高齢者の社会への参加と貢献
公開日:2016年11月 3日 18時27分
更新日:2024年8月14日 13時24分
片桐 恵子(かたぎり けいこ)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授
はじめに
高齢者は近年まで社会が面倒をみなくてはならない社会的弱者として扱われてきた。しかし、21世紀に入り、先進諸国における平均寿命の延伸とともに、今の高齢者は以前の高齢者よりずっと若返っているというエビデンスも出てきた1)。歴年齢にて高齢者とされる65歳の人びとは、まだまだ自分を高齢者とみなさず、中年期の延長のような若々しさを保っている人が多くなってきている。
このような身体的な健康状態と気持ちの若々しさは、少なくとも60歳代に対して、かつてのお年寄りという概念にはもはやとても当てはまらない。しかし、高齢者自身は変化しているが、それを受け入れる社会はその変化に対応できているかは疑問である。若返った高齢者にふさわしい活躍の場が確保されているとはまだ言いがたいからである。
人生の区分をどう区切るかという考え方にはいろいろあるが、昔のように画一的な生き方の束縛が薄れたこと、人により健康状態にも差が大きいことなどから、人生を4つの時期に分け、いわゆる定年期のことをサードエイジと呼ぶことが増えてきた。これは仕事から引退しつつ、しかしまだまだ健康で病気や身体の支障などがなく元気に生きられる時期を指す。
昔は定年退職という一時期のイベントであったが、現在は定年と引退は必ずしも同時期ではなく、引退過程としてのプロセスを意味する。仕事から徐々に距離を取り出す、という意思決定をいつ行うかは人によってさまざまなので、サードエイジを暦年で何歳と示すことはむずかしい。さらに、いったんは仕事を辞めたものの、少し休んだらまた何か仕事をしたくなり、仕事に戻る人も多いのである。このサードエイジの人たちは社会からみれば大きな潜在的リソースになる。
そのリソースを活かすひとつが就労である。先進諸国では近年、定年年齢の引き上げや年齢差別の撤廃が図られているが、日本での対応は高齢者の高い就業意欲を活かしきれていると言いがたい。
高齢者就労の実態
高齢人口の増加に伴い、年金支給年齢は65歳となったが、60歳定年のままでは年金支給が始まるまで5年間のブランクが生じてしまう。さらに日本の生産人口の減少から、生産人口を確保するためという目的もあり、政府は高年齢者雇用法を改正して、従業員に65歳まで企業に何らかの形での仕事を提供することを義務付けた。
図1は60歳から5歳刻みの年齢ごとに男女別に2002年からの労働力率の変遷を示したものである。60~64歳の男性は2002年の約70.9%から78.9%へ、同年齢の女性も39.2%から50.6%へ上昇し、男女ともに10%程度上昇している。男女合わせれば64.5%の人が働いている。60歳代後半では、男性は48.4%から54.1%へ、女性は24.0%から 32.0%に増加。男性は6%、女性は8%上昇し、男女全体では42.7%の人が就労している。70歳前半では、男性は30.6%から32.9%へ、女性は15.2%から18.9%へ微増し、全体では25.4%が働いている。最後に75歳以上では、男性は15.0%から13.2%、女性は5.7%から5.4%へとこの年齢層は微減しているとはいえ、全体で8.4%の人がいまだ就労している。
つまり、仕事から隠居して孫の面倒をみる、というような高齢者像とかけ離れ、特に60歳代に着目すれば、高齢者はすでに日本の労働力の一翼を担っているのが現状である。
しかし、労働力率の上昇だけでは、実際の仕事の内容はわからない。若返っているとはいえ、徐々には体力などの衰えがみられ、現役時代と同じように働くことはむずかしいとも考えられる。また、本人たちも現役時代と同じように働きたいと考えているのかも疑問である。
シニア労働者がどのように働きたいと思っているのかについては、いくつかの調査が行われている。高齢労働者がどのように働いているかという高齢者が仕事を選ぶ際に重視することを調べた結果2)では、男性で「経験を生かせること」が最も重視されていたが(28.3%)、「体力的に軽い仕事であること」、これまでより短い「勤務時間」「通勤時間」という現役時代よりは負担の少ない労働条件を求めている人も23.6%存在する。女性では、これらの条件を求める人が他の条件を求める人よりも多くみられた(37.9%)。
高年齢者就労の実態をみると3)、男性60歳代前半でフルタイム就労を望む者は43.0%、後半では24.8%。女性ではそれぞれ22.5%、4.1%である。短時間勤務を希望する者は男性60歳代前半で50.6%、後半で48.5%、女性60歳代前半で50.2%、後半で54.5%であった。
