健康長寿ネット

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進行を少しでも遅らせ穏やかに生きる手助けをする─予防への最新の取り組み J-MINT─

公開日:2020年4月30日 09時00分
更新日:2024年8月14日 10時38分

櫻井 孝(さくらい たかし)
国立長寿医療研究センターもの忘れセンター長

荒井 秀典(あらい ひでのり)
国立長寿医療研究センター理事長


はじめに

 わが国では認知症の有病率は今後も増加すると推計される。認知症の病態修飾薬の開発は難渋しており、認知症の予防、つまり"認知症のリスク低減"に関心が集まっている。2017年ランセット研究委員会は、人生の早期、中年期、高齢期における介入可能な認知症の危険因子を提唱した(低教育歴、高血圧、肥満、難聴、喫煙、うつ病、運動不足、社会的孤立、糖尿病)1)。これらの危険因子に対する適切な対処により、認知症の発症を35%減らせるという。2019年には世界保健機関(WHO)が、認知機能低下・認知症のリスク低減のガイドラインを公表した2)。しかし、これらの危険因子に個別に介入しても認知機能障害・認知症の抑制効果は限られている。そこで、認知症リスクに総合的に介入する多因子介入試験が始まっている。多因子介入試験の先駆けとなったFINGER研究では、2年間の観察で認知機能障害の進行抑制が報告された3)。わが国でも2019年度から認知症予防をめざした多因子介入によるランダム化比較試験(J-MINT研究 研究代表:荒井秀典)が始まっている。

 認知症ハイリスク高齢者を対象として、生活習慣病の管理、運動および栄養の指導、認知機能訓練による多因子介入を行い、18か月までの観察期間で認知機能障害の進行が抑制されるか検証する多施設共同研究である。本研究の特色は、①将来の社会実装を見据えて予防サービスの仕組みを構築するため、民間企業と共同研究を行うこと、②血液バイオマーカー、オミックス、脳画像の最新の解析技術を活用して、認知機能低下抑制のメカニズムを解明する点にある。

 本稿では、J-MINT研究の概要を示し、将来への展望について述べる。

J-MINT研究の概要

1. 目的

 認知症のリスクを持つ高齢者を対象として、複合的認知症予防プログラム(生活習慣病の管理、運動、栄養、認知機能訓練の複合介入)の認知機能向上や認知機能低下の抑制に対する有効性を、オープンラベルランダム化比較試験で検証することである。血液バイオマーカー、オミックス解析や脳画像解析を用いることで、認知機能低下抑制のメカニズムに迫る。また、民間企業と連携して研究を行うことで、新たな認知症予防のサービスの創出を最終目的とする。

2. 研究体制

 研究費は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)により支援を受ける。国立長寿医療研究センター(NCGG)が研究全体を統括し、NCGG、名古屋大学、名古屋市立大学、藤田医科大学、東京都健康長寿医療センター(TMIG)が、対象の登録・管理を行う(図1)。多因子介入の食事指導はSOMPOヘルスサポート、運動指導はコナミスポーツクラブ、認知機能訓練はネスレ日本が担当し、介入全体をSOMPOホールディングス(SOMPO HD)が取りまとめる。SOMPO HDFINGER研究の代表であるKivipelto教授とアドバイザリー契約を結んでいる。データ管理と割り付け、データセンターは東京大学において行い、統計解析は名古屋大学が担当する。

図1 J-MINT研究の構成
図1:認知症予防をめざした多因子介入によるJ-MINT研究の構成を表す図。

3. 対象

 65~85歳の高齢者で、National Center for Geriatrics and Gerontology-Functional Assessment Too(NCGG-FAT)で、認知ドメインが1個以上低下した者である4)。除外基準は認知症を有する者(MMSEで24点未満、要介護認定1以上の判定)である。地域コホートおよび各分担施設の外来より対象のリクルートを行う。

4. 認知症リスクの評価

 教育、身体フレイル、内服薬、身体合併症[高血圧、糖尿病、心疾患、心房細動、脂質異常、肥満(やせ)、栄養・食欲、オーラルフレイル、聴覚障害]、ライフスタイル(喫煙、アルコール、身体活動、認知活動性、社会活動性、睡眠、趣味)、主観的認知障害、抑うつ、社会孤立に関する情報を得る。

5. 介入方法

 生活習慣病などの介入では、糖尿病・高血圧・脂質異常症に対して、各疾患の最新のガイドラインに準拠した管理を行う。その他、オーラルフレイルに対する口腔ケアの指導を行う(図2)。

