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デジタル先進国デンマークではエイジテックがどのように普及しているのか

公開日:2024年1月30日 09時00分
更新日:2024年8月13日 15時50分

安岡 美佳(やすおか みか)

ロスキレ大学サステナブルデジタリゼーション准教授


デンマークにおけるエイジテックの利用

 デンマークは、2022年の国連の電子政府調査で1位1)IMDの世界競争力ランキングでも1位2)となるなど、世界が認めるデジタル先進国である。

 高齢者は、一般的にデジタルデバイドの被害者として取りざたされ、デジタルからは最も遠い市民グループとして考えられる傾向にある。しかしながら、デジタル国家デンマークでの高齢者のITの利用をざっくり概観すると、2021年時点で、高齢者(65歳以上)の97%がITを利用し、65%がオンライン支払いを活用する3)など、日常生活にITが溶け込んでいる様子が見えてくる。

1.デンマークのエイジテック

 社会の隅々にまで広がるデジタルは、同時に高齢者を対象としたテクノロジー、エイジテック(デンマークではウェルフェアテクノロジーと呼ばれる)も普及させてきた4)。2023年8月現在、福祉を管轄する地方自治体の取りまとめ組織、自治体連盟は、エイジテックとして15種類を定義し、98自治体すべてがエイジテックを積極的に導入する(図)。自治体連盟の報告(2020年)5)によると、移乗支援や衛生管理関係、薬剤管理支援のエイジテックは導入済み、運動支援やソーシャルテクノロジー、センサ技術などが近年の重点導入エリアとされている。

※ デンマークは福祉国家として、福祉は公共機関の管轄である。エイジテックの導入は、民間企業との協力で実施されるとはいえ、方向性を形作るのは行政である。

 今後は、おそらく、AIがエイジテックにも反映されるようになるだろう。すでにデンマークの公共機関の40%が、何らかの形でAIを活用し6)、16%がすでに自主開発にも取り組んでいる7)。89%の自治体が、AIは業務に活用されうるとし8)、 今後、行政でのAI活用は3年で倍以上になると予想されている。

図、デンマークのエイジテック15種類を表す図。
図:デンマークのエイジテック
(出典:KL Center for Velfærdsteknologi, Teknologioversigt, 2021より筆者訳出)

2.なぜ普及しているのか?

 なぜ、デンマークではエイジテックが普及しているのか。デジタル国家であることは第一の環境要素であるが、それだけではない。デンマークでは、70年代のオフィス自動化、女性の社会進出の影響で、2023年現在、シニア世代でも、情報技術の扱いに慣れている人が男女ともに多い。さらに、そのような歴史的経緯だけでなく、電子国家進展の過程で、全国民が対象となる半強制的な電子サービス導入を進めてきたこと9)、公私に広がる高齢者支援ネットワークの存在、使い勝手やユーザーエクスペリエンス(UX)の充実、そして何よりも、人間中心の技術開発により、テクノロジー導入の第一義として「みんなの幸せ」が規定されているからに他ならない。

 テックデザインにおいて「みんなの幸せ」の追求が可能になっているのは、「参加型デザイン・リビングラボ」が、テックデザインの方法論として、デンマークでは常識になっているからである。参加型デザイン・リビングラボを詳しく説明する前に、まずは事例からお話ししよう。

事例EU:REACHプロジェクト

 筆者は、2016~2020年に、アクティブシニア支援のヘルスケアサービス開発を目的とした当事者参加型プロジェクトに参画した。Responsible Engagement of the elderly promoting Activity and Customized Health careの頭文字をとってREACHと呼称された本プロジェクトは、5か年のEUの研究プロジェクト「ホライズン2020プロジェクト」の1つである。

 REACHでわれわれが研究課題として取り組んだのは、Information Communication Technology (ICT)を用いたアクティブシニア支援である。複数の研究課題の1つ「定期的な運動を支援するための働きかけ」を例に取ろう。われわれは、「運動のモチベーションを上げるための積極的な介入をICTでどう提供するか」と課題を定義した。高齢者は、日々の運動が重要であることを理解しても、興味のない運動は億劫になりがちであるゆえ、適切なタイミングでより楽しめる仕組み、モチベーションを持たせる仕組みをICTで提供することを目的とした。

 高齢者はどのような介入でモチベーションが刺激されるのだろうか。REACHでは、この課題に対し、当事者である高齢者と一緒に長期間課題解決に取り組む参加型デザインを実践した。実践の場はケア施設や高齢者施設で、当事者以外に研究者・自治体職員・介護士らが開発に加わった。

参加型デザインで早期発見されたこと

 REACHでは、プロジェクト初期から当事者との協働を進めることで、すぐに成果が見られた。最も顕著なのは、より適切なアウトプットに到達するための課題の再設定がされたことだ。例を紹介しよう。

