第4回 裸足で若返り
公開日:2018年9月13日 10時38分
更新日:2019年2月 1日 21時06分
白澤 卓二
白澤抗加齢医学研究所所長
靴を履くことで退化した足
人間の足は直立二足歩行という特異な運動様式を持っているために、構造上もさまざまな特徴がある。「土踏まず」もその特徴の1つであるが、足裏にアーチを形成することにより着地の衝撃を吸収するとともに、姿勢や歩行の制御、階段の昇り降りの制御などあらゆる立位での運動制御に関与している。
しかし、多くの現代人はアスファルトの上を固い靴底の革靴を履いて歩き、会社のオフィスでも靴を履いて仕事をしている。つまり、アーチを形成している26個の骨はほとんど機能しない生活様式になっているのだ。
このように靴の機能が進化しすぎたために足の過保護が原因となって「土踏まず」が成長しない「扁平足」が増えているのもこのような生活様式の弊害かもしれない。
自転車競技やスピードスケートの米国オリンピックチームのコーチとして有名なマイケル・サンドラーは、2004年に自転車でアメリカ大陸を横断。2006年にはロサンジェルスからニューヨークまで全長4,000マイルをインラインスケートで横断することを計画した。
コロラド州ボルダーでこの計画を実行するためのインラインスケート練習中に突如、子どもが目の前に道を横切った。衝突を避けようとしたマイケルは自ら路面にスライディングして子どもとの衝突を回避した。
このスライディングで身体を強打、腰と腕と足の3か所を骨折。左足の大腿骨と股関節にはチタンが埋め込まれた。事故後2か月間は松葉杖、4か月目で腰のピンが取れ、6か月後に奇跡的に復帰を果たした。
彼のチタンが埋め込まれた左足は右足より1インチ長く、最初はスムーズに歩くことさえできなかった。しかし、不屈の精神の持ち主だったマイケルは裸足でのトレーニングを開始、左右の下肢長差による運動器障害を克服することに成功、裸足のランナーとして見事に復活した。
「裸足で地面に接することにより、足の裏から入力される複雑な情報により脳の中でマップが構築されている」とマイケルは自らの著書『ベアフットランニング』の中で力説する。このマップを使って歩いたり走ったりしているので、左右の足の物理的な長さの違いは自動的にこのマップの中で調整され、生理学的には左右の足が同じ長さになっていると考察する。
メキシコの銅峡谷という秘境に住むタラウマラ族は室内履きのようなサンダルで気の遠くなるような長距離を走ることができる民族として有名だ。タラウマラ族は定住せずに民族単位で常に移動している。そのおかげでタラウマラ族には糖尿病やメタボを発症する人は皆無、体重が増えて肥満になることもない。
一方、アパートに住むようになったピマインディアン族は、多くの人が肥満、糖尿病、メタボ、高血圧を発症するようになった。対照的な2つの部族は生活習慣病の原因がまさしく生活習慣そのものであることを歴史的に証明したのである。
興味深いことにタラウマラ族の走りもマイケルの走り方と共通点が多い。踵(かかと)から着地しないで拇指球(ぼしきゅう)から着地、重心が踵に移動するときにはアキレス腱が干渉系になり着地のインパクトが吸収され膝への負担が解消されている。長距離を走っているが、膝を故障することはほとんどない。
そうはいっても多くの日本人にとって、いきなり裸足やサンダルで走るのは抵抗があるだろう。そのようなベアフットランニング初心者向けに、最近では裸足(ベアフット)感覚で走れるシューズが発売されている。まずは「裸足感覚シューズ」からウォーキングやジョッギング、あるいはランニングを楽しんでみたい。足の裏から入力される刺激により脳でマップが構築され、脳が活性化されるだけでなく、膝への負担も軽く生活習慣病の予防になるだろう。
ランニングでがん細胞抑制
ランニングブームが到来し、各地で開催されるマラソン大会ではタイムを競うアスリートから健康増進をめざす老若男女まで各人がさまざまな想いで走っている。
ランニングにより2型糖尿病を発症した人は明らかに糖尿病のコントロールがよくなり、メタボリック症候群の人はお腹周りのシェイプアップや減量に効果を上げているが、これまでの研究でランニングにはがんの発病予防効果やがん細胞の増殖抑制効果があることも報告されている。
しかし、がん病巣を縮小させる効果が、がん細胞自身が死滅するためなのか、免疫系の細胞により排除されるためなのかに関してはよく理解されていなかった。
コペンハーゲン大学健康科学科のライン・ペダーセン博士らの研究チームはナチュラルキラー細胞(NK細胞)と呼ばれるリンパ球に注目した。NK細胞は警官のように体の中をパトロールしていて、がん細胞やウイルスに感染した細胞を発見するとその細胞に傷害を与え溶解することからキラー細胞と呼ばれている。
研究チームががん細胞をマウスに移植すると、移植前に4週間ランニングさせたマウスの腫瘍のサイズは、運動をしなかった対照群のマウスの腫瘍サイズの半分以下に抑制されていることが判明した。縮小したがん組織を顕微鏡で観察すると、ランニングしたマウスの組織には多数のNK細胞が観察された。
一方で、血液中の成分を分析すると、運動刺激により分泌促進されたアドレナリンがNK細胞を血液中に遊走させ、さらに運動刺激で筋肉細胞から産生されたIL-6と呼ばれるサイトカインがNK細胞をがん組織に浸潤させて、がん細胞を死滅させていることがわかった。
これからはがんを予防するのみならず、がんの自然治癒のためにも定期的にランニングすることがおすすめだ。
筆者
- 白澤 卓二(しらさわ たくじ)
白澤抗加齢医学研究所所長 - 1958年生まれ。1990年、千葉大大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。東京都老人総合研究所を経て、2007年~15年、順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授。米国ミシガン大学医学部神経学客員教授、獨協医科大学医学部生理学(生体情報)講座特任教授、白澤抗加齢医学研究所所長。専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学、アルツハイマー病の分子生物学、アスリートの遺伝子研究。
著書
『腸を元気にしたいなら発酵食を食べなさい』『100歳までボケない101の方法』など200冊を超える。
転載元
公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.84