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高齢者糖尿病の管理

公開日:2018年4月20日 16時50分
更新日:2024年8月14日 12時55分

横手 幸太郎(よこて こうたろう)

千葉大学大学院医学研究院細胞治療内科学講座教授

はじめに

 わが国は、平均寿命が男性80.98歳、女性87.14歳に達した(2016年)世界有数の長寿国である。高齢人口が増えるにつれ、高齢者の身体機能は平均としては高まり、かつてに比べ「約10歳若返っている」という成績も示されている1)。身体的にも精神的にも若々しい高齢者が増えたことを反映し、日本老年学会と日本老年医学会が、「75歳以上を高齢者」とする新しい提言を2017年に示したことは記憶に新しい。一方、その中にあって「健康寿命の延伸」が叫ばれるようになった背景には、要介護高齢者の増加、老老介護、あるいは認認介護など、機能の低下した高齢者を取り巻く問題がある。

 日本人の高齢者が自立できなくなってしまう主な原因として、脳血管疾患や認知症、高齢による衰弱、骨折・転倒、関節疾患などが挙げられている。糖尿病は、動脈硬化や認知症の発症に深く関わることから、高齢期になる前の予防がまず重要となる。そして、高齢期を迎えたあとに、衰弱や骨折・転倒を防ぐ配慮も必要であり、糖尿病患者においては治療上の工夫も求められる。

 糖尿病治療の目標は、合併症の発症や進展を予防し、患者が健常者と遜色ない生命予後や生活の質(QOL)を実現することにあるが、とりわけ高齢者では、患者ごとに身体機能や精神・心理機能、さらには余命などを勘案し、QOLの向上や維持を重視する考え方が国内外で普及しつつある。

 本稿では、主として血糖コントロール目標と薬物治療の観点から、高齢者糖尿病の管理について考えてみたい。

高齢者における糖尿病の特徴

 日本の糖尿病患者は1,000万人を超えた。その3分の2は60歳以上、半数が70歳以上と推定されている。そもそも加齢とともに耐糖能は低下し、糖尿病の有病率が増加するため、日本の糖尿病診療において、今後、高齢患者は主要な対象となる。

 高齢者糖尿病の特徴としては、1.食後の高血糖や低血糖を起こしやすく、低血糖に対する脆弱性を有する、2.腎機能など臓器予備能の低下により、薬物の効果が増強しやすく、また副作用も生じやすい、3.動脈硬化などの合併症をすでに有していることが少なくない、4.認知症・認知機能障害、うつ、日常生活動作(ADL)の低下やサルコペニアなどの老年症候群を来たしやすいこと──などが知られている2)

 さらに、高齢者全般の特徴として、身体的・精神的機能の多様性を忘れてはならない。すなわち100歳を超えてなお元気なお年寄りもいれば、60歳そこそこで寝たきりになってしまう人もいる。小学生や中学生であれば、多少勉強ができるできない、足の速い遅いなどはあっても、障害や大きな病気を持っていない限り、比較的均質な機能を有する場合が多い。それに対して、60、70、80歳と年齢を重ねるにつれ、明らかな病気がなくとも、自立、要支援、要介護など「機能のバリエーション」が大きくなるのである。

 自立している場合と認知症では、服薬や自己管理を含め、糖尿病治療のむずかしさが異なるし、また、合併症が発症すれば機能の低下をもたらしうる。このように、糖尿病をはじめとする高齢者の慢性疾患の治療では、高齢者の機能を重視する考え方が一般的になりつつある。

 加えて、高齢者糖尿病の治療においては、「時間軸」を考えることも重要であろう。薬物を用いた血糖低下治療を行って、網膜症や腎症など細小血管障害の抑制効果が明らかとなるまでにはおよそ5年、大血管障害と呼ばれる動脈硬化性疾患の予防には10年以上の期間を要することが、主に海外での大規模臨床試験から明らかにされている。一方、当然のことながら、薬物治療にはよいことばかりでなくマイナスの側面もある。例えば、低血糖に代表される副作用のリスクや毎日の服薬・注射といった煩雑さ、何よりコストを要することは患者にとっての負担となる。これら薬物に伴う負の作用は、治療を始めたその瞬間から生じうることに注意を要する。

 本来われわれは、将来期待されるよい面(合併症予防効果)と悪い面を天秤にかけ、よい面が上回る場合に薬物治療を選択してきたはずである。なぜ「はず」かといえば、これまでそのようなことを意識しないで済んだから、つまり、ほとんどの患者が若かったからである。45歳の糖尿病患者における将来の心血管病予防を考え、多少お金がかかっても薬物治療を行うことには誰も異論をはさむまい。しかし、糖尿病患者の大半が75歳や80歳である場合、20年後の動脈硬化や10年後の網膜症を防ぐことと、腎機能低下に伴う低血糖やコストの問題を天秤にかけることはむずかしい。そのような術をこれまでわれわれは学んでこなかったし、判断に資するデータも国内には乏しい。今後の日本に求められる重要な知見といえよう。