 1つは、高齢者の歩行データの取得は意外と困難であるという事実だ。REACHでは、高齢者の歩数測定にフィットビットを利用する予定だった。しかし、高齢者は、無意識に足を引きずって歩くことが多く、歩数測定は既存のツールでは困難であることが協働の初期段階で明確になった。事実、フィットビットの記録と目視での歩数データ測定を比較したところ、値は大幅に異なった。高齢者の歩数測定値は、その後の各種実験の基準となる予定だったが、高齢者の歩数測定アルゴリズム自体が研究対象となった。

 また、「使いやすさ」にも違いがあることがわかった。REACHでは、独自システムの開発を進め、当初、システムの操作インターフェースにタブレットの利用を想定していた。一般的に高齢者にとって使いやすいと考えられていたためだ。しかし、タブレットは比較的「使いやすい」と評価されても、決して使いやすいツールではなかった。高齢者の指のタップやスライドがうまく反応しないケースがたびたび確認されたのだ。適切なボタンを押しても反応せず、他の方法を探す行動がたびたび見られ、使い勝手を大幅に下げていることがわかった。また、プロジェクトで採用予定だった高品質なデータ可視化インタフェースより、われわれが作成したシンプルなプロトタイプのインタフェースの方が高評価だった。ホームボタン、メンバーを登録など今のアプリで標準的に備わっている機能やアイコン、上部や左隅に隠れている選択肢をスライドさせて表示させるなどのルールが、世代によっては共有されていなかったためだ。

 高齢者との協働を重ねることで、単発ワークショップでは発見困難な複雑であろう隠れた心理も知ることになった。例えば、高齢者は孤独の問題を自分自身で強く認識していること、そのためパートナーや犬との散歩を欠かさないなど社会性を意識的に重視していること、社会生活に弊害が出てくるほどの感情の起伏が出てきていることを認知していること、そのほか、身体機能の低下が家族に認知されることの恐れやICTが使えないことへの劣等感などを隠しがちであるなど、多岐にわたる。これらの課題は、シニアグループでは常識である一方、REACH研究者チームは当初は把握していなかった事柄である。

 国際プロジェクトREACHでは、デンマークの高齢者は、「高齢者」という言葉からイメージされる一般的な通念とは、多くの点で異なることがわかった。80代でもスマホやタブレット、Apple Watchなどを使いこなす高齢者がいること、施設や図書館、高齢者団体の支援を得つつ、電子社会に後れを取らないように努力を重ねる高齢者の姿が明確になった。同時に、やはり身体能力の低下により被る不便さはあり、プライドと羞恥心から助けを求めることに困難を感じるケースも多々あることがわかった。

エイジテック普及に貢献したデザイン手法

 エイジテックを開発するREACHは、リビングラボを活用した事例である。当事者である高齢者とニーズを拾い上げ、生活環境を実験の舞台とし、当事者と課題解決策としてのICTツールをともに創造する取り組みである。ここでは、改めてREACHを成功に導いた鍵であるリビングラボについて考えよう。

1.参加型デザインとリビングラボ

 リビングラボは、生活の場(家や職場など)で実験を行うことであり、北欧では、参加型デザインの手法の1つに位置付けられる。参加型デザインの基盤である当事者の参加やステークホルダーとの共創だけでなく、長期視点が加わっているところに特徴がある。つまり、リビングラボとは、当事者を含めた多種多様な関係者が集まり社会問題の解決に取り組む日常生活に基づいた場で、最先端の知見やノウハウ・技術を参加者から導入するオープンイノベーションにより、長期的な視点で社会課題に取り組むための有機的な仕組み(エコシステム)といえる。

 従来型のエンドユーザーの観察やインタビューからニーズが見つかる可能性を否定するものではないが、新しく物事をつくり社会に根付かせるには、単にモノやサービスが提供されるだけでは十分ではない。主体的に当事者が関わることによって当事者意識(自分ごと化)が芽生え、学習し、行動変容が起き、コミュニティ全体としてもマインドセットが進化していく。個人・コミュニティが変化するゆえに、そこで創られる解決策やツールが社会に根付いていくのである。

 REACHのリビングラボは、「リビングラボ」なる建物ではなく、当事者(高齢者たち)の生活の場が舞台となっていた。その場とは、介護者や医師や家族が集い、人と物とのインタラクションを通して課題が発見される場であり、解決策が模索され共創が行われる場である。

2.リビングラボの鍵

 リビングラボには、いくつかの鍵がある。第1に、多種多様な人の参加である。多種多様な人とは、まずは当事者、そして当事者を取り巻く多様な人たちである。エイジテックであれば、当事者の高齢者の参加は不可欠だ。仮に、認知症を患っていても当事者として参加する10)。また、同居者や家族、介護施設や機器を一緒に使う介護士なども重要な参加者である。注意すべきは、多数ではなく、多種(ダイバーシティ)の参加を志向する点だ。今や社会の課題は、当人や身近な人たちばかりか、多種多様な人が関わり影響を与え合っているからである。

