認知症施策推進大綱を受けて
公開日:2020年4月30日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時34分
こちらの記事は下記より転載しました。
鳥羽 研二(とば けんじ)
東京都健康長寿医療センター理事長
認知症施策推進大綱を受けて
2040年には3人の働く人が1人の認知機能低下者を支える「認知症社会」とも呼ぶべき時代が想定されている。
認知症医療介護推進会議[日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会など医療団体、日本老年医学会、日本認知症学会などアカデミア、全国老人保健施設協会、日本慢性期医療協会、日本介護福祉士会など福祉系団体、認知症の人と家族の会、当事者ワーキンググループなどが参加、国立長寿医療研究センター(事務局)]が意見を集約し、2018年2月に厚生労働大臣にオレンジプランの改善について答申した1)。
その骨子は以下の基本的な考え方にまとめられている1)。
- 「認知症の人」と「その家族」は、ニーズや要望も異なるそれぞれ別の支援対象者であることを明確にする
- 認知症の人の視点に立ち、認知症の人の意見を聞きながら、支援や技術革新を進めていく
- 認知症の人を「被支援者」としてのみとらえるのではなく、本人の能力を活かした地域での共生を目指す
政府の認知症施策推進関係閣僚会議では2018年12月、「共生」と「予防」をキーワードに新しい施策を検討し、2019年6月18日に認知症施策推進大綱2)を策定した。
この間、筆者が閣僚会議の下に設けられた有識者会議の座長として、大綱のとりまとめに微力を尽くした経緯を含め、大綱の持つ新しい意味について述べたい。
「予防」に関しては、認知症予防は、一般的には「かからない」という一次予防と捉えがちであるが、「先送り」「悪化予防」「穏やかに」「共生」といった幅広い概念で捉えられるべきであり、これを一丁目一番地として記載することを全員一致で答申し、大綱の最初の「基本的考え方」に採用された。
認知症の発症を遅らせ、認知症になっても、希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人や家族の視点を重視しながら「共生」と「予防」を車の両輪として施策を推進2)
その一方で、一次予防に関しては、本邦の認知症有病率は今後も増加するとされ、減少し始めた欧米のデータ3),4)の中で特異であった(表1)。
表1 認知症の発症率、有病率に関する国際比較
発症率(本邦ではIncidenceのデータはない)
Study | Period | Relative Change(%)per year | Setting, age range |
---|---|---|---|
Indianapolis, USA | 1991-2002 | -5.5% | African Americans, 65 and older |
Framingham, USA | 1980-2006 | -1.7% | 60 and older |
Bordeaux, France |
1988/1989-1998/1999, |
-3.5% (overall) |
65 and older |
Rotterdam, the Netherlands | 1990-2000 | -2.5% | 60-90 |
Germany | 2004-2007 2007-2010 |
-3.0% | Insurance claims data, 65 and older |
Ontario, Canada | 2002-2013 | -0.6% | Health insurance plan, hospital discharge and ambulatory care register; age range not reported |
Chicago, USA | 1997-2008 | no trend | |
Stockholm, Sweden | 1988-2002 | not report(stable prevalence and survival increase) | 75 and older |
有病率
英国、スペイン、米国、ドイツで減少(-3.6~-1.2)、スウェーデンで不変~増加(8%)、日本:増加(1.9%)
出典: Prince, et al. 20164)より引用改変
しかし最近のデータは、本邦でも認知症有病率に変化が見え始めている。特に、全国的に調査された介護保険の自立度Ⅱ以上の明確な認知症の有病率が、過去3年間で94歳まで減少した事実が明らかになった。これは、たとえば70代で認知症で生活自立ができない確率が低下し始めたことを意味する、明るくかつ画期的なデータである。
今回、認知症施策推進大綱の「予防」について、
運動不足の改善、糖尿病や高血圧症等の生活習慣病の予防、社会参加による社会的孤立の解消や役割の保持等が、認知症の発症を遅らせることができる可能性が示唆されていることを踏まえ、予防に関するエビデンスを収集・普及し、正しい理解に基づき、予防を含めた認知症への「備え」としての取組を促す。結果として70歳代での発症を10年間で1歳遅らせることを目指す。また、認知症の発症や進行の仕組みの解明や予防法・診断法・治療法等の研究開発を進める2)。
といった、参考指標ながら、数値が入ったことは喜ばしい。
一方、「共生」については、有識者会議で、愛知県大府市のオレンジタウンミーティングでの各職能団体の参加者の「自分ごととしてのアクションプラン」のグループワークと発表の様子を座長から紹介したことも契機となり、各省庁のトップが認知症施策推進大綱に資するアクションプラン策定をとりまとめることになった(表2)。
表2 「認知症バリアフリー」の推進
住み慣れた街で、その人らしく生きる―共生―
出典:認知症施策推進大綱2)より抜粋改変
「総花的すぎる」、「項目が多すぎ優先順位をつけるべき」など有識者委員のご指摘はもっともであるが、今までの認知症の、たとえば自動車事故が問題になれば運転免許や自動運転自動車の開発を考えるといった受け身の対応から、「自分の親、友人、いずれ自分も」といった意識変容の中での立案の集合が得られた意義は大きい。また、与党は認知症基本法案を国会に提出し、審議が継続される見込みである(表3)5)。
出典:認知症基本法案概要5)より抜粋
認知症施策は大きな変革期にあり、本特集を通じて、各方面の一層の議論が待たれている。
文献
- 認知症医療介護推進会議:認知症医療介護推進に関する提言(2018年2月16日).
- Roehr S, Pabst A, Luck T, Riedel-Heller SG: Is dementia incidence declining in high-income countries? A systematic review and meta-analysis. Clinical Epidemiology. 2018; 10: 1233-1247. doi: 10.2147/CLEP.S163649.
- Prince M, Ali GC, Guerchet M, et al.: Recent global trends in the prevalence and incidence of dementia, and survival with dementia. Alzheimer's Research & Therapy. 2016; 8: 23. doi: 10.1186/s13195-016-0188-8.
筆者
- 鳥羽 研二(とば けんじ)
- 東京都健康長寿医療センター理事長
- 略歴
- 1978年:東京大学医学部卒業、同附属病院医員、1984年:同助教授、1989年:テネシー大学生理学研究員、1996年:フリンダース大学老年医学研究員、東京大学医学部助教授、2000年:杏林大学医学部高齢医学主任教授、2006年:杏林大学病院もの忘れセンター長(兼任)、2010年:国立長寿医療研究センター病院長、2014年:同センター理事長・総長、2019年より現職
- 専門分野
- 老年医学
転載元
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