低血糖の重要性と血糖コントロール目標

 そのような時代背景にあって、2013年に日本糖尿病学会は血糖コントロール目標の考え方を改訂した(図1)。合併症予防のエビデンスがあるHbA1c7.0%未満を基本とし、低血糖を生じることなく、より正常に近い血糖管理が可能な患者は6.0%未満、困難な人は8.0%未満とした3)。そしてこの治療目標は、年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性やサポート体制などを考慮して個別に設定するとしている。

年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性やサポート体制などを考慮し個別に設定する血糖コントロールを示す図
図1:血糖コントロール目標

(65歳以上の高齢者については「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」を参照)

  • 注1)適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合、または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする。
  • 注2)合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする。対応する血糖値としては、空腹血糖値130mg/dL未満,食後2時間血糖値180mg/dL未満をおおよその目安とする。
  • 注3)低血糖などの副作用、その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする。
  • 注4)いずれも成人に対しての目標値であり、また妊娠例は除くものとする。

日本糖尿病学会 編・著:糖尿病治療ガイド2016-2017, P.27、文光堂、2016

 高齢者の場合、7 ~ 8%未満に該当する患者が多いことが想像できるものの、非専門医が参考とすべき具体的な設定の手順やそれに基づく診療の手立ては未確立であった。その不足を補うべく、高齢者糖尿病の治療の質の向上のため、日本老年医学会と日本糖尿病学会が合同委員会を設置し、高齢糖尿病患者の適切な評価に基づく高齢者糖尿病の診療ガイドラインが策定された2)

 この過程で中心的に話し合われたのが、高齢者糖尿病のためのよりきめ細かい血糖コントロール目標の設定である。高齢者においても、適切な血糖低下は血管合併症や死亡リスクを低減すると考えられている。他方、過度の血糖低下、すなわち低血糖は、認知症や脳卒中、転倒リスクを増加させるなど、患者の自立を損ね、かえって「余命の質」を低下させうることが国内外の研究により明らかとなってきた。

 そこで、個々の患者を認知機能や身体機能、75歳以上か否かの年齢、インスリンやスルホニル尿素薬(SU薬)など重症低血糖が危惧される薬剤の使用の有無によってカテゴリー分類し、個々の状況に応じて適用する「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」が提案された(図2)。特に、インスリンやSU薬を使用する患者では、HbA1c値に下限を設け、それを下回る場合には潜在性の低血糖を生じていないか注意喚起を促すこととした。カテゴリー分類のための認知機能・身体機能を評価するツールとして、日本老年医学会ではDASC-212)を推奨しているが、現在、これを元にしたより簡便な評価手法も開発の途上にある。

個々の患者を認知機能、身体機能、年齢、薬剤の使用の有無などカテゴリーに分類した上で個々の状況に応じて適用する高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を示す図
図2:高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)

 治療目的は、年齢、罹病期間、低血糖の危険性、サポート体制などに加え、高齢者では認知機能や基本的ADL、手段的ADL、併存疾患なども考慮して個別に設定する。ただし、加齢に伴って重症低血糖の危険性が高くなることに十分注意する。

  • 注1:認知機能や基本的ADL(着衣、移動、入浴、トイレの使用など)、手段的ADL(IADL:買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理など)の評価に関しては、日本老年医学会(外部リンク)(新しいウィンドウが開きます)を参照する。エンドオブライフの状態では、著しい高血糖を防止し、それに伴う脱水や急性合併症を予防する治療を優先する。
  • 注2:高齢者糖尿病においても、合併症の予防のための目標は7.0%未満である。ただし、適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合、または薬物療法の副作用なく達成可能な場合の目標を6.0%未満、治療の強化が難しい場合の目標を8.0%未満とする。下限を設けない。カテゴリーⅢに該当する状態で、多剤併用による有害作用が懸念される場合や、重篤な併存疾患を有し、社会的サポートが乏しい場合などには、8.5%未満を目標とすることも許容される。
  • 注3:糖尿病罹病期間も考慮し、合併症発症・進展阻止が優先される場合には、重症低血糖を予防する対策を講じつつ、個々の高齢者ごとに個別の目標や下限を設定してもよい。65歳未満からこれらの薬剤を用いて治療中であり、かつ血糖コントロール状態が表の目標や下限を下回る場合には、基本的に現状を維持するが、重症低血糖に十分注意する。グリニド薬は、種類・使用量・血糖値などを勘案し、重症低血糖が危惧されない薬剤に分類される場合もある。
  • 重要な注意事項
    糖尿病治療薬の使用にあたっては、日本老年医学会編「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を参照すること。薬剤使用時には多剤併用を避け、副作用の出現に十分に注意する。

