住宅と健康長寿
公開日:2020年5月29日 09時00分
更新日:2022年4月26日 13時37分
伊香賀 俊治(いかが としはる)
慶應義塾大学教授
1.はじめに
「WHO 住宅と健康ガイドライン」1)が2018年11月に世界保健機関(WHO)から発表され、寒さ対策(冬季室内温度18℃以上)と住宅新築時と改修時の断熱工事、暑さ(室内熱中症)対策、住宅の安全対策、機能障害者対策などの推進が各国に勧告された(図1)。
一方、わが国の21世紀における第二次国民健康づくり運動(以下、健康日本 21(第二次))2)には、住環境に関する対策は、医学的エビデンスが十分でないため含まれていない。そこで、国土交通省は、厚生労働省と連携して、2014年度からスマートウェルネス住宅等推進調査事業(以下、SWH全国調査)3-6)に取り組んできた。筆者は同事業を推進する委員会の幹事を務めており、全国大規模調査から得られつつある知見の一部を紹介する。
2.SWH全国調査の概要
国土交通省が厚生労働省と連携して、2014年度に開始した「SWH全国調査」3-6)の概要を図2に示す。調査目的は、断熱改修等による生活空間の温熱環境の改善が、居住者の健康状況に与える効果について検証するとともに、成果の普及啓発を通じて「健康・省エネ住宅」の整備を推進し、国民の健康確保及び地域生活の発展を図ることである。調査は大きく2つで構成される。1つめの断熱改修前後調査は、断熱改修を予定する住宅を対象として、改修前後における居住者の血圧や活動量等健康への影響を検証するもので2014~2018年度に実施した。2つめの長期コホート調査は、断熱改修前後調査の基盤を活用し、長期的に追跡調査を行うもので、2019年度に実施した。
2014~2018年度までの5年間に調査した断熱改修前の2,094軒の住宅の部屋ごとの冬季平均室温度数分布を作成すると、居間の在宅中平均室温は、16.7℃で、WHOの冬季室温勧告値18℃を満たさない住宅が全体の6割を占めている。また、寝室の就寝中平均室温は12.6℃、脱衣所の在宅中平均室温は12.8℃で、いずれも18℃未満の住宅が9割を占めている。このように、調査対象のほとんどの住宅が、WHOの冬季室温勧告18℃以上を満たしていない状況であった。
3.SWH全国調査から得られた知見と得られつつある知見
3.1 家庭血圧と室温
(1)起床時最高血圧と室温
2014年度から2017年度までの4年間で調査した有効サンプル2,902名(1,844世帯)を対象としたマルチレベル多変量解析モデルを構築し、男女それぞれの平均的な生活習慣として、各年齢の起床時最高血圧と血圧測定時室温との関連を図3に示す。
※1:JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)
※2:その他の変数は、本調査で得られた平均的な男性または女性のデータをモデルに投入
野菜(よく食べる)、運動(なし)、喫煙(なし)、飲酒(男性:毎日/女性:ほとんど飲まない)、降圧剤(なし)、BMI/塩分チェック得点/睡眠の質/睡眠時間/前夜の飲酒有無(男女それぞれ調査対象者の平均値を投入)、外気温/居間寝室温度差(全調査対象者の平均値を投入)
図3 起床時最高血圧と室温の関係
(左:男性、右:女性)4-6)
室温が20℃から10℃に低下した際に、30歳男性では3.8mmHg上昇、80歳男性では10.2mmHg上昇する。一方、30歳女性では5.3mmHg上昇、80歳女性では11.6mmHg上昇する。このように高齢者ほど、男性よりも女性の方が低室温による血圧の上昇が大きいことが確認された。また、血圧が最も低くなる室温は、30歳男性では20℃、80歳男性では25℃、30歳女性では22℃、70歳女性では25℃となっており、高齢者・女性ほど室温を高くすることが血圧抑制には有効であることがわかる。
なお、この項の分析内容は、国際医学誌「Hypertension」2019年10月号6)に掲載された。
(2) 起床時最高血圧と室間温度差の関係
居間・寝室室温と最高血圧の関係(本調査の平均的な男性モデル)を居間と寝室室温の双方が、WHOの最低室温18℃の場合に130mmHgであった血圧は、寝室が朝10℃まで低下し、室間温度差が生じることによって、132mmHgまで上昇する。脱衣所が朝10℃まで低下する場合でも同様の結果であった。従って住宅の居室以外も暖め、室間温度差を小さく保つことの大切さを示唆している。
(3) 断熱改修による起床時血圧低下