 第2に、利害関係者間の合意は参加型で創り出すことが重要であるという点である。デンマークでは、エイジテックの導入において、当事者・介護者・地方自治体の三者のニーズが重視される。エイジテックは、当事者のウェルビーイングが向上し、介護者の労働環境が向上し、地方自治体にとって経済合理性があることが見出されなければ導入されない。その三者合意できるポイントを見つけ出すことは、非常に困難であるが不可欠なプロセスである。

 第3に、変化を許容することである。リビングラボに参加することで、当事者・開発者・家族など関係者は、皆、考えを変えるようになる。例えば、当初、使いにくいと思うツールだったとしても、人間は学習し慣れる。慣れることで使いにくかったツールも、器用に使いこなすようになる。新たな発見や他者とのインタラクションにより、環境も当事者の認識も変化する。リビングラボは長期的な変化を包含する方法論である。

さいごに

 デンマークにおいてエイジテックの普及は今後も進むだろう。その背景には、福祉国家を維持するためには、コストカット、テクノロジー活用による人件費削減は不可避であるという現実の直視がある。その覚悟は、2021年発表の電子政府戦略でも「ロボットや遠隔医療の活用、そしてテクノロジー活用による安全・安心・高品質の福祉の推進」と明確に宣言されている7)(p.25)。

 デンマークのエイジテックの推進現場やREACHは、高齢者を、サービスを提供される人たちやITが使えない人たちとして扱ってはいない。高齢者は、社会の一員であり、よりよいエイジテックの構築を目指す同志として扱っている。このアプローチは、一見遠回りに見えるが、ICTによって皆が幸せになる社会づくりのための近道ではないかと思う。

 高齢者は、適切な環境を提供すればICTを使えるようになる。不安を感じているのであれば、不安を感じさせない工夫、使いたくないのであれば、使いたいと思わせるような仕掛けがあればよい。デンマークの高齢者は、エイジテックを使うことで得られるメリットが体感できることで、テクノロジーを日常生活に組み込むようになっている。

 現在のところ、筆者は、まだテクノロジーを使わなければならないことへの不安や負担を感じることはないが、年齢によって「できない」というレッテルを貼ってしまうのは、傲慢であるように思える。デンマークの高齢者を見ていると、人間の能力の潜在性は軽んじられるべきではないし、年齢に限らずモチベーションが発火されるようなテクノロジーがもっと開発される必要があるのではないか。

文献

  1. Division for Public Institutions and Digital Government (DPIDG), UNDESA. The United Nations E-Government Survey 2022. 2022.
  2. IMD. the IMD World Digital Competitiveness Ranking 2022(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年12月18日閲覧)
  3. Yasuoka M., Information Technology Adaption by senior citizens: Why seniors use IT. In Proceedings of the 56th Annual Hawaii International Conference on System Sciences: January 3-6, 2023, 1859-1868(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2023年12月18日閲覧)
  4. 安岡美佳, 阿久津靖子: 福祉機器評価プロセスと当事者を巻き込んだコミュニケーションの実践分析. 第179回ヒューマンインタフェース学会研究会「ニューノーマルを見据えたコミュニケーションデザインおよび一般(SIG-UXSD-12、SIG-CE-22). 2020.
  5. KL. Velfærdsteknologi i kommunerne. Center for Velfærdsteknologi. 2020.
  6. Ramboll. Digital & Technology - IT in practce 2021-2022. 2022.
  7. The Danish Government. Ministry of Finance. National Strategy for Digitalisation- Together in the digital development. 2022.
  8. Local Government Denmark and KOMBIT. Municipal Technology Radar 2022. 2022.
  9. 安岡美佳: 電子政府の進捗にいかに強制力が活用されたか. Nextcom. 2021; 47: 22-30.
  10. Yasuoka M, Kimura A, Akasaka F, Ihara M, From Closed to Open: living lab as eco system for supporting people with Dementia. Dementia Lab 2018. / Yasuoka M., Designing a Safe City Eco System for "Wandering". Dementia Lab 2017: Stories from Design And Research vol.2, 89-96, 2017.

筆者

安岡美佳 ロスキレ大学 准教授
安岡美佳(やすおか みか)
ロスキレ大学サステナブルデジタリゼーション准教授
略歴
2003年:京都大学大学院情報学研究科修士課程修了、2008年:東京大学工学系研究科先端学際工学博士課程単位取得退学、2010年:IT University of Copenhagen デンマーク王国 Design and Organizational IT (DOIT)研究科博士課程修了、2012年:コペンハーゲンIT大学インタラクションデザイン助教、2017年:デンマーク工科大学リサーチアソシエイツ、2019年:慶應義塾大学工学研究科外部講師、2021年:株式会社メンバーズ 外部取締役、2020年より現職
専門分野
社会におけるIT、Human Computer Interaction、Computer Supported Cooperative Work、Participatory Design

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第32巻第4号(PDF:5.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

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