日本老年医学会・日本糖尿病学会 編・著:高齢者糖尿病診療ガイドライン2017, P.46,南江堂, 2017

 なお、これらのカテゴリー分類や個々のコントロール目標値の妥当性については、今後、前向きの予後調査を含めた検証が必要となるが、われわれが持続血糖モニタリング(CGM)を用いて高齢糖尿病患者170名を対象に千葉県下で実施した研究によると、HbA1c値だけでなく血糖変動の大きさが低血糖リスクと関連していた4)。例えばインスリンを使用している場合、血糖の「平均値」と相関するHbA1c値が高くとも、血糖変動(血糖の「山と谷」の差)が大きければ、最低血糖値(谷)が低く(深く)、無自覚の低血糖を生じている可能性もあるため、注意が必要と考えられる。

高齢者糖尿病の包括的管理

 現在、合併症予防を目標とする糖尿病治療には、包括的なリスク管理が重要とされている。すなわち、血糖だけでなく、血圧や脂質(特にLDLコレステロール)を管理し、禁煙や肥満の解消に努めることが、血管合併症の低減につながるという国内外のエビデンスがある3)。これは年齢を問わず大切な考え方だが、高齢患者では別の視点による包括的管理も必要になる。つまり、身体的機能、精神・心理機能、社会・経済機能、そして人生観や価値観の多様性の考慮である5)

 例えば、自立しているか寝たきりか、認知症やうつがあるか、家族に囲まれて楽しく暮らしているか、配偶者に先立たれて独居か、経済的余裕があるか否か、高齢患者の置かれた状況はバリエーションに富む。コストを気にせず新規の治療薬を複数重ねて厳格なコントロール目標を実現しうる患者もいれば、より緩やかな管理下でストレスの少ない余生を過ごすことを選択したい患者がいてもよいのではないだろうか。

 言い換えれば、高齢者糖尿病の診療にあたっては、寿命の延長や合併症予防とともにQOLを改めて重視すべきであり、その維持や改善を最優先とした管理目標の設定や治療法の選択が、今後さらなるエビデンスの蓄積とともに重んじられることを期待したい。

おわりに

 日本の戦後の医療は、「死を免れること」を最大の目標としてきた。がんができたら切除する、血管が詰まれば開存させるという治療技術が著しい進歩を遂げ、その成果として、人類史上最も長生きの国が誕生したのは、冒頭に述べたとおりである。

 ところが、人間の寿命は永遠ではなく、臓器の置換を行わない限り、その最大値は120歳前後と推定されている。つまりわれわれは、平均値としては限界に近づきつつある。より長く、そして同時によりよく生きるためにはどうしたらよいか? 高齢者糖尿病の治療もこの命題を抱えているのである。寝たきりになるはずだった人が要介護で済む。要介護になるはずだった人が自立できる。そして、自分のことで精一杯だった人が他者へ気を配れるようになる...。そのように、step by stepで機能を高めることができれば、少子超高齢社会といえども日本の未来は明るいことが期待される6)

 大層なことのように聞こえるかもしれないが、われわれ医療従事者は、疾患の治療や予防、健康増進を通じて、患者の健康寿命の延伸に貢献しうる最も身近な存在であることを改めて認識したい。

参考文献

  1. 鈴木隆雄他.日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究, 「厚生の指標」第53巻第4号2006年4月, p1-10
  2. 日本老年医学会・日本糖尿病学会編・著:高齢者糖尿病診療ガイドライン2017, 2017年
  3. 日本糖尿病学会編・著:糖尿病診療ガイドライン2016, 2016年
  4. Ishikawa T et al. J Diabetes Investig. 2018 Jan;9(1):69-74.
  5. 日本老年医学会編・著:健康長寿診療ハンドブック, 2011年
  6. 横手幸太郎.日本内科学会編:指導医の手引き, 2018(近刊)

筆者

横手先生_写真

横手 幸太郎(よこて こうたろう)
千葉大学大学院医学研究院細胞治療内科学講座教授
略歴:
1988年:千葉大学医学部卒業、同第二内科入局、1992年:ルードウィック癌研究所(スウェーデン)客員研究員、2009年より現職。2011年:千葉大学医学部附属病院副病院長(併任)、2015年:千葉大学大学院医学研究院副研究院長(併任)
専門分野:
内科学(特に代謝・内分泌学)・老年医学。医学博士

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.85(PDF:4.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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