断熱改修前後の2時点の測定結果が得られた介入群の588軒・975人(改修あり群)と断熱改修未実施の2時点の測定結果が得られた調整群(コントロール群)の68軒・108人(改修なし群)の分析結果を図4に示す。断熱改修前の血圧値、年齢、性別、BMI、降圧剤、世帯所得、塩分摂取、野菜摂取、運動、喫煙、飲酒、睡眠、外気温、居間室温、および外気温変化量で調整して条件を揃えた場合、断熱改修によって、起床時最高血圧が平均3.5mmHg、最低血圧が平均1.5mmHg低下することがわかった。
※3 投入したものの有意とならなかった項目:年齢、性別、BMI、喫煙、飲酒、塩分摂取、就寝前室温(前調査時点)、夜間外気温(前調査時点)、夜間外気温変化(前調査時点からの変化)
図4 断熱改修による起床時最高血圧の低下3-5)
わが国の健康政策の健康日本21(第二次)では、2022年までの10年間に国民の収縮期(最高)血圧平均値の4mmHg低下(それによる循環器疾患死亡者数を15,000人減少と推計)を目標に、栄養・食生活、身体活動・運動、飲酒、降圧剤服用対策が挙げられている。単純に比較することはできないものの、住宅新築時の断熱性能向上に加えて、既存住宅の断熱改修を積極的に推進することによって、さらに同レベルの最高血圧低下も期待し得る結果と解釈できる。
3.2 健康診断数値と室温
健康診断数値と室温との関連を調べるために、年齢、性別、世帯所得、生活習慣を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析を図5に示す。年齢、性別、世帯所得、生活習慣を調整した上で、朝5時の居間室温が18℃未満の住宅(寒冷住宅群)に住む人の総コレステロール値が基準範囲を超える人がいる割合は2.6倍、LDL(悪玉)コレステロール値が基準値を超える人がいる割合は1.6倍、心電図に異常所見が見られる人いる割合は1.9倍、それぞれ有意に多い結果となった。
寒冷な室内環境が高血圧の状態を引き起こし、それが血管壁を傷付け、その傷にコレステロールが沈着して動脈硬化が促進されることが知られている。それに伴い寒冷住宅群でコレステロール値が高くなったと想定される。
※4 就寝前室温とは、各々の就寝時刻3時間前の居間の室温平均を意味する。
図5 健診結果が基準範囲を超える人の割合の比較3-5)
3.3 過活動膀胱と室温
過活動膀胱の患者数は約800万人以上ともいわれ、過活動膀胱によって、睡眠の質の低下や、夜間に寒く暗いなか、トイレに行く途中での転倒・骨折、心筋梗塞・脳卒中などの発生につながることが懸念される。断熱改修前の現状分析の結果、就寝前の室温が12℃未満の低温の住宅では、18℃以上の温暖な住宅と比較して、過活動膀胱症状を有する人がいる割合が1.6倍であった。また、過活動膀胱の症状を有する人の割合は、図6に示すように、断熱改修後に就寝前居間室温が2.5℃以上上昇した住宅では半分(0.5倍)に減少した。ただし、断熱改修後に室温が2.5℃以上低下した住宅では、1.8倍に増えた。これは断熱改修後に床や窓の表面温度が上がって、寒さが緩和され、断熱改修前よりも暖房を使わなくなったことなども一因と考えられ、断熱改修工事と併せて暖房の適切な使い方(住まい方)も助言することの大切さを示唆している。
※5 室温維持群とは、前調査と比較して平均の差が±2.5℃以内の者とし、2.5℃以上上昇を上昇群、低下を低下群とした。
図6 断熱改修後に過活動膀胱症状を有する人の割合の変化3-5)
3.4 入浴習慣と室温
家庭および居住施設の浴槽での溺死者数は増加の一途を辿り、過去10年間で1.6倍に増え、2018年には4,821人(65歳以上が約9割)に達し、減少し続ける交通事故死数3,061人(2018年)とは対照的に1.6倍にもなっている。このため、消費者庁は、厚生労働省入浴関連事故研究班の調査報告書7)などに基づき、安全な入浴方法の目安として、「入浴前に脱衣所や浴室を暖める」、「湯温は41度以下、湯に浸かる時間は10分までを目安に」などの注意喚起を2015年度以降毎年行っている(消費者庁 News Release2018年11月21日8))。なお、溺死を含め、何らかの病気で死亡した人は19,000人とも推計7)されていて、家庭および居住施設の浴槽周りは、特に注意が必要である。
入浴事故につながり易い危険な入浴をする人の割合は、図7に示すように、居間と脱衣所が共に18℃以上の住宅に比べて、居間が18℃以上でも脱衣所が18℃未満の住宅および居間・脱衣所ともに18℃未満の住宅では約1.8倍も多いことがわかった。
