に高齢者に意識していただきたいのですが、若い方については多様性を重視しすぎると、どんどん食べる量が増える恐れがありますので、食べすぎには注意が必要です。高齢者は加齢とともに食が細くなりがちですが、自分で食べられるうちはちょっと太り気味くらいが予後に良いので、バランスの良い食事を積極的に摂ってほしいと思います。
財団:「ちょっと太り気味」とは具体的にどのくらいですか?
大塚先生:厚生労働省の食事摂取基準2020によると、70歳以上のBMI※1は21.5~24.9の範囲を目標としています3)。BMI21.5未満のやせとBMI30以上の太りすぎは避けて、BMIの目標範囲よりすこし重いくらいの小太りくらいが良いのではないでしょうか。
最近はやせている高齢者が増えています。今の60歳代から70歳代の人たちは現役世代にメタボにならないように一生懸命励んだ世代なので「太っていることは良くない」と思い込まれています。特に女性は太らないようダイエットに努力されている方がみえますが、実はそれはあまりよくありません。やせは骨粗しょう症、サルコペニア※2につながっていきます。最近ではサルコペニアは若いやせの女性で発症が増えています。若い方のサルコペニアは大変深刻で、若い時に気がつかないまま高齢者になったときには、今の高齢者よりもずっと転倒・骨折の頻度が高くなることが懸念されます。
- ※1 BMI:
- BMIとはBody Mass Indexの略で、体重と身長の関係から算出される、ヒトの肥満度を表す体格指数のことです。指数の計算式は以下の通りです。
BMI=体重(kg)/身長(m)2 - ※2 サルコペニア:
- サルコペニアとは、加齢や疾患により、筋肉量が減少することで、握力や下肢筋・体幹筋など全身の「筋力低下が起こること」を指します。または、歩くスピードが遅くなる、杖や手すりが必要になるなど、「身体機能の低下が起こること」を指します(リンク参照)。
財団:現役世代のメタボ対策が高齢期のやせにつながるということですね。
大塚先生:高齢期に入ったらメタボ対策から低栄養対策へ考え方を変える「ギアチェンジ」をする必要があります。高齢期はバランスの良い食事をたくさん食べることを重視していただきたいと思います。ギアチェンジをするタイミングははっきりわかっていませんが、私どもが行ったNILS-LSAの調査では、40歳くらいから摂食量は少しずつ減っていき、体重も減少していきます。特に女性は閉経を機に体の構造が大きく変化しますので、予後をよく保つためにも必要以上にやせることはやめたほうが良いと思います。
健康寿命を延ばすには、自分の体に栄養をしっかり蓄えて、筋肉量を維持し、できるだけ自立した生活をすることが大事です。
メッセージ
財団:健康長寿ネットをご覧になっている読者へメッセージをお願いします。
大塚先生:現役の高齢者の皆さんに大変期待していることがあります。高齢者の皆さんは長い人生においていろいろな苦労や苦難を乗り越えてきた、経験豊かな方たちだと思います。現在の高齢者は10年前の高齢者と比べて心身ともに若返っていることが報告されています。つまり、ご自身がもっている「高齢者像」は過去のものであり、まず払拭して欲しいです。高齢者の方はこれまでの高齢者像に捉われずに、経験を生かして今の時代だからこそできる新しいことにどんどんチャレンジしていただきたいですし、若い世代にその姿を見せてほしいです。
世間では未だに高齢期に対して暗いイメージが付きまとっている気がしますが、魅力的な高齢者が世の中に増えれば高齢期が輝かしいイメージに変わっていくと思います。私たち若い世代も、魅力的な高齢者がたくさんいればいるほど高齢期を迎えるのが楽しみになります。生物学的な寿命はありますが、「もう年だから・・・」と卑屈にならず人生の最期まで輝いていただきたいと思います。
文献
- 熊谷 修, 渡辺 修一郎, 柴田 博, 他: 地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衆衛生雑誌, 2003; 50(12): 1117-1124.
話し手
- 大塚 礼 (おおつか れい)
- 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター
老年学・社会科学研究センター NILS-LSA活用研究室 室長 - 最終学歴
- 2007年 名古屋大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)
- 略歴
- 2007年 日本学術振興会 特別研究員PD(国立長寿医療研究センター)、2009年 国立長寿医療研究センター 疫学研究部 栄養疫学研究室 室長、2013年 同センター老年学社会科学研究センター NILS-LSA(ニルス・エルエスエー)活用研究室 室長(現職)
- 専門分野
- 栄養疫学、公衆衛生学
聞き手
公益財団法人長寿科学振興財団 事業推進課 山口 貴利