しかし、現実の勤務形態では、男性60歳代前半ではフルタイム就労が65.0%、後半で35.6%、女性では34.9%、18.9%となっており、就労時間だけをみても、高齢者の希望と実態には乖離がみられる。今後、高齢者雇用を進めようとするならば、企業と高齢労働者の間のギャップを埋め、企業と高齢就労者の双方にとって最適な生産性を実現するような労働条件について、今後検討が必要である。
あいにく高齢者の就労に関する調査では、前述のような高齢労働者の求める労働条件、労働時間、地域、正社員か嘱託かなどの仕事の種類、給料や賞与などの待遇、研修の有無など、高齢就労者をめぐる外的な条件にとどまり、仕事の内容や生産性などの研究はほとんど行われていない。現役時代と同じ仕事をこなしているのか、あるいは異なるのか、など高齢労働者の労働の質に関しては、高齢就労者が増加していく中、これから検討が必要である。たとえ現役時代と同じ仕事をしていないといっても、加齢による衰えのせいなのか、あるいは給料などの待遇の変化の影響ではないのか、など外的な条件の変化と組み合わせて考える必要がある。
さらにエイジズム、高齢労働者に対するネガティブな偏見が現役世代労働者や雇用者に存在しないのか、そのために円滑な仕事の妨げになっていないのか、あるいは高齢労働者自体が自分たちをそのような偏見によって「できない」と決め付けていないのか、なども検討課題であろう。
社会的弱者から社会の担い手へ
サードエイジは、これまでにみたように、労働力として生産的活動への従事により日本経済を支えることが可能である。しかし、彼らの可能性はそれだけではない。地域社会の支え手として、NPO、ボランティア・グループの担い手としての役割も果たしている4)。
図2、表1はボランティア・グループの代表者のリーダーの年齢分布を示す。最も多い年代が60歳代である。60歳以上でみれば69.2%を占める。ボランティア・グループへの参加者でみた場合も傾向は同様である。60歳代が占める割合が40.9%で、60歳以上でみれば65.7%を占める。
参加者の就業状態でみれば、「自営業」、「団体職員」など就業者のボランティア参加者は合わせても27.1%であり、ボランティア参加者は非就業者が多くを占めている。さらに、男性参加者の約半数(47.9%)は定年退職者であった。女性では「主婦」(51.4%)を中心に、非就業者が68.1%を占める。メンバーの年齢層では「60歳代」が82.6%と最も多くなっている。さらに団体を構成する主なメンバーの職業は「主婦・主夫」(41.7%)と、次いで「定年退職者」(16.0%)が多く、一方、「企業」など就業者が主なメンバーとなっている団体・グループは1割強に過ぎない。
年代 | 割合 |
---|---|
10歳代 | 0.3% |
20歳代 | 1.3% |
30歳代 | 2.9% |
40歳代 | 7.9% |
50歳代 | 17.2% |
60歳代 | 41.4% |
70歳代 | 24.5% |
80歳代 | 3.3% |
つまり、日本のボランティア・グループの活動は、主婦に並んでシニア層がけん引しているといって過言ではない状況になっている。すでに社会貢献の分野においてはシニアが担い手となり、日本社会を支えているのである。
ボランティア・グループの活動範囲は「市町村全域を範囲とした活動」が最も多く、61.7%である。小学校区・中学校区などの範囲における活動は11.9%であることから、ボランティア活動の大半は、7割以上は自分の住む地域社会で行われていることがわかる。
近年、社会老年学では"aging in place"という言葉が注目されている。これは人生の最後の時期に高齢者施設や病院に入るのではなく、できるだけ自分の住み続けてきた地域で過ごすことがいい、という考え方である。
かつて人びとをつないでいた血縁や地縁などの強い絆が急速に弱まったこと、三世代などが一緒に住んだ大家族から、高齢者の単身世帯、高齢夫婦のみ世帯の増加という世帯構成の変化、さらに他国と比べて別居子との交流頻度の低さなどから、地域社会での支え合いが必要だという認識にもつながり、それは1人ひとりの地域住民の小さな努力の積み重ねで実現すると考えられる。このような社会からの要請に、高齢者はすでにかなり応じて社会的な役割を果たしていると考えられるのである。
社会参加活動と健康
高齢者の社会との関わりは、これまで取り上げた就労とボランティアのみではない。これらの2つの活動はいわゆる生産的活動と呼ばれるものになる。そのうち就労は有償労働、ボランティアの多くは無償労働とされる。生産的活動は貨幣に換算できるように、社会に対して何かプラスの財を産み出す活動となる。しかし、そのような財を産み出さない社会参加活動への参加も重要な意味を持つのである。