図2 多因子介入の概要
介入内容提供施設概要期間と頻度
生活習慣病の管理 NCGG・名大・名市大・藤田医大・TMIG ►心血管リスクのコントロールとオーラルフレイルのチェック 期間:18か月
時間・頻度:外来診療
運動指導 コナミスポーツ株式会社 ►複合的運動プログラム(筋トレ、有酸素、コグニサイズ、行動変容のためのグループミーティング) 期間:18か月
時間:1回90分
頻度:1回/週
栄養指導 SOMPOヘルスサポート株式会社 ►フレイル予防、認知症予防食品の摂取を健康相談員が支援 期間:18か月
対面面談3回
電話支援12回
認知機能訓練 ネスレ日本株式会社 ►脳賦活を目的とした認知機能訓練をタブレットで提供 期間:3か月×3回
時間:1日30分
頻度:4回/週

 ライフスタイルの介入では、運動指導、栄養指導、認知機能訓練を行う。運動指導では、週に1回以上で運動教室に参加し、複合的運動プログラム(有酸素運動、筋力トレーニング、運動と認知課題を組み合わせた二重課題運動)を指導する。また、ホームエクササイズを促し、身体活動量のセルフモニタリングによる運動への動機付けおよび身体活動量の向上をめざす。

 栄養指導では、健康相談員(保健師、看護師、管理栄養士)により個々の食習慣の改善や、認知症予防に対する有効性が示されている栄養素・食材の摂取を指導する。6か月ごとに対面での指導、2か月ごとに電話でのフォローを実施する。

 認知機能訓練では、タブレットを使用した認知機能訓練プログラム(Brain HQ)を提供する。タブレットの使用法について十分な説明を行ったうえで、3か月おきに実施、休止を繰り返し、実施期間中は1日30分、週4回以上実施をめざす。

 対照群には、運動指導、栄養指導に関するテキストを配布し、半年ごとに相談を受ける。

 介入期間は18か月間であり、2020年5月から順次に介入をスタートさせ、2021年度には介入を終了する予定である。

6. アウトカム

 主要評価項目は、初回評価時点から18か月後評価時点までの認知機能(コンポジットスコア)の変化量である。副次評価項目として、各認知機能検査の変化量、認知症の発症、血液バイオマーカーの変化量、ADLの変化量、フレイルの変化、頭部MRIまたは頭部CTの変化、薬剤の使用数を挙げている。

7. 登録症例数 440名(介入群220名、対照群220名)

 先行研究において運動と認知課題を組み合わせたプログラムによる介入群で40週後のMMSEの変化量が0.0(95%CI:-0.4, -0.4)、対照群で-0.8(95%CI:-1.2, -0.4)であり5)、同等の介入効果が得られると想定し、検出力を80%、α=0.05としたとき、必要なサンプルサイズは1群151例の計302例である。各施設における年間フォロー率を70%とし、ベースライン時の登録は約440例とした。

8. 検査スケジュール

 表に示す。

表 観察・検査スケジュール
評価時期(月)00+26±212±218±2
評価項目 同意取得登録 初回評価 経過観察 経過観察 研究終了
早期中止
説明と同意取得
基本情報
スクリーニング(NCGG-FAT,MMSE)
選択と除外基準の確認
健康行動及び介入研究に関する意識調査
総合機能評価(ライフスタイル,日常生活活動,フレイル,食物多様性, 栄養状態,食欲,抑うつ,転倒歴,社会的孤立,健康関連QOL,睡眠, 社会参加,聴覚障害,身体測定,身体機能,身体活動及び睡眠の質)
神経心理検査
血液検査・尿検査
認知症リスク遺伝子の多型情報の取得
頭部MRIまたは頭部CT
イベント・有害事象 随時 随時 随時 随時
予後・転帰(中止・脱落) 随時 随時 随時 随時

●:必須項目 ○:オプション項目

国際連携

 多因子介入試験としてFINGER研究に続き、フランスを中心として行われたMAPT研究の結果も公表された6)MAPT研究では、主観的記憶障害がある者、手段的日常生活動作に低下のある者、歩行速度の低下した者、合計1,680名が対象となった。運動・栄養指導(ω3不飽和脂肪酸の補充を含む)、認知機能訓練を3年間行ったところ、全体解析では認知障害に有意な差を認めなかった。しかし、認知症リスクがより高い集団でのサブ解析では、認知機能の低下は多因子介入により軽減されたと報告された。