入浴事故につながり易い危険な高温入浴をする人の割合は、断熱改修後に居間または脱衣所のどちらかの室温が低下した住宅では有意な変化がないのに対して、居間と脱衣所の室温が共に上昇した住宅では、短期的にも有意に減少することがわかった。
3.5 各種疾病通院割合と上下温度差
各種疾病通院割合と上下温度との関連を調べるために、床上1mが18℃以上か未満か、床近傍室温が16℃以上か未満かの組み合わせで温暖群、中間群、寒冷群の3群に分け、性別、年齢、BMI、世帯所得、運動習慣、喫煙習慣、塩分摂取、飲酒習慣を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析を行った結果を図8に示す。床上1mが18℃以上で床近傍室温が16℃以上の温暖群を基準として、床上1mが18℃以上で床近傍室温が16℃未満の上下温度差の大きい中間群では、高血圧で通院している人の割合が約1.7倍有意に多い結果となった。これは床上1mが18℃未満で床近傍室温が16℃未満の寒冷群と同レベルとなっていて、暖房によって暖かくするとともに、断熱改修を行うことの大切さを示唆している。
各種疾病通院確率と室温との関連を調べるために、床上1mと床近傍室温との組み合わせで温暖群(n=888)、中間群(n=889)、寒冷群(n=858)を均等に3群に分け、性別、年齢、BMI、世帯所得、運動習慣、喫煙習慣、塩分摂取、飲酒習慣を調整変数とした多重ロジスティック回帰分析を行った。その結果、床上1mが16℃以上で床近傍室温が15℃以上の温暖群を基準として、床上1mが16℃以上で床近傍室温が15℃未満の上下温度差の大きい中間群では、高血圧通院確率が1.5倍、糖尿病通院確率が1.6倍、過去1年間に聴こえにくさを経験している確率が1.3倍、有意に高く、床上1mが16℃未満で床近傍室温が15℃未満の寒冷群では、高血圧、脂質異常症で通院している人の確率、過去1年間に聴こえにくい、骨折・ねんざ・脱臼を経験している確率が有意に高い結果となった。
以上のように、暖房によって暖かくするとともに、断熱改修を行うことの大切さを示唆している。
3.6 住宅内身体活動量と室温
断熱改修前後分析によって、住宅内の軽強度(1.6METs)以上の活動時間を試算したところ、図9に示すように、男性は、コタツおよび脱衣所暖房が不要なほど暖かい環境になることで、1日あたり65歳未満で約23分、65歳以上で約35分の増加となった。女性は、脱衣所暖房が不要なほど暖かい環境となることで、65歳未満で約27分、65歳以上で約34分増加、脱衣所暖房を始めることで、それぞれ約14分、約17分の増加が期待できる。
厚生労働省「健康づくりのための身体活動基準2013」では、糖尿病・循環器疾患等の予防の観点から、現在の身体活動量を少しでも増やすことを世代共通の方向性とし、活動指針として「+10(プラステン):今より10分多く体を動かそう」をメインメッセージとした活動を推進しており、断熱改修によって室温が上昇する場合、住宅内での行動変容(暖房習慣変化)を通じて、身体活動増進に寄与する可能性が示唆される。
4.おわりに
国土交通省「SWH全国調査(2014~2018年度)」から得られつつある知見を紹介した。分析は継続的に進めている。また、2019年度からは、断熱改修前後調査の基盤を活用した長期的に追跡調査のスタートしており、今後も順次、成果報告をしてゆく予定である。
文献
- 「厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業 入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究 平成24~25年度総括研究報告書(研究代表者:堀進悟)」P.227「安全な入浴の手引き」(パンフレット)にて推奨されている目安
筆者
- 伊香賀 俊治(いかが としはる)
- 慶應義塾大学理工学部教授
- 最終学歴
- 1983年 早稲田大学大学院理工学研究科博士前期課程修了
- 略歴
- 1983年 株式会社日建設計入社、1998年 東京大学助教授、2000年 株式会社日建設計再入社 環境計画室長、2006年 慶應義塾大学理工学部教授、現在に至る。
- 専門分野
- 建築・都市環境工学 博士(工学)
- 研究課題
- 『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価(科研費基盤S)』。共著に『熱中症の現状と予防』、『最高の環境建築をつくる方法』、『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』など。