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第3回 高齢者の栄養改善の試み

公開日:2019年5月28日 09時00分
更新日:2019年6月11日 09時41分

柴田 博(しばた ひろし)

人間総合科学大学保健医療学部学部長
(日本応用老年学会理事長)


 高齢者の低栄養の原因については前回述べた。そこで問題となるのは、低栄養の原因を取り除くことによって、栄養状態を改善できるであろうかということである。筆者たちは約20年前から、地域や施設の高齢者の栄養改善の介入研究を行ってきた。それなりに成果を収めてきたので、今回はその研究結果を紹介する。

 栄養介入において、対象が自立した高齢者(以下、自立高齢者)と、障害を持った高齢者(以下、障害高齢者)ではその方法が異なる。高齢者の8割以上は自立していて、自分の食生活を自力で営んでいる。そういった自立高齢者に対しては、食品摂食や調理方法に関する正しい知識を身につけることが先決である。食と栄養に関する学習と教育、すなわち「食育」が大切なのである。

 一方、障害を抱えて施設で生活している高齢者は、1,600キロカロリーくらいの栄養バランスのよい食事が提供されている。そういった人たちの低栄養の原因は、食欲がなくて食べ残しをしてしまうことにある。また、すべてを食べたとしても障害高齢者の場合、消化能力が低下していて低栄養状態に陥ってしまうケースも多々ある。

 筆者たちは自立高齢者と障害高齢者の双方の栄養介入を行った。まずは、障害高齢者への栄養介入の結果を紹介する。対象は特養の居住者で、栄養介入する13名を介入群(平均年齢 79.1±9.8歳)、栄養介入を行わない11名を対照群(80.4±9.0歳)とした。介入群には市販の消化剤S錠を服用してもらい、対照群には何もせず6か月間の血清アルブミン値の変化を比較した。その結果、介入群の血清アルブミン値が有意に上昇した(図1)。

図1:高齢者の栄養改善の介入研究における市販の消化剤服用の効果を表す図。対象を特養居住者とし、栄養介入する13名を介入群(平均年齢 79.1±9.8歳)、栄養介入を行わない11名を対照群(80.4±9.0歳)とした。
図1:市販の消化剤服用の効果(対象:特養居住者)

 また、有意ではないが対照群の血清アルブミン値も上昇した。これについては、血清アルブミンの季節変動の影響が考えられた。この研究の開始時(ベースライン)は7月で、6か月後の1月に追跡調査を行っている。血清コレステロール(血液中のコレステロールの濃度)には、夏低く冬高いという個人内変動があり、血清アルブミンにも同様の変動があることが考えられた。

 図2には、自立して裕福な環境で生活を送っている有料老人ホームの居住者の研究結果を示している。これは、1993年からの2年間、徹底した食育活動を居住者・スタッフに実施した事例である。対象となった居住者の平均年齢は約75歳で、障害高齢者数はゼロ、食事も自分で営んでいた。しかし、夕食はホーム内のレストランで摂る人が多かったことから、レストランのメニューに食生活が大きく左右されていた。

 ホームのスタッフは調理人を含め、「肉、特に赤身は体に悪い」と信じていた。毎日のメニューは1種類のみで、居住者はそれを選ぶしかなかった。週の6日は白身魚で、土曜日は肉が出ていたが、ほとんどが鳥のささ身であった。こうした傾向には、この研究を実施する少し前に米国で報告されたがん予防の指針において、「赤身の肉は控えましょう」という呼びかけが大きく影響していた。

 2年間、82回にわたり「どのようにしてバランスのよい食事を摂るか」というテーマをはじめ、心理面や体育面に関する居住者・スタッフを対象とした勉強会を開くほか、個人相談を65回実施した。その間の血清アルブミン値を対照群である小金井市在住の113名の高齢者と比較した結果、血清アルブミン値が有意に上昇していることがわかった(図2)。また、肉を食べる人も油脂を摂る人も増加し、運動の習慣も増えた。一方、特別な介入を受けなかった対照群の血清アルブミン値は2年間で有意に低下した。

図2:有料老人ホームの居住者・スタッフを対象に1993年からの2年間に行われた食育活動の効果を表す図。
図2:食生活の教育効果(対象:有料老人ホーム居住者)

 血清アルブミンは高齢者の余命や生活機能と最も関連が強い栄養のバロメーターである。何の介入もしなければ加齢に伴い徐々に低下する。幸いにも、対照群の小金井市の高齢者はベースラインの栄養状態がよかったので、2年間の低下の程度は軽微なものであった。栄養状態の悪い地域の住民ではより顕著に低下する可能性が高い。ともあれ、2歳年をとっても血清アルブミン値が上昇した介入群の結果は食育の有効性を示したといえる。

 続いての研究は秋田県N村の地域住民を対象としたものである。これは先の研究(図2)で用いた食育プログラムを地域住民に応用したもの。約1,000名の65歳以上の住民を対象にした栄養介入を実施。

 1992~1996年は介入をせず観察のみを行い、1996~2000年は自立して自力で食生活を営んでいる人を対象に以下の栄養介入を実施した。

  • 老人クラブへの働きかけ70回(3,157名)
  • 食生活改善のためのボランティア活動260回(6,906名)
  • 市民ホールでの活動15回(729名)
  • 健康相談36回(2,072名)

( )内の人数は各取り組みに参加した住民の延べ数

 介入によって65歳以上の住民全体の血清アルブミン値が有意に上昇した(図3)。また、特に肉と乳製品を摂り続けた群においてその傾向が顕著であった。なお、図表には示さないが血色素(ヘモグロビン)量も血清アルブミン値と同様、観察期間には低下し、介入により上昇するという傾向が認められた。

図3:図2で示した食育活動の効果を測定した研究について、秋田県N村の65歳以上の地域住民を対象とし行った効果を示す図。
図3:秋田県N村 65歳以上の栄養教育効果

 栄養の指標であるとともに、老化の指標でもある血清アルブミンは同じ栄養素を摂り続けていても加齢による低下を免れない。それは、肝臓でアミノ酸からアルブミンを合成する力が衰えるからである。ともあれ、多くの高齢者は100点満点の食生活を営んでいるわけではないので、食育によって血清アルブミンを上昇させる余地は残されている。

(2013年10月発行エイジングアンドヘルスNo.67より転載)

筆者

筆者_柴田博氏
柴田 博(しばた ひろし)
人間総合科学大学保健医療学部学部長
(日本応用老年学会理事長)
1937年生まれ。北海道大学医学部を卒業した後、東京大学医学部第四内科医員、東京都老人研究所副所長(現在名誉所長)、桜美林大学大学院老年研究科教授(現在名誉教授)を歴任。2011年より人間総合科学大学保健医療学部学部長、大学院教授。高齢者の寿命と高い生活水準・社会貢献を促すために、東京都、文部科学省、厚生労働省などの研究プロジェクトのリーダーを務めてきた。※プロフィールは誌面掲載当時のものです

著書

『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)、『中高年健康常識を疑う』(講談社)など多数

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.67

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