 上記のように、多因子介入試験はどのような対象でより効果が認められるのか、人種によるライフスタイルの影響はあるかなど、明らかにすべき課題は多い。現在、多因子介入試験はアメリカ、欧州、シンガポール、中国、インドなどにも広がり、WW-FINGERSとして全世界的な認知症予防活動に進展している(図3)。わが国のJ-MINT研究もWW-FINGERSより招待を受け、2019年のロサンゼルス会議から参加しており、研究計画には高い評価を得た(2020年度はアムステルダムで開催予定)。WW-FINGERSでは、認知症のリスク軽減に関する情報をグローバルに発信すること、また、将来のデータシェアリングに向けての方策についても議論が進められている。

図3:全世界的な認知症予防活動を行うWW-FINGERSの様子を表す図。
図3 WW-FINGERS

今後の展望

 J-MINT研究では、日本人で認知症のリスク軽減についてのエビデンスが得られるばかりではなく、その機序についても世界初の成果が期待されている。認知症の病態修飾薬の開発が進めば、認知症予防と合わせて認知症対策に大きな成果を生む可能性がある。また、本研究には産業界からも多くの視線が集まっている。どのような高齢者に対して、どのような介入を行うことが有効であるかを示すデータを提供できれば、新しい認知症予防の産業を興す基盤となる。J-MINT研究のノウハウを全国でも検証することも重要な課題であり、類似の研究が、神奈川県、兵庫県でも始まっている(J-MINTプライム研究)。地域の実情に合わせた介入を行うことで、認知症リスク軽減が可能であるかを検証する重要な検証となる。

 J-MINTJ-MINTプライム研究は、わが国の認知症発症を減少させる第一歩となるばかりではなく、WW-FINGERSを通して世界、特に東アジアでの認知症の抑制に寄与することが期待される7)。認知症施策推進大綱の理念である「共生」と「予防」を実現し、医療・福祉の向上、医療経済効果に貢献したい7)

文献

  1. Livingston G, Sommerlad A, Orgeta V, et al. :Dementia prevention, intervention, and care. Lancet. 2017;390 (10113): 2673-2734.
  2. World Health Organization. WHO Guidelines: Risk reduction of cognitive decline and dementia.
  3. Ngandu T, Lehtisalo J, Solomon A, et al. :A 2 year multidomain intervention of diet, exercise, cognitive training, and vascular risk monitoring versus control to prevent cognitive decline in at-risk elderly people (FINGER): a randomised controlled trial. Lancet 2015; 385: 2255-2263.
  4. Makizako H, Shimada H, Park H, et al.:Evaluation of multidimensional neurocognitive function using a tablet personal computer: test-retest reliability and validity in community-dwelling older adults. Geriatr Gerontol Int. 2013; 13: 860-866.
  5. Shimada H, Makizako H, Doi T, et al.:Effects of Combined Physical and Cognitive Exercises on Cognition and Mobility in Patients With Mild Cognitive Impairment: A Randomized Clinical Trial. J Am Med Dir Assoc. 2018; 19: 584-591.
  6. Andrieu S, Guyonnet S, Coley N, et al.:MAPT Study Group. Effect of long-term omega 3 polyunsaturated fatty acid supplementation with or without multidomain intervention on cognitive function in elderly adults with memory complaints (MAPT): a randomised, placebo-controlled trial. Lancet Neurol. 2017; 16: 377-389.
  7. 認知症施策推進関係閣僚会議:認知症施策推進大綱. (2020年2月11日アクセス)(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

筆者

写真:筆者_櫻井孝先生
櫻井 孝(さくらい たかし)
国立長寿医療研究センターもの忘れセンター長
略歴
1992年:神戸大学大学院医学系研究科修了、岡崎国立共同研究機構生理学研究所研究員、1993年:米国ワシントン大学薬理学教室研究員、2007年:神戸大学付属病院老年内科講師、2010年:国立長寿医療研究センターもの忘れセンター部長、2014年より現職、2016年:名古屋大学大学院医学系研究科認知機能科学分野連携教授
専門分野
認知症、糖尿病、老年医学、神経科学
荒井 秀典(あらい ひでのり)
国立長寿医療研究センター理事長
略歴
1991年:京都大学医学部大学院医学研究科博士課程修了、京都大学医学部老年科助手、1993年:カリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員、1997年:京都大学医学部老年内科助手、2003年:同大学院医学研究科加齢医学講師、2009年:同人間健康科学系専攻教授、2015年:国立長寿医療研究センター副院長、同老年学・社会科学研究センター長、2019年より現職
専門分野
老年医学

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.93(PDF:10.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

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