社会老年学の分野では、社会との関わり方について活動理論という考え方がある。高齢期になってもできるだけ中年期の活動レベルを保つほうがいいという主張である。その根拠は、アクティブな活動をしているほうが精神的にも身体的にも健康である、という知見である。認知症の予防にも効果があるといわれている。1回の調査の結果では、健康状態がいいから活動をしているということは当然考えられるため、社会参加をしていることと健康の関連の程度しか検討できない。しかし、最近は同じ人の変化を追っていく縦断調査の結果の蓄積からも、社会参加と健康の関係は確認されている。
さらに日本においては、男性では社会参加に従事していることが死亡のリスクを低減する効果が指摘されている。この効果は女性では確認されていないのだが、もともと女性は社会参加をしている人が多いのに対し、男性では社会参加ができない人が多いためと考えられる。いわゆる「地域デビュー」のむずかしさがしばしばマスメディアで取り上げられる所以である。
このようなプラスの効果がある社会参加であるが、日本の高齢者の現状はどうなのだろうか。内閣府5)によれば、高齢者の社会参加率は徐々に上昇している(図3、表2)。しかし、片桐6)によれば、社会参加率は地域や男女によって大きく異なり、特に大都会では、社会参加率の低下が著しい(図4、表3および図5、表4)。
年 | 高齢者の社会参加率 |
---|---|
1993年 | 42.3% |
2003年 | 54.8% |
2013年 | 61.0% |
年代 | 2002年の社会参加率 | 2008年の社会参加率 |
---|---|---|
50歳代前半 | 40.6% | 37.5% |
50歳代後半 | 51.6% | 42.6% |
60歳代前半 | 45.1% | 41.0% |
60歳代後半 | 62.5% | 45.0% |
年代 | 2002年の社会参加率 | 2008年の社会参加率 |
---|---|---|
50歳代前半 | 61.1% | 43.6% |
50歳代後半 | 65.6% | 45.8% |
60歳代前半 | 63.3% | 35.6% |
60歳代後半 | 64.9% | 39.6% |
この調査は2002年と2008年時点の6年間での東京都練馬区での社会参加率の変化をみたものだが、2008年の調査では、社会参加率は男女ともに4割程度である。これまでは中高年の女性は活発に社会参加をしているといわれてきたが、この6年間では女性の社会参加率が男性並みに低下していた。女性のパートタイム就労が進んだためと考えられる。とすれば、この調査後に法律改正により、65歳までの就労継続が以前より容易になったことから、今後都市部においては、さらに社会参加率の低下が予想されよう。
さいごに
以上、高齢者と社会との関わりについて、就労、ボランティア活動、社会参加活動について紹介したが、これまでの世代に比べて、現在は高齢者、特にサードエイジの人たちは対しては、これまでより多くの選択肢からの選択が可能になった。もちろんどれも選択をしないというのもひとつの選択である。しかし、これまでの研究の知見からは、何らかの活動に関わるほうが、本人の健康にもいい影響があり、社会の中での存在意義や何らかの社会的役割を果たすことは生きがいともなる。個人の立場からも社会の立場からもサクセスフル・エイジングに結び付くといえよう。
参考文献
- 鈴木隆雄, 權珍嬉(2006). 日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究 高齢者は若返っているか? 厚生の指標, 53, 1-10.
- 内閣府(2012).平成24年版高齢社会白書.印刷通販
- 内閣府(2016).平成28年版高齢社会白書.日経印刷
- 片桐恵子(2012).退職シニアと社会参加.東京大学出版会.
筆者
片桐 恵子(かたぎり けいこ)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授
【略歴】 1986年:日本火災海上保険株式会社、1998年:日本火災福祉財団社会老年学研究所主任研究員、2003年:東京大学大学院修了、2006年:日本興亜福祉財団(合併により名称変更)社会老年学研究所主席研究員、2013年より現職
【専門分野】社会老年学・社会心理学。博士(社会心理